三年で人ができること

桃青

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69.願い

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 運転手さんに軽くお辞儀をしてバスを降り、俺は駅前で立ちすくんでいた。運賃が八百円と高額なことに驚いたが、とりあえずスマホで調べてみると、今まで乗ったことのない路線の中途にある駅らしい。でかめのショッピングモールが目の前に建ち、ビルらしきものもいくつか建っているが、案内板の地図を見ると、すぐ近くに神社があるとのことで、とりあえずそこに行ってみようと思った。
 ショッピングモールを横目に歩いていくと、下町感漂う街並みが広がっている。俺は古臭い店で賑う通りを外れて、裏道を通り、良い感じの街だなと思いながら先を急いでいると、小山のようなものが段々と行き先に姿を現し始めた。スマホの地図で確認しても、どうやらあそこに神社があるようだ。小山の下まで行くと、小さな鳥居が立ち、その中を突っ切って、階段が伸びている。どうやら階段を上れ、ということらしい。
 
 階段は割合急で、道の途中に地蔵があったり、小さな仏像が飾ってあったりする。頂上まで行くのだろうかと思いつつ、息を荒げて上っていると、突然開けた場所に出て、赤くて球体の石が、場を占めて飾られていた。看板を読むと、この球体に触って念じれば、健康になれるそうだ。五か月後には死んでいるのに今更健康なんて、と思いつつも、やはり一番大事なことなので、死ぬまで健康でいられますようにと石にお祈りをした。眼下にはこの街の景色が広がり、良い眺めだと思ったが、先へと続く階段を見つけて、行けるところまで行こうと腹を決め、さらに上っていく。

 階段もしっかり作られていて、足場も悪くないけれど、高所恐怖症の人だったら嫌だと言いそうな高さになってきて、再び開けた場所へ出ると、そこにとても小さな神社があった。いや、神社と呼ぶべきかもわからないミニマムなもので、自分の背丈よりも小さな鳥居と、神様を祭る神棚があり、どちらも真っ赤に塗られていて、鮮烈な色が目に染みた。神社としての役割だけでなく、展望台も兼ねているようで、街がばあっと広がっているのが、よく見渡せる。設置されていた椅子に腰掛けて、一息ついてから思う。
(死ぬのは怖いけれど、俺だけでなく、人類皆が必ず一度は経験することだもの。特別なことじゃなく、必然なんだ)
(ま、要するに、逃げも隠れもできないってこと)
(ターシャ・テューダって人が、死ぬことは未知の体験だから、わくわくしない? とかそんなことを言っていた気がする)
(なんと前向きな発言なのか)
(さよなら、世界。さよなら、人類。そしてさよなら、自分)
(宝くじに当たったことと、三年というフリータイムを与えてくれた、神様に乾杯)
 それからしばらく景色を眺め続けて、神社に全ての人の健康と幸せを祈ってから、帰ることにした。
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