三年で人ができること

桃青

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67.有象無象

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 数分後、バスが動き出した。見慣れない景色が、窓の外で流れ始める。このどこに向かうか分からない感覚が、とても楽しい。車のない家庭で育ったので、バスは小さな頃からよく乗る乗り物で、色々な思い出もあった。近所で仲のいいお兄さんが一人で乗っていて、俺に席を譲ってくれたことがある。恥ずかしかったけれど、今思い出しても心温かくなる思い出だ。父と母とどこかへ行く時も乗ったし、学生の頃、周囲の人は迷惑だったと思うが、大騒ぎしながらバスに乗ったこともあった。
(残り時間は約五か月しかない。死にたくないとか、駄々をこねている場合じゃないよ。やるべきことをしないと)
(この間みのりが家に来た時にリングは渡したし、実家でやるべきこともやった。やりたかったこともある程度やったし、決まっていないのは死ぬ覚悟くらい。ああ、死を想像しただけで、心臓がバクバクしてくる……)
(しかしこのバスは、レトロな通りを走るんだな。三十年前から風景は一切変わっていませんと主張するかのような、道を通ってゆく)
(それと同時に俺の過去の記憶も、連鎖的にぽつぽつと浮かび上がるな。古い景色が働きかけて、そうなるみたい)
(来月には四十五になる。四十五年生きたのか……。自分でもしっかり把握できない長さだよな。長いと言えば長いけれど、普通だったら後三十年くらい生きることができるわけで。二千五十年くらいまでは生きてみたかったけれどな。その頃、どんな世界になっているのだろう)
 バスはとうに街中を抜けて、家やチェーン店がパラパラと立ち並ぶ地味な道を走っていた。道路を歩いている人の姿も滅多になく、少しどこに連れていかれるのか不安になる。でもこの不安感だって、実は旅の醍醐味の一つである。
 新しく人が乗ってこないので、一人、また一人と、人が少しずつ降りていって、いつしか客は俺一人となり、貸切りも同然になった。県道のような道に入ったのだろうか、トラックとよくすれ違うようになる。
(晴彦に、人生は悪くないと証明してくれって、言われていたんだっけ。うん、悪くはなかった。天の上の人に妙な運命を押し付けられはしたものの、もう恨んでいないし、心を開いて受け入れている。ただ、今は死にたくないというより、単純に死ぬのが怖いんだ。俺は人生で死にそうな危機にさらされたことが殆どないし、死が隣にすり寄ってきて、死ぬんだぞうと言われると、ピュアに怖くなる。底なし沼に溺れていく感覚と、何か似ているかな)
(苦しむことも痛みも恐ろしいけれど、死の本質を多分俺は恐れている)
(晴彦に相談したら、きっと何かいいアドバイスをもらえるんじゃないかな)
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