三年で人ができること

桃青

文字の大きさ
上 下
12 / 85

10.悲劇、幸せと喜び

しおりを挟む
 仕事を辞めたその日は、頭の整理のためにも家に帰ってのんびりしようと決めて、成城〇井で食料の買い出しをすることに決めた。成城〇井。成城〇井。成城〇井。全く俺の人生に縁などなかった店だが、ユーチューブを見て、密かに憧れていた。うろ覚えの心に引っ掛かっていた商品を、次々に買っていくことにした。今まで買っていた物の六倍の値段のするヨーグルト、高いスナック、高いチューハイ、高いお惣菜。経験したことのないハイプライスを見続けて、目がチカチカしだしたが、それすら幸福なチカチカである。もはや自分の買った納豆スナックの値段が信じられない。千五百円越えなのだ。
(安い物を必死に探さなくていいっていうのは、こういう感じか。目に入ってくるものが、自然といつもと違う。今まで食べたことのない物を食べられるって、ちょっとした冒険って感じ)
 買い物をする時だって、せこせこしないで妙に落ち着いていられる。値引きシールにだって飛びつかない。六千円越えの商品達を買ってから、店を後にした。
 ふらふらしながら夢心地で家まで帰ってくると、とっくに午後になっていた。平日の昼過ぎに家にいる自分が新しい。手洗い、うがいをして、部屋着に着替え、食料をテーブルに置いてから、さっきメモしたノートを広げる。高すぎる納豆スナックをバリバリ食べつつ、ノートを読みながら呟いた。
「明日は何をしよう」
 コン、コン、とペンでノートを叩きながら考える。今日は一万円だけ使ったので、封筒貯金は九万マイナス一万で、明日は最大でさらにプラス九万円、十七万円使えるということである。十七万……、十七万……、と頭で唱えながら考える。で、俺は小声で言った。
「爆買いしよう」
 予算は十七万円。ユーチューバーの企画みたいだけれど、やってみたかったから、よろしだ。一度、駅ビルのハイソなショッピングモールで、買いたい物を買ってみたかった。三千円のTシャツの値段にビビって生きてきた、今までの人生。だから三千円以上のTシャツを、もしくは気に入ったものを、好きに買ってみたい。再び独り言を言う。
「明日は爆買いデーだ」
 チューハイの缶を、プシッと音を立てて開ける。乾杯、と祝いながら、今日という一日を俯瞰する。上司に言いたいことを叩きつけて、頭に血が上った上司の姿を楽しみつつ、会社を辞め、喫茶店でOL気分になりながらゆったりと食事を楽しみ、成城〇井で買いたい物を買う。意味があったかどうかは分からないが、俺の人生はもう、三年を切っている……、多分。
 ならばやりたいことを。命の代償として頂いたお金で、自由に。
(まあ爆買いとはいえ、欲しい物はなんとなく検討をつけておいた方がいいか。十七万円は大金だけど、ブランドバッグなんて買ったら、一つで消える額だし、それに約三年後に消えゆく自分だから、長く使える物を買ってもなー。天国に持っていけるわけじゃあるまいし、やはり刹那的な欲求を満たすために、使った方がいいか)
(で、その、刹那的な欲求を満たすものって? )
 俺はノートを叩くのを止め、欲しいと思っているものを片端から書いていくことにした。爆買いってやつをやったら、どんな気分になるのだろう。死ぬことを忘れ、人生を楽しみだしている己に気付く。

 ショップの人と目を合わせたら負け、というお買い物人生を歩んできた俺だったが、今自分のバッグには、お金という柱がズドンと立っている。買わされることを恐れて、店員からネズミのように逃げ回る必要は、もうない! ……何と素晴らしいことなのだろうか。
 コツ、コツとメモ帳を叩きながら、幸せと喜びと悲劇のカオスに巻き込まれていく。少し怖いながらも、どこか面白くもあった。

しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

伊緒さんのお嫁ご飯

三條すずしろ
ライト文芸
貴女がいるから、まっすぐ家に帰ります――。 伊緒さんが作ってくれる、おいしい「お嫁ご飯」が楽しみな僕。 子供のころから憧れていた小さな幸せに、ほっと心が癒されていきます。 ちょっぴり歴女な伊緒さんの、とっても温かい料理のお話。 「第1回ライト文芸大賞」大賞候補作品。 「エブリスタ」「カクヨム」「すずしろブログ」にも掲載中です!

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

Bo★ccia!!―アィラビュー×コザィラビュー*

gaction9969
ライト文芸
 ゴッドオブスポーツ=ボッチャ!!  ボッチャとはッ!! 白き的球を狙いて自らの手球を投擲し、相手よりも近づけた方が勝利を得るというッ!! 年齢人種性別、そして障害者/健常者の区別なく、この地球の重力を背負いし人間すべてに平等たる、完全なる球技なのであるッ!!  そしてこの物語はッ!! 人智を超えた究極競技「デフィニティボッチャ」に青春を捧げた、五人の青年のッ!! 愛と希望のヒューマンドラマであるッ!!

シャングリラ

桃青
ライト文芸
 高校三年生のこずえは、卒業後、大学へ行かず、フリーターになることを決意。だが、好きな人が現れたり、親友が鬱病だったりと、色々問題のある毎日。そんな高校生活ラストイヤーの青春、いや青い心を、できるだけ爽やかに描いた小説です。

アルバートの屈辱

プラネットプラント
恋愛
妻の姉に恋をして妻を蔑ろにするアルバートとそんな夫を愛するのを諦めてしまった妻の話。 『詰んでる不憫系悪役令嬢はチャラ男騎士として生活しています』の10年ほど前の話ですが、ほぼ無関係なので単体で読めます。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

処理中です...