三年で人ができること

桃青

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6.バイビー

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 窓の外はすでに暗くなっていた。椅子から立ち上がり、カーテンを閉めていく。今日は日曜日。明日は仕事だ。俺は思わずフッと笑って、心でこう思う。
(辞表を書こう。今までの全ての恨みつらみを、ぎっしりと書いた辞表を。ルールは無用、明日やるべきことは決まったな)
 辞表を書く時間は、ここ数年来感じたことがないほど、胸のすく時間になりそうだ。
  ☆☆☆
『―というわけで、ざっと羅列したように、あなたの下で働くということは悲劇でした。上司という立場にありながら、部下に愚痴を言い、当たり散らし、責任転嫁をし、リーダーシップなど微塵も感じられず、頭をびしっとはたきたい思いに何度かられたことか。
 でもそんな日々ともおさらばだ、バーロー。あばよ。せいぜい小さな世界で、虚勢でも張って生きることだな。ま、おそらくあなたの出世はここ止まりでしょう。部下達の気持ちはすでに離れている。去り際に正しい指摘をした俺は、むしろ感謝されてもいいのかも』
 今目の前でデスクに着き、俺の辞表を読んでいる上司は、傍目から見てもはっきり分かるほど、カタカタと震えていた。もちろん寒さのせいではなく、怒りから、である。手をぶるぶるさせながら、何とか紙を裏返しにしてデスクに置くと、充血した目を俺に向けて言った。
「辞めるんだな? この会社を」
「ええ、今日付けで」
「こ、こっこ、こんな辞表、見たこともないぞ」
「新しいことには、挑戦していくタイプですから」
「出ていけ」
「……」
「今すぐ、ここから、出ていけっ! 」
「そうですね、そうさせてもらいます。じゃあな、アホ上司」
 大きな声でそう言い捨てると、俺は彼にくるりと背を向け、社員の視線を一身に集めながら、会社を出ていったのだった。外に出ると、もう二度と来ることのない会社をちらりと振り返り、ぶつぶつと言う。
「もう、サラリーマン生活ともおさらば。働くこととも、多分おさらばだな」
 毎日この会社を往復した、何年もの日々。その気持ちを噛みしめながら、見慣れた道を歩く。たった今から。俺の終わりへと向かう自由な道は、スタートしたのだ。
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