三年で人ができること

桃青

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5.終わりの始まり

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 目を白黒させて、ようやく家まで帰ってきた俺の頭の中では、たった一つの言葉しか浮かばない。そう、一億円だ。
(前後賞の当選金額が、一億円……。一億……。一億円が、銀行に振り込まれるんだって。しかも非課税らしい。ということは? 丸々一億円が俺の元へ……。ギャー――)
 機械的にルームウェアに着替えて、上の空でほうじ茶を淹れると、ヨロヨロし、どうしようと頭の中で叫びながら、メモ用紙とペンを片手にテーブルについて、カタリとお茶を置く。
(どうしよう、誰かとこの喜びを共有したい。でも俺が一億貰ったことで喜ぶ奴なんて、どこにいるんだよ。むしろ知られたら、お金目当てで誰かに殺されそう……、妄想だけれども)
 唸りつつひと口お茶を飲み、メモ用紙の上部に一億円と書いた。自分でもこの事実が何かのジョークにしか見えない。それから呟く。
「そうか、俺の人生はあと三年なんだっけ。ということは三で割って、一年当たり三千三百万は使えそうだな。三百六十五で割ると、約九万円だから、大雑把に言えば、一日当たり九万円は使ってもいいことになる。ひと月では、二百七十七万だな」
 俺はメモ用紙にさらに、
『一年あたり三千三百万円 ひと月あたり二百七十七万円 一日あたり九万円』
 と書き出した。またお茶を啜り、頭で考える。
(一日で九万使うって、どういう金銭感覚なの。今までの人生で、食費は大体一日千円でやってきたから、その九十倍のお金を使えるわけで―。一日でうな重を三回食べても、まだ八万円余るんだぞ? 大金の使い方が分からない。贅沢ってどうやってやるんだ)
(親や恋人にお金を残したり、推したいボランティア団体に寄付するという手もある。でもその前に)
「まずは自分のやりたいことをやるべし」
 小声でそう言ってから、思いついたやりたいことを、書き出していくことにした。
『会社を辞める』『但し、上司に言いたかったことを全てぶつけてから、やめる』(今の所、働く必要性がないもんな)『贅沢をする』
『贅沢、とは? 』『美味しい物を食べる』『ペットを飼いたいが、三年では無理』『広い家へ引っ越す』『恋人にプレゼントをする』『お金は人を狂わす』『旅』『温泉』『何かのショーを見る』『映画』『買いたい物を買う』『お金のことは内緒にすべき(注意書きである)』『言いたかったこと(伝えたかったこと)を、ちゃんと人に伝える』
 『人生とは』『俺の、人生とは』
 そこまで書き進めてから、窓の外を眺めた。本当に、俺の人生とは何だ。会社を辞めたら、今まで考える暇もなかったそんなことについて、色々と考えることができそうだ。
(ハッピーなのか、不幸なのか。よく分からんな)
 晴彦にあと三年だと言われた時、これは不幸せ確定だろうと思ったものだが、冷静に考えてみれば、やりたいことをやりきった上で死んでいけるのは、案外幸福なことかもしれなかった。今の生き方をたらたらと続けて、ぼうっと生きるより、遥かに充実した三年間になりそうだし、何よりお金の心配をしなくていいのだ。それに少なくとも来年は死なない。多分。
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