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翠玉の章if・執着√(共通の後にこちらの章に続く)

嬉しい、けれど。答えられない罪悪感。

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 揺れる水面の視界

 ほおや額に当たる赤みがかった栗色の髪。

 テラスにいるはずで、ひんやり冷えた夜風に晒されたはずの身体は
 思いのほか温かい。

 嗅ぎ慣れたオーデコロンの香りが移るくらい、
 長く抱きしめられていたのだろうか。

 「…カナタ」

 「目覚めは王子のキスで御伽話おとぎばなしの定石でしょう?…私の姫様?」

 額をくっつけて泣きそうなくらい、優しい目で。安堵して微笑む。

 「…うん、そうだね」

 私は目を閉じる。予定調和で。
 次に来る行動を確信して。

 もう一度、重なる。

 「目覚めだけじゃ、足りない」

 もう一度。角度を変えて。
 何度も何度も、熱を分け合う口づけに溶かされる。

 「ハナキ」
 宝物を扱うように、私の本名を呼んだ。
 
 「知ってたんだね。やっぱり」
 「はい。ずっとずっと、昔から。」
 
 「面と向かってやっと呼べた。私の玻璃はりの花。
 私の…ハナキ」

 額に、瞼に、鼻筋に、ほおに
 そしてまた、唇に。
 積年の想いを乗せて、口づける。

 「愛してる」

 「過去のあなたも、今のあなたも。
 これからのあなたも、全部」

 一途に追い続けた『ハナキ』をカナタは切望する。

 (手、震えてる…)

 「私を選んで、ハナキ。
 私のものに、なると言って…」

 願うように、祈るように。
 カナタは私を見つめる。


『愛してる』

 それを伝えるためだけに、カナタは奔走してくれた。

(わたしは、この人に何を返せるだろう?)

 欠けた記憶で、きっと同じ分量の思いは持てていない。

(私があげられるのは、私自身しかないのに)
 大変釣り合いが取れていないのではないか。

 少し震える腕に、いつも堂々としているのに、答えを待つカナタの瞳に不安の色が揺れる。

(私も、好き)

 そう返せたら、カナタは私を受け入れる。
 カナタの優しさにあまえていられる。

 でも。


「まだ、あなたとの糸は切れていないよ。
 翠玉の姫、またね」


 金の鷲の事がやっぱりひっかかる。

 カナタにこれ以上、心配をかけたくない……
 解決したら、堂々とあなたと向き合える。

 そう決めた私は、カナタの胸をそっと手で離れるように押し返す。

「嬉しい。でも、ごめん。もう少し待って」
 にこ、と微笑む。

 ぐっと眉根を寄せて、ひどくやりきれない表情でカナタは私のことばをのみこんだ。 

(そんな目で見ないで。揺らいでしまうよ)

 想いは通じてるはずなのに。応えられない罪悪感で押しつぶされそうになる。

「……はい。 あなたの心が決まるまで、このまま抱きしめていましょうか」

「あなたの唇が、願わくば直ぐに私を求めてくれるまで。 そばにいたいのですが」

 決死の告白をうやむやに流す私をとがめもせず、
 ただ強く抱きしめる。

 ほんの少しの憂いも暗闇も、私には見えないようにして。

(本当に、曖昧あいまいが好きな姫、と言われても仕方ないな)

 どうしても頷けない。 何かの力が働いているみたいに。
(ごめんね、カナタ。 もう少しだけ)

 私の内に巡る気配。 
 蓋を閉めた金の闇が確かにくすぶっている。

 火種は徐々に徐々に、私を蝕む。

 ーーーーこの選択を後悔する時がきても、時の歯車は無常にも動き出していた。


 ・・・・・・・・


 あの後、カナタはしばらく私を抱きしめていた。
 安心する腕の中で、私は再び船を漕ぐ。

「眠ってしまったか。 私はまだ、あなたの信頼を得るには足りてないのでしょうか」

 何かを懸命に隠そうとしている。
 わかりやすい彼女の隠し事などバレバレなのだけど。

 頑なに打ち明けようとしない彼女に、カナタは自分の無力さを実感する。

「待つのは得意ですよ、私。
 いつまでも、いつまでだって。 でも」


「近づいたと思ったのに、離れていく」


 内に巡るドス黒い感情が顔を出す。


(このまま閉じ込めて、無理やり自分の色に染めようか)


 体から先に、捕らえて仕舞えばいい。
 無理矢理にでも離れられなくすればいい。

 そんな想いに支配されそうになるのを
 紙一重で踏みとどまる。

「私は、最低ですね」

 健やかな寝息を立てるハナキの頬を撫で、カナタは自嘲じちょうする。

 淡く光を届ける三日月も、薄雲に隠れて。
 あたりの闇色が濃くなるのは

 自分の心情のように思えた。


 ・・・・・・


 














































































































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