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翠玉の章・溺愛√(ハッピーエンド)
刻巡り(トキメグリ)の旅路2
しおりを挟む夏の盛りが過ぎ、秋色の風が吹き始めた今に
季節は巡る。
ハナキはまだ戻らない。
森にある教会は多くはないが、その全てに大体手のものを送っているが、まだどこからも報告が入らない。
どこかで包囲網の穴からすりぬけてしまったのではないか、と気が気ではなかった。
ミズキもずっと眠り続けたままで、スコアリーフ王家の方も大変なことになっているようだが、
カナタにはどうでもよかった。
自分がやるべきことは、ハナキに関することだけでいい。
「ただあなたに会いたいよ、ハナキ」
私が狂い切る前に。
・・・・・・・
明くる日。
息をきらしたリュートからカナタの元に一報があった。
『ミズキが目を覚ました』と。
待ち望んでいた朗報だった。
時同じくしてハナキも現れるのではないかと。期待をしてしまう。
だが、ミズキが目を覚まし、体調が整っていくくらいの時間は経っても、まだハナキは還らないままで。
焦れる思いばかりが募っていく。
・・・・・・・・・
すっかり秋本番で、世間では収穫期の喜びに賑わっている頃。
ハナキとの再会は春の頃で。もう今は冬の気配もだんだんと近付いてきているのに。
「あなたは今、どうしているのでしょうか。
朝の弱いあなたは、この寒さでベッドから出られなくなっているのかもしれませんね」
猫のように丸くなる彼女を思い出し小さく笑う。
日々の生活は止まってはくれない。
ふと気がつけばハナキのことばかり考えてしまうので、周りも心配になるほどの仕事を詰め込むカナタで。
(以前と同じに戻っただけだ)
春になる前の、多忙な業務と並行してひたすらにハナキを探し続ける日々に。
(この初夏の短い逢瀬の方が、幸せな夢だったのかもしれない)
ミズキの予知で、還ってくると分かっていても、時間が経つにつれその気持ちがどうしても揺らいでしまう。
ただ待っているだけなのは、こんなにも辛い。
・・・・・・・・・・・
またしばらくして。
秋も深まり、日々の営みは冬支度へと移行する。
紅葉した木々が落葉し、空風が吹きさらし冬の匂いを含ませる頃。
体調が戻ったミズキがリュートと共にカナタの屋敷に訪ねてくる。
ミズキが目を覚ましてから、すでに1月は経っていた。
カナタの邸宅の豪奢な応接室に通されたミズキとリュート。
最後に見た姿はやつれた記憶媒体の魔道具のミズキだったが、今日の彼女は随分顔色も戻り、華奢な体はそのままだったが元気を降り戻しているように見える。
彼女を気遣い寄り添うリュートにもいくぶんか余裕が見えるから、経過は良好なのだろう。
「お元気そうで良かった、ミズキ嬢」
「おかげさまで。なかなか動けなくてごめんなさいね、許可が降りなくて……」
スコアリーフの聖女とも言える刻の巫女姫の一大事だったので、それは周りも慎重になるだろう。
「いえ、お気になさらず。リュートくんとは度々顔を合わせていたので、状況は存じておりましたよ」
「ミズキに関しては過保護にならざるをえなかったからねぇ、これでも急いだんだよ?
見違えるほど、元気になってるでしょ。
これもハナちゃんのおかげ、なんだよね」
リュートは済まなそうに視線を落とす。
「そうですね。代償が眠りになったところを見ると、やっと完全体で力をつかえたのでしょうね。
だから、ハナキは大丈夫。時間はかかっても、必ず還ってきますから」
厳しい顔を崩さないカナタに、ミズキは安心させるように微笑みかける。
「ええ、そうですね。きっと戻ってくる」
自分に言い聞かせる様にカナタは噛み締めた。
そんな彼の気持ちは痛いほどわかるので、これ以上の言葉は気休めにもならないだろうと、2人は押し黙る。
メイドの淹れてくれたお茶をいただいて、
リュートが少し場を和ませた後にミズキは本題を切り出した。
「私とハナキは、時巡りの旅に出ていました。
今回の軸になる『カナタ様が亡くなる』世界を戻し、関わる理を修正する為」
ミズキは『時間逆行』とその後処理についてかいつまんで説明をする。
「やはり『私が死んだ世界』を巻き戻してくれたのですね……分かってはいましたが……
ミズキ嬢にも多大なご迷惑をおかけして、私を救っていただいてありがとうございます」
「でも、ハナキがいない世界なら、私が生きる意味など……」
後ろ向きなことを言いかけるカナタを途中で遮るように、ミズキは続けた。
「わたくしが先に目覚めたのは、最後の扉の修正は自分だけで行く、とハナキが決めたからです」
お邪魔するのもなんですしね、とミズキは口元を押さえてニンマリ笑う。
「……そんな訳で私は一足早くお役ご免になったので、先に戻って来れたのです。
……とは言っても、随分と長く眠っていたようですね」
「最後の扉?」
「はい。数多の扉を一緒に潜り、理を修正して回ってたのですが、その最後に現れた扉は、あなたに関する扉でした。
ついでに、忘れ物も取りに行くんでしょうね」
「忘れ物、ですか?」
「ええ、多分」
いまいち掴めない物言いをするミズキだったが、彼女もそれ以上は触れない。
「刻の神様もそのくらいは許してくれてもいいと思うわ。私たちは眷属であり、遠い遠い孫みたいなものよ?少しは甘やかしてほしいわ……」
「ミズキ、不敬不敬」
不満をぼやくミズキに、すかさずリュートはツッコミを忘れない。
「あら。文句も言いたくなるわ。
私たち、お役目からは逃れることはできないもの。クロノスの力がなくなるまでは。力を持つ代償からも」
「……そうだね」
複雑な表情を浮かべ、視線を伏せる。
「私たち、ですか。
この先ハナキも『刻の巫女姫』として、ノルン侯爵の姫として、政治に否応なく巻き込まれるのでしょうか」
黒いオーラを全開に醸し出し、不満しかないと威嚇するようにミズキを見やる。
「カナタ、顔に出過ぎょ」
端くれでも貴族なら腹芸をしてなんぼだが、全く隠す気も無い不敬極まりない態度に、見かねたリュートもミズキを慮り口を挟んでくる。
ハナキを思うゆえの真正直さにミズキは苦笑しつつも、嫌な気持ちにはならないので容認していた。
「そうですね、王家とお父様……ノルン侯爵次第ですが。
ハナキは我が姉だということは確認が取れていますので間違いありません」
ミズキ曰く。
ひと足先に戻ったリュートとミズキは、ノルン侯爵夫妻にハナキの事を確認したら、ずっと箝口令をしいていたと前置きをし真実を打ち明けてくれた。
ハナキはミズキの双子の姉で、生まれて間もなく、侵入してきた賊に攫われてしまったのだと。
クロノスの力を受け継ぐ姫が双子なのも前例が無かったので、隠蔽するのは容易かった。
苦渋の選択で、争いの火種になりかねない
行方不明のハナキのことを表舞台から葬ったのだった。
捜索を諦めたことはなかったが、
生きている可能性も低いと思われた上
アンダーグラウンドに深く沈んだハナキをなかなか見つけられずにいたので、
この度のことには大層おどろき、両親は泣き崩れた。
純粋に喜ぶには時間は経ち過ぎているので戸惑いもあったが、
いち早く対面してハナキの無事を確かめたい。侯爵夫妻は今までを取り戻すように受け入れたいと考えていること。
「ハナキが自分の生い立ちを受けいれると決めたならそれはもう、逃れられない宿命と思います」
カナタの想いに同じ強さでミズキは返答する。
ハナキに対する思いは、ミズキだって負けてはいないと思っているのだ。
「わたくしとしてもできる限りハナキを尊重して守っていきたいと存じます。
カナタ様、貴方にも協力していただかないとなりませんしね」
にこっ、と貴族令嬢らしい優雅さだが少々含みのある微笑みを浮かべる。
「翠玉の龍は、一国を滅ぼす力もお持ちだとか。
この国を亡国にはしたくありませんわ」
「あはは、それは怖いよね。それだけは避けないと。その手のゴタゴタは僕に任せてよ。
僕結構偉い人だし上手よ~、暗躍♪
カナタはハナちゃんが戻るのを待っててあげて」
悪巧みの相談に随分と楽しそうな2人に、苦笑いするカナタ。
「そうですね、私はこれから本格的に冬を迎える前には森の孤児院の方に向かおうと思います。
きっと、ハナキが戻るのはここだと。
確信はないのですが、そんな気がするんです。
いつになるかわからなくても近くで待っていたいんです」
王都からは馬車で行くには10日以上かかるかなり外れになる辺鄙な場所。
隣国との境界も近い小さな街だ。
そんなところにカナタとハナキの育った森の孤児院がある。
カナタは森の孤児院を出た後も、ハナキの痕跡がなくなった後も援助を惜しまず、現在は実質経営者みたいになっているのだった。
「あらら。お仕事大丈夫? 商会長さん」
「私がいないくらいで傾くなら、とっくに潰れていますよ。 あちらでもする仕事はありますしね。これからは皆に頑張ってもらいましょう」
有無を言わせない笑顔でキッパリいいきる。
無茶振りの不満など笑顔で封じ込めるカナタに、重役の方々の苦労を思うと同情してしまうが、その気持ちにリュートはそっと蓋をする。
「ま、カナタならそう言うよね……
気をつけて行ってらっしゃい」
逆らわない。それに限る。
「朗報をお待ちしていますわ」
ミズキもにっこり微笑み、カナタの決断の背中を押した。
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