トキノハナと宝石の君〜玻璃の花は翠玉の夢を見る。しくじった私を軟禁して溺愛する理由を知りたいのですが〜

翠玉の章・溺愛√（ハッピーエンド）

あなたを忘れるなんて。私は私を許せない。

　時は少し遡る。

　スコアリーフ王国の王都にある、本邸に無事に帰宅したカナタ。

　港町エイリーフから片道５日。なかなかの距離の移動ではあった。

　リュートは先に帰国していたので、護衛団とともにスコアリーフに向かったのだが
　道中は獣にも野党類やとうるいにも遭あうことなく
　順調な道程どうていだった。

　他のものは何も感じなかったようだが
　カナタは違和感いわかんが拭ぬぐえなかった。

　足りないのだ。何かが。
　それを思い出そうとすると靄がかかる。

　神がかった強制力が働いているように感じる。

「思い出せ、何か手掛かりは…」

　荷馬車の幌を捲まくる。
　そこに紛れていた場にそぐわない古びたリュック。

　自分が取り扱うものにはこのようなものはない。

「？」

　ふと、そのリュックを開けてみる。

　中身はごく庶民しょみんの女性のものと思われる。
　身の回り品、服、そして。
　くたびれた紳士もののの帽子

「……！」

　カナタの中に、浮かび上がる光景。
　朝の市場で。この帽子を被った自分。


「汚いけど、我慢して」

「…！ありがとう…」

「じゃあ、ついてきて」


　帽子をかぶせて力強く引っ張っていく手には、覚えがある。

　幼い頃にもこうして、助けてもらったことがある。

　違和感いわかんが形をなす。
　薄桃色うすももいろの髪に、青黄玉ブルートパーズの瞳の可愛い人に。

「ハナキ！」

　リュックのポケットから、コロンと転がり出たのは片方だけの翠玉エメラルドのイヤリング。

　カナタの商会が扱う最高級クラスの品。
　これには見覚えがある。

（彼女に意識して欲しくて
　私のものにしたくて、翠玉エメラルドばかりを身につけさせた）

　自分のカフスボタンも青黄玉ブルートパーズなのに気がつく。

「なぜ、私がハナキを忘れる？」

　ありえない。あんなにも探し続けた私が。
　そんなことがあっていいわけがない。

　一緒に来ていたはずだ。
　なのに誰も知らないという。

　彼女の痕跡こんせきすら危うい。

　女物の衣装の入った箱も、リュートのものだと錯覚させられた。

（この状況は、あの時と同じだ。）
（ハナキの行方が掴めなくなったあの時と）

『時間逆行トキメグリ……』

　ミズキが仮定したハナキの力。
　考えればしっくりくる。

　ハナキが躊躇ためらわずに力を使う事態になってしまった。

「そうだ、護符アミュレット！」

　カナタはハナキの位置情報が掴めるはず。
　魔力を練り、
　ハナキを探すがリンクが途絶えている。

　行方もわからない。

「解除されている……そうか」

　悟ってしまう。きっとあの子なら、そうしてしまう。
　カナタは膝から崩れ落ちた。

「私が、死んだのですね……」

（ハナキは、私のために力を使った。そう確信してしまった）

　翠玉エメラルドの魔宝石は鍵以外だとカナタが死んだ時に解除されるものだった。

　カナタ自身に死の実感も記憶もない。
　ただその事実が巻き戻され、
　ハナキの存在が消えかけた。

「あなたはまた私の手からすり抜けようとするのですか」

　絶望に染まりかけたカナタは掠かすれた声で搾り出す。

「私を生かしても、あなたがいない世界など……死ぬよりよほど残酷ざんこくだ」

「何度でも、幾度いくどでも、私は諦めない。
　貴方を見つけだす」

　イヤリングを握りしめカナタの瞳に意思の光が宿った。