トキノハナと宝石の君〜玻璃の花は翠玉の夢を見る。しくじった私を軟禁して溺愛する理由を知りたいのですが〜

まつのことり

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翠玉の章・溺愛√(ハッピーエンド)

翠玉、砕けて。クロノスの巫女姫

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 互いに致命傷ちめいしょうを与えることなく、剣弾の攻撃は続く。

 私が飛び出したら邪魔になるのがわかっているのでカナタの影で守られて入るが、疲労の色が濃くなるカナタが心配でたまらない。

 元々商人で、武芸の専門職ではないカナタ。
 ある程度の護身の手ほどきはあるだろうが、手練てだれ相手の純粋な戦闘になると部が悪いのは見えている。

 この状況を招いたのは私なのに。
 この人が死んだらどうしよう……

「あのね、カナタ……」

「バカなこと考えてないですよね?」

「!」

「あなたの前ではカッコつけていたいんです。 黙って守られてください」

 私が言わんとしたことを察したのかさえぎ


「くっ……」
「カナタ!」

 一瞬グラッとカナタの身体が揺れる。
 立ちくらみのように体制を崩すカナタは、すぐに持ち直した……

「ほら、魔力タマぎれだ」

 ……かのように見えたが、その隙をカプリスが見逃すわけもなかった。

 宵闇よいやみは音も立てずに忍び寄り、止める間も無くその切先きっさきでカナタの腹部を貫いた。

「ぐうっ……!」

 カナタの反撃の一弾は、虚しく空を穿うがつ。

「カナターーーーっ!!」

 一瞬何が起こったのか理解出来なかった。
 カナタの腹部から刃を抜かれると、一気に赤いシミが広がっていく。

「俺の勝ちだな。翠玉の王子よ。死ね」

 崩れ落ちるカナタにトドメを刺そうと剣を振り下ろそうと構える。

「ダメ!!」
 私は反射的にカナタとカプリスの間に割って入り、カナタをかばうように被さった。

「姫。治癒術ちゆじゅつのない今彼は助からない。 一思いに殺してやる」

頑として避けない私を
表情が抜け落ちたような、冷たい目でカプリスは見下ろした。

「まだだ。… …戻れ」

 息も絶え絶えに、カナタは呟くと

 打ち損じたかと思った1発が、軌道きどうを大きくかえてカプリスの心臓を貫いた。

 緑色の追跡弾がカプリスの心臓を確かに撃ち抜いたのに、
 彼自身はピンピンしている。

(なんで?)

 カプリスこそ致命傷ちめいしょうだろうに、血こそ流れても平然としている姿に恐怖を感じる。

「姫の力が混じった魔弾か…油断したな。
 ここで今日のところは幕引まくひきか。
 これは仮初かりそめの体だから弱いね。

 まあいいか。翠玉すいぎょくの王子の影響が消えた頃、迎えにくるよ。次の幕で会おう、姫」

 カプリスはうやうやしく礼をして、宵闇と金の光の粒になってかき消えた。

 最初から最後まで一方的で天災のような男だ。

 彼が与えた影響は、とんでもなく大きい。
 何人もの人を狂わせて、葬って。
 後には草一本生えてこない。
 そんな災厄のような、金色の闇。

 悪夢は去ったのに。
 夢から覚めた現実はあまりに残酷で。

 赤が、鮮明な赤が離れない。
 鼻の奥にこびりつく鉄の匂いが充満する。

「なんとか、引かせたな……あなたに怪我がなくてよかった」

 肩で息をするように、カナタは苦しげに、かつ安堵したように微笑む。

「私は大丈夫だよ、カナタが守ってくれたから……」

 ボロボロ、涙が溢れて止まらない。
 ぐったり倒れ込むカナタを私は抱える。

「止血しないと……!」

 カプリスにえぐられた傷は深く、内臓まで達していたのだろう。
どくどくと溢れあふれる血が止まらない。

 スカートの裾をちぎり、カナタの傷に当てがい抑えるが
 止まる気配がない。

 カナタの顔の血の気も引いていく。

 それでも優しく微笑みながら、私のほおを撫でる。

「ねえハナキ、笑って。
 私はあなたの笑顔が見たいんだ。キラキラの……玻璃はりの花を」

「もうしゃべらないで」

 ゴフッ、と血の塊が口から溢れる。

「あなたに……私の全てをあげる。
 命も、心も、持っていって。
 ハナキ……約束、守れなくて……すみま……」

 ずるっ、とほおに触れていた腕が力をなくす。
 翠玉エメラルドの瞳の、輝きが徐々に失われていく。

「カナタ、ねえ、嫌だよ……」

「無理やり連れ回してよ、愛が重くてもいいよ、
 あなたになら、喜んで囚われてあげる」

「約束、守ってくれるんでしょう?
 カナタ……」

 まだ暖かいカナタの身体にすがり付く。
 泣いても騒いでも、彼からの反応はかえらない。

 体温と共に、カナタの命の灯火ともしびが消えようとしている。

「まだだよ、目を開けて!」


 ピシッ、と硬いものがひび割れる音がする。

「えっ……」

 ネックレスの翠玉エメラルドの魔宝石がひび割れる。

「ダメ、割れないで!」

 思わずネックレスをギュッっと握り込む。
 そんな私の思いなど関係なく
 ピシ、パシと細かい亀裂きれつが走り、

 ーーーーー砕ける。

 かんぬきの外れた錠前じょうまえは、私の首から力無く滑り落ちていく。

(鍵以外でこの首輪が外れる時は、カナタが死ぬ時……)

「嘘、だよね。こんなの嘘だ。」
 誰か嘘だと言って。

 灯火ともしびが燃え尽き私とカナタを繋ぐ鎖が、断ち切られてしまった。

 こと切れた彼の、光をなくした瞳を手をかざして閉じる。

 こうしていると、眠っているように見えるのに。

 「私が、死なせたようなものだ」

 私の手首の碧石が光る。
 それを手のひらで握り、片割れを思う。

「ミズキ……助けて」
 
一縷いちるの望みをかけて、私は彼女に呼びかけた。


 ・・・・・・・・・・


 碧石が激しく光を放ち、私を包む。
 優しい光にじんわり、慰められているように感じる。

 その先から聞こえてくるのは、求めていた片割れの声。

「ハナキ、こうなるのはわかっていたの。
 呼びかけてくれてよかったわ。
 大丈夫。手はあるわ」

「ミズキ……どうしたらいい?」

「前にもやったことがあるはずよ。
 あなたは覚えていないだけで。
 リスクはもちろんある。
 カナタ様に『時間逆行トキメグリ』を使うの」

時間逆行トキメグリ?」

 カプリスが私の事を『刻巡りの姫』って言ってた事を思い出す。

 以前、ミズキが話してくれた仮定の話。
 のはずだけど。

 これしか方法はないのだけはわかる。

「あなたは多分、どこまでかの記憶の一部を忘れてしまう。
 でも、私がいるわ。私があなたを覚えてる。
 代償も分け合えるわ。一緒に助けましょう。

 私とあなたは、2人でひとつだから
 私を、あなた自身を信じて」

「うん、ありがと、やってみる」

 ミズキの思念が私の中で共有する。
 ミズキが一緒にいてくれる
 それだけでなんでもできる気がした。

・・・・・・・・・・・

「カナタ、全部忘れちゃったらごめんね。
 きっとあなたなら、どこに行っても見つけてくれるよね」

 私はカナタの髪を撫で、色を失い冷たくなった唇にキスをおとす。

 鉄の味のラストキス。
 泣き笑いで、お別れだ。

「カナタ、大好き」

 記憶もないのに、いざとなったら
 できるものなんだね。

 自分の気持ちも、力にも。
 ギリギリにならないとわからない
 だめな私で、ごめんね。

 祈る。明確な私の意思で、さかのぼる。

 あなたのいない世界を巻き戻す。
 あなたがいる世界に巻き戻す。

 そこに私はいなくても。
 心はあなたと共に。

 一緒にーーーーーー

 抱きしめたカナタの身体ごと、私は光に包まれる。

 全てが真っ白になって、

 私の思考も、身体も、全てが真っ白の世界に溶けていく。

『あなたが幸せであるように』

 私は、祈るーーー。

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