トキノハナと宝石の君〜玻璃の花は翠玉の夢を見る。しくじった私を軟禁して溺愛する理由を知りたいのですが〜

まつのことり

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翠玉の章・溺愛√(ハッピーエンド)

ハナキとミズキ2

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 より鮮明によみがえる。

 歳のころは7、8歳の私。
 森の小さな教会の中に孤児院があった。

(ああ、そういえば、私はここで育ったんだっけ)

 決して豊かではないけれど、優しいシスターと牧師様に、共に暮らす小さな仲間たち。

 清貧せいひんな暮らしだけど、幸せだった。

 みんな仲良くしてくれたけど、いつもどこか寂しかった。
 当時の感情はまだ、記憶の鍵がかかっている。

 この寂しさの正体は、まだわからないけれど。

 漠然と浮かぶ情景に、私の頭もついていかない。


「……孤児院」
「痛みが引いていくわ……」
 
 私とミズキは同時に呟き、2人してよろめいた。

「ハナ!」
「ミズキ、大丈夫かい?たちくらんだように見えたけど」

「ええ、むしろ調子がいいくらいだわ。
 苦しくないし、全身の痛みも引いていくのよ、信じられないわ」

 意識を飛ばしかけた私たちにカナタとリュートは支えるべくかたわらに来ていた。

「ハナキ、孤児院って」
「ミズキの手を取ったら、少しだけ記憶が戻ってきた。ような……」

「!」

 私の言葉にカナタは驚きに目を見開く。

「……私は小さい頃森の教会にいたんだ。小さな孤児院。そこで暮らしていた」

 一つ一つ、確かめる様に言葉にする。

「うん、それで? 」

「どこかまではわからないけど、教会が火事になって、それで……」

「火事? いつのことだ? 私が知る限りではその様なことはなかったと思いますが……」
 首を傾げるカナタ。

「そんなわけないよ。
 夜中、みんなが寝静まった頃に火がついて
 熱くて、痛くて、兄弟たちを連れて必死に逃げた。
 でも、火の回りが早くて、はりが落ちて、どんどん逃げ場がなくなって。

 火をつけたのは……私を麻袋に入れて連れて行こうとした奴ら」

 指先が震える。おそろしく鮮明に蘇る光景に、涙も滲んでくる。

「牧師様も、シスターも礼拝堂で血を流して倒れてた。多分、殺されたんだ。

 小さい兄弟たちは、煙に巻かれてどんどん倒れていったんだよ」

 私は自分の両腕を抱きしめるようにして言葉をふり絞る。

 1人、1人と体力の無い者から力尽きていく。
 出口も塞がれて、皆もう天に昇る道しか残されていなかった。

 「…そこから記憶は途絶えて、気がついたら、路地裏で死にかけていたところをおじさんに拾われて、今に繋がる……かな」

 飛び飛びではあるが、記憶のパズルがはまりはじめる。

 いきなり一部が鮮明に思い出せて、私も整理がつかない。

「思い出せたのは、いつ頃までの記憶ですか? 」

「まだ飛び飛びだから、完全にではないけど、
 多分、私が7つか8つの頃だと思う。それ以前のはまだ怪しい」

「その頃は私はもういないな……」
 私の話を聞き、カナタは難しい顔をする。

「なんか物騒な話だね、森の孤児院って、カナタが昔から気にかけてたところだよね?」

「はい、そうです。私が出た後もずっと関わりをもっていたのですが、火事の記憶はない。
 隠せるようなものではありませんし……」

 リュートとカナタの会話に、私もいささか不安になる。

「私、なんか思い違いしてる?
 でも、リアルだったよ……今まで忘れていた身としてはそう言われると自信がなくなってくるわ」

 皆で額を突き合わせるが、どうにも交わらない。

「……あの、わたくしの見解を述べてもよろしいでしょうか?」

 ずっと黙って聞いていたミズキがそう切り出す。

 「ハナキはその火事の後に記憶がなくなったのですよね? カナタ様はその事実を知らない。
 カナタ様は、ハナキをいつ頃から見失いました?
 その孤児院と今までずっと関わりを持っていたのなら、孤児院側に隠蔽いんぺいするなどの悪意がない限りハナキの足どりがわからなくなることはないですよね」

「そうですね、教会孤児院絡みで隠したとしても、痕跡こんせきを綺麗に消すのは難しい。
 足取りがつかめなくなるなどありえないはずでした」

「それが、何故かは皆がわからないのですが、煙の様に消えた、のです」

「煙のように?」

「はい。ある日を境に、ハナキの存在が消えました。私は支援も兼ねて義父と定期的に訪れていましたが、
 姿が見当たらないのは勿論、ハナキがいないことに誰も気がつかない。
 最初からいなかったかのように」

 カナタとミズキは、何の話をしているのだろう?
 私の中にさっぱり入ってこないでいた。

「私、確かに孤児院にいたよ? この記憶もおかしいの…? 」

 正直訳がわからない。
 私の記憶はバグばかりだったのだろうか。

 でも、今でも肌に感じる恐怖と火にいぶされ焼け付く記憶が、偽物とは思えなかった。

「ええ、あなたがあの孤児院で育ったのは紛れもない事実です。私が保証します」

 カナタは緑の瞳を細め、肯定する。

「しかし、その『ある日』の境から誰に聞いても、あなたのことを尋ねても知らないと。どの人も皆嘘の『色』も無かった」

 「不可能かと思われた痕跡を完全に消してしまったので、
 そこから、あなたを見つけるまで随分かかりました。
 偶然か運命か。巡り合わせが味方していなければ、まだ私は世界中を駆けずり回っていたでしょうね」

 私の傍らにいるカナタはいろいろな思いを噛み締めるように、微笑んだ。

 「運命ねぇ……どちらかといえば運の尽きだと思ったよ、ミズキ~」

 カナタの熱弁に、私は冗談まじりでミズキに抱きつく。

 「…リュートから詳細は聞いています。随分情熱的な殿方に見初められたのね、ハナキは」

 ポンポン、とミズキは背中を優しく叩き慰めてくれる。優しい……

「運命なんてねじ曲げてかっ攫さらうの間違いだよね、カナタはぁ~」

「あなたたちは…全く」

 話の腰をぽきっとやられこめかみを抑えてため息をつく。

 (世界を駆けずり回るくらい探してたって、私、カナタにそんなに想われていたんだ)

 ミズキに抱きついたまま、顔を隠す。照れ隠しでふざけてしまったけれど、嬉しくないわけがない。

 ないのだが…カナタがここまでの好意を抱いてくれる理由がまだわからないのがただ辛かった。

「思い出して」
「あなたは変わらないな」

 宝物をいつくしむ様に、私を透過してむける視線は
 過去の私への想いが溢れてた。

 ミズキは視線を落とす私の背を再度ポンポン、と優しく撫でた。大丈夫よ、と言うように。

 そして、またカナタに疑問を投げかける………
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