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翠玉の章・共通√
落としたもの、拾ったもの。
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(とりあえず、撒けたかなぁ…)
肩で息をする私に、わりと平然としているカナタ。
体力の差よ…
そこそこ人通りのある繁華街の街路に紛れている。
「野良猫の気持ちがよくわかるルート選択でしたね。
いやあ、お見事。」
涼しい顔で感想を述べる.
「ほめてないよね、それ」
走って隠れて全力で大逃走劇を繰り広げた私達。
カナタが色を察知できないくらいまで離れたのでとりあえずは私たちの勝ち、なのだろう。
(相手方も諦めたわけではないだろうけど。)
「ふふ、演劇の一幕のようで、つい楽しんでしまいましたよ」
「このまま手を取り合って、果てまで逃げる。愛の逃避行も悪くないな、と」
「またアホなことばかり…」
戯けた口調で肩をすくめる。
「一生懸命なあなたが可愛くてね、つい」
「あなたとなら、どこに行っても楽しそうだ。
一緒にフォルテに行ってもいいね、海を越えてもいい。
異国を歩くのも。未踏の地を進むのも
きっと楽しい。
見たことない景色が見れそうで。」
「それは、いいね。楽しそう」
2人で並んで、同じ景色を見る。
1人で歩いてきた道を、一緒に歩いてくれるひとがいる。
想像しただけで、顔が綻ぶ
「では、約束ですね。」
私の頬に張り付いた髪の毛を指で払い、愛おしげな視線を向ける。
(そんな目で見ないでよ)
せっかく心臓が落ち着いたのに。また忙しなくなる。
「いいい、いまは呑気な話してる場合じゃないでしょ……て、ない!」
手櫛で髪の毛を抑えながら少しだけ距離を取る。
その時、左耳のイヤリングがないことに気がついた。
私はざあっと血の気が引いていく
あれ確か翠玉だよね、…本物の。
「ごめんなさい!探してこないと…」
どこで落としたか、見当がつかない…
あれ一つで何ヶ月暮らせるだろうか。
そう思うと気が遠くなりそうになる。
「大丈夫ですよ、気にしないで。
イヤリング一つくらい、たいしたことありません。
あなたに何かあったほうが困る。」
焦ることも怒ることもなく、ただ私の身の心配だけをする。
「でも…」
「さ、帰りましょうか。流石にリュート君に悪い」
続けようとする私を遮るようにカナタは歩き出す。
『だいぶ離れてしまいましたからね、馬車でも拾いましょうか」
言うなり流しの馬車を捕まえて私を押し込み自分も乗り込み、一応ことなきを得たのだった。
イヤリング以外は。
片方だけの翠玉に、私の心が漣を立てる。
無くした罪悪感だけならば、いいのだけど…
・・・・・・・・・
「も~、遅い。遅いよ2人とも。
お腹空きすぎて死ぬかと思った」
「夕食を抜いたくらいで人は死にませんよ」
私たちが戻ったのは、結局夜も深くなり夕飯と言うより夜食に近い時間帯。
律儀にリュートは食べずに待っていたようだった。約束したからね~と。
事情があったとはいえ大変、申し訳ない。
「そんなに仲良くなって遅くまで連絡一つくれずに何してたんだか。あ~あ。かゆいかっゆい」
ヤブ蚊に刺されたふりをするリュートに、げんなりするカナタ。
「仲良く…」
先程の告白を思い返す。
「私の妻の座が空いていますが、よろしければご予約などいかがです?」
「あなたはただ、『はい』といえばいい」
(なってない。…わけじゃないな……)
思い返すとまた頬に熱が集まる。
返答に詰まってしまった。
「あーあー。ハルちゃんもとうとうカナタの毒牙にかかったかぁ…」
「失礼ですよ、リュート君」
カナタはあまり食が進まないのか食事にはほとんど手をつけずに、果実酒の入ったグラスをちびちび舐めていた。
「まだ、かかってない。」
「まだ、ねぇ。なんか僕、お邪魔じゃない?」
呆れたような、ニヤニヤしているような含みのある顔をするリュート
「そんなことないよ!¿」
揶揄うのも大概にしてほしい。
せっかくの夕ご飯も味がわからない。
ただひたすら口に運ぶ作業を続ける。
「わ、私もうお風呂入って寝る!」
いたたまれなくなった私は、さっさと自室に引っ込むことに決めた。
戦略的撤退である。ほんとだよ。
ーー 幕間 ーー
「ふふっ、一石投じられたかな?」
黒いフードから覗く烏の濡れ羽色を闇に泳がせながら、ほくそ笑む。
悪~いお兄さんが仕組んだ、世にも楽しい遊戯
同じ阿呆なら踊らにゃ損。
楽しく踊ってくれたら喝采。
名馬も駄馬も
上手く操縦してみせましょう。
最後に残る道化師が
全てを掌握してみせようか。
ーーーさあ、私の舞台で踊りなさい。
姫と王子の逃避行。
悪者の手が迫る!おっと危ない!!
ところがそのお姫様、大層勇ましいことで。
迷わずスカートの裾を上げ、髪が乱れ、土埃や汗に塗れることも厭わずに
王子と共に駆けてゆく。
街灯や月下のライトを浴びた
懸命な横顔はとても美しく。
私の幕はまだなのに
思わず手が伸びそうになる。
傾国と呼ぶにはまだまだ原石。
磨いていけばいつかは一国を焼きつくす
閃光となるだろう。
翠玉に護られた姫君。
何色にも染まる、無垢な姫君。
君に似合う宝石は、翠玉(エメラルド)だけとは限らない。
逃走劇の最中。
姫君が落とした
翠玉のイヤリングを月明かりに翳す。
「いつか、染め上げてみたいね」
「この夜の様に」
全てを蹂躙する黒に。
強く気高い黒金剛石に。
宵闇に浮かぶ金の瞳で、道化師は笑う。
道化師の幕はまだ、上がらない。
肩で息をする私に、わりと平然としているカナタ。
体力の差よ…
そこそこ人通りのある繁華街の街路に紛れている。
「野良猫の気持ちがよくわかるルート選択でしたね。
いやあ、お見事。」
涼しい顔で感想を述べる.
「ほめてないよね、それ」
走って隠れて全力で大逃走劇を繰り広げた私達。
カナタが色を察知できないくらいまで離れたのでとりあえずは私たちの勝ち、なのだろう。
(相手方も諦めたわけではないだろうけど。)
「ふふ、演劇の一幕のようで、つい楽しんでしまいましたよ」
「このまま手を取り合って、果てまで逃げる。愛の逃避行も悪くないな、と」
「またアホなことばかり…」
戯けた口調で肩をすくめる。
「一生懸命なあなたが可愛くてね、つい」
「あなたとなら、どこに行っても楽しそうだ。
一緒にフォルテに行ってもいいね、海を越えてもいい。
異国を歩くのも。未踏の地を進むのも
きっと楽しい。
見たことない景色が見れそうで。」
「それは、いいね。楽しそう」
2人で並んで、同じ景色を見る。
1人で歩いてきた道を、一緒に歩いてくれるひとがいる。
想像しただけで、顔が綻ぶ
「では、約束ですね。」
私の頬に張り付いた髪の毛を指で払い、愛おしげな視線を向ける。
(そんな目で見ないでよ)
せっかく心臓が落ち着いたのに。また忙しなくなる。
「いいい、いまは呑気な話してる場合じゃないでしょ……て、ない!」
手櫛で髪の毛を抑えながら少しだけ距離を取る。
その時、左耳のイヤリングがないことに気がついた。
私はざあっと血の気が引いていく
あれ確か翠玉だよね、…本物の。
「ごめんなさい!探してこないと…」
どこで落としたか、見当がつかない…
あれ一つで何ヶ月暮らせるだろうか。
そう思うと気が遠くなりそうになる。
「大丈夫ですよ、気にしないで。
イヤリング一つくらい、たいしたことありません。
あなたに何かあったほうが困る。」
焦ることも怒ることもなく、ただ私の身の心配だけをする。
「でも…」
「さ、帰りましょうか。流石にリュート君に悪い」
続けようとする私を遮るようにカナタは歩き出す。
『だいぶ離れてしまいましたからね、馬車でも拾いましょうか」
言うなり流しの馬車を捕まえて私を押し込み自分も乗り込み、一応ことなきを得たのだった。
イヤリング以外は。
片方だけの翠玉に、私の心が漣を立てる。
無くした罪悪感だけならば、いいのだけど…
・・・・・・・・・
「も~、遅い。遅いよ2人とも。
お腹空きすぎて死ぬかと思った」
「夕食を抜いたくらいで人は死にませんよ」
私たちが戻ったのは、結局夜も深くなり夕飯と言うより夜食に近い時間帯。
律儀にリュートは食べずに待っていたようだった。約束したからね~と。
事情があったとはいえ大変、申し訳ない。
「そんなに仲良くなって遅くまで連絡一つくれずに何してたんだか。あ~あ。かゆいかっゆい」
ヤブ蚊に刺されたふりをするリュートに、げんなりするカナタ。
「仲良く…」
先程の告白を思い返す。
「私の妻の座が空いていますが、よろしければご予約などいかがです?」
「あなたはただ、『はい』といえばいい」
(なってない。…わけじゃないな……)
思い返すとまた頬に熱が集まる。
返答に詰まってしまった。
「あーあー。ハルちゃんもとうとうカナタの毒牙にかかったかぁ…」
「失礼ですよ、リュート君」
カナタはあまり食が進まないのか食事にはほとんど手をつけずに、果実酒の入ったグラスをちびちび舐めていた。
「まだ、かかってない。」
「まだ、ねぇ。なんか僕、お邪魔じゃない?」
呆れたような、ニヤニヤしているような含みのある顔をするリュート
「そんなことないよ!¿」
揶揄うのも大概にしてほしい。
せっかくの夕ご飯も味がわからない。
ただひたすら口に運ぶ作業を続ける。
「わ、私もうお風呂入って寝る!」
いたたまれなくなった私は、さっさと自室に引っ込むことに決めた。
戦略的撤退である。ほんとだよ。
ーー 幕間 ーー
「ふふっ、一石投じられたかな?」
黒いフードから覗く烏の濡れ羽色を闇に泳がせながら、ほくそ笑む。
悪~いお兄さんが仕組んだ、世にも楽しい遊戯
同じ阿呆なら踊らにゃ損。
楽しく踊ってくれたら喝采。
名馬も駄馬も
上手く操縦してみせましょう。
最後に残る道化師が
全てを掌握してみせようか。
ーーーさあ、私の舞台で踊りなさい。
姫と王子の逃避行。
悪者の手が迫る!おっと危ない!!
ところがそのお姫様、大層勇ましいことで。
迷わずスカートの裾を上げ、髪が乱れ、土埃や汗に塗れることも厭わずに
王子と共に駆けてゆく。
街灯や月下のライトを浴びた
懸命な横顔はとても美しく。
私の幕はまだなのに
思わず手が伸びそうになる。
傾国と呼ぶにはまだまだ原石。
磨いていけばいつかは一国を焼きつくす
閃光となるだろう。
翠玉に護られた姫君。
何色にも染まる、無垢な姫君。
君に似合う宝石は、翠玉(エメラルド)だけとは限らない。
逃走劇の最中。
姫君が落とした
翠玉のイヤリングを月明かりに翳す。
「いつか、染め上げてみたいね」
「この夜の様に」
全てを蹂躙する黒に。
強く気高い黒金剛石に。
宵闇に浮かぶ金の瞳で、道化師は笑う。
道化師の幕はまだ、上がらない。
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