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翠玉の章・共通√

悪縁。暗躍の道化師(クラウン)

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 少し高くなった月。街灯も灯り、
 商店はどんどん店じまいをし、酒場や賭博場とばくば、大人の社交場など夜の街が目を覚ます。

 日が落ちると、ここらの治安も一変する。
 女子供の独り歩きは御法度ごはっとなのが常識だ。

 さらってくださいとふだ下げて歩いている様なものだ。

 滞在先のホテルまでのはもう少しかかる。
 馬車を使えば早いけど、互いにその提案はなく。

 この時間が長く続く様に、と思っていたのかもしれない。

 たわいもない話をしながら、カナタと2人歩いていたところで、私は後ろを振り返る。

 妙な視線を感じるような…?


「…………」

「……?」

「なんだろう。一定の距離で付いてきてる、ような」

「あなたも気付きましたか?」
「…うん。嫌な感じがする」

 今は飼い猫の様な生活をしているが、元々野良なのでこの手の気配には敏感にできている。
 カナタも気がついているようだ。

「背後から、夜に紛れて殺気を放つ『色』がある。一つ、二つではありませんね」

「私たちを付け狙っている?何のために…」

「色々思い当たる節はありますね。
 私か、あなた目当てか。それとも両方か」

 立場や商売柄、人から恨みを買うことも多いそうでこの手のことには慣れている。

(だが、今回はハナがいる。)

(彼女の護符アミュレットは強力だから、特に相手が男なら存分に力を発揮してくれるでしょうが、……彼女に詳細をあまり知られたくはない。)

 護符アミュレットの本当の効果は、まだ秘密にしていたい。

 不穏な気配に気がついたことを悟られぬよう、
 平静を装いながら進む。

 ホテルまでの道のりは街灯も整備されていて明るく、通りも賑やかではあるが、途中で魔術師先生の研究棟ラボがある。

 鬱蒼うっそうとした木々に囲まれていて、しかも人通りも少ないため夜は少々危ない。

 このまま進んで事を起こすならそこら辺が濃厚かもしれない。

「…不穏な『色』が増えていく。数で押されたらまずいな。このままではあなたを危ない目に合わせてしまうかもしれないな。」

 眉根を寄せて、カナタは懸念する。

 なるほど。

「うーん、あまり大事にはしたくない?
 それとも捕らえたい?逃げ切ればいい?」

「そうですね、相手が誰かは調べたいが今はあなたが優先だ。
 何事もなく逃げ切れるならばそちらの方がいい」

「わかった。じゃあ急ごう。ついてきて」

 いうなり私はスカートをたくし上げ、走り出す。

「ハナ、人前ではしたない!」
「緊急事態!」
 破るよりはいいだろう。

(何か知らないけど、2度目の失敗はないよ!)

 私は脇道に入り、入り組んだ道を走る。
 カナタと共に、全力鬼ごっこを始めるーーーー


 ・・・・・・

 幕間

 少し前に話は遡る

「あの生意気な若造め…!」
「旦那、飲み過ぎだよ」
「うるせぇ!いいから酒持ってこい!」

 酒と化粧とタバコの匂いが混じった夜の盛り場。

 そこでエールをあおりながらクダを巻ひとりの男がいた。

「飲まねぇでやってけるかってんだ.…ヒック…胸糞悪い」

 テーブルに着くホステスに罵声を浴びせながら、ヤケ酒を流し込む男。
 酒癖の悪い客に当たり、こっそり顔を顰めながらも追加のエールを持ってくる。

 相当の量を飲んでいるだろう、だいぶ酔いが進んでいる。

「今日は何でそんなに荒れてんのさ?」

「イグニードの若造のせいだ…!あいつ、偉そうに…バカにしやがって!」

「イグニード商会といえば、あら、あのすごいハンサムな商会長か…」

「なにがハンサムだ!あんな軟弱野郎………あいつは商売をわかっちゃいねぇ!!」

 グビグビ、タン!

 ホステスが持ってきたジョッキを勢いよく煽り、テーブルを打ちつけた。

 クダを巻いている男は、先日カナタが取引を切った男である。

 取引を切られたのはかなりの痛手で、粗悪品を混ぜた自分のいた種とはいえカナタに恨みを募らせていた。

 連日飲みにきては、店の者に眉を顰めながらも、
 呪詛じゅそのようにひたすらカナタの悪口を吐き続けている。

「取引切られたら……おれはどうしたらいいんだよぉ……」

 怒るだけ怒ったら、次は泣き言に移る。
 そして潰れるまで飲む。
 それがこの男のいつものパターンになっていた。

 周りの席も盛況していて、いい感じにお酒も入ったお客さんたちで店内はかなり賑わっている。

「よお、旦那。随分荒れてんね?これは俺からの奢りだよ。元気だしなって」

 そんな男の前に、黒いフードを被った青年が、両手にジョッキを持って向かいの席に着く。

 顔はよく見えないが、褐色の肌が異国出身なのだろうと推測される。
 フードからちらりと覗く髪は烏の濡れ羽色。

 隠されている部分が多いが、
 通った鼻筋に薄い唇は、美形と言ってもいいだろう。

「ん~?気がきくじゃねぇか」

 男の飲んでいるエールよりも高級なラガーに、気を良くする。

「俺がこの旦那の相手をするから」とホステスに小金を握らせる。女はこれ幸いと喜んで席を譲る。
 フードの青年は興味本位で男の酒に付き合うことにしたようだ。

「イグニード商会っていやぁ、俺の故郷でも有名だよ、今の5代目が若いのにかなり敏腕なんだろ?手広くやってるよねぇ。
 旦那、なんか怒らせるようなことしたの?」

「大したことはしとらんわ!商売も横のつながりも解っとらんガキが調子に乗りやがって…」
 少々後ろめたいところがある人間特有の語気強めの早口で捲し立てる。

「ふーん、そうなんだ。旦那も大変だったんだね。
 旦那ほどの立派な商人を、コケにするなんて何様~?て感じだよね?何だっけ名前…」

「カナタ・イグニードだ!忌々しい」

「へぇ、カナタね」
にやっ、と含みのある笑みを浮かべる青年。

 「俺ねえ、その人知ってるよ~。最近よく見かけるね。翠玉エメラルドの目した洒落者しゃれもの美男子イケメン。目立つよねぇ。あの人有名人なんでしょ?
 イグニード商会って王都が本店だったよね、こっちには出張かなぁ」

 ペラペラと軽快に話す青年は、自分のジョッキに口をつけつつ話を補足する。

 「そうそう、こないだ一緒に飲んだ旦那の話からも出たよ。
 その噂のカナタ・イグニード、
 どうやら今、懇意こんいにしてる女がいるみたいだよ」

 「…やつなら女など掃いて捨てるほどいるだろう。社交界の艶聞えんぶんに事欠かないし、そんなに珍しい話じゃないだろう」

 さしてや興味なさげに返答する男に、フードの青年は人差し指を左右に振り、意味深な笑いを浮かべる。

 「それがさぁ、結構マジボれ?骨抜き?
 人目はばからずイチャイチャしていつも手を繋いで歩いてるって~。わぁお、大胆~!」

 「それでその旦那もすごい荒れててさぁ~
 その女をどうにかして引き離したいみたい~。
 自分の娘の婿さんとかにしたかったんじゃない?」

 「ある話だな。イグニード商会のカネ財力カネ権力チカラ垂涎すいぜんものだろうよ、くそっ…」

 「だよねぇ。若くてカネありチカラありなら
 操縦のりこなしたあーい♡のは、レディ達だけじゃないよね。」

「あ、ほら、グラス空いてるよ?」と
 杯も乾かぬうちに追加を勧めるフードの青年に、男もすっかり気を許している。


 「……俺としてはその卿を籠絡ろうらくした女のほうが気になるけどねぇ。
 そんな傾国、どこに隠れていたんだか。」


 フードの青年は、独り言のようにつぶやく。

 皆からは見えないが目が笑っていない。
 調子の良い道化っぽく振舞っていたが、
 また違う一面があるのだろう。

 「そうだそうだ、旦那、ちょっとイイ話あるんだけど、聞いてみない?

 改めて道化師クラウンの仮面を被り、ニコニコと調子を上げて話を切り出す。
 フードの青年は、懐から金貨の入った小袋をちょん、と男の前に置いた。

「いい話だぁー?なぁにをいきなり…」

「うん。とりあえず聞いてくれたらこの金貨あげるよ。聞いてくれてありがと料?てね。
 ……旦那、今懐具合寂しいんでしょ?

 きっとね、旦那にとっても悪い話じゃないと思うんだ。」

 「……聞くだけ聞いてやる。さっさと話せ」

 男は青年の気が変わらないうちにと言わんばかりにササと
 小袋を懐にしまいこんだ。

「ありがと。きっと楽しいことになるよ?ふふっ」

 青年は男に耳打ちし、クダまきは密談に移行した。

 フードで隠れた
 黄金色の猛禽類の眼差しが、男にしっかりと食らいつく……
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