とある冒険者セルジュ

相伽

文字の大きさ
上 下
32 / 83
出会い編

32 とある店員兼職人A

しおりを挟む
 店員Aはフル装備でセルジュが来店した時に、盗賊か暴力沙汰の事件を起こしていそうな人だと感じた。
 単にセルジュが蛮族断固拒否と気合を入れ過ぎた為に、目付きが悪くなっていただけだったのだが。

 そういう雰囲気の客だと他の店員が逃げるので、強面のAが担当する羽目になる。顔が怖いだけなのに酷い。
 担当はするけど、逃げなくてもいいじゃないかといつも思っている。

「いらっしゃい」

 声を掛けると男の後ろから、ひょこっととんでもない美形が現れた。
 そこでようやくAは、客が町で度々噂になっているセルジュとラウリーだと気が付いた。

 ラウリーさんは黒い服と美形で目立っており、密かにオイデンでは黒ブームが起こっている。
 その影響でAの店でも新しい黒の染料を開発したほどだ。
 噂には聞いていたし遠目で見たことはあったが、実際に近くで二人を見たのは初めてだった。

 ちゃんと見たら系統は違うが二人共顔は整っている。
 二人のどちらが注文してくれても、店の宣伝になると張り切ったのだが。

 客はセルジュさんだったが、何故だ、何故その組み合わせを選ぶ。
 うちの店の評判が落ちる! それだけじゃなく売ったことを怒られそう! と脳内で悶絶することになった。

 そう思っていたらラウリーさんが止めてくれた。嬉しくて涙が出そうになった。今日はいい酒が飲めそうだ。
 さり気ないぐーぱんの速さと重さに驚愕したし、それを撃ち込まれても平気なセルジュさんにも驚愕したが。

 ラウリーさんはちゃんとわかってくれて、店長でもある親方に割引提供をする方向で話を付けた。
 絶対に、評判になる自信があった。急な割引に訝しむラウリーさんにはこっそり事情を説明した。

「セルジュさんならうちの染料の広告塔になれます。一般向けの既製品も、うちは扱っているんですよ」

「そうなの?」

「セルジュさんは憧れられていて、雰囲気を真似したいと思う人は多いんです。着てくれたら、売れます」

 ぶっちゃけ既にラウリーさんのお陰で黒ブームは到来しているが、間違いなく拍車がかかると見込んでいる。

「ふーん。そういう狙いならいいか」

「是非! それに白が多いと、その、」

「……確かに。蛮族感が抜けきらないですよね」

 どう言おうか思いつかず言葉に詰まったが、言い得て妙だなと思った。

 話は纏まり思惑通り黒い染料のいい宣伝になり、一気に既製品の売り上げが伸びに伸びた。
 さらにセルジュさんの見た目を押し上げたデザインが評判となり、オーダーの注文も増えた。

 ひと月もしないうちに、店長から他に取られる前にラウリーさんに広告塔になってもらいたいと相談された。
 店で話をしたのはAだけ。決死の覚悟でアポを取った。

「え? 俺まだそんなに金がないんです」

「広告塔になって頂きたく。割引満載価格で提供します!」

「それで店は大丈夫なの?」

「もちろんです。セルジュさんのお陰で売上げも評判も上がり続けているので、同じくラウリーさんにもと思いまして」

 事情を説明すると普通に店の心配までしてくれて、キツそうな見た目なのにラウリーさんは優しい。
 ほとんどAの押し売り状態にはなったが、引き受けてくれた。案外押しに弱いらしい。

 ラウリーさんの装備は首から肩と胸の半分までと、腕の表側を革にした。さらに希望を聞き取り、脇腹から少し上の部分にまで革を入れた。
 生地は白でセパレートタイプ。側面に革があるので少しゆったりとした長めの作りにして、上着は腰布の上に出す新しい形になった。

 腰布もセルジュさんと同じ素材と色ではあるが、膝下丈のまま前布と後ろ布を合わせた形を提案してみた。
 本来スリットを入れる部分の生地の重ね方を工夫して、後ろの布が前にもかかるようにした。

 最早巻きスカートのようだが、動きやすさはそのままにポロリなどは完全防御になったと自負している。
 黒のブーツでズボンは白でも黒でも合う。これで腰布のイメージが変わると嬉しい。

 腰布は是非腰に浅く巻いて欲しいと思っていたら、何も言わなくてもラウリーさんはそうしてくれた。

「何で裾は生地の長さが違うんだ?」

「動きやすさを優先しました」

 嘘だ。いや、嘘ではないがラウリーさんならアシンメトリーだと考えて、動きやすさを後から考えた。

 ラウリーさんは最高の広告塔で、一般人にだけでなく冒険者にまで売れに売れた。美形パワー凄い。
 しかも無防備にお腹をかいたりするから、チラリと腹筋が覗いてそれが悩殺もののセクシーだと話題になった。浅くはいているからこそ、余計に。

 一般人はあんなに良い体をしていないので真似は無理だが、モテたい冒険者には評判が良かった。
 ラウリーさんが嫌がりそうなので、全く同じデザインは受付なかったのも逆に良かったと思う。
 ラウリーさんに割引した以上の儲けが出て、ボーナスが出てほくほくだ。

 そして更に。ラウリーさんから必ず指名されるようになった。

「メンテナンスでしたら、私以外でも対応できますよ?」

「最初に俺とセルジュが来店した時、他の店員は逃げただろ。そんな奴らに命を預ける防具を任せたくない」

「ふぅわぁあ! ありがとうございます!」

 今まで貧乏くじを引いていたが、努力を見ていてくれていた人がいたのだと思うと涙が出るくらい嬉しかった。
 少し引かれた気もするが、職人冥利に尽きるとはこのことだ。

 ラウリーさんに指名されるようになった時は妬まれたが、最初に逃げたお前らが悪いと思えた。
 ラウリーさんが他の店員にも聞こえるように言ってくれたので、皆が逃げることも減った。

 さらにその後、冬の移動が寒いと相談を受け、革のケープをデザインしたらこれがまた爆発的に売れた。
 優しい美形のパワーが凄い。

 セルジュさんにこの店を紹介してくれたのがロイさんだと知って、ロイさんにもお礼を言いに行った。
 ちなみにロイさんの時も厳めしい顔に店員が逃げ、Aが担当していた。それからも専属状態だったが、誰からも妬まれたことはなかった。

 ロイさんの腰布を作ったのもうちで色々と言われてはいたが、常連になってくれていたので助かってはいた。
 この機会に是非漂う変態臭を払拭して欲しく、是非新しい腰布をと勧めてみたが断固拒否された。無念だ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

男子高校生だった俺は異世界で幼児になり 訳あり筋肉ムキムキ集団に保護されました。

カヨワイさつき
ファンタジー
高校3年生の神野千明(かみの ちあき)。 今年のメインイベントは受験、 あとはたのしみにしている北海道への修学旅行。 だがそんな彼は飛行機が苦手だった。 電車バスはもちろん、ひどい乗り物酔いをするのだった。今回も飛行機で乗り物酔いをおこしトイレにこもっていたら、いつのまにか気を失った?そして、ちがう場所にいた?! あれ?身の危険?!でも、夢の中だよな? 急死に一生?と思ったら、筋肉ムキムキのワイルドなイケメンに拾われたチアキ。 さらに、何かがおかしいと思ったら3歳児になっていた?! 変なレアスキルや神具、 八百万(やおよろず)の神の加護。 レアチート盛りだくさん?! 半ばあたりシリアス 後半ざまぁ。 訳あり幼児と訳あり集団たちとの物語。 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 北海道、アイヌ語、かっこ良さげな名前 お腹がすいた時に食べたい食べ物など 思いついた名前とかをもじり、 なんとか、名前決めてます。     *** お名前使用してもいいよ💕っていう 心優しい方、教えて下さい🥺 悪役には使わないようにします、たぶん。 ちょっとオネェだったり、 アレ…だったりする程度です😁 すでに、使用オッケーしてくださった心優しい 皆様ありがとうございます😘 読んでくださる方や応援してくださる全てに めっちゃ感謝を込めて💕 ありがとうございます💞

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

オメガ修道院〜破戒の繁殖城〜

トマトふぁ之助
BL
 某国の最北端に位置する陸の孤島、エゼキエラ修道院。  そこは迫害を受けやすいオメガ性を持つ修道士を保護するための施設であった。修道士たちは互いに助け合いながら厳しい冬越えを行っていたが、ある夜の訪問者によってその平穏な生活は終焉を迎える。  聖なる家で嬲られる哀れな修道士たち。アルファ性の兵士のみで構成された王家の私設部隊が逃げ場のない極寒の城を蹂躙し尽くしていく。その裏に棲まうものの正体とは。

つまりは相思相愛

nano ひにゃ
BL
ご主人様にイかないように命令された僕はおもちゃの刺激にただ耐えるばかり。 限界まで耐えさせられた後、抱かれるのだが、それもまたしつこく、僕はもう僕でいられない。 とことん甘やかしたいご主人様は目的達成のために僕を追い詰めるだけの短い話です。 最初からR表現です、ご注意ください。

騎士が花嫁

Kyrie
BL
めでたい結婚式。 花婿は俺。 花嫁は敵国の騎士様。 どうなる、俺? * 他サイトにも掲載。

異世界で8歳児になった僕は半獣さん達と仲良くスローライフを目ざします

み馬
BL
志望校に合格した春、桜の樹の下で意識を失った主人公・斗馬 亮介(とうま りょうすけ)は、気がついたとき、異世界で8歳児の姿にもどっていた。 わけもわからず放心していると、いきなり巨大な黒蛇に襲われるが、水の精霊〈ミュオン・リヒテル・リノアース〉と、半獣属の大熊〈ハイロ〉があらわれて……!? これは、異世界へ転移した8歳児が、しゃべる動物たちとスローライフ?を目ざす、ファンタジーBLです。 おとなサイド(半獣×精霊)のカプありにつき、R15にしておきました。 ※ 設定ゆるめ、造語、出産描写あり。幕開け(前置き)長め。第21話に登場人物紹介を載せましたので、ご参考ください。 ★お試し読みは、第1部(第22〜27話あたり)がオススメです。物語の傾向がわかりやすいかと思います★ ★第11回BL小説大賞エントリー作品★最終結果2773作品中/414位★応援ありがとうございました★

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる

クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。

処理中です...