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生クリームのフルーツケーキ
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私たちは変わった。
あれからもう十数年だ。当たり前なことなのかもしれないが、それでも私達夫婦は変わったことに驚いた。
いつまでも二人で、いつものカフェのあの席に座ってケーキを食べ。いつまでも二人で、小さなイタズラを仕掛け合い。いつまでも二人で、笑い合う。そう思っていたのだが、どうも違ったようなのだ。
子どもができた。
二人に似た、女の子だった。
私たちは娘にこれでもかと振り回された。子どもというものは奇妙なもので、同じ血を分けているにも関わらず、他人で、考え方の違う人間なのだと何度も思い知らされた。
後で振り返ってみれば、それは学習の過程のためでもあり、失敗を重ねて大人へと成長していく姿でもあるのだと理解できる。が、やはり違う人間なのだと、何度も何度も発見させられるのだ。
例え、同じ顔の夫婦から生まれた、夫婦にそっくりな同じ顔の子どもなのだとしても。妻も娘も、私とは違う人間なのだ。
娘と出会った当初は、確かにその事実を理解していた。そもそもの背格好が違うのだからわかりやすくて当然だ。ハイハイしている様子は、まさにその通りでわかりやすかった。
次第に歩けるようになってきてもその印象は変わらなかった。基本的な顔の作りは同じなのだが、やはり100cm程度の身長だと、違う人間なのだと意識させられた。
その成長の最中、娘はイロイロなモノを触り、口にし、泣いて、笑った。その度に私たち夫婦はオロオロと同じ表情をした。二人で同じように焦り、二人で同じように困り、二人で同じように安堵した。
時には娘が突然駆け出すこともあった。慌てて二人で追いかけようとしたら、娘は転んでしまって膝をアスファルトで擦ってしまい、痛みと血で泣いたこともある。もちろん転ばずにそのまま元気よく走り、私たちを汗だくにさせることもあった。とにかく娘は明確に違う人間だった。
110cm。120cm。130cm。140cm······。さらに大きくなっていくにつれ、娘はだんだんと大人しくなっていった。いいや、成長の過程ゆえか、明るく失敗を重ねていっていたことは変わっていない。そうではなく、少しずつ大人になっていっていたということだ。中学生として制服に袖を通したときには、夫婦二人で驚いて、表情を緩めたものだった。
当たり前のことだが、叱ることもあった。危険なことをすれば叱ったし、道徳的な価値観から叱ったこともある。そのときばかりは私たち夫婦は役割分担をしていて、どちらかが叱れば後で片方がフォローした。
そうして娘は大きくっていった。
そんな娘が好きな食べ物は、私たち夫婦が出会ったカフェのショートケーキだ。小さな身体を使って、口元を生クリームで汚しながら、いつも娘は元気よくショートケーキを頬張っていた。
もちろん、あの席で。
しかしながら私たちは娘に、私たちがあのカフェにて出会ったことは教えていない。そしてあのカフェでイタズラして笑い、あのカフェで無理を言ってプロポーズしたことも、教えていない。
さすがに恥ずかしかった。誰がどうして自分たちの子どもに夫婦二人の出会いやプロポーズの話をするのだろうか。
ショートケーキとティラミスを食べ比べたり、カーディガンを羽織ったり。偶然相席となったことが出会いだとか、クリスマスにプロポーズをしただとか。二人で娘に伝えるには、私たちは若すぎたのだ。
あのカフェの、あの席に座り、ゆっくりと娘が成長していく姿を私たちは二人で眺めた。そしてだんだんと。娘は私たち夫婦と同じ顔になっていった。
三人で白いシャツの上に同じカーディガンを羽織い、カフェに行ったこともある。あのときの目を白黒させていたカフェの新人店員の姿に、申し訳ないが私たちは何度も思い出し笑いさせてもらった。
成長した娘は私たちにとてもよく似ている。同じ顔が三人だ。同じ格好をしてしまえば戸惑うのも当たり前で、私たちもその反応が見たくてわざと同じような表情を試みたこともあった。
とどのつまり、結局三人であっても、カフェでイタズラをして目尻を下げるのは変わらなかったということだ。そしてケーキを食べることも。私たちは変わらなかったのだ。
永遠に続けば良いと思ったほどの日々。出会い、プロポーズし、娘の誕生日会も開いたことのあるカフェ。
しかし。
終わりだ。
私たちはもうあのカフェに行くことはない。いつものようにあの席に座って、いつものようにケーキを頼み、いつものように他愛ない話をする。そんな日はもう来ない。
プロポーズをするときに無理をしてくれたこともあり、カフェには一生頭が上がらないと考えていたのだが、もう行くことはないのだ。
妻が亡くなった。
あのカフェからの帰り道。娘が高校生となる少し前に、そのことでお祝いをしたあの日。生クリームのフルーツケーキを三人で味わった後。
桜とともに妻は散った。
交通事故だった。
あれからもう十数年だ。当たり前なことなのかもしれないが、それでも私達夫婦は変わったことに驚いた。
いつまでも二人で、いつものカフェのあの席に座ってケーキを食べ。いつまでも二人で、小さなイタズラを仕掛け合い。いつまでも二人で、笑い合う。そう思っていたのだが、どうも違ったようなのだ。
子どもができた。
二人に似た、女の子だった。
私たちは娘にこれでもかと振り回された。子どもというものは奇妙なもので、同じ血を分けているにも関わらず、他人で、考え方の違う人間なのだと何度も思い知らされた。
後で振り返ってみれば、それは学習の過程のためでもあり、失敗を重ねて大人へと成長していく姿でもあるのだと理解できる。が、やはり違う人間なのだと、何度も何度も発見させられるのだ。
例え、同じ顔の夫婦から生まれた、夫婦にそっくりな同じ顔の子どもなのだとしても。妻も娘も、私とは違う人間なのだ。
娘と出会った当初は、確かにその事実を理解していた。そもそもの背格好が違うのだからわかりやすくて当然だ。ハイハイしている様子は、まさにその通りでわかりやすかった。
次第に歩けるようになってきてもその印象は変わらなかった。基本的な顔の作りは同じなのだが、やはり100cm程度の身長だと、違う人間なのだと意識させられた。
その成長の最中、娘はイロイロなモノを触り、口にし、泣いて、笑った。その度に私たち夫婦はオロオロと同じ表情をした。二人で同じように焦り、二人で同じように困り、二人で同じように安堵した。
時には娘が突然駆け出すこともあった。慌てて二人で追いかけようとしたら、娘は転んでしまって膝をアスファルトで擦ってしまい、痛みと血で泣いたこともある。もちろん転ばずにそのまま元気よく走り、私たちを汗だくにさせることもあった。とにかく娘は明確に違う人間だった。
110cm。120cm。130cm。140cm······。さらに大きくなっていくにつれ、娘はだんだんと大人しくなっていった。いいや、成長の過程ゆえか、明るく失敗を重ねていっていたことは変わっていない。そうではなく、少しずつ大人になっていっていたということだ。中学生として制服に袖を通したときには、夫婦二人で驚いて、表情を緩めたものだった。
当たり前のことだが、叱ることもあった。危険なことをすれば叱ったし、道徳的な価値観から叱ったこともある。そのときばかりは私たち夫婦は役割分担をしていて、どちらかが叱れば後で片方がフォローした。
そうして娘は大きくっていった。
そんな娘が好きな食べ物は、私たち夫婦が出会ったカフェのショートケーキだ。小さな身体を使って、口元を生クリームで汚しながら、いつも娘は元気よくショートケーキを頬張っていた。
もちろん、あの席で。
しかしながら私たちは娘に、私たちがあのカフェにて出会ったことは教えていない。そしてあのカフェでイタズラして笑い、あのカフェで無理を言ってプロポーズしたことも、教えていない。
さすがに恥ずかしかった。誰がどうして自分たちの子どもに夫婦二人の出会いやプロポーズの話をするのだろうか。
ショートケーキとティラミスを食べ比べたり、カーディガンを羽織ったり。偶然相席となったことが出会いだとか、クリスマスにプロポーズをしただとか。二人で娘に伝えるには、私たちは若すぎたのだ。
あのカフェの、あの席に座り、ゆっくりと娘が成長していく姿を私たちは二人で眺めた。そしてだんだんと。娘は私たち夫婦と同じ顔になっていった。
三人で白いシャツの上に同じカーディガンを羽織い、カフェに行ったこともある。あのときの目を白黒させていたカフェの新人店員の姿に、申し訳ないが私たちは何度も思い出し笑いさせてもらった。
成長した娘は私たちにとてもよく似ている。同じ顔が三人だ。同じ格好をしてしまえば戸惑うのも当たり前で、私たちもその反応が見たくてわざと同じような表情を試みたこともあった。
とどのつまり、結局三人であっても、カフェでイタズラをして目尻を下げるのは変わらなかったということだ。そしてケーキを食べることも。私たちは変わらなかったのだ。
永遠に続けば良いと思ったほどの日々。出会い、プロポーズし、娘の誕生日会も開いたことのあるカフェ。
しかし。
終わりだ。
私たちはもうあのカフェに行くことはない。いつものようにあの席に座って、いつものようにケーキを頼み、いつものように他愛ない話をする。そんな日はもう来ない。
プロポーズをするときに無理をしてくれたこともあり、カフェには一生頭が上がらないと考えていたのだが、もう行くことはないのだ。
妻が亡くなった。
あのカフェからの帰り道。娘が高校生となる少し前に、そのことでお祝いをしたあの日。生クリームのフルーツケーキを三人で味わった後。
桜とともに妻は散った。
交通事故だった。
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