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最終章 愛するあなたへ

第九十三話 朝日が出るか、麻昼が出るか

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 ――ヒノワ国の男性保護をめぐる黒歴史が、弥生の口から語られた。

 二十五年前。朝日と同じ日本から転移してきた男性、麻昼の身に起きた悲劇。深夜子の母、朝焼子との関係、曙遺伝子研究学会と特殊保護事例X案件が成立した理由。そして、その時に残された唯一の手がかりたる手紙。

 すでに新月から内容を聞いていた五月も、改めて聞く詳細な話に神妙な面持ちだ。朝日は何よりも同じ日本人男性が、という衝撃の事実に困惑する。

 残る梅は……。
 「う゛え゛え゛え゛え゛、ぐずっ、ひぐっ、なんだよそで? かばいぞうずぎんだろ、ふぐううううう――――ずびゅっしゅううう!」
 「えっ!? ちょっ!? 大和さ――いやああああああっ、は、鼻水が、ヨダレがああああああっ」
 号泣ついでに、横にいた五月のジャケットを引き寄せて鼻をかむ。こういった話には弱いのだ。

 対して五月は、ジャケットを脱ぎ捨て「このっ、このっ」と梅をゲシゲシと足蹴にしている。そんな仲良し二人組はスルーして、弥生は真剣な表情を朝日に向ける。

 「――と、いう訳でな。そこでじゃよ坊や」
 「はい。その手紙はきっと日本語で書いてあるのだと思います。僕も最初から言葉や読むのは大丈夫だったけど、書くのだけはダメでしたから」

 これこそが、五月による深夜子奪還作戦のポイント。麻昼の残した手紙は、朝日ならば読めるのでは? また、その内容は高確率で朝焼子に向けたものだろうと推測。ならば、説得する為の切り札になるのでは? と考えたのだ。

 もちろん。それでもダメな場合は、五月雨家の財力に物を言わせて強硬策を取る覚悟の五月である。


 ――話が終わり、次は弥生の案内で手紙が保管されている場所へ移動をすることになった。

 「さて、五時少し前か……ふむ」
 時計を確認した弥生が、そう呟きながらスマホを取り出す。
 「――ああ亮子、わしじゃ。今から坊やたちをつれて『宝殿院ほうでんいん』に向かうよ。住職にはお前の方から話を進めといておくれ。うむ、ああ、ハイヤーはもう待機させとる。到着は……そうさね……三十分もかからんじゃろ」
 「宝殿院?」
 初めて耳にする単語に、朝日がぽかんとした顔を五月に向ける。
 「朝日様、宝殿院は由緒ある男性墓所を管理する寺院ですの」
 「男性……墓所?」
 「ええ、そうですわ。男性墓所は――」

 続けざまの聞きなれない単語。首をかしげる朝日に五月が説明を続ける。この世界において貴重な男性たち、詳細は割愛するが、死してなお特別に扱われるものなのだ。

 「ところで閣下。男性の遺品ではありますが、事件に関わる重要な資料。どうしてまた寺院などに……? わたくし男性保護省こちらに保管されているものとばかり……」
 朝日に説明を終えた五月が弥生に疑問をぶつける。事の経緯からすれば、五月の言葉は正しい。
 「ん? ああ、そうよの。”いわく付き”と言うほどの物でもないのじゃがのお……。最初は極秘資料保管倉庫に置いたのじゃが、管理の連中や倉庫の守衛やらが男の人影を見ただの、声を聞いただのとうるそうての。まあ、事件当時は情報規制もあって憶測やら噂やらも一人歩きしおったし。それに寺院に移動したら、そういった話はピタリと止みおったわ。ほっほっほ」
 「いや待てババア、完全に曰く付きじゃねえか?」
 梅はこう言った話にも弱いのだ。顔を青くしてたじろいでいる。

 余談ではあるが、男性にまつわる怪談話には事欠かないのがこの世界。なんせ貴重な男性の死に対して、周りの女性たちは大なり小なり精神的ダメージを受ける。

 老衰ならともかく、それが若くしての病死や事故死なら、なおさらだ。だからと言って簡単に結びつけられるものでもないが、世間ではその手の話・・・・・が後を絶たない。

 直接的な話でなくとも、例えば――若くして病気で亡くなった男性が過ごした病室。ある晩、担当だった看護師がその男性の霊を目撃、病室で一夜を共に過ごした。はたまた、昔から”出る”と言われる旅館の部屋に泊まったOLたち、噂通り深夜に男性の霊が出没。そのまま一夜を共に過ごした。

 他にも――とある雨の晩。霊園の前を通りかかったタクシーが男性を拾う。告げられた行き先を不審に思い、せっかくなのでホテルの前に移動してから、座席にいるはずの男性に声をかけようとした。なんと、そこに男性の姿は無くシートだけが濡れており、運転手の女性は大変残念に思った。など、察してあまりある逸話だらけなのである。

 「――よくある話ですわよ。大和さん」
 よって、五月の反応は梅と正反対。 
 「ぐうう。そりゃ……そうだけどよ」
 「あはは、そう言えば梅ちゃん。お化け屋敷とかも苦手だったもんね」
 ニヤニヤしながら朝日が梅をつついている。
 「んなっ? う、うるせぇっ、それは言うなっての」

 そんな会話を繰り広げながら、ハイヤーへ乗り込み移動すること約三十分。高層ビルが建ち並ぶ曙区の中心部を抜け、しばし閑静な住宅街を進むと物静かな霊園が現れた。

 その霊園の中心部には一際立派な寺院が建っている。目的地『宝殿院』だ。寺院は非常に広い敷地に建っており、道路も通っているのでハイヤーがそのまま本殿前へ到着する。

 迎えの僧侶たちに案内され、立派な石灯籠が多数立ち並ぶ石畳の道を進む。寝殿造りの建物に入って、長い木造回廊の奥にある和室へと通される。そこに住職とおぼしき、立派な袈裟けさに身を包んだ老齢の女性が待っていた。

 「お待ちしておりました。六宝堂閣下」
 「うむ、すまんな住職。あまり時間もないでのお、早速見せて貰おうか」
 木彫りの高級座卓を挟んで、住職が御札の貼られた木箱を丁重に開けて中身を弥生へ差し出す。
 「これがその手紙じゃ。坊や、読めそうかね?」
 厚手の油紙、和紙に包まれた手紙が朝日に手渡された。

 朝日がその包み紙をめくると、大学ノートを切り取ったであろう古い紙が三つ折にされて入っていた。見ると枚数は三枚、外側となる一枚目には何も書いていない。

 丁寧に手紙を開き、外側の一枚目を座卓の上に置く。それから残りの二枚目、三枚目へと朝日は目を通す。その両隣で五月は息を殺して緊張中、梅はおっかなびっくりの表情で、朝日の手元をのぞきこんでいる。

 「あ、やっぱり日本語です。読めます」
 「さすがは朝日様。素晴らしいですわ!」
 「ふむ、そりゃあ良かった。坊や、それじゃあ声に出して読んでおくれ」
 「はい。それじゃあ――」
 
 すっと息を吸い込む朝日。その所作を弥生、五月、梅、住職、四人が固唾かたずを飲んで見守る。

 「え、と……きっと、誰も読むことはできないだろう。わかっているけど、書き残すしか、俺にできることはない――」
 部屋に朝日の手紙を読む声が響く。

 ――しかし、その手紙の内容は五月が期待していたものとかけ離れていた。

 確かに麻昼から朝焼子に向けた手紙であろうとは思われる。ところが、全体の文脈が支離滅裂で、はっきりと意図が汲み取れない。よほどひどい精神状態で書いたのだろうと感じられた。

 麻昼から朝焼子に対して、心配している、愛している、すまないと思っている。そうなのだろう・・・・・・・と推測はできるが、”手紙”としての形は成していなかった。
 
 「不憫な……」

 ふと、弥生が険しい表情で一人声をもらす。その支離滅裂な文章から伝わってくる、その時の麻昼の状態。そうだったからこそあんな結果・・・・・になってしまったのだと理解できる。淡々と読み上げる朝日の声を聞きながら、改めて当時の記憶に思いをめぐらせていた。

 その一方で、五月の表情も冴えない。心の中で麻昼に哀悼の意をささげつつ、現実的な問題に心を悩ませている。この内容を仮に翻訳して朝焼子に渡し、良い結果になるだろうかと。

 弥生の反応を見るに、むしろ当時を思い返して、より意固地になる可能性があるのではないかと思えた。ならばどうするべきか――そんな思考を巡らせていた五月の耳に違和感・・・が走る。

 「――ああ、良かった。これを読める誰かが来てくれたのか、まだ間に合う。お願いだ。俺に伝えさせて欲しい」
 「はっ!? ちょっとお待ちくださいませ。朝日様? 本当にそのような事が書いてありますの?」

 支離滅裂だったはずの文章が突然変わった。何より異常なのは、その内容が過去に書かれた・・・・・・・と思えないことだ。悪寒が走ると同時に、五月は朝日の肩を取って振り向かせる。同じく異変に気づいた梅も朝日の腕を取った。

 「おい、朝日ちょっと待て! おかしいぞ、一旦読むのを止め――朝日っ!?」
 「朝日様っ!?」
 「ぬうっ、坊や?」

 見ると朝日の目は虚ろになって焦点があっていない。その手に持った手紙はくしゃりと握り潰されている。それでも、まだ朝日はしゃべり続けた。

 「頼む。朝焼子さんに、俺の伝えられなかった――――ぐっ、あ、頭に、頭に声が響いて……うっ」
 突然、頭をかかえて朝日は苦しそうに頭痛を訴える。
 「おい、朝日、しっかりしろ? くそっ、どうなってやがんだよ!?」
 「朝日様。しっかりなさって、五月が側におりますわ。お気を、お気を確かに朝日様! 朝日様!?」

 五月と梅に抱き支えられた朝日は、そのまま意識を失ってしまう。五月が絶叫に近い呼び掛けをするも反応はない。それを見た弥生が即座にスマホを出して連絡を始めた。

 「亮子、わしじゃ! 今すぐ坊やに特A対応で医療ヘリを回せ。医療センターからひいらぎ、おらねば誰でもかまわん看護十三隊の隊長を必ず一人よこせ。よいな!」

 突如として慌ただしくなった寺院。すぐさま男性総合医療センターからヘリが到着。柊たちに付き添われ、朝日は緊急入院することになった。


 ――午後二十三時四十分。
 武蔵区の男性総合医療センター、その緊急特別病棟の一室。朝日が寝かされているベッドを囲むように五月、梅、弥生、それと最近は朝日の担当医の座を確保している看護十三隊十一番隊隊長ひいらぎ明日火あすかたちが話をしている。

 「それで柊隊長。朝日様の容態はいかがでしたの?」
 「それが、まったくの異常無しだ。全てのバイタル値は記録されている朝――神崎君の正常範囲。なんとも言いようがない」
 そう言ってかぶりを振る柊に梅が詰め寄る。
 「ちょっと待て、朝日は頭痛てぇつって気ぃ失ったんだぞ? なんでも無いワケがねえだろ? 舐めてんのかてめ――ぎゃふっ」
 興奮する梅の脳天に弥生のこぶしが落ちた。
 「やれやれ、梅っはおとなしゅうしとれ。で、柊。坊やの意識は戻るのかい?」
 「それは心配ないでしょう。現在、深い睡眠状態に入っていますが、精神安定剤も混合した点滴も射ちました。明日の朝には普段通りかと思われます」

 徹底した精密検査が朝日に行われたが、結果はまったく異常なし。実のところは、今どうして意識を失っているかもわからない。とりあえずは、目覚めるであろう明日の朝まで経過観察となる。

 弥生は公務の多忙さもあって、一旦は五月と梅にこの場を任せて男性保護省へと向かった。残された五月と梅、頭をよぎるのは朝日がもう目覚めないと言う悪夢すら生易しい不安と恐怖。二人は悶々とした一夜を過ごすことになるのであった。


 ――かたや意識を失っている朝日。それはただの夢か、それとも現実か。

 朝日が目を覚ますと、そこは霧に包まれた広い空間。ぐるりと周りを見渡す。ここはどこだろう? 不思議と不安はない。少し曖昧な意識にぼんやりしていると、ふと明るい光がもれてくる方向に気づいた。朝日は誘われるようにその方向へと歩き出す。

 少し奥へ進むと、人影が現れた。年の頃は二十歳程度に見える男性。髪は肩に届く長さのサーファーカット。中肉中背だが、多少やせ型に見えるのは、気弱そうで少し影がある顔の雰囲気からだろう。

 朝日が軽く会釈をすると、男性は微笑んだ。なんとなくわかる。手紙を読んだ時、朝日の脳内に直接に話しかけてきた相手であると。

 「あの……こんにちは……え、と、もしかして」
 おずおずと朝日が挨拶すると、男性はパッと明るい表情を見せる。
 「やあ、初めまして神崎朝日君。君が思っている通り、俺の名前は麻昼、京本きょうもと麻昼まひるだ。そして、君をここに呼んだのも俺、と言えばわかりやすいかな?」
 想像通りの名前とは言え、過去に亡くなったはずの人物。朝日も少し警戒する。
 「あなたが麻昼さん……。それと、僕をここに、ですか?」
 「そうだね。まあ、君の頭の中と言ってしまえばそこまでだけどね。ともかく、俺の手紙を読んでくれた君に”お願い”をするためさ」

 ブルーのデニムシャツにジーンズ。ラフな出で立ちの麻昼は、穏やかな口調に手振りを加え、友好的な態度を示しつつ朝日に近寄ってきた。

 「お願い……それって深夜子さんのお母さんのことですよね」
 「もちろん。さすが、君とは波長もぴったりだし話が早くて助かる。俺には多分そんなに時間がないからね」
 「時間が無い?」
 「ああ、今の俺は京本麻昼の残りカスみたいなものだと思ってくれればいい。だけど、それでも、俺の朝焼子さんに対する想いは変わらない。消えていないんだ。神崎君。君に出会えた幸運を逃したくは無い。俺は伝えることができなかった。だから朝焼子さんに伝えて欲しい。いや、伝えさせて欲しい!」
 そう言うと麻昼は朝日の前で深々と頭を下げた。

 ストレートなお願い話に困惑するも、突然の出来事になんとも現実味がない。やはり夢を見ているのだろうかと思いながら、朝日は記憶をたどる。確か、麻昼の書いた手紙を読んでいたら、声が頭の中に響いて……気がつけばここに――思案していると、再び麻昼が話を切り出す。

 「おっと、お願いばかりじゃなくて、説明もしないとね。気分の悪い話もあるかも知れないけど、俺と朝焼子さんのこと……聞いてくれるかい?」
 「ああ、そうです……よね。はい、聞かせてください」

 とりあえず話を聞こうと、朝日は頭を切り替える。麻昼はその返事に遠慮がちな笑顔でうなずく。それからゆっくりと自分の身に起こったこと。最後、断崖絶壁で身を投げるに至った経緯。――朝焼子との出会いから、一年に満たない日々の出来事を語り始めた。

 「――それで俺は朝焼子さんと夫婦になって、この世界で生きて行こうと決意した。ところが、その直後にこの五人から好きな女性を二人選べだよ。そりゃあ驚いたさ。いや、まあ、俺だって女性が嫌いなわけでもないから……その、ね。ははは。でも、全然モテなかった俺が、いきなり奥さん三人とか笑っちゃう話だったよ」

 出会いから結婚を決めるまで、その後。この世界で男女の常識違いで困った話、笑った話、驚いた話、楽しい話もあった。朝日も自身に覚えがあることも多く、少しの間会話が弾んだ。

 しかし、曙遺伝子研究学会が絡んできたところから内容は一変。弥生に聞かされた通り、いや、麻昼の話はそれ以上に耳を塞ぎたくなる辛く、悲しい話ばかりだった。

 「――それで、曙遺伝子研究学会の責任者……この女が最悪でさ。あれこれとさせられた上に……どうも途中から、俺はこの女に惚れられていたらしいんだ。色々あって、薬なんかも使われて、最後は心神しんしん耗弱こうじゃく状態ってやつだよ。情けないけど俺は朝焼子さんを置いて、世界から逃げる道を選んでしまった。すごく……後悔している」

 こうして全てを聞いた朝日。もう、これが夢であろうと、そうでなかろうと、どうでも良くなっていた。断ると言う選択肢は思い浮かばない。自分ができる限りのことをしようと決意していた。

 「わかりました。僕でよければ協力します。でも、何をすればいいんですか?」
 「ありがとう神崎君。本当に感謝するよ。もちろんお願いだけ、とは言わない。朝焼子さんの説得もそうだけど……君と深夜子・・・には、俺と違って、ちゃんとした人生の選択・・・・・をして欲しい。俺にしてあげれるのはそれくらいだからね」
 「えっ、人生の選択。それってどういう意味ですか?」
 「うん、これから説明するよ。君にして欲しいこと、そして――――」



 朝日が目を開けると、視界に入るのは見知らぬ天井――ではなく。以前にもお世話になった、男性総合医療センターの病室の天井だ。

 時計を見ると午前六時十五分。日付は二月が終わり、三月一日となっている。一晩寝ていたようである。何やら重たい足元に目をやると、五月と梅がベッドに寄りかかって寝息を立てていた。

 「五月さん、梅ちゃん。おはよ、起きてくれるかな?」

 きっと自分に付き添って、深夜まで起きていたであろう二人に声をかける。まだ夢か現実かはわからない。それでも麻昼との約束を守るため、朝日は行動に移った。

 「うにゃ……あ、は? えっ? あ、朝日いいいいいいっ!」
 「えっ、朝日様っ? はえ? はへ? あっ!? あああああ……あ、ざ、び、さ、ばあああああああっ!」

 朝日が目を覚ましたことに気づいた梅と五月が、まるで水辺に飛び込むカエルの如く。宙を舞って朝日へと覆い被さって来た。

 「うわぷっ!? ちょ、ちょっと二人ともどうしたの?」
 「こんちくしょう心配させやがって! びびらせんじゃねえっつーの! う……ひぐっ、良かった、良かった……うええ」
 「ああっ、朝日様、朝日様、朝日様! もし、お目覚めになられなければ、五月は死んでお詫びをしようかと思っておりましたわあああああ!」
 「えええええ!?」

 しばしの間、訳もわからず五月と梅にもみくちゃにされる朝日であった。


 ――それから朝日は、急ぎ弥生に来て貰う手配を五月に頼んだ。待つ間に麻昼のことを少しでも説明したいが、まずは念のために健康状態のチェックを柊から受けている。

 「ふむ。記憶も意識もオールクリア、もう午後には退院で問題ないだろう。それにしても君の受け入れは毎回肝を冷やすが……今回も大事だいじ無くて重畳ちょうじょうだ」

 柊からのお墨付きも得て、朝日は五月と梅に自分の身に起こったことを簡単に説明する。もちろん驚くどころでは無い二人だったが、そうこうしている内に弥生が到着した。

 本来なら公務に忙しく時間は取れないが、今回は特例でこちらが優先。よって代理の矢地が大忙しである。

 ――そして、朝日から麻昼の願いが詳細に弥生へ伝えられる。

 「むうう……にわかには信じれん。と言いたいところじゃが、こりゃあ信じざるを得ないねえ」
 「簡単にいただいた説明だと、眉唾でしたが……まさか、ここまで事実に合致することを朝日様の口から……いや、信じるしかありませんわ」
 その内容に驚き、困惑が隠せない弥生に五月。非常に難しい表情を見せている。
 「あれ? 梅ちゃん顔色悪いけど大丈夫?」
 「べ、べべべべべ別に俺は怖くなんか、ね、ねねねねえからなっ!」
 やっぱりこの手の話はダメダメな梅。

 さて、信じざるを得ないと弥生が言う理由。それは朝日が麻昼に頼まれ、指定した男事不介入案件の話し合い場所にあった。

 それは朝日がこの世界に転移した時の場所『曙区の医学研究施設の地下区域』であった。施設の正式名称は『曙区総合医学研究所』なのだが、朝日が知るはずない事実。そこが『元曙遺伝子研究学会』の施設であったことを知っていたのだ。

 「――そこは建物の老朽化もあって、半年前に移転閉鎖になっておってのう……しかも、時間が明後日。三月三日の午前十時と来たか……。ふむ、こりゃ関係部署の根回しが大変じゃて」
 「弥生おばあちゃん無理言ってごめんなさい。麻昼さんが言うには、もうそこしか自分の想いが残ってる場所が無いから、あと時間も無いって……」
 「いや……まあ、なんとなくわかるさ。大丈夫、ババに任せておいで、ほっほっほ」
 ただいまより、矢地亮子の四十八時間デスマーチ開始スタート確定となった。

 ――運命の日は二日後。三月三日は奇しくも朝日十八歳の誕生日である。
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