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第七章 温泉旅行は愛と波乱に満ちている

第八十話 五月雨五月は思案する

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 店舗の座敷は十畳ほどの広さで和風の個室、人目を気にせず落ち着けて一安心。注文を済ませてしばらく、人気メニューの天ざる蕎麦などを中心に昼食がテーブルに並ぶ。もちろん梅、深夜子の前には蕎麦のみならず、カツ丼、天丼などご飯メニューも盛りだくさん。そんな中、いぶかしげな面持ちで五月が口を開く。

「――で、どうして貴女がここにいらっしゃるのかしら? 万里さん」
 五月がジトッと隣に視線を向ける。

 そこにはごきげんで座布団の上にあぐらをかいている万里の姿があった。広めのテーブルに五月、万里が隣り合わせ。朝日、梅、深夜子が向かい側に座っている。

 深夜子と梅は手元に並ぶ昼食に気を取られつつも、万里にチラチラと視線を送っている。昨日、万里が朝日の窮地を救った話を聞いているのであまり強く出れないようだ。

「あれあれぇ? みなさん冷たいねぇ~。美人さんからウチの坊ちゃんに連絡があって、お昼をごちそうしてくれるってからやって来たんだけどねぇ~」
 深夜子ら三人の視線が朝日に集まる。
「うん。その……万里さんにちゃんとお礼してなかったでしょ? だから今日のお昼をいっしょにってあるじ君に頼んだんだ。それで万里さん、主君は?」
「ああ、坊ちゃんは来ないよ。と言うより『特区外に平気で外出とか相変わらずキミは変わってるね! いくらボクが前衛的な男と言ってもさすがに付き合い切れないよ!』だってさぁ」
「あはは。なるほど」
「でもこの後のホテルで合流の話はOKじゃない」

 実は夏の件(※第三章参照)が解決して以降、朝日と主はメールでやりとりしたり、ネットゲームなどで交流を深めていた。 

 同じ温泉に来ていることがわかったので連絡を取り、いっしょに遊ぼうと朝日が持ちかけたのである。なんだかんだと貴重な同年代の男性で、一般的なおとなしい男性よりも強気な主は朝日と話が合うことが多かったのだ。

 
 ――しばらくは万里の存在に多少戸惑っていたが、深夜子たちも時間が経てばいつものノリに戻って食事がすすむ。

 朝日が深夜子、梅と食後のデザートはどれにする? など相談していると、突然万里が五月の肩に腕を回して引き寄せた。

「あ~そうだそうだ。なぁ、お嬢様」
「ちょっ!? いきなり、な、なんですのっ!? 暑苦しいで――」(うちの社長ボスルートの情報でさぁ……)
(!? ……何かありましたの?)

 耳打ちを始めた万里の声色で内容を察して、五月も声をひそめ耳を傾ける。

(ああ、どうも昨晩から桐生傘下の暴力団連中が本館側に入ってるらしいねぇ)
(桐生の!? ……でも、万里さん。五月雨うち海土路そちらもそもそも桐生と同じ経推同盟けいすいどうめいの企業。昨日の件も三社通じて決着済みですわよ。どうしてまた?)
(あ~、確かオタクのオチビちゃんとも前に一度やらかしてんじゃな~い? 昨日はあたいが間に入ったとは言え、元は同じく美人さんが原因。ヤクザもんが二回連続で同じ相手に面子を潰されたとあっちゃあねぇ……わかんだろぉ) 
(しかし、一度収めた問題を蒸し返して……それ以前に同盟内での表だった揉め事はご法度ですわ。それに桐生関連の暴力団と言えば”鬼竜会きりゅうかい”ですわよね。今更、その傘下組織の連中ごときが出て来て何かできる話ではありませんでしょうに……) 
(影嶋一家かげじまいっか)
(なっ!?)
 その一言で五月の顔色が変わった。

(ありゃあ? やっぱり。お嬢様ともあろう者が知らなかったのかい? 前回も、今回も、オタクらと揉めたのは影嶋一家の連中したっぱじゃない)
(そんなっ……!? よりにもよって……あの)
 
 五月が絶句する理由。指定暴力団『影嶋一家』――。

 武蔵区に本拠地を置く構成員三十名程度の小規模ながら過激派で知られる暴力団。表向きには大型組織に所属していない単独勢力とされるが、実際には国内を二分する大型組織の一つ『鬼竜会きりゅうかい』つまりは桐生建設関連の末端組織にして、いわゆる実働部隊である。

(まあ、海土路ウチ五月雨オタクも鬼竜会と揉めることはないけどさぁ、ヤクザもんの定番は下のモンが、こいつらが勝手にやりました。ウチらは何にも関与してませ~ん。だよねぇ?)
 万里の言う通りである。影嶋一家は鬼竜会(桐生建設)と無関係の体で色々な荒事をこなしている実働部隊だ。つとめて冷静にしていた五月にも動揺が見える。

(それともう一つ。影嶋の若頭・・・・・もお目見えしてるらしいねぇ)
(……影嶋かげじま不知火しらぬい)
(さすがお嬢様よくご存知で。んじゃ、すまないけどあたいも社長ボスから後はノータッチを言われるもんでさぁ)
(いえ、万里さん。これで充分、情報感謝しますわ)
(そうかい。ま、今すぐどうこうって話じゃないからねぇ。この後はウチの坊ちゃんと遊ぶ約束もしてるみたいだしさぁ)
(ええ、この件は今晩にでもゆっくり検討させていただきますわ。万が一に朝日様へ害が及ぶなら、五月雨と桐生で戦争も致し方なしですわね)
(ははっ、怖い怖い。それにオタクにゃあの・・オチビちゃんがいるじゃな~い。影嶋一家と言えど一筋縄じゃいかないだろうねぇ――)

 五月と万里がそんな話をしている間に朝日たちのデザートタイムは終了。主との約束もあるため、万里と別れて一旦ホテルへと戻ることになった。

 その帰り道――。

「あの……朝日様?」
 ふと朝日が五月の手を取って心配気に顔を見上げていた。五月としては顔に出ないようにしていたつもりだったのだが……人の顔色に敏感な朝日が何かを察したようである。その手をきゅっと握りしめてくる。

「あの……五月さん。ちょっと表情が暗いみたいだけど……大丈夫かなって思って……その、僕にできる――――うわぷっ!?」
「ああっ! 朝日様! なんてお優しい! 大丈夫、なんでもありませんわ。もう朝日様ったら、五月は、五月は本当に幸福者ですわあああああっ!!」
 ここはあえて・・・過剰に反応して気取られないように努力する。自分の胸に朝日の顔が埋まるほどにぐいぐいと抱きしめる。とても心地よい。
 
「ふぁっ!? 五月さっきー!? 公衆の面前でそれはアウト」
「おいこら! 突然朝日を抱きしめて何してやがんだ!?」

 迫真の演技に深夜子たちも想定通りの反応である。だがこれは素振り・・・であって、決して欲望からではないのだ!
 
 朝日と引き剥がされ、少し名残惜しい――ではなく。五月は頭の中で冷静にこれからの対処方法を組み上げているのであった。

 あとわずかで手に届くところまで来た愛しの朝日との任務完了ゴールイン何人なんぴとたりともその邪魔は許さない。

 ――そして、それは五月に限ったことでは無いのだ。


 海土路みどろあるじとの待ち合わせ時間も近くなり、朝日たちは宿泊している男性福祉対応のリゾートホテル『別館海神わだつみ』、その三階にあるロビーラウンジへと来ていた。

 このフロアにはアミューズメント施設が色々と揃っている。朝日は主とここである遊び・・・・をする約束をして、待ち合わせ場所にラウンジを指定していたのだ。

 もちろん高級ホテル並みにティータイムメニューも充実しており、深夜子と梅はさっそくメニューからスイーツをあれこれ物色している。

 ――さほど待たずして主たちが姿を現す。後ろにはタクティクスメンバー、蛇内へびうち万里ばんり流石寺りゅうせきじ月美つきみ、そして花美はなみではなく、えびす顔の肉だるま、丸大まるだい公子きみこの三人がついて来ていた。
 
「やあ、朝日クン待たせたね。十月の健康診断以来かな――って、どうしてキミは真っ昼間から浴衣姿なのかなっ!?」
 開口一番。挨拶と同時にツッコミをいれるキノコヘアにしてモブフェイスのお坊ちゃま。海土路みどろあるじ十八歳である。

「えへへ、会うのは久しぶりだね主君。だって温泉卓球・・・・だよ? 正装はこれに決まってるじゃん!」と、挨拶半分に胸をはって主張する朝日。

 そう、主と約束をしていたのは卓球で勝負することであった。やはり温泉と言えば何故か設置されている卓球台がお約束。しかしここは場末の温泉宿とは訳が違う。

 フロア内には本格的な卓球場が設置されており、貸し出しラケットも種類豊富でシェーク、ペン、それぞれが戦型に合わせたラバーまで選べる充実ぶりだ。

 浴衣姿にスリッパでやる気満々の朝日とは対象的に、主は有名メーカーの卓球用ユニフォーム姿。自前のラケットも手に持って、何やら自信ありげな様子。

「ふふん、朝日クン。キミのメールに少しは腕に覚えがあるような事が書いてあったけど――」
(おっ、チャーシューじゃねえか? お前も来てたのかよ? プロレスの時以来だな)
(あひいいっ!? やっ、ややややや大和梅ぇ!? いっ、いいいいやあああああああっ!!)
「実はボクのママが卓球のオリンピック選手と知り合いでね――」
(ちょっとチビ猫! きみちゃんが怯えてるですよ! 近寄らないで欲しいですよっ!!)
(はあ? 知るかよ! 俺は別になんにもしてねぇだろ? にしてもお前はいつ見てもちんちくりんだな、眼鏡チビ)
「もちろん色々と身体を鍛えてるボクだけど、卓球は昔からプロの指導を――」
(んなあっ!? 相っ変わらずブーメランが得意ですよチビ猫はっ! 月美は――うきゃああああああっ!)
(月美つきみんおひさ。そして今日もスーツの下はエロビッチな下着)
(なっ、なっ、なんで月美の下着をチェックするですよっ!? 触るな変態っ、ノータッチですよおおおっ!!)
「うるさぁーーーっい! なんでボクが話してる時に後ろで騒ぐんだああああああっ!?」

 なんの因果か、梅とめぐり合わせのいい丸大公子が悲鳴をあげ、そこに月美が割って入り梅と額をこすりあわさんばかりに張り合うと、その後ろから深夜子がわさわさとボディチェック。

 双方入り交じって賑やかなやり取りが始まり、怒鳴りちらす主を「まあまあ」となだめながら朝日も加わる。そんな光景を少し離れた場所から生暖かい目で見つめる二人がいる。

「あっははは! やっぱ面白い連中だねぇ」
「まったく、よく飽きませんこと……」

 ロビーで和気あいあいとする朝日たちを見守りながら、ラウンジのソファーで隣りあってお茶を飲んでいる五月と万里であった。

「それで……万里さん。こちらが約束の品ですわ」
 上品な仕草でティーカップをソーサーに置いて、五月はポケットから取り出したUSBメモリーを万里の前へと差し出す。
「ん~、さすがはお嬢様。仕事が早いねぇ~」
「はぁ……朝日様のためとは言え……わたくしともあろう者がこんな真似を」

 上機嫌でモノを受け取る万里とは真逆に苦い顔の五月、どうやら何か裏取引の模様である。

「あ~たまんないねぇ。男への愛に狂って次々と悪事に手を染め、堕ちていく美女イケメンエリート警護官! そそるじゃな~い」
 万里が胸の前で手を組んで、柄に合わない乙女チックな声を出す。 
「んなあっ!? なっ、ななな何を人聞きの悪いっ! 大事の前の小事。ついでに・・・・実家から少しデータを借りただけ・・・・・ですわっ!!」
 顔を真っ赤にした五月がバンッ! と机を叩いて叫びながら立ち上がる。

 が、「あ――――」数秒して、周りの客からのいぶかしげな視線に気づきソファーへと縮こまった。
「とにかく万里さん。ちゃんとした依頼なのですから――――っ!!」
「ああ、大丈夫さぁ。もう花美が本館むこう潜入もぐってるからねぇ~、ご依頼の情報は夕方にはお渡しできるさね。しかし驚いたよ、お嬢様の方からあたいに電話とか珍しいと思ったら……わざわざウチらに仕事の依頼・・・・・とはねぇ。でもさぁ、オタクにゃ寝待ってお嬢ちゃんがいるだろうになんでまた?」
「単純に時間と人手不足ですわ。深夜子さんには夜に動いていただくつもりですから」
「はぁん、色々考えてんだねぇ――」


 そうやって五月と万里が話し込んでいる間に、朝日たちは先に卓球場へ移動していた。話を終えてから二人も卓球場へと追いかけ顔を出すのであった。
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