83 / 100
第七章 温泉旅行は愛と波乱に満ちている
第八十話 五月雨五月は思案する
しおりを挟む
店舗の座敷は十畳ほどの広さで和風の個室、人目を気にせず落ち着けて一安心。注文を済ませてしばらく、人気メニューの天ざる蕎麦などを中心に昼食がテーブルに並ぶ。もちろん梅、深夜子の前には蕎麦のみならず、カツ丼、天丼などご飯メニューも盛りだくさん。そんな中、いぶかしげな面持ちで五月が口を開く。
「――で、どうして貴女がここにいらっしゃるのかしら? 万里さん」
五月がジトッと隣に視線を向ける。
そこにはごきげんで座布団の上にあぐらをかいている万里の姿があった。広めのテーブルに五月、万里が隣り合わせ。朝日、梅、深夜子が向かい側に座っている。
深夜子と梅は手元に並ぶ昼食に気を取られつつも、万里にチラチラと視線を送っている。昨日、万里が朝日の窮地を救った話を聞いているのであまり強く出れないようだ。
「あれあれぇ? みなさん冷たいねぇ~。美人さんからウチの坊ちゃんに連絡があって、お昼をごちそうしてくれるってからやって来たんだけどねぇ~」
深夜子ら三人の視線が朝日に集まる。
「うん。その……万里さんにちゃんとお礼してなかったでしょ? だから今日のお昼をいっしょにって主君に頼んだんだ。それで万里さん、主君は?」
「ああ、坊ちゃんは来ないよ。と言うより『特区外に平気で外出とか相変わらずキミは変わってるね! いくらボクが前衛的な男と言ってもさすがに付き合い切れないよ!』だってさぁ」
「あはは。なるほど」
「でもこの後のホテルで合流の話はOKじゃない」
実は夏の件(※第三章参照)が解決して以降、朝日と主はメールでやりとりしたり、ネットゲームなどで交流を深めていた。
同じ温泉に来ていることがわかったので連絡を取り、いっしょに遊ぼうと朝日が持ちかけたのである。なんだかんだと貴重な同年代の男性で、一般的なおとなしい男性よりも強気な主は朝日と話が合うことが多かったのだ。
――しばらくは万里の存在に多少戸惑っていたが、深夜子たちも時間が経てばいつものノリに戻って食事がすすむ。
朝日が深夜子、梅と食後のデザートはどれにする? など相談していると、突然万里が五月の肩に腕を回して引き寄せた。
「あ~そうだそうだ。なぁ、お嬢様」
「ちょっ!? いきなり、な、なんですのっ!? 暑苦しいで――」(うちの社長ルートの情報でさぁ……)
(!? ……何かありましたの?)
耳打ちを始めた万里の声色で内容を察して、五月も声をひそめ耳を傾ける。
(ああ、どうも昨晩から桐生傘下の暴力団連中が本館側に入ってるらしいねぇ)
(桐生の!? ……でも、万里さん。五月雨も海土路もそもそも桐生と同じ経推同盟の企業。昨日の件も三社通じて決着済みですわよ。どうしてまた?)
(あ~、確かオタクのオチビちゃんとも前に一度やらかしてんじゃな~い? 昨日はあたいが間に入ったとは言え、元は同じく美人さんが原因。ヤクザもんが二回連続で同じ相手に面子を潰されたとあっちゃあねぇ……わかんだろぉ)
(しかし、一度収めた問題を蒸し返して……それ以前に同盟内での表だった揉め事はご法度ですわ。それに桐生関連の暴力団と言えば”鬼竜会”ですわよね。今更、その傘下組織の連中ごときが出て来て何かできる話ではありませんでしょうに……)
(影嶋一家)
(なっ!?)
その一言で五月の顔色が変わった。
(ありゃあ? やっぱり。お嬢様ともあろう者が知らなかったのかい? 前回も、今回も、オタクらと揉めたのは影嶋一家の連中じゃない)
(そんなっ……!? よりにもよって……あの)
五月が絶句する理由。指定暴力団『影嶋一家』――。
武蔵区に本拠地を置く構成員三十名程度の小規模ながら過激派で知られる暴力団。表向きには大型組織に所属していない単独勢力とされるが、実際には国内を二分する大型組織の一つ『鬼竜会』つまりは桐生建設関連の末端組織にして、いわゆる実働部隊である。
(まあ、海土路も五月雨も鬼竜会と揉めることはないけどさぁ、ヤクザもんの定番は下のモンが、こいつらが勝手にやりました。ウチらは何にも関与してませ~ん。だよねぇ?)
万里の言う通りである。影嶋一家は鬼竜会(桐生建設)と無関係の体で色々な荒事をこなしている実働部隊だ。つとめて冷静にしていた五月にも動揺が見える。
(それともう一つ。影嶋の若頭もお目見えしてるらしいねぇ)
(……影嶋不知火)
(さすがお嬢様よくご存知で。んじゃ、すまないけどあたいも社長から後はノータッチを言われるもんでさぁ)
(いえ、万里さん。これで充分、情報感謝しますわ)
(そうかい。ま、今すぐどうこうって話じゃないからねぇ。この後はウチの坊ちゃんと遊ぶ約束もしてるみたいだしさぁ)
(ええ、この件は今晩にでもゆっくり検討させていただきますわ。万が一に朝日様へ害が及ぶなら、五月雨と桐生で戦争も致し方なしですわね)
(ははっ、怖い怖い。それにオタクにゃあのオチビちゃんがいるじゃな~い。影嶋一家と言えど一筋縄じゃいかないだろうねぇ――)
五月と万里がそんな話をしている間に朝日たちのデザートタイムは終了。主との約束もあるため、万里と別れて一旦ホテルへと戻ることになった。
その帰り道――。
「あの……朝日様?」
ふと朝日が五月の手を取って心配気に顔を見上げていた。五月としては顔に出ないようにしていたつもりだったのだが……人の顔色に敏感な朝日が何かを察したようである。その手をきゅっと握りしめてくる。
「あの……五月さん。ちょっと表情が暗いみたいだけど……大丈夫かなって思って……その、僕にできる――――うわぷっ!?」
「ああっ! 朝日様! なんてお優しい! 大丈夫、なんでもありませんわ。もう朝日様ったら、五月は、五月は本当に幸福者ですわあああああっ!!」
ここはあえて過剰に反応して気取られないように努力する。自分の胸に朝日の顔が埋まるほどにぐいぐいと抱きしめる。とても心地よい。
「ふぁっ!? 五月!? 公衆の面前でそれはアウト」
「おいこら! 突然朝日を抱きしめて何してやがんだ!?」
迫真の演技に深夜子たちも想定通りの反応である。だがこれは素振りであって、決して欲望からではないのだ!
朝日と引き剥がされ、少し名残惜しい――ではなく。五月は頭の中で冷静にこれからの対処方法を組み上げているのであった。
あとわずかで手に届くところまで来た愛しの朝日との任務完了。何人たりともその邪魔は許さない。
――そして、それは五月に限ったことでは無いのだ。
海土路主との待ち合わせ時間も近くなり、朝日たちは宿泊している男性福祉対応のリゾートホテル『別館海神』、その三階にあるロビーラウンジへと来ていた。
このフロアにはアミューズメント施設が色々と揃っている。朝日は主とここである遊びをする約束をして、待ち合わせ場所にラウンジを指定していたのだ。
もちろん高級ホテル並みにティータイムメニューも充実しており、深夜子と梅はさっそくメニューからスイーツをあれこれ物色している。
――さほど待たずして主たちが姿を現す。後ろにはタクティクスメンバー、蛇内万里、流石寺月美、そして花美ではなく、えびす顔の肉だるま、丸大公子の三人がついて来ていた。
「やあ、朝日クン待たせたね。十月の健康診断以来かな――って、どうしてキミは真っ昼間から浴衣姿なのかなっ!?」
開口一番。挨拶と同時にツッコミをいれるキノコヘアにしてモブフェイスのお坊ちゃま。海土路主十八歳である。
「えへへ、会うのは久しぶりだね主君。だって温泉卓球だよ? 正装はこれに決まってるじゃん!」と、挨拶半分に胸をはって主張する朝日。
そう、主と約束をしていたのは卓球で勝負することであった。やはり温泉と言えば何故か設置されている卓球台がお約束。しかしここは場末の温泉宿とは訳が違う。
フロア内には本格的な卓球場が設置されており、貸し出しラケットも種類豊富でシェーク、ペン、それぞれが戦型に合わせたラバーまで選べる充実ぶりだ。
浴衣姿にスリッパでやる気満々の朝日とは対象的に、主は有名メーカーの卓球用ユニフォーム姿。自前のラケットも手に持って、何やら自信ありげな様子。
「ふふん、朝日クン。キミのメールに少しは腕に覚えがあるような事が書いてあったけど――」
(おっ、チャーシューじゃねえか? お前も来てたのかよ? プロレスの時以来だな)
(あひいいっ!? やっ、ややややや大和梅ぇ!? いっ、いいいいやあああああああっ!!)
「実はボクのママが卓球のオリンピック選手と知り合いでね――」
(ちょっとチビ猫! 公ちゃんが怯えてるですよ! 近寄らないで欲しいですよっ!!)
(はあ? 知るかよ! 俺は別になんにもしてねぇだろ? にしてもお前はいつ見てもちんちくりんだな、眼鏡チビ)
「もちろん色々と身体を鍛えてるボクだけど、卓球は昔からプロの指導を――」
(んなあっ!? 相っ変わらずブーメランが得意ですよチビ猫はっ! 月美は――うきゃああああああっ!)
(月美おひさ。そして今日もスーツの下はエロビッチな下着)
(なっ、なっ、なんで月美の下着をチェックするですよっ!? 触るな変態っ、ノータッチですよおおおっ!!)
「うるさぁーーーっい! なんでボクが話してる時に後ろで騒ぐんだああああああっ!?」
なんの因果か、梅とめぐり合わせのいい丸大公子が悲鳴をあげ、そこに月美が割って入り梅と額をこすりあわさんばかりに張り合うと、その後ろから深夜子がわさわさとボディチェック。
双方入り交じって賑やかなやり取りが始まり、怒鳴りちらす主を「まあまあ」となだめながら朝日も加わる。そんな光景を少し離れた場所から生暖かい目で見つめる二人がいる。
「あっははは! やっぱ面白い連中だねぇ」
「まったく、よく飽きませんこと……」
ロビーで和気あいあいとする朝日たちを見守りながら、ラウンジのソファーで隣りあってお茶を飲んでいる五月と万里であった。
「それで……万里さん。こちらが約束の品ですわ」
上品な仕草でティーカップをソーサーに置いて、五月はポケットから取り出したUSBメモリーを万里の前へと差し出す。
「ん~、さすがはお嬢様。仕事が早いねぇ~」
「はぁ……朝日様のためとは言え……私ともあろう者がこんな真似を」
上機嫌でモノを受け取る万里とは真逆に苦い顔の五月、どうやら何か裏取引の模様である。
「あ~たまんないねぇ。男への愛に狂って次々と悪事に手を染め、堕ちていく美女エリート警護官! そそるじゃな~い」
万里が胸の前で手を組んで、柄に合わない乙女チックな声を出す。
「んなあっ!? なっ、ななな何を人聞きの悪いっ! 大事の前の小事。ついでに実家から少しデータを借りただけですわっ!!」
顔を真っ赤にした五月がバンッ! と机を叩いて叫びながら立ち上がる。
が、「あ――――」数秒して、周りの客からのいぶかしげな視線に気づきソファーへと縮こまった。
「とにかく万里さん。ちゃんとした依頼なのですから――――っ!!」
「ああ、大丈夫さぁ。もう花美が本館に潜入ってるからねぇ~、ご依頼の情報は夕方にはお渡しできるさね。しかし驚いたよ、お嬢様の方からあたいに電話とか珍しいと思ったら……わざわざウチらに仕事の依頼とはねぇ。でもさぁ、オタクにゃ寝待ってお嬢ちゃんがいるだろうになんでまた?」
「単純に時間と人手不足ですわ。深夜子さんには夜に動いていただくつもりですから」
「はぁん、色々考えてんだねぇ――」
そうやって五月と万里が話し込んでいる間に、朝日たちは先に卓球場へ移動していた。話を終えてから二人も卓球場へと追いかけ顔を出すのであった。
「――で、どうして貴女がここにいらっしゃるのかしら? 万里さん」
五月がジトッと隣に視線を向ける。
そこにはごきげんで座布団の上にあぐらをかいている万里の姿があった。広めのテーブルに五月、万里が隣り合わせ。朝日、梅、深夜子が向かい側に座っている。
深夜子と梅は手元に並ぶ昼食に気を取られつつも、万里にチラチラと視線を送っている。昨日、万里が朝日の窮地を救った話を聞いているのであまり強く出れないようだ。
「あれあれぇ? みなさん冷たいねぇ~。美人さんからウチの坊ちゃんに連絡があって、お昼をごちそうしてくれるってからやって来たんだけどねぇ~」
深夜子ら三人の視線が朝日に集まる。
「うん。その……万里さんにちゃんとお礼してなかったでしょ? だから今日のお昼をいっしょにって主君に頼んだんだ。それで万里さん、主君は?」
「ああ、坊ちゃんは来ないよ。と言うより『特区外に平気で外出とか相変わらずキミは変わってるね! いくらボクが前衛的な男と言ってもさすがに付き合い切れないよ!』だってさぁ」
「あはは。なるほど」
「でもこの後のホテルで合流の話はOKじゃない」
実は夏の件(※第三章参照)が解決して以降、朝日と主はメールでやりとりしたり、ネットゲームなどで交流を深めていた。
同じ温泉に来ていることがわかったので連絡を取り、いっしょに遊ぼうと朝日が持ちかけたのである。なんだかんだと貴重な同年代の男性で、一般的なおとなしい男性よりも強気な主は朝日と話が合うことが多かったのだ。
――しばらくは万里の存在に多少戸惑っていたが、深夜子たちも時間が経てばいつものノリに戻って食事がすすむ。
朝日が深夜子、梅と食後のデザートはどれにする? など相談していると、突然万里が五月の肩に腕を回して引き寄せた。
「あ~そうだそうだ。なぁ、お嬢様」
「ちょっ!? いきなり、な、なんですのっ!? 暑苦しいで――」(うちの社長ルートの情報でさぁ……)
(!? ……何かありましたの?)
耳打ちを始めた万里の声色で内容を察して、五月も声をひそめ耳を傾ける。
(ああ、どうも昨晩から桐生傘下の暴力団連中が本館側に入ってるらしいねぇ)
(桐生の!? ……でも、万里さん。五月雨も海土路もそもそも桐生と同じ経推同盟の企業。昨日の件も三社通じて決着済みですわよ。どうしてまた?)
(あ~、確かオタクのオチビちゃんとも前に一度やらかしてんじゃな~い? 昨日はあたいが間に入ったとは言え、元は同じく美人さんが原因。ヤクザもんが二回連続で同じ相手に面子を潰されたとあっちゃあねぇ……わかんだろぉ)
(しかし、一度収めた問題を蒸し返して……それ以前に同盟内での表だった揉め事はご法度ですわ。それに桐生関連の暴力団と言えば”鬼竜会”ですわよね。今更、その傘下組織の連中ごときが出て来て何かできる話ではありませんでしょうに……)
(影嶋一家)
(なっ!?)
その一言で五月の顔色が変わった。
(ありゃあ? やっぱり。お嬢様ともあろう者が知らなかったのかい? 前回も、今回も、オタクらと揉めたのは影嶋一家の連中じゃない)
(そんなっ……!? よりにもよって……あの)
五月が絶句する理由。指定暴力団『影嶋一家』――。
武蔵区に本拠地を置く構成員三十名程度の小規模ながら過激派で知られる暴力団。表向きには大型組織に所属していない単独勢力とされるが、実際には国内を二分する大型組織の一つ『鬼竜会』つまりは桐生建設関連の末端組織にして、いわゆる実働部隊である。
(まあ、海土路も五月雨も鬼竜会と揉めることはないけどさぁ、ヤクザもんの定番は下のモンが、こいつらが勝手にやりました。ウチらは何にも関与してませ~ん。だよねぇ?)
万里の言う通りである。影嶋一家は鬼竜会(桐生建設)と無関係の体で色々な荒事をこなしている実働部隊だ。つとめて冷静にしていた五月にも動揺が見える。
(それともう一つ。影嶋の若頭もお目見えしてるらしいねぇ)
(……影嶋不知火)
(さすがお嬢様よくご存知で。んじゃ、すまないけどあたいも社長から後はノータッチを言われるもんでさぁ)
(いえ、万里さん。これで充分、情報感謝しますわ)
(そうかい。ま、今すぐどうこうって話じゃないからねぇ。この後はウチの坊ちゃんと遊ぶ約束もしてるみたいだしさぁ)
(ええ、この件は今晩にでもゆっくり検討させていただきますわ。万が一に朝日様へ害が及ぶなら、五月雨と桐生で戦争も致し方なしですわね)
(ははっ、怖い怖い。それにオタクにゃあのオチビちゃんがいるじゃな~い。影嶋一家と言えど一筋縄じゃいかないだろうねぇ――)
五月と万里がそんな話をしている間に朝日たちのデザートタイムは終了。主との約束もあるため、万里と別れて一旦ホテルへと戻ることになった。
その帰り道――。
「あの……朝日様?」
ふと朝日が五月の手を取って心配気に顔を見上げていた。五月としては顔に出ないようにしていたつもりだったのだが……人の顔色に敏感な朝日が何かを察したようである。その手をきゅっと握りしめてくる。
「あの……五月さん。ちょっと表情が暗いみたいだけど……大丈夫かなって思って……その、僕にできる――――うわぷっ!?」
「ああっ! 朝日様! なんてお優しい! 大丈夫、なんでもありませんわ。もう朝日様ったら、五月は、五月は本当に幸福者ですわあああああっ!!」
ここはあえて過剰に反応して気取られないように努力する。自分の胸に朝日の顔が埋まるほどにぐいぐいと抱きしめる。とても心地よい。
「ふぁっ!? 五月!? 公衆の面前でそれはアウト」
「おいこら! 突然朝日を抱きしめて何してやがんだ!?」
迫真の演技に深夜子たちも想定通りの反応である。だがこれは素振りであって、決して欲望からではないのだ!
朝日と引き剥がされ、少し名残惜しい――ではなく。五月は頭の中で冷静にこれからの対処方法を組み上げているのであった。
あとわずかで手に届くところまで来た愛しの朝日との任務完了。何人たりともその邪魔は許さない。
――そして、それは五月に限ったことでは無いのだ。
海土路主との待ち合わせ時間も近くなり、朝日たちは宿泊している男性福祉対応のリゾートホテル『別館海神』、その三階にあるロビーラウンジへと来ていた。
このフロアにはアミューズメント施設が色々と揃っている。朝日は主とここである遊びをする約束をして、待ち合わせ場所にラウンジを指定していたのだ。
もちろん高級ホテル並みにティータイムメニューも充実しており、深夜子と梅はさっそくメニューからスイーツをあれこれ物色している。
――さほど待たずして主たちが姿を現す。後ろにはタクティクスメンバー、蛇内万里、流石寺月美、そして花美ではなく、えびす顔の肉だるま、丸大公子の三人がついて来ていた。
「やあ、朝日クン待たせたね。十月の健康診断以来かな――って、どうしてキミは真っ昼間から浴衣姿なのかなっ!?」
開口一番。挨拶と同時にツッコミをいれるキノコヘアにしてモブフェイスのお坊ちゃま。海土路主十八歳である。
「えへへ、会うのは久しぶりだね主君。だって温泉卓球だよ? 正装はこれに決まってるじゃん!」と、挨拶半分に胸をはって主張する朝日。
そう、主と約束をしていたのは卓球で勝負することであった。やはり温泉と言えば何故か設置されている卓球台がお約束。しかしここは場末の温泉宿とは訳が違う。
フロア内には本格的な卓球場が設置されており、貸し出しラケットも種類豊富でシェーク、ペン、それぞれが戦型に合わせたラバーまで選べる充実ぶりだ。
浴衣姿にスリッパでやる気満々の朝日とは対象的に、主は有名メーカーの卓球用ユニフォーム姿。自前のラケットも手に持って、何やら自信ありげな様子。
「ふふん、朝日クン。キミのメールに少しは腕に覚えがあるような事が書いてあったけど――」
(おっ、チャーシューじゃねえか? お前も来てたのかよ? プロレスの時以来だな)
(あひいいっ!? やっ、ややややや大和梅ぇ!? いっ、いいいいやあああああああっ!!)
「実はボクのママが卓球のオリンピック選手と知り合いでね――」
(ちょっとチビ猫! 公ちゃんが怯えてるですよ! 近寄らないで欲しいですよっ!!)
(はあ? 知るかよ! 俺は別になんにもしてねぇだろ? にしてもお前はいつ見てもちんちくりんだな、眼鏡チビ)
「もちろん色々と身体を鍛えてるボクだけど、卓球は昔からプロの指導を――」
(んなあっ!? 相っ変わらずブーメランが得意ですよチビ猫はっ! 月美は――うきゃああああああっ!)
(月美おひさ。そして今日もスーツの下はエロビッチな下着)
(なっ、なっ、なんで月美の下着をチェックするですよっ!? 触るな変態っ、ノータッチですよおおおっ!!)
「うるさぁーーーっい! なんでボクが話してる時に後ろで騒ぐんだああああああっ!?」
なんの因果か、梅とめぐり合わせのいい丸大公子が悲鳴をあげ、そこに月美が割って入り梅と額をこすりあわさんばかりに張り合うと、その後ろから深夜子がわさわさとボディチェック。
双方入り交じって賑やかなやり取りが始まり、怒鳴りちらす主を「まあまあ」となだめながら朝日も加わる。そんな光景を少し離れた場所から生暖かい目で見つめる二人がいる。
「あっははは! やっぱ面白い連中だねぇ」
「まったく、よく飽きませんこと……」
ロビーで和気あいあいとする朝日たちを見守りながら、ラウンジのソファーで隣りあってお茶を飲んでいる五月と万里であった。
「それで……万里さん。こちらが約束の品ですわ」
上品な仕草でティーカップをソーサーに置いて、五月はポケットから取り出したUSBメモリーを万里の前へと差し出す。
「ん~、さすがはお嬢様。仕事が早いねぇ~」
「はぁ……朝日様のためとは言え……私ともあろう者がこんな真似を」
上機嫌でモノを受け取る万里とは真逆に苦い顔の五月、どうやら何か裏取引の模様である。
「あ~たまんないねぇ。男への愛に狂って次々と悪事に手を染め、堕ちていく美女エリート警護官! そそるじゃな~い」
万里が胸の前で手を組んで、柄に合わない乙女チックな声を出す。
「んなあっ!? なっ、ななな何を人聞きの悪いっ! 大事の前の小事。ついでに実家から少しデータを借りただけですわっ!!」
顔を真っ赤にした五月がバンッ! と机を叩いて叫びながら立ち上がる。
が、「あ――――」数秒して、周りの客からのいぶかしげな視線に気づきソファーへと縮こまった。
「とにかく万里さん。ちゃんとした依頼なのですから――――っ!!」
「ああ、大丈夫さぁ。もう花美が本館に潜入ってるからねぇ~、ご依頼の情報は夕方にはお渡しできるさね。しかし驚いたよ、お嬢様の方からあたいに電話とか珍しいと思ったら……わざわざウチらに仕事の依頼とはねぇ。でもさぁ、オタクにゃ寝待ってお嬢ちゃんがいるだろうになんでまた?」
「単純に時間と人手不足ですわ。深夜子さんには夜に動いていただくつもりですから」
「はぁん、色々考えてんだねぇ――」
そうやって五月と万里が話し込んでいる間に、朝日たちは先に卓球場へ移動していた。話を終えてから二人も卓球場へと追いかけ顔を出すのであった。
0
お気に入りに追加
186
あなたにおすすめの小説
ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話
桜井正宗
青春
――結婚しています!
それは二人だけの秘密。
高校二年の遙と遥は結婚した。
近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。
キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。
ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。
*結婚要素あり
*ヤンデレ要素あり
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
学園の美人三姉妹に告白して断られたけど、わたしが義妹になったら溺愛してくるようになった
白藍まこと
恋愛
主人公の花野明莉は、学園のアイドル 月森三姉妹を崇拝していた。
クールな長女の月森千夜、おっとり系な二女の月森日和、ポジティブ三女の月森華凛。
明莉は遠くからその姿を見守ることが出来れば満足だった。
しかし、その情熱を恋愛感情と捉えられたクラスメイトによって、明莉は月森三姉妹に告白を強いられてしまう。結果フラれて、クラスの居場所すらも失うことに。
そんな絶望に拍車をかけるように、親の再婚により明莉は月森三姉妹と一つ屋根の下で暮らす事になってしまう。義妹としてスタートした新生活は最悪な展開になると思われたが、徐々に明莉は三姉妹との距離を縮めていく。
三姉妹に溺愛されていく共同生活が始まろうとしていた。
※他サイトでも掲載中です。
男女比の狂った世界で愛を振りまく
キョウキョウ
恋愛
男女比が1:10という、男性の数が少ない世界に転生した主人公の七沢直人(ななさわなおと)。
その世界の男性は無気力な人が多くて、異性その恋愛にも消極的。逆に、女性たちは恋愛に飢え続けていた。どうにかして男性と仲良くなりたい。イチャイチャしたい。
直人は他の男性たちと違って、欲求を強く感じていた。女性とイチャイチャしたいし、楽しく過ごしたい。
生まれた瞬間から愛され続けてきた七沢直人は、その愛を周りの女性に返そうと思った。
デートしたり、手料理を振る舞ったり、一緒に趣味を楽しんだりする。その他にも、色々と。
本作品は、男女比の異なる世界の女性たちと積極的に触れ合っていく様子を描く物語です。
※カクヨムにも掲載中の作品です。
〈社会人百合〉アキとハル
みなはらつかさ
恋愛
女の子拾いました――。
ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?
主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。
しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……?
絵:Novel AI
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
二度目の勇者の美醜逆転世界ハーレムルート
猫丸
恋愛
全人類の悲願である魔王討伐を果たした地球の勇者。
彼を待っていたのは富でも名誉でもなく、ただ使い捨てられたという現実と別の次元への強制転移だった。
地球でもなく、勇者として召喚された世界でもない世界。
そこは美醜の価値観が逆転した歪な世界だった。
そうして少年と少女は出会い―――物語は始まる。
他のサイトでも投稿しているものに手を加えたものになります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる