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第七章 温泉旅行は愛と波乱に満ちている

第七十九話 温泉街へ行きましょう

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 ――嵐のあとには静けさが訪れる。

 朝日たち四人は朝食をすませ、テーブルを囲み熱いお茶でほっとひと息ついている真っ最中。とは言え。
「あの――」「えと――」「その――」「んと――」
「「「「あっ、どうぞどうぞ」」」」

 お互いにチラチラと顔を見合せ、照れ八割、気まずさ二割のご様子。牽制球飛びかう微妙なやり取りを続けること約十五分。ぎこちなさを残しながら、本日の予定を話し合い始める。


「――で、今日これからどうすんだ? 現地こっちで決めるって話だったろ」
 梅が湯飲みでお茶をすすりながら朝日に確認する。
「うん。午後は大体決めてるんだけど、午前中はお店とか色々あったふもとの温泉街に行きたいなと思って、お昼もそこでどうかな?」
「あの……朝日様。そこは一般区域になりますので、あまりおすすめはできませんが……」

 男性特区扱いとなるのはホテル敷地内まで、しかも今は『国納め』の時期で人も多い。朝日の希望に五月が不安を口にする。

「でも、ここはあの条令・・・・が無い地域でしょ?」
「あら? 朝日様よくご存知で」

 あの条令とは『指定区域内では、男性の近辺に警護官は一人のみ』と言う(※第十二話参照)男性権利保護委員会が制定しているやたら面倒くさい規則である。

 しかしながら、議決権は地方公共団体(この国では区)にある。都市部である曙・武蔵区はともかく、男権の影響力が弱い地方では施行されてない場合が多いのだ。

 つまりこの双羽ふたばね区では、深夜子ら三人が揃って朝日のそばで身辺警護が可能となる。そしてそれ・・は朝日にとって重要なことでもあった。

「もちろん帽子と、それから女性ひとの多いとこではマスクもするし……。でもね、僕ずっと深夜子さんたちとみんないっしょで街を歩いたり、買い物したりしたいって思って、今日すごく楽しみにしてたんだ。だから、いいでしょ? みんなでデート!」
 そう言って朝日がはにかんだ笑顔を向けた瞬間。まるで反発する磁石のごとく、三人はくいっと顔ごと目をそらす。揃いも揃って息を詰まらせ、顔どころか耳まで真っ赤である。

 あれ……? 朝日は何か違和感、いや既視感・・・を覚える。この空気はどこかで――。しばしの間、記憶をたどって思案する。そして……朝日の中で一つの仮説が浮上した。

 とりあえず横に座っている梅に実験対象ぎせいになっていただこう。 

 ちょうど背を向けているので「ねえ梅ちゃん。どう思う?」と抱きついてみた。いつもであれば『こら朝日、だからいちいち抱きついてくんなっての! しょうがねえ奴だな、わかってんよ。いいんじゃねえのか?』と女前な返事がくるところだが――。

「にょわぁっ!? おいこら朝日!? な、何を、ぎゅっ、て……ちょ、こら、背中に胸板があたるから…………じゃねえっ」
 梅が目を明後日の方向に泳がせて動揺しているのが背中からでも手に取るようにわかる。うん、これはもうひと押ししてみよう。
「いや、そうじゃなくて。んまっ、まあ、別にいいんじゃねえかああああああっ!? みっ、みみみ耳にふー、ってするなぁあああ!! あ、や、ダメ……や、やめっ……ヤメロォー!!」
 聞いた記憶のある叫びと共に床を転がって朝日から離脱するも、柱の角で頭をぶつけ声にならない声を漏らしてうずくまる梅であった。
 
「あれ? これって……もしかして?」
 続けて朝日の視線がキラーン! と深夜子、五月へ向かう。
「ふへっ!?」「はいっ!?」

 ――三分後。

「ぷっ、ぷっしゅー。あ、あしゃひきゅん、て、手加減……希望……亡くなったお祖父ちゃんに……再会した……」
 「ふわああああああ、朝日様……五月は、五月は……はううううう」
 温泉地らしく顔から湯気を吹き上げて深夜子と五月、仲良く轟沈である。

 どうやら朝日のキスと告白の効果で、出会った当初レベルまで耐性が逆戻りしている三人であった。これはこれで面白いのだが、せっかくの全員デートおでかけ前にこれでは先が思いやられる。なので……。

「みんな大丈夫? 困ったなぁ……それじゃお出かけできないよね。んー、えーと……、あっ! やっぱあの話・・・はなかっ――――」
「「「全然大丈夫|(だぜっ)(ですわっ)!!!」」」

 強制的に立ち直っていただいた。

 さて、ワンクッションもあってか、深夜子、五月、梅、それぞれが自分なりの想いを噛みしめながらデート――失礼、身辺警護の準備に移る。任務完了ゴールイン手前の手前、予約の予約状態ではあるが、この世界の女性基準ならばまごうこと無き『大勝利』だ。

 嬉し恥ずかしな興奮も、時間が経過するにつれて実感へと変わる。温泉街へ四人で繰り出して朝日の警護をして歩く。もう何度となく繰り返した日常の行為。しかし、日常だからこそ、当たり前だからこそ、頭の中でより実感が際立ってしまう。

 そんな深夜子ら三人の中で最も実感が際立ってしまい、やたらとテンションが高いのは――。

「ああっ! 目に映る全てが薔薇色! こんな素晴らしい日がありましたでしょうか? いいえありませんわっ!!」の五月である。

 今日は過去になくお化粧のノリもバッチリ。服装はどうやって旅行先で調達したのか理解に苦しむ新品の高級ブランドスーツに高級アクセサリーの数々。その美貌も相まって、恐ろしく目立つオーラをたれ流し中だ。

 すれ違う女性たちも、帽子をした朝日ではなく五月に目を奪われている。足を止めたり振り返ったり、何人かは物陰から好奇の目を向けてあれこれとささやき合っている。

(ちょっと何よ……あのめちゃくちゃな美女イケメン。芸能人? あ、でも警護官? 他にも二人いるし本職?)
(でもなんか変なこと口走ってるわよ。動きも怪しいし……クスリでもやってんじゃない?)
 最初は五月が残念な評価をくだされているだけであったが、少しすると朝日の存在に気づく者も出てくる。
(いや、あれ隣にいるの男の子でしょ。やっぱ警護官……にしては仲良さげに――ちっ、見せびらかしやがって)
(……あっ、もしかして内定組ってやつ? クッ! 見るんじゃなかった目が腐るわ羨ましい嫉ましい爆発しろ)

 背後からコソコソと聞こえる嫉妬の数々。当然、ハイテンションな五月の耳はつぶさにそれをキャッチ、眼鏡のレンズがキラリと輝き愉悦ゲージはぐんぐん上昇中だ。さらには朝日の腰に手を回して抱きよせ、温泉街の道行く女性という女性から愉悦ヘイトをかき集めている。

「あ……あの、五月さん? なんかいつもと違う、と言うか、その、……張り切り過ぎと言うか……もう少し落ち着いても、いいかなって」
 憎悪ヘイトまみれの空間に耐えかね、朝日がやんわり五月に言い聞かせる。このままだと女性たちに(五月が)襲撃されかねない。

「いえいえ朝日様! 五月は、貴方の五月はいつもと寸分たりとも変わりませんわっ!」
 すごく違うと思います。
「ただっ! そう、ただ朝日様にふさわしい女性として自然に、それはもう自然に振る舞っているだけですの!」
 すごく不自然です。
「あはは……そ、そうなんですね」
 しかし、勢いに押されて朝日も同意する言葉を漏らすので精一杯。五月の熱弁は加速する。
「そうなのですわっ! それに朝日様。五月雨ホールディングスの傘下企業は多種多様な業種で全二十一社、もちろん全てが中堅以上の規模ですわ。そのグループ売上は来期で五兆円超えの見込み。総資産も二百兆円に迫っておりまして……ま、さ、に、朝日様にふさわし――――あれっ?」

「朝日君、こっちのお土産屋さんが有名店。温泉水を使ったサイダーが美味しいってガイドブックにある」
「ほんと! じゃあ買っていこうかな」
「おっ、団子を作り売りしてんじゃねえか、焼きたてうまそうだな」
「あはは。梅ちゃんさっきから食べてばっかだね」
 残念。いつの間にやら朝日は深夜子と梅に連れられ、お土産店へと向かっていた。

 自分の話に夢中になってしまい、まったく気づいてなかった五月である。これは恥ずかしい。唖然あぜんとするついでに周りの女性たちからの”ざまぁ”な視線がちょっと心に痛い。

「はっ!? えっ!? ちょ、ちょっとお待ち下さいませーーーっ!」

 舞い上がりすぎたことに赤面しつつ、朝日の後を追う五月であった。


「――あっ、あそこだ。おそばが美味しいお店なんだって」
「うわっ、朝日君。ここめちゃ行列だけど……大丈夫?」

 ガイドブック片手に朝日が深夜子たちを連れてきたのは温泉街の老舗らしき蕎麦そば屋だ。超人気店のようで、店外にまで長い行列ができており深夜子が心配している。

 しかし心配ご無用。朝日がホテルの案内係コンシェルジュにおいしいお昼が食べれるお店を訪ねたところ、確認から予約の手配まで準備万端。手元のガイドブックには大きく”人気店のため予約不可”と書いてあるのだが……さすが男性優遇に余念のない世界である。

「神崎様、お待ちしておりました。二階のお座敷を取ってありますのでご案内します」

 店員の案内で行列待ちの女性たちを横目に店内へと通される。朝日はともかく、深夜子たちには『ちっ、いいよな勝ち組は』的視線が送られている。その雰囲気に少し片身がせまい朝日と、ちゃっかり愉悦ゲージを補給している五月ら御一行であった。
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