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第七章 温泉旅行は愛と波乱に満ちている

第七十四話 たすけて

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 ――こちらは現在、朝日がピンチを迎えている自販機コーナー。
 
 茶髪と黒髪、不届きな二人の警護官。これから美少年あさひが怪我をしていないか、その身体をじっくりと調べるお楽しみ・・・・の直前。背後から待ったの声がかかった。

「「あ゛あ゛ん!」」警護官たちは邪魔すんじゃねーよ! と言わんばかりにガラの悪い声を出して後ろを振り向く。ところがそこには、彼女らを二回りは上回るであろう巨躯の女性が立っていた。

 スーツと言うより将校服に近い柄のジャケットとズボン。その服装を豊満な胸部だけでなく、腕と脚の筋肉がよりタイトに見せている。爬虫類のような瞳をした凛々しい女傑。民間男性警護会社タクティクスリーダー蛇内へびうち万里ばんりである。

「「んなっ!?」」
 その威容いように思わず二人は怯んでしまう。

「いや、オタクら何やってんのかなぁ~? と思ってさぁ」
 含みありげに万里は片目をつむり、はすに構えてニヤリと口元を歪める。
「そ、そりゃ、お仕事に決まってんだろお。男性が道に迷ってた上に、可哀想にウチとぶつかっちまって倒れたのさあ」
 それでも中身がヤクザ者だけはある。平静を取り戻した茶髪がズケズケとのたまう。
「そうかい? あたいにゃ嫌がる男にイチャイチャしようとしてる風景に見えたんだけどさぁ~?」
「はっ、何を言ってんのかねえ? 男性を保護して怪我が無いか調べてるだけだろお?」
「そうそう、それにアンタ。彼の担当警護官じゃないんだろ? 言いがかりつけて無いで引っ込んでな――――っ!?」

 理屈をこねる二人の顔の前を、万里の左腕が寺の釣り鐘を突く棒のような勢いで通過した。壁ドンならぬ壁ドゴンッ!! 轟音が響く。新築の壁がきしみ、つたい・・・にある自動販売機がぐらりと揺れる。 

「「ひいいっ!?」」
「いやいや、はいそうですかぁ~ってワケにゃいかないじゃな~い」
「「―――――っ!!」」
 明らかにタダ者では無い。万里の威圧感に負けて二人は狼狽うろたえ始める。
「ここは男性福祉がうたい文句の温泉だろぉ。オープン直後に男性トラブルとか出しちゃまずいと思うのさねぇ」
「おっ、おいっ、だから、ウチらは、そうでなく――――」
 しどろもどろになっている茶髪。それを見た万里はペロンと舌なめずりし、ずいっと笑顔を近づけささやいた。
「なあ、あたいも混ぜておくれよぉ」

「はっ!?」「へっ!?」
 混ぜてくれ。そのあまりに想定外な言葉に茶髪と黒髪は驚き、顔を見合わせる。そして一秒……二秒。二人は安堵とも取れる嫌らしい笑みを万里に向けた。
「あっ、あれえ? もしかしてアンタもいっしょに楽しみたいわけえ?」
「そ、それならそうと早く言ってよ。もう」

 悲しいかな、警護官による男性への性犯罪も存在する。しかも男性警護に関する法律を逆手に取る性質上、立件されにくい。例えば、今まさに朝日が直面しているのも典型的なパターンだ。

 それに海土路みどろあるじのような女性を見下す強気なタイプは少数派。むしろ朝日よりもおとなしく、何より女性を恐れる男性が過半数だ。状況証拠・・・・が不十分で泣き寝入りも珍しくない。

 ここで警護官たちの名誉の為に断言しておくが、そんな行為に及ぶ不逞ふていやからなど極々一部である。まあ、朝日の場合は女の理性を飛ばしてしまう美貌も災いしたと言えよう。

「んでぇ、オタクらこれから診察・・ってことぉ?」
 万里の一言。これは隠語である。

 警護官による男性への性犯罪内容ぶっちぎりナンバーワン。怪我、病気、健康の確認を理由に男性の身体を触りまくる痴女行為。それを『診察』と犯罪に及ぶ者たちは呼んでいるのだ。

「そうそう、診察・・。この可愛い子の、ねえ」
「それに早く診察・・してあげなきゃ。もたもたしてるとプロパー(担当警護官の隠語)が来ちゃうもんね」
「いやぁ~嬉しいねぇ。その一言・・・・が聞きたかったよぉ」
「あはは、そうかい? あんたも好きだねえ」

 一連のやり取りに安心した二人は万里を仲間だと認識する。自動販売機コーナーの袋小路に自身らを壁代わりに閉じ込めていた、哀れで可愛い獲物を自慢気に万里の前に披露した。

 その瞬間。茶髪と黒髪、二人の肩にどしりと万里の太く重い腕がのし掛かると――。
「あれ? あれあれあれあっれぇ~? こりゃあ、五月雨の・・・・お嬢さんトコの神崎朝日さんじゃな~い。お久しぶりだねぇ。あっはっはっは!」
 やたらと嬉しそうに、やたらとわざとらしくセリフが放たれた。

「「なああああああっ!?」」
 驚愕、絶句して固まる不届き者二人。一方の朝日は突然の出来事にきょとんとして万里を見上げる。

「えっ? ……あれっ? ……た、確かあるじ君とこの――――えと、蛇内……万里……さん?」
「ん~、覚えてくれてるたぁ光栄だねぇ。そう万里さ。あたいのことは万里と呼んでくれるかい? び、じ、ん、さ、ん」
 ちゃっかり下の名前呼びをリクエストする万里。こんな時でもマイペースは崩さない。

「はっ? えっ!? さっ、ささささ五月雨えっ!?」
「そんな、まさか、こ、この子……あ、あの五月雨の……」
「なぁ美人さん。お嬢様からも教わってるだろぉ? こういう時、ねぇ、ほらぁ、あたいの名前を呼んで、あと一言・・・・」と言って朝日に何やら促す。

 その言葉は正に効果覿面てきめんだった。茶髪も黒髪も一気に青ざめる。

「おいおいおい! ちょっ、ちょっと待ってよお。ア、アンタさっき自分も混ぜろって? いや、診察するって言ったよねえ?」
「はぁ~? 何言ってんのさぁ。あたいが聞いたのはオタクらが・・・・・診察するのか・・・・・・。だよねぇ?」
 状況証拠は確定済みである。
「なあっ!? まさか? て、てめえ! くっ、くそっ、離せえ!」
 気づいた時にはすでに遅し、万里の腕からかかる圧力にその場を離れることも許されない。

「ほらぁ、美人さぁ~ん」甘ったるい声を流し目に乗せた万里が朝日に催促をする。
「あ……あっ!? え、えーと」
「ちょっと待って! キミ! ごめん。ごめんね、なんか勘違いさせちゃったかもだけど。何もしないし、道に迷ったと――」焦る黒髪が苦し紛れの言い訳を始めるが「万里さん……たすけて・・・・」朝日の”一言”は発せられた。
「あっ~はっははは! そうそう。えらいねぇ~美人さん。よくできましたぁ。オタクら、これで対暴女法第二条が適用じゃな~い?」

『対暴女法第二条(一部抜粋)』
 特定男性警護業に従事する者は、暴女と認められる相手から男性が救助を求めている場合。自らの判断で暴女を逮捕することができる。
 
「ふっ、ふざけるな。ウチらまだ何もしてねえだろ! 誤認逮捕になんぞコラあっ!」
「そうだよアンタ。知り合いなら自分が送ってあげりゃいいだけでしょ?」
 未遂とは言え、男性警察に突き出されるのは本業が本業やくざなだけに非常にまずい二人である。威嚇に弁解、果ては恫喝、あれこれとわめきたてる。しかし万里にはどこ吹く風。ぐいと二人の頭を抱き寄せる。
「安心しなよぉ~。男性警察の厄介になるこたあないさぁ。なんせオタクら……今からあたいにぶっつぶされるんだからねぇえ~~~~~っ!!」
 豹変。獲物を狙う大蛇の如く凶悪な表情に変化する。 
 
「はあっ!?」「て、てめえっ!?」
「はっ、第二条補足って奴じゃない!」

『対暴女法第二条(補足)』
 状況によっては武力を行使して排除することも許される!

「クソがあっ、えげつない理屈こねやがってえ! ヤクザかこの野郎!」
「いや、ヤクザはあたしらだろ?」

 完全に逃げ道は無くなった。それを直感したのか、ヤクザ者の経験か、二人は即座に戦うことを選択した。
「「おらあっ!!」」
 肩に手を回されている体勢を逆利用して、万里のわき腹へと肘打ちを試みる。呼吸を合わせ、茶髪と黒髪の肘が同時に放たれた。
 ――鈍い音を立て、万里の両わき腹に直撃!
 ところが二人の肘に返ったのは、頑丈な大木のみきを打ち据えた感触。
「ぐあっ?」「つうっ?」
 反対に肘が痺れる始末だ。
 ――次の瞬間。
「があっ!?」黒髪の視界が突如として塞がれる。
 万里の右手が黒髪の顔をがっちりとつかみ込んでいた。

 一方の茶髪は肩に回された万里の腕が外され、顔を掴みにかかる一瞬の隙を突いて離脱する。
「おっと、今のをかわすたぁなかなか素早いねぇ」と、その動きに感心しながらも「ま、あとのお楽しみだねぇ。とりあえずはオタクからぁ!!」万里の視線は、離せと叫びジタバタする黒髪に向かう。

 その頭はまるでハンドボール扱い。投球モーションを思わせる動きで、万里は右腕に力を込め振りかぶった。
「はっはぁっ!!」
 掴んだ頭ごと全体重を乗せ、万里の右手が自動販売機へと叩きつけられる。それなりの体重であろう体格の黒髪だが、空気人形のようにその身体は軽々と宙を舞った!
「ひぎゃぶうっ!!」
 プラスチックが砕ける音。鈍い金属音。気の毒なうめき声。全てが同時に響き渡る。
 バラバラと床に飛び散るプラスチック片に見本缶、ペットボトル、金属の部品。自動販売機には、肩まで突き刺さった黒髪の身体が力なくだらんとぶらさがっていた。

 そして、万里の目は腰のベルトから特殊警棒を取り出して、構えをとっている次の獲物へと向けられるのであった。
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