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第五章 特殊保護事例Ⅹ案件~五月雨家へようこそ!

第五十六話 闘え!正義のお面レスラー

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 特設リングの中央で梅が観客の声援に答えている。どうやらノリノリである。

 すると何かの演出か、突然照明が落とされ、対戦相手側の花道がライトで照らし出された。するとテーマ曲と思われるBGMが鳴り響き、ドライアイスの煙と共にフードに身を包んだ巨体が姿を現す。

 観客の反応から察するに人気のあるレスラーなのだろう。アナウンサーもテンションを上げてコールを始める。

『――注目の金網デスマッチ。その牢獄に囚われた149センチ、49キロ”小さなチャレンジャー”マスク・ド・ピカテューに対するは――この夏、不慮の事故で右手首を骨折して暫しの休場。しかし今回ファン待望の復帰を果たした”打撃殺しの肉体”身長203センチ、体重218キロ――ボンレス公子きみこだぁ!! 正に究極の体格差対決!! 会場も予選決勝とは思えない盛り上がりを見せております!』

 演出に合わせてフードを投げ捨て、巨体をさらすボンレス公子。丸々とした身体を包むピンク色のレスリングスーツ、その人の良さそうな恵比寿顔の両目にはハートマークのペイントが施されている。

 観客席からの声援に、にこやかな笑顔で『困ったことがあったら、な~んでも言ってください』とマイクパフォーマンスしながらリングへと向かう。

 ボンレス公子はその巨体を駆使した豪快なレスリングとは真逆に、優しさ溢れる丁寧でおだやかな物腰が人気のレスラーなのだ! ちなみに本業は男性警護業と噂されている。

『おおーーーっと! ここでボンレス公子がパフォーマンスを仕掛ける。なんとセコンドに指示してゲージの扉に大きな錠前を付け、外から鍵を掛けさせてせているぞーーっ!! まるでお前は私の獲物だ。もう逃がさないとでも言わんばかりかーーっ!? あーーーっと、さらにっ、扉の鍵がセコンドからボンレス公子に手渡される。これはーーーっ!?』

 鍵を指でつまんで吊り上げると梅に見せつけ、マイクに向かって煽りを入れる。

「ふぉ~ほっほっほ、オチビちゃん。なかなかの強さのようですが、私と当たったのが運のツキですね~。さぁ~逃がしませんよぉ~!」

 そのままつまんだ鍵を口の上へと持って行き、ベロンと出した舌の上へと乗せる。
 そして――。

『飲み込んだぁーーーっ!! これは強烈な意思表示! 自分を倒さない限り、もう逃げ場はないぞ! まさに、まさに金網デスマッチ! そしてここで運命のゴーーーーングッ! ボンレス公子VSマスク・ド・ピカテューのガチンコ対決スターーートだぁ!!』

 朝日たちの声援も飛ぶ中、試合はボンレス公子の先制攻撃から始まった。

「ふぉ~ほっほっほ! まずは小手調べですよ~オチビちゃん。この私の張り手を受けられますか~~? ぬううんっ!!」

 がばっと左腕を振りかぶり、体重218キロを乗せた張り手を梅へと叩きつける!

「へっ!」

 鼻で笑った梅は少し足を広げて踏ん張り、右肩で張り手を受け止める。もちろんノーガードだ。豪快な張り手と身体の激突音が響き、観客席から悲鳴や歓声が巻き起こった次の瞬間!

「いっ、いてえよぉ~~~っ!!」

 自分は鋼鉄の塊でも殴ったのか? そんな錯覚に襲われるほどの衝撃と激痛がボンレス公子の左手に返ってきた。一方、ノーダメージだと言わんばかりに梅は肩をぐいぐいと回しながら距離を詰める。

「どっかで見たことあると思ったら、チャーシューじゃねえか? 右手治ったのかよ」
「なぁっ!? ちょちょちょちょちょ、そそそそその声は!?」

 ボンレス公子に恐怖が甦る。右手、右手首を開放骨折した夏、自分どころか圧倒的強者である蛇内へびうち万里ばんり流石寺りゅうせきじ姉妹らをたった一人で病院送りにした怪物の声であった。

「おいおい、せっかくの予選決勝だってのにお前が相手とかテンション下がんな」
「きいいいやああああああああーーーっ!!」

『あーーーっと、どうしたボンレス公子!? 突然走り出して金網にすがりつき、狂ったように泣き叫んでいる! これは新しいパフォーマンスなのかぁ! おっと? そして、扉に向かって……開けようとしたーーーっ!? 自分が鍵を閉めさせたんじゃないのかぁーーー!? 当然開かない。すると、今度は、しゃがんで? なんとーーっ! 吐いたぁーーっ!! 嘔吐だぁーー!! ストレスか? ストレスなのか? まるで毎週の月曜日。出勤前のサラリーウーマンのようだあーーーっ!!』

「どうしたよ? ああ、鍵を吐き出したいのか――いいぜ顔見知りのよしみだ……しっかり吐き出させてやんぜっ!!」

 ニヤリと口元を歪め、ボキボキと拳を鳴らしながら近づく梅であった――。


 さて、丸だ――ボンレス公子が非常に気の毒な目にあっているその頃、会場の裏側である大会運営本部は騒然となっていた。

「なんだ……なんなんだあの化け物は?」
「ちょっと……一回戦、パイルドライバーで相手がマットにめり込んでるんだけど……漫画でしか見たことないわよ、この場面」
「二回戦の決まり技……ラリアートした方が骨折TKOって、どういうこと?」
「誰が連れてきたんだよ? 強いとかそんなレベルじゃないぞ」
「そ、それが五月雨ホールディングス関連企業の推薦枠で参加らしく……」
「五月雨だぁ? と、とにかく……アレの戦いを見たレスラーたちが次々対戦拒否を、このままではメインイベントが組めません」
「くっ……仕方あるまい……奴を使うぞ」
「え!? 女帝エンプレスですか? しかし奴は前回やりすぎて対戦相手を半殺しにして出場停止中のはず!」
「……かまわん。マッチが組めなかったらそれこそ大事だ。やむを得ない」

 そんな相談が行われている間に金網デスマッチの(衛生面での)惨劇は幕をおろし、その後の予選決勝も次々と終了する。これから賭けの対象となるメインイベントに備えて中央リングは改装となるようだ。

 ちょうど時間は午後六時を回っており、その準備の合間にディナータイムとなる。黒服たちは交代で半数づつ休憩を取るため部屋から出て行き、入れ替わりに給仕が注文した料理を部屋へと運んでくる。

 奥のカウンター席以外のスペースは座敷――と呼ぶにはおしゃれなリビング風の造りだ。クッションやソファーにテーブルセット、さらには観戦用の大型モニターが壁面に設置してあり、ゆったりとくつろぐことができる。朝日たちは料理の置かれたテーブルを囲んで食事をすることにした――。


「はい、深夜子さん。あーん」
「ふへっ、おひょ、うへへ。い、いいの? 朝日君。ぬへへへへ。あ、あーーん」

 くねくねと怪しく身体をよじらせ、照れ笑いらしき奇声を発しながら、朝日にお肉を口に運んで貰う深夜子である。

 ディナーコースのステーキは色々な部位が選べたので、何気なく朝日が違う部位を頼んで交換しよう。と持ちかけたのを受けたのだが、まさかの幸運が降りかかっていた。

「おっ、おいひい……と、とろけるっふぅ」

 確かに上質でとろけるように柔らかい肉質のステーキだが、それ以上にとろけている深夜子の表情であった。これはメシの顔ですね。

「ちょっと深夜子さん! Mapsともあろう者がそんなはしたないマネを――」

 もちろん朝日の両隣はしっかり深夜子と五月が確保している。深夜子に苦言を呈する五月だが、その顔の前にもスッと朝日から同様にお肉が差し出された。

「はい、五月さんもどうぞ。あーん」
「はひぇええええ!? わ、わわわわわわたくしにも? ちょ、いやですわ、もうっ、もう朝日様ったら積極て――いやいや、そうでなく、勤務中、いや、何よりそもそもMapsとして…………」

 顔を真っ赤にしながら焦る五月であったが、ここでピキーンと効果音が入らんばかりに天啓が走る!

(ハッ! そうっ、そうですわ! 本日ここにわたくしはMapsとして来てはいませんの。いや、来てはいけないのでしたわ。つまり、今ここにいるのは朝日様を世界の誰よりも愛する淑女五月雨五月。まさに天の時と地の利と人の和が満ちた瞬間いま! さあ、いただくのですわ五月、朝日様のあ~んを!!)
「あ、あああ朝日様。んあ、あああぁ――」
「ううーん朝日ちゃーん。とーってもおいしいわーー」
「何お母様が食べてやがりますのーーっ!?」

 ちゃっかり五月の間に割り込んで、新月が朝日のあーんをかっさらっていた。この後しばらく、親鳥に餌を与えられるヒナ鳥のように朝日のあーんを堪能する二人プラス四十四歳人妻である。

 黒服たちはそんな光景の横で腕立て伏せ、腹筋など、筋トレに一心不乱に取り組むのであった。

 ――少し時間は進んで午後九時五十分。

 メインイベントも無事全試合終了してロビーで梅とも合流。本日は一泊するためホテルへ移動となる。

「おう! 深夜子と五月も着いてたのか? お疲れ!」
「お疲れ梅ちゃん。さすが!」

 メインイベントで運営本部は梅の対戦相手に切り札レスラー”女帝エンプレス”を使った。最初は目論見通り、女帝優勢で進んでいた――かのように見えたが、それは梅がせっかくメインイベントなのでピンチを演出してから逆転すると言う盛り上げをしただけのことであった。結果は察していただきたい。

「凄かったね梅ちゃん! 僕は最初やられるかと思ってドキドキしちゃったよ」
「何言ってんだよ朝日。俺が負けるわけねーだろ」
 ご機嫌で朝日とハイタッチを交わす梅。
「大和ちゃーん。ほんとすごいわねーびっくりしちゃったわーまさか女帝に圧勝なんてー」
「ボディにパンチ一発で”くの字”どころか”つの字”に折れた方は初めて見ましたわ……お気の毒に」
「梅ちゃん相手にプロレスルールで戦うこと自体が自殺行為」
「やっぱ逆転はプロレスの美学だぜ! ……それにしてもファイトマネーで300万かよ。こりゃうはうは――」
「や、ま、と、さ、ん」

 懐から分厚い封筒を取りだして、したり顔の梅の前に五月が立ちはだかる。

「うっ……さ、五月。なんだよ?」
「それは聞き捨てなりませんわね。まさか! 名誉あるSランクMaps公務員ともあろうお方が? 闇のファイトマネーで私腹を肥やされるわけはありませんわよねっ!?」
「ぐうっ……そ、それは」
「お母様から聞きましてよ。貧しい孤児院のお子様たちに寄付なさるんですってね? 正義のお面マスク・ド・ピカテュー様は」
「おい、そりゃ設定だ――」
「えっ!? そうだったの……う、梅ちゃん……かっこいい……」

 日頃あまりお目にかかれない朝日の尊敬の眼差しが梅に突き刺さる。

「うえっ!? ――そ、そうだよ。さ、ささ最初からその予定だぜ朝日。当たり前だろ! お、俺を誰だと思ってんだよ……へへ」

 意外と見栄っ張りの梅である。

 懐が急に寂しくなりしょんぼりしながらホテルへと足を運ぶ途中、こそっと新月が近寄ってきた。
(大丈夫やがな大和ちゃん。例の手持ちの金は全額自分に賭けたったからな。明日にゃ口座にきっちりじゃ、しかも倍率十倍超えとったから百万は固いで、安心せえ)
(マジかよ!? 助かったぜ五月の母ちゃん。へへ、まあそっちで十分か……何より楽しめたしよ)
「お二人とも……何をこそこそ話を、またぞろ悪巧みでも――」
「「してない、してない」」
「さ、さあホテルに行こうぜ!!」
 
 なんとか報酬はゲット。笑みがこぼれそうになるのをごまかしながら、ホテルへの移動を促す梅であった。
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