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第五章 特殊保護事例Ⅹ案件~五月雨家へようこそ!
第五十一話 五月雨五月の「一難去って、また一難」
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「いっ、いいいいけませんわ! 朝日様!」
「えー、五月さんってば、よく僕におっぱい押し当てて、ぎゅってしてるでしょー」
まあ、過去に何度か。あっ、つい先ほども。
「そ、そそそんな! あれは不可抗力と申しますか、なんと申しま――うひぃ!?」
「だから僕もぎゅってするー」
ベッドの上に座り込んで後ずさる五月に対して、朝日は正面からすがるようにのし掛かる。捕まえたとばかりに両手をしっかりと背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。そして、五月の豊かで柔らかな双丘に顔を擦り付けるように埋めた。
「ふぁっ!! ……あ……はあ……」
胸元から香る朝日のシャンプーの匂いが五月の鼻腔をくすぐる。さらに背中に回された手の温もり、心地よい圧力、自分の胸が朝日の顔に押し分けられる感触、全てが恐ろしいまでの快感と満足感になって理性を粉々に砕いて行く。
「あ、朝日さま……まずい……これは……まずいですわ」
「えへへ。五月さん……柔らかくて……いい匂い」
深夜子や梅と違い、五月のボリューム充分な谷間はパジャマシャツからしっかりとはみ出ている。そこに押しつけられた朝日の冷たく心地よい頬の感触が、甘い刺激となって身体中を駆け巡る。さらには朝日の吐息もそこをたどって、鎖骨から首筋と肌の表面を舐めるように撫でてゆく。
「ッ!? あはっ……ん……はあぁ……あ、あさ、ひさまぁ……五月は……五月はもう……」
胸元にある朝日の顔が、背中に回された手のひらが、わずかでも動く度に、極上の愛撫をされている錯覚を五月に与える。
もはや理性が残っているかすらわからない。今すぐにでも服を脱ぎ捨て、下着も脱ぎ捨て、全力で朝日を抱きしめことに及びたい。しかし、五月は名誉あるMapsである。
朝日に信用され身辺警護を任されている。それが、同じ部屋に閉じ込められた程度のアクシデントで、これ幸いと行為に及べば、状況に甘んじて朝日を弄んだ鬼畜としてその名を残すことになるであろう。
五月、まさに正念場である。
「くううっ! あさひさまっっ!!」
気合一閃! 叫び声に合わせ自分の胸から朝日を引き剥がす。その勢いでくるっと回転させてベッドに寝転がらせる。そのまま五月は膝を付いた形で、朝日の太ももの上に跨っている状態となった。
「ふぅ…………それでは……」
何故か眼鏡を外して、ぽいと投げ捨てる。
「ひゅ~ほほほほ! 四十秒で支度いたしますわっ! ああっ、燃え上がるこの朝日様への愛ッ!! すぐに、すぐに五月が愛して差し上げますわーーっ!!」
残念、五月燃焼の場であった。
器用にも左手一つで自分のシャツボタンを手早く外し、続く右手はマントを翻すかの如くシャツをバサリと脱ぎ捨てる。ここまでなんと0.8秒の早業。ぶつぶつと二人の輝かしい未来とやらを口にしながら、残る上半身最後の防壁こと、ブラジャーのホックに手を掛ける。
そして、あわやホックといっしょに理性のタガも外れようとした瞬間――――金属と金属が擦れる甲高い不協和音が部屋に響いた!!
そのあまりの酷い音に、五月も朝日も耳を塞いで怯んでしまう。
「うわあっ、何!?」
「きゃああっ!? なっ、なんですの!? せっかくいいところ――あれ?」
どうやら理性の一部が復活したらしい五月が、音の発生源に視線を向ける。なんと、あの頑丈な扉のノブが周囲の部品ごと、ちぎられたかのようにぽっかりと穴になっている。そこからスッと小さな手が現れると同時に声が聞こえてきた。
「梅ちゃん、なんとかなりそう?」
「おうよ、このくらい掴む場所ができりゃいけるぜ!!」
「さっすが」
「はっ、扉ってのは……なぁ! 開けるために……あんだから……よっ! ……ふんぬっ! おりゃあああっ!!」
まるで部屋全体の壁が軋まんばかりの衝撃に、扉が凄まじい力で引っ張られているのがわかる。扉と壁を繋ぐ頑丈な造りの蝶番から、ミシミシと異音が響く。そして激しい金属音がする度に、一つ、また一つと蝶番が弾け飛ぶ。ついには扉自体が歪んで曲がり、轟音を鳴らして壁の一部ごと廊下側へと倒れるように外れた!
「ふぅっ……はぁっ……へっ……俺にかかりゃこんなもんよ」
肩で息をしながら、梅は取り外した扉を投げ捨てる。その横を深夜子が声を上げながら駆け抜ける。
「朝日君! 無事? なんにもされ――ぬああっ!? 痴女発見!!」
上半身下着のみの五月を発見! これは事案発生だ。
「へっ!? み、深夜子さ――――ぎゃふう!!」
深夜子、一気呵成の飛び回し蹴りが五月の即頭部を捉える。蹴られた勢いで、宙を回転しながらベッドの脇へと沈んでいく五月であった。蹴りを放った深夜子は、そのままベッドの上に着地して仁王立ちでお怒りの様子である。
「五月どういうこと!? これは大問題。朝日君が――うにょおおおお!?」
この状況を問いただそうとする深夜子だったが、背後から朝日に抱きつかれ、奇声を発して動きが止まる。
「えへへー、こんどは深夜子さんだー」
「ふえっ!? あっ、朝日君!?」
さらに抱きしめる朝日の右手は、ちょうど深夜子の左胸の位置にあった。
「えっ? よ、酔っ払ってる!? ちょっ、……ひゃあ!? あ、朝日君、おっぱい……むにゅってした……あ、ダメ……んっ……ふにゃああああ!!」
「おいおい、こりゃどうなってんだよ? ……って、なんで朝日が酔っぱらってんだ、まずいだろっ!!」
状況を察知した梅が、すぐさま朝日の餌食となった深夜子との間に割って入る。しばし(おさわり的)攻防が三者で繰り広げられ、やっとのことでアルコールが回った朝日を寝つかせて場を収めた。
すでにぐったりの梅、へろへろ状態の深夜子であるが、この見過ごせない状況を把握するため、正気を取り戻した五月に事情聴取を始める。
「――と言うことですわ」
「……お前の母ちゃん、はっちゃけ過ぎにも程があんだろ?」
「もはや弁解の余地もございませんわ……」
「まあ、お前じゃ、またはぐからされんだろ? 今から俺と深夜子で抗議に行くからよ。それに、その様じゃまともに頭も働かねえだろうしな」
明らかに消耗しきっている五月を気遣ってか、Mapsとして新月への注意喚起を梅が買ってでる。
「ええ……お恥ずかしい話ですが、お言葉に甘えますわ……ともかく、朝日様は別の部屋でお休みいただいて――私も今日は自分の部屋で休みますわ……」
致し方なし、といった雰囲気の五月は屋敷のメイドを三人呼びよせる。一人は梅と深夜子を新月の元へ案内させ、残る二人は寝付いている朝日を連れた五月と移動する流れとなった。
「うっし、行くぞ深夜子!」
「ふへへ……朝日君におっぱい揉まれ――」
「揉まれんなっ、喜ぶなっ、ガード甘えんだよっ!」
「これはもう妊娠――」
「しねえよっ! おらっ、しゃんとしやがれ! いくぞっつってんだ!!」
どうにも半分呆けている深夜子の頭を小突きながら、梅がメイドの後を追って引きずるように連れて行く。一方の五月は、朝日をおぶって、二人のメイドを連れ自室のある二階へと降りる。
「お嬢様。神崎様の寝室はどちらを?」
「……お父様の部屋を使いますわ。空いて……ますでしょ?」
「……よろしいのですか?」
「構いませんわ。私は自室を使いますから……それと、朝日様が寝ている間は部屋に見張りをつけて誰も入れないように」
「「かしこまりました。五月お嬢様」」
段取りを済ませ、五月は自室のベッドで横になる。これで落ち着ける――訳もなく、梅たちに任せはしたものの、気になって仕方がない。しかしその気持ちとは裏腹に、すでに精神的疲労が限界を迎えていた五月は、自分でも気がつかない内にその意識を手放していた。
――五月は夢を見る。十二歳の時、父が家を出て行くことになった日の夢だ。
『ねえ、ママっ! どうしてっ、どうしてっ! パパが家を出て行かれるんですのっ!?』
『五月……蓮也君は病気なんじゃ。それにな、ワシら……いや、ワシがそばにおっちゃあ治らん病気じゃけえ……のう? わかってくれえや』
『どうしてっ、ご病気なら五月がパパの看病をしますわっ! 五月はずっとパパの側に――どうしてっ!? どうしてっ!? ――――』
(……久しぶりに……見ましたわね……あの夢――――)
翌日の朝、いつもより少し遅く目が覚めた五月は、眠気覚ましに紅茶を飲んでいた。窓際のテーブルで少し物憂げな表情を見せながら、紅茶を口にする。ふとその香りに気づく、リラックスのためか無意識にカモミールの葉を選んでいた自分に小さく苦笑いした。
さて、昨日の失態の穴埋め――まずは深夜子たちの昨晩の結果確認から、と頭の整理を始めたところで、部屋に蘭子が訪ねてきた。
「お嬢様、おはようございます。ご気分はいかがでしょう?」
「ええ、おはよう蘭子さん。昨晩はなかなか大変でしたわ……それはともかく、どうしまして? あっ、昨晩の件……お母様と深夜子さんたち、いかがでしたの?」
「いえ、そちらの件もあるのですが……先にお耳に入れておくべきかと思うことがありまして」
「先に?」
「はい。実は先ほど、社長が神崎様と大和様をつれてお出かけに」
「はぁ……本当にお母様は……で、朝日様はともかく、大和さんも? 一体どちらに……」
これ以上、そう簡単には新月の行動に動揺はしまい。内心は頭を抱えながらもそう思い、わずかによぎる嫌な予感をかき消す。しかし、現実はそう甘くはなかった。
「経推同盟の定例会合です」
「………………はっ?」
引きつった顔のまま固まる五月の手から、ティーカップが床へと滑り落ちる。それもやむ無し。
『社団法人経済推進同盟』
国の財界人によって構成された、いわゆる経済団体。政府など国の公的機関とも、方針によっては対立的な立場をとる有力者たちによる組織である。表向きには国家経済の発展、企業利益増加を図る政策を国に提言することを掲げている。
しかし、その構成会員は五月雨新月を始めとして、裏の顔を持つ者たち、中にはフィクサーと呼ばれるような人間までも所属している団体だ。そんな連中の会合内容が、おおよそ真っ当で無いのは簡単に察しがつく。
「あっ、あさ、あさ、朝日様をそのような場所に……あ、あああのバカは何を考えてますのーーーっ!?」
「えー、五月さんってば、よく僕におっぱい押し当てて、ぎゅってしてるでしょー」
まあ、過去に何度か。あっ、つい先ほども。
「そ、そそそんな! あれは不可抗力と申しますか、なんと申しま――うひぃ!?」
「だから僕もぎゅってするー」
ベッドの上に座り込んで後ずさる五月に対して、朝日は正面からすがるようにのし掛かる。捕まえたとばかりに両手をしっかりと背中に回し、ぎゅっと抱きしめる。そして、五月の豊かで柔らかな双丘に顔を擦り付けるように埋めた。
「ふぁっ!! ……あ……はあ……」
胸元から香る朝日のシャンプーの匂いが五月の鼻腔をくすぐる。さらに背中に回された手の温もり、心地よい圧力、自分の胸が朝日の顔に押し分けられる感触、全てが恐ろしいまでの快感と満足感になって理性を粉々に砕いて行く。
「あ、朝日さま……まずい……これは……まずいですわ」
「えへへ。五月さん……柔らかくて……いい匂い」
深夜子や梅と違い、五月のボリューム充分な谷間はパジャマシャツからしっかりとはみ出ている。そこに押しつけられた朝日の冷たく心地よい頬の感触が、甘い刺激となって身体中を駆け巡る。さらには朝日の吐息もそこをたどって、鎖骨から首筋と肌の表面を舐めるように撫でてゆく。
「ッ!? あはっ……ん……はあぁ……あ、あさ、ひさまぁ……五月は……五月はもう……」
胸元にある朝日の顔が、背中に回された手のひらが、わずかでも動く度に、極上の愛撫をされている錯覚を五月に与える。
もはや理性が残っているかすらわからない。今すぐにでも服を脱ぎ捨て、下着も脱ぎ捨て、全力で朝日を抱きしめことに及びたい。しかし、五月は名誉あるMapsである。
朝日に信用され身辺警護を任されている。それが、同じ部屋に閉じ込められた程度のアクシデントで、これ幸いと行為に及べば、状況に甘んじて朝日を弄んだ鬼畜としてその名を残すことになるであろう。
五月、まさに正念場である。
「くううっ! あさひさまっっ!!」
気合一閃! 叫び声に合わせ自分の胸から朝日を引き剥がす。その勢いでくるっと回転させてベッドに寝転がらせる。そのまま五月は膝を付いた形で、朝日の太ももの上に跨っている状態となった。
「ふぅ…………それでは……」
何故か眼鏡を外して、ぽいと投げ捨てる。
「ひゅ~ほほほほ! 四十秒で支度いたしますわっ! ああっ、燃え上がるこの朝日様への愛ッ!! すぐに、すぐに五月が愛して差し上げますわーーっ!!」
残念、五月燃焼の場であった。
器用にも左手一つで自分のシャツボタンを手早く外し、続く右手はマントを翻すかの如くシャツをバサリと脱ぎ捨てる。ここまでなんと0.8秒の早業。ぶつぶつと二人の輝かしい未来とやらを口にしながら、残る上半身最後の防壁こと、ブラジャーのホックに手を掛ける。
そして、あわやホックといっしょに理性のタガも外れようとした瞬間――――金属と金属が擦れる甲高い不協和音が部屋に響いた!!
そのあまりの酷い音に、五月も朝日も耳を塞いで怯んでしまう。
「うわあっ、何!?」
「きゃああっ!? なっ、なんですの!? せっかくいいところ――あれ?」
どうやら理性の一部が復活したらしい五月が、音の発生源に視線を向ける。なんと、あの頑丈な扉のノブが周囲の部品ごと、ちぎられたかのようにぽっかりと穴になっている。そこからスッと小さな手が現れると同時に声が聞こえてきた。
「梅ちゃん、なんとかなりそう?」
「おうよ、このくらい掴む場所ができりゃいけるぜ!!」
「さっすが」
「はっ、扉ってのは……なぁ! 開けるために……あんだから……よっ! ……ふんぬっ! おりゃあああっ!!」
まるで部屋全体の壁が軋まんばかりの衝撃に、扉が凄まじい力で引っ張られているのがわかる。扉と壁を繋ぐ頑丈な造りの蝶番から、ミシミシと異音が響く。そして激しい金属音がする度に、一つ、また一つと蝶番が弾け飛ぶ。ついには扉自体が歪んで曲がり、轟音を鳴らして壁の一部ごと廊下側へと倒れるように外れた!
「ふぅっ……はぁっ……へっ……俺にかかりゃこんなもんよ」
肩で息をしながら、梅は取り外した扉を投げ捨てる。その横を深夜子が声を上げながら駆け抜ける。
「朝日君! 無事? なんにもされ――ぬああっ!? 痴女発見!!」
上半身下着のみの五月を発見! これは事案発生だ。
「へっ!? み、深夜子さ――――ぎゃふう!!」
深夜子、一気呵成の飛び回し蹴りが五月の即頭部を捉える。蹴られた勢いで、宙を回転しながらベッドの脇へと沈んでいく五月であった。蹴りを放った深夜子は、そのままベッドの上に着地して仁王立ちでお怒りの様子である。
「五月どういうこと!? これは大問題。朝日君が――うにょおおおお!?」
この状況を問いただそうとする深夜子だったが、背後から朝日に抱きつかれ、奇声を発して動きが止まる。
「えへへー、こんどは深夜子さんだー」
「ふえっ!? あっ、朝日君!?」
さらに抱きしめる朝日の右手は、ちょうど深夜子の左胸の位置にあった。
「えっ? よ、酔っ払ってる!? ちょっ、……ひゃあ!? あ、朝日君、おっぱい……むにゅってした……あ、ダメ……んっ……ふにゃああああ!!」
「おいおい、こりゃどうなってんだよ? ……って、なんで朝日が酔っぱらってんだ、まずいだろっ!!」
状況を察知した梅が、すぐさま朝日の餌食となった深夜子との間に割って入る。しばし(おさわり的)攻防が三者で繰り広げられ、やっとのことでアルコールが回った朝日を寝つかせて場を収めた。
すでにぐったりの梅、へろへろ状態の深夜子であるが、この見過ごせない状況を把握するため、正気を取り戻した五月に事情聴取を始める。
「――と言うことですわ」
「……お前の母ちゃん、はっちゃけ過ぎにも程があんだろ?」
「もはや弁解の余地もございませんわ……」
「まあ、お前じゃ、またはぐからされんだろ? 今から俺と深夜子で抗議に行くからよ。それに、その様じゃまともに頭も働かねえだろうしな」
明らかに消耗しきっている五月を気遣ってか、Mapsとして新月への注意喚起を梅が買ってでる。
「ええ……お恥ずかしい話ですが、お言葉に甘えますわ……ともかく、朝日様は別の部屋でお休みいただいて――私も今日は自分の部屋で休みますわ……」
致し方なし、といった雰囲気の五月は屋敷のメイドを三人呼びよせる。一人は梅と深夜子を新月の元へ案内させ、残る二人は寝付いている朝日を連れた五月と移動する流れとなった。
「うっし、行くぞ深夜子!」
「ふへへ……朝日君におっぱい揉まれ――」
「揉まれんなっ、喜ぶなっ、ガード甘えんだよっ!」
「これはもう妊娠――」
「しねえよっ! おらっ、しゃんとしやがれ! いくぞっつってんだ!!」
どうにも半分呆けている深夜子の頭を小突きながら、梅がメイドの後を追って引きずるように連れて行く。一方の五月は、朝日をおぶって、二人のメイドを連れ自室のある二階へと降りる。
「お嬢様。神崎様の寝室はどちらを?」
「……お父様の部屋を使いますわ。空いて……ますでしょ?」
「……よろしいのですか?」
「構いませんわ。私は自室を使いますから……それと、朝日様が寝ている間は部屋に見張りをつけて誰も入れないように」
「「かしこまりました。五月お嬢様」」
段取りを済ませ、五月は自室のベッドで横になる。これで落ち着ける――訳もなく、梅たちに任せはしたものの、気になって仕方がない。しかしその気持ちとは裏腹に、すでに精神的疲労が限界を迎えていた五月は、自分でも気がつかない内にその意識を手放していた。
――五月は夢を見る。十二歳の時、父が家を出て行くことになった日の夢だ。
『ねえ、ママっ! どうしてっ、どうしてっ! パパが家を出て行かれるんですのっ!?』
『五月……蓮也君は病気なんじゃ。それにな、ワシら……いや、ワシがそばにおっちゃあ治らん病気じゃけえ……のう? わかってくれえや』
『どうしてっ、ご病気なら五月がパパの看病をしますわっ! 五月はずっとパパの側に――どうしてっ!? どうしてっ!? ――――』
(……久しぶりに……見ましたわね……あの夢――――)
翌日の朝、いつもより少し遅く目が覚めた五月は、眠気覚ましに紅茶を飲んでいた。窓際のテーブルで少し物憂げな表情を見せながら、紅茶を口にする。ふとその香りに気づく、リラックスのためか無意識にカモミールの葉を選んでいた自分に小さく苦笑いした。
さて、昨日の失態の穴埋め――まずは深夜子たちの昨晩の結果確認から、と頭の整理を始めたところで、部屋に蘭子が訪ねてきた。
「お嬢様、おはようございます。ご気分はいかがでしょう?」
「ええ、おはよう蘭子さん。昨晩はなかなか大変でしたわ……それはともかく、どうしまして? あっ、昨晩の件……お母様と深夜子さんたち、いかがでしたの?」
「いえ、そちらの件もあるのですが……先にお耳に入れておくべきかと思うことがありまして」
「先に?」
「はい。実は先ほど、社長が神崎様と大和様をつれてお出かけに」
「はぁ……本当にお母様は……で、朝日様はともかく、大和さんも? 一体どちらに……」
これ以上、そう簡単には新月の行動に動揺はしまい。内心は頭を抱えながらもそう思い、わずかによぎる嫌な予感をかき消す。しかし、現実はそう甘くはなかった。
「経推同盟の定例会合です」
「………………はっ?」
引きつった顔のまま固まる五月の手から、ティーカップが床へと滑り落ちる。それもやむ無し。
『社団法人経済推進同盟』
国の財界人によって構成された、いわゆる経済団体。政府など国の公的機関とも、方針によっては対立的な立場をとる有力者たちによる組織である。表向きには国家経済の発展、企業利益増加を図る政策を国に提言することを掲げている。
しかし、その構成会員は五月雨新月を始めとして、裏の顔を持つ者たち、中にはフィクサーと呼ばれるような人間までも所属している団体だ。そんな連中の会合内容が、おおよそ真っ当で無いのは簡単に察しがつく。
「あっ、あさ、あさ、朝日様をそのような場所に……あ、あああのバカは何を考えてますのーーーっ!?」
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