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第四章 やはり美少年との日常は甘くて危険らしい

第三十四話 五月雨五月はデートがしたい

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 ――海土路主との男事不介入案件から約三週間後、暦が八月下旬となったある日のこと。

「今日はっ、デート! あっさっひっさまと、デート! ふへっ、ふへへっ、ふんはんふふふ――」

 実にキモ――いや、ごきげんでおめかし真っ最中なのは五月である。

 本日、身辺警護しごとはローテーションで非番の日であり、朝日と行動を共にするのは正真正銘『デート』で間違いない。

 なんと、三人の中で朝日と初デートの権利を勝ち取ったのは、前回大手柄の梅でも、なんやかんやと一番距離感のよい深夜子でもなく、五月であった。

 では、なぜ五月がこんなビッグチャンスを手に入れたのか……ご理解いただくために、時間を数日前に遡らせていただく。


 ――五日前。
 春日湊の高級ホテルにあるレストランの一室で、朝日と主達による男事不介入案件和解の会合が行われていた。

 事件から二週間程しか経過してなく、万里、花美、月美の怪我は完治には程遠い状態であった。それでも、誠意を示すためにこの場に無理を押して出てきている。

 三人の中では、右腕粉砕骨折でギプス姿の月美が最も痛々しい。だが実際は、本来なら現在も絶対安静中の万里が一番の重症者である。そんな当の本人は、さも涼しげな顔をして椅子に座っているあたりはさすがと言える。

 朝日側は梅が軽症(この時点でおかしい)だったが、一週間を待たずに全快。当時は五月のツッコミが実に冴えた。

 さて、そんな面々が顔をあわせ、まずは花美と月美に促された主がしぶしぶと口を開く。

「ふ、ふん! こ、今回は悪かったな神崎君。それと、そこの寝待とかいう女も……その、変なことを言ってしまったな。撤回してやる」

 謝罪? 色々とツッコミたくはなるが、この世界の男性。しかも御曹司である主としては精一杯の謝罪だと思われる。そこは朝日も察して苦笑しながら受け入れる。

 和解内容を確認してから、軽く談笑をかわす朝日と主。一方、梅を筆頭とした実戦参加ガチンコメンバーたちは、若干気まずそうである。しかしここは社会人として、空気を読んだ対話が必要な場面であろう。

「なんていうか、チビ猫は手加減を知らないですよ。月美はあと二ヶ月もギプス生活ですよ」
「あん? 俺は手を抜いてたけどな。カルシウム足りてねぇんじゃねえか? 眼鏡チビ」
「なっ!? 感覚おかしいですよ。チビ猫は頭の中まで筋肉なのですよっ!」
「んだとぉ?」

 空気さんが読まれないどころか、張りつめていく話題に直行便である。そこにあわてて朝日が割って入った。

「月美さん、ごめんなさい! 腕、痛みますか? 梅ちゃんがやり過ぎちゃったのなら、僕の責任です。何かできることがあれば言ってください」

 朝日にとって男事不介入案件の通例などは、納得いかないものばかりである。特に自分のために、女性たちが傷つけあうなど、本来あってはならないと思っている。

 目に涙を浮かべ月美の左手を握り、見つめながらその気持ちを訴える。

「あぴゃあああぁっ!? かっ、かっ、かかか神崎さん? そのですよ。えとですよ。あのですよ――あっ、治る? ……そう、治るですよ! 月美の骨は明日にはひっつくですよ! だっ、だから、気にしなくていいのですよ!」

 顔はゆでダコ、ぶ厚い眼鏡がまるで生き物のように変形して見えるくらいに動揺し、あたふたとする月美であった。

「むう……やはり恐るべし傾国にござる……妹者いもじゃが三秒ともたんとは……」
「おいこら月美ぃ! あんまりデレデレしてんじゃないよぉ~?」
 ごすんっと後頭部に椅子から脚を伸ばした万里のかかとが乗っかかる。
「でへえっ!? はっ!? あれ? つ、月美はいったい何を……」

 そんな彼女らのノリに場は和み、そこからの会話は円滑に続く。和解は遺恨無しにて確定した。

 また、謝罪とは別に海土路造船から朝日個人に対して、慰謝料一千万円が支払われることも伝えられた。通常こういった慰謝料相場は百から三百万円程度であり、相当の破格となっている。これは五月雨新月の影響なのだろう。

 そして会合が終わった帰り際、ふと万里が朝日に声をかける。

「ああ、そうだ美人さん。うちの連中にあんたのファンが増えちまってねぇ。いつでもご依頼は格安……いや、無料でも受けたいって奴らばっかりでさぁ~。Mapsの連中にご不満・・・の時にゃ、是非とも男性警護会社タクティクスにお声かけを、ねぇ」
「えっ? あ、ああ。ありがとう……ございます」
 
 甘ったるい声で朝日に名刺を渡し、うやうやしく一礼する万里。やられっぱなしではすまさない、別方面からの意趣返しであった。

「なぁ!? 朝日君? そんなの貰う必要ない!」
 深夜子が朝日を抱きよせ、万里に鋭い視線を送る。
「はぁ……万里さん。貴女……ほんとうにいい性格してらっしゃいますわね」
 五月はため息まじりに苦笑いを見せている。
「あっはっは! まあ、次からはさぁ~仲良くやろうじゃな――ぐっ、痛てて……」
「ちょっと、万里ねえ。病院を抜け出してきてるのに無理しないですよ。そろそろ顔色が変なのですよ!」
 
 笑い声が傷にひびき、顔を引きつらせる万里に、月美が心配しながら呆れている。

「けっ、デカ蛇女……まぁ、その根性だけは認めてやらあ」
「ふしゃあああっ! ふしゃあああっ!」
「み、深夜子さん。僕は大丈夫だから、ねっ、威嚇しないで、ねっ」

 どうやら皆それなりに落としどころは見つけたようである。無事、一件落着となり帰路に着いたのであった。

 さて、その二日後のこと。

 朝日は保護外国人男性扱いではあるが、国から個人の預金通帳がしっかり発行されている。しかも『保護男性生活援助支給金』という名目で毎月五十万円が振り込まれており、実にこの世界らしいと言うべきか。

 そして、海土路造船から振り込まれた一千万円……そのうち五百万円を朝日は引き出していた。

「朝日君。そんなにお金どうするの? 何か欲しいものあったっけ?」

 朝日に頼まれ現金の手配をしてきた深夜子が、札束の入ったぶ厚い袋を渡しながら訪ねる。

「ううん。そうでなくて前にさ、僕の服を色々買ったとき、五月さんがお金を出してくれたんだ。だから今回ので返そうかと思って」
「あ、そっか。五月さっきーに返すお金なんだ」
「うん。えへへ」

 朝日は大金の入った袋を大切に抱きしめ、ごきげんで五月の元へとむかっていった。どうやらお金を返せることが嬉しいらしい。そんな微笑ましい姿をデレッと緩んだ表情で見送る深夜子であった。

 しかし何か違和感を感じ、ふと考え込む深夜子……。

「……ん? ……五月さっきーが服を買った……お金……あれ? あっ! それまずい――」

 この世界において、女性が男性に何かを買うのは当たり前どころではない。そもそも男性には、自分が働いて賃金を得るという感覚がないのだ。

 国から貰う。女性から貰う。否! お金など、自分たちを管理する女性たちが用意して当たり前のものなのだ。さらに女性側にすれば、男性のためにお金を消費することは誉れである、などと狂った価値感が根付いている。

 つまり、女性からなんであろうと貰ったものを男性が『返す』という概念も存在しない。

 そんな価値観の世界で、女性が男性に贈ったもの――品物であろうと、現金であろうと、それを返される・・・・・・・という行為は、男性側から女性側への三行半みくだりはん。『お前もう生理的に無理だから、これ持って俺の前から消えてくれない?』レベルの拒絶対応である。

 ここで問題。ただ今、朝日が五月に――今までごめんなさい。服に使ったお金を返しますね! と善意100%で伝えておりますが、その結果は――?


「あざびざばッ!? ざづぎばッ!! ざづぎばっなにがあざびざばのおぎにざばるごどでもじばじだでじょうがッ!?(朝日様ッ!? 五月はッ!! 五月は何か朝日様のお気に障ることでもしましたでしょうかッ!?)」
「ちょっ!? ええええっ!? さ、五月さんっ!? ど、どしたのっ!?」
「う゛え゛え゛え゛え゛え゛っ! あざびざばッ! ゆるじで! ゆるじでくだざいィィィイ!」

 朝日の言葉を聞いて、最初はまるで虚無ともいえる表情で固まってしまった五月であった。そして震える手つきで眼鏡をはずすと、ボロボロと大きな涙をこぼし始めた。それを拭いつつ、嗚咽を漏らし、だんだんと泣き声へと変わっていく。

 予想外の反応に驚いた朝日が声をかけようとしたその瞬間! 五月に突如タックルもかくやの勢いですがりつかれる。そのまま号泣とともに懇願が始まったのであった。

 これには朝日もさすがに面を喰らう。何がなんだかわからないままに五月を慰めようとするが、一向に収まる気配はない。

「朝日様っ! なんでもします! なんでもしますから! だからっ、だから五月を捨てないでえええ……え……ええっ、うぐっ、うわあああああぁっ!!」
「ちょっと! そんな? 五月さ――うわぷっ!?」

 鬼気迫るとはまさにこのこと。ついには身体ごと覆い被さられ、朝日の顔には五月の豊かな双丘が押しつけられていた。ひたすら泣き続けながら許しをこう五月と、むにむにとやわらかでボリューミィな感触に抵抗できず、つい堪能してしまう朝日であった。

 そこに深夜子が梅を引きずるようにつれて顔をだす。

「おうふ、こいつは想像以上の惨劇」
「おい、深夜子! てめえ、説明なしに引っぱってくのやめろって言――ぬおっ!? なんだぁ!?」
「み、深夜子さん! 梅ちゃん! お願い助けて! 五月さんが……五月さんが……こんなになっちゃって」

 五月の胸の下側から、手を振って助けを求める朝日。

「こりゃひでえな。おい、五月どうした? しっかりしろよ」
「ほら五月さっきー。朝日君なら大丈夫だから、ちょっとこっちに」
「やあっ、ちょっ、離してっ! あ、朝日様ぁ! おっ、お情けを、お情けをーーっ!」

 深夜子と梅に両脇を抱えられ、力ずくで朝日からはがされる五月。「じゃ、ちょっと説明してくる」と深夜子たちは、そのまま強引に部屋から引きずり出す。朝日の名を呼び続け泣きわめくその姿は、まるで無実の罪で処刑場へ送られる兵士のようであった……。


「ごめんなさい五月さんっ! ほんとに、ほんっとに知らなかったんです!」
「ふううっ……ふぐううううっ……朝日様ぁ、朝日様ぁ」

 深夜子たちによる説明の甲斐あって、少しは落ちついたようであるが、いまだ床に突っ伏して泣き続けている。

 朝日は謝りながらも困惑中である。三人の中でこういったこと・・・・・・・に最も敏感な五月だけに、相当なショックだったらしい。約一時間、あれこれと朝日が慰め続け……。

「ほんっとうに、ほんっとうですのね!」
「だから本当ですって!」

 泣きやんではいるが、憔悴した表情で身体にすがりついて、しつこく確認をとってくる五月と、その迫力にたじろぐ朝日。彼女は尽くしちゃう系女子なのだが、ちょっと重たい系女子でもあるようだ。

 深夜子と梅は『こいつめんどくせぇー』と言いたげに複雑な表情を浮かべて静観している。

「では……ではっ! 次のわたくしの非番は朝日様と……朝日様とデート!」

 とまあ、こういった具合で話は冒頭に戻るのである。
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