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第四章 やはり美少年との日常は甘くて危険らしい

第三十三話 やはり美少年との日常は甘くて危険らしい

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 頼みの綱であった五月はすでに飲みつぶれ夢の中、深夜子は買い出しで外出中。いよいよ持って朝日の猛攻から脱出できる可能性が低くなって来た梅である。

 しかも今回の朝日は酔っぱらっており、何か猛烈に悪い予感がする――そんな思考が頭を横切った瞬間であった。

「ねえねえ、梅ちゃん?」
「はっ!? なんだ朝日? こ、今度はどうした?」

 何かを思いついたらしく、朝日が梅の耳元に口を近づけ甘い声で囁く。

「梅ちゃんの耳たぶ。形良くてプニプニしてそうだし、触り心地良さそーだよねー?」
「!?」

 梅の全身に強烈な悪寒が走り、一気に酔いが覚めていく。

「うぉおおおいっ!? ちょっと待てえっ! 俺、耳はよえぇんだよ! じょ、冗談じゃねーぞ……くそっ、こうなりゃもう力ずくで――――あっ!?」

 力ずく、と言っても朝日に怪我をさせる訳にはいかない。細心の注意を払って引き剥がそうとした梅だったが、時すでに遅し――スッと朝日の右手が顎に添えられ反射的に固まってしまった。

 梅のぷるんとした唇の左端に、滑るように朝日の中指が、触れるか触れないか絶妙の力加減で添えられる。
「ふあっ!」
 瞬間! 唇から身体に電気かいかんが走った。
 その快感が梅の全身を駆け巡ると同時に、朝日の中指は左から右へ優しく下唇を撫でる。 「ひうっ」
 まるで唇の神経が剥き出しになっているかと錯覚するほどの感覚に、自分のものと思えない声が漏れてしまった。
 しかしそれでは終わらない。そのまま頬を伝って朝日の中指はついに耳たぶに到達する。同時に耳たぶの裏側に回り込んだ親指に挟み込まれてしまう。
「あっ……やん。ちょっ……無理……さわ……る……あっ、はああああっ!」
 唇、頬、そして耳たぶ、優しく走り去った朝日の指がなぞった部分がはっきりわかるほどに、今まで味わったことも無い快楽を伝え落として行った。

「はぁ……」
 顔が熱い、身体の芯がとろりと蕩けるような疼きが――麻痺と呼ぶには甘く切ない拘束状態を作り出す。
 もう目の焦点も合わず、口はだらしなく半開きでチロリと可愛らしい舌をのぞかせ、なすがままの梅だが、さらに甘く優しい容赦のない朝日の攻勢は続く。
 耳たぶを弄ぶように撫でられ――。
「はっ……あっ…………はぁ…………」
 ふにふにと指で転がすように固さを確かめられた。
「や、やあぁ……きゃうっ!」
「あはっ、やっぱり梅ちゃんの耳たぶはプニプニだねー。うーん…………ふふ。おいしそーかも?」
「ッ!?!?」
 すでに意識が飛ぶ直前であった梅に、さらに追い討ちの囁きが聞こえ、それが気付けとなった。美味しそう? 耳たぶが? これはまずい! 絶対にダメな奴である。何とか力を振り絞って声を出す。
「おっ、おいっ、おいおいおいっ!? 朝日……お前!? おいしそう? な、何を言ってんだ……ちょっと!? く、くち、口唇? 首筋にあてるな……おいっ――ちょおおっ!? んっ……ふっ……は、あ、ダメっ……いやっ、あっ、朝日!? や、やめっ――」
 はむっ――その刹那。耳たぶは熱くしっとりと柔らかい何か・・に包まれた。
「ひあっ!」
 今までとは比べものにならない強く甘い衝撃が身体を貫いた。さらにねっとりと蠢くものが耳たぶに触れたと同時に――ちゅうっ!
「――――――んあああっ!!!?」

 不沈戦艦大和梅。見事に沈没である。
 無論ここまで! 美少年(男子高校生)がロリ猫娘(成人女性)の耳たぶにじゃれついていただけの、大変に健全な光景であった。イイね。


 ――どさっ……あまりの光景に手に持った買い物袋がすべり落ちる。深夜子が戻って来た時には、すでに大惨事の後であった。

 五月は酔い潰れてダウン。梅は詳細な描写が非常に困難な状態でダウン。朝日に至ってはタンクトップ姿でコークハイを作り、未成年飲酒の真っ只中である。わずか30分足らずの間でどうしてこうなった?

「ちょ、ちょっと朝日君。お酒はマズい。それに、これ何があったの――」

 とにかく朝日の飲酒はマズい。止めようと思って近づいた深夜子だが、逆に朝日が突然胸に飛び込んできた。

「うひゃぁあっ、何? どしたの? あ、朝日君? んんん!? ふ、服が」
「えへへ。深夜子さんおかえりー」

 朝日のタンクトップの左肩は更にずり下がっており、薄い桜色の大切な部分が見え隠れしている状況にあった。

 何より深夜子は現在抱きつかれて超至近離である。見下ろすと、そこには絶景が広がっていた。思わずそのまま押し倒して、しっかりと堪能したくなる姿の朝日ではあるが、性犯罪者になるわけにもいかず本能を押し殺して耐えるしかない。

「あ、あああ朝日君。そ、そのかっこ。あの左肩ずれてて、その、み、見えそうだから……後、上着を着ないと」
「えー、何見てるのー? あははっ、深夜子さんのえっちー」

 と言いつつ全く隠す気がない朝日だ。本人としてはそもそも上半身裸でいても何の問題も感じないのである。しかし、深夜子たちにとっては余裕で大問題である。まさに荒ぶる闘牛を前にして赤いマントをヒラヒラさせるあの行為・・・・と同義と言える。

「いやいやいや、そんなつもりは……あ、朝日君。とにかく服、直して、ね」
「んー? ……あっ、じゃあね、はい! 深夜子さんが直して」

 服を直すように言われた朝日は、少し考えてから――いいアイディア出ましたよ! と言わんばかりにタンクトップの垂れ下がった左肩を深夜子に差し出した。

「んなっ、なななななんとおおおおっ!?」

 これぞ小悪魔の誘惑。

 アルコールの影響もあってか、全体的に桜色に染まった朝日の肌がなんとも艶かしく深夜子の目に映る。タンクトップがずれ落ちている左肩――それを直すなんてとんでもない! それよりも脱がせたい。むしろ剥ぎ取りたい。そしてむしゃぶり付きたい。そんな欲求が深夜子の頭の中を駆け巡る。

「そ、そそそそれじゃあ……いただき――ちがうっ!?」

 ゴスンッ!! と気付け薬代わりに右拳で自分のこめかみを殴りつける。危うく朝日を美味しくいただくところであった。

 深夜子は全力で理性を総動員させる。そして朝日の二の腕にかかっているタンクトップの肩の部分だけを、UFOキャッチャーのように指でつまむ。とにかく肌に触れないようにしなければならない。それはまるで精密機械の修理がごとき神経を削る作業であった。

「はぁっ、はぁっ……こ、これは思ったよりあたしに効く」

 理性さん、早くも息えである。

「えへへ。ありがとー深夜子さん」

 そんな深夜子に朝日は甘えた声を出し、胸の上部分に横顔を押しつけるようにしながら抱きついてくる。何時以来かの感触を身体に感じた深夜子の奥底から熱いものが込み上げてくる。

「うひゃおおお!!」

 もうダメだ。これはヤバい。わなわなと両手が震える。ここまま朝日を抱きしめ、そして押し倒したい! 深夜子の本能的欲求が全身に燃え上がりつつあった。

 そんな積極的な朝日の口から出た次の言葉は、先程までの冗談半分とは違うものであった。

「深夜子さん……こっちに来てから、いっぱい……色々……ありがとね」
「えっ? ……朝日君」

 それは突然の感謝を伝える言葉であった。酔っているとは言え、いや酔っているからこその本音であろう。その意味が理解できた瞬間、暖かいものが心に広がり始める。嬉しい! 涙が出るほど嬉しい言葉だ。この仕事をしていて本当に良かった! 深夜子は打ち震える様な感動に身を焦がす。

「ふへへ。そんな、別にお礼を言われる程でも――」
「ねぇ、深夜子さん……」

 だが、そんな喜びもつかの間。酔いが回ってさらに頬を桜色に染め、潤んだ瞳で上目遣いに見上げて、自分みやこの名前を呼ぶ朝日の破壊力は桁が違っていた。

「ふひゃ? あれ?」

 情けないやら悲しいやら。つい今の今まで大切な、美しい宝物に見えていた目の前の美少年を、抗えない本能がむしゃぶり食い尽くしたくなる極上の肉料理へと姿を塗り替えていくではないか!

 だが、許されない。そんな行為が許される訳がない。こんな自分にありがとうを言ってくれる。この天使を汚すわけには行かない――さあ、お水を飲んでお部屋で休みましょうね。と彼を優しくエスコートしよう。

「朝日君……では……いただきます!」

 理性さん敗れる。

 深夜子の中での理性VS本能は1ラウンド秒殺KOで本能の勝利であった。無意識に左手が朝日のタンクトップの裾と艶かしい横腹の隙間から上へと向けて滑り込んで行く。

「んっ」

 朝日がピクッと反応する。これ以上はまずい。間違いなくこの後の快楽と人生の引き換え特急券である。瀕死の理性が深夜子に警鐘を鳴らす。

 だが左腕は止まらない。あと一歩で見事性犯罪者の仲間入り確定だ――その刹那、最後に残っていた深夜子のわずかな理性が右腕を突き動かした。

 パァン!! 銃声が庭に響く。

 深夜子はホルスターから銃を引き抜き、自分の側頭部に向けてゴム弾を発射していた。強烈な衝撃で頭が揺れ、暴走していた本能が散らされる。

「ふぇ? なにか凄い音したよ。深夜子さんだいじょうぶ?」
「ぜ、全然。…………な、何てこと無い……」

 銃声に驚き、深夜子に預けていた身体を離して、ペタンと芝生に座り込む朝日。深夜子は飛びかけそうになった意識を無理矢理に気合いで繋ぎ止め何とかセーフだ。オマケで社会的にもセーフである。危なかったですね。

 これで一旦仕切り直しの形となるはず。深夜子はそう考え、間を取ろうその場を立とうとした。しかし、今の朝日に遠慮と言う言葉はない。

「あっそだ。深夜子さん」
「はいっ? な、なななななにかな?」
「ねぇ、耳たぶさわっていい?」

 朝日、耳フェチ説。突然なんの脈絡もなく深夜子の耳たぶにターゲットがロックでオンされる。

「んなななな!? あ、あたしの耳ぃ? いいけど。いや良くない? うん。それは良くない。あ、あたしの耳はおさわり禁止デスヨ」

 良いわけがない。そんなことをされたら、理性さんは再起戦惨敗。即カウンターで再び襲いかかること間違いなしである。ここはなんとしても断らなければならない。あたふたと手を振ってジェスチャーを加え、無理ですアピールをする深夜子。

「えーそうなんだー。あはっ、深夜子のけちんぼー」
「ふえっ!? いや、その、朝日君……」
「すきありー」

 そう言って、隙を見せた深夜子の首に手を回そうと起き上がった朝日だが、酔っていてバランスが取れない。そのまま勢いで覆いかぶさってしまった。

 不意を突かれた深夜子は辛うじて朝日を受け止めたものの、支え切れずに後ろに倒れてしまう。結果、ちょうど朝日が馬乗りになって、お互いの顔を見合わせる体勢となった。そして自然と二人は見つめ合う。

「……深夜子さん」
「……朝日君」

 朝日の潤んだ瞳が何かを言いたげにじっと自分みやこを見つめてくる。そして、そっと深夜子の右肩に手が添えられた。そのまま少しずつ朝日の顔が、いや唇が迫ってくる。

 これは……今度は何? これはもしかしてキス? もしかしなくてもキス!? そしてファーストキス!! その相手が最高の美少年!!! まさかの展開に深夜子の思考回路はショート寸前である。

 止める? 止めなくていいよね? これは男性あさひ側からなのでセーフだよね。あーとめるのまにあわないわーむりだわー。ぼんやりする頭の中で露骨に言い訳を展開し、その瞬間・・・・を待って目を閉じる。

 そして……。

 そして…………。

 あれ…………?

「スースー」
「へ? 朝日君?」

 深夜子の顔の右側を通りすぎ、ぐったりと倒れ込んでしまった朝日から寝息が聞こえてくる。どうやら酔いつぶれて寝てしまったらしい。

「ふっ……は……はは……あはは……アハハハハハ」

 期待と緊張が一瞬にして弾け飛び、乾いた笑い声を響かせながら呆然と天を仰ぐ深夜子。泣きたくなるよな月の光ムーンライトが目にしみる――。


 あまりの脱力感に、起き上がる気力も無くなりかけていた深夜子であった。しかし、かと言って朝日をこのまま放置するわけには行かない。仕方なく心にムチ打って起き上がり、寝入ってしまった朝日を抱き上げて寝室まで連れて行く。

 しばらくして、朝日の寝室から再び銃声が響く――理性さん連敗の模様である。

 以降、朝日家で禁酒令が施行されたのは言うまでもない。
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