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第三章 男事不介入案件~闘え!男性保護特務警護官

第三十一話 もう一つの決着と戻ってきた日常

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 武蔵区内高級ホテルの会議室にて、五月雨さみだれ新月わかつき海土路みどろ竜海たつみ――朝日と主の後見人たちの話し合いが始まっていた。

「とにかく万里たちが回復したら、坊やを連れさせてお宅のお嬢さんたちに仁義を切らせてもらうさ。しかしまあ……あの連中を一人で十人以上病院送りオシャカたぁ、男保(男性保護省の略称)もとんでもない弾を持ってやがったもんだね」

 タバコをふかしながら竜海がぼやく。海土路造船、つまり主側が非を認め、朝日側に対して謝罪をする方向性で話が進んでいるようだ。タバコの煙を吐き終わると、一息ついてから説明を続ける。

「それで、あとはタクティクスウチら側から男保と男権に今回の顛末書てんまつしょを出す。ああ、もちろん男権にはあたしから動かないように根回しはしとくよ。これで万事解決かね」
「んふ。お手間をとらせるわねー、でもーたっちゃんトコの子たちはーやんちゃさんだからー最後までよろしくねー」

 男事不介入案件では非を認めた側が顛末書。簡単に言うと『こういったことで揉めましたけど、ウチが悪かったです。もう大丈夫です。すみません』といった書類を提出するのが慣例となっている。主側の無条件降伏ではあるが、新月はほんわかとした口調で念を押している。

「わかってるさ。それにしても……坊やの揉め事相手のケツモチにアンタが出てくるたぁね。正直、肝を冷やしたよ」
「えー、そうかしらーワタシ最近はーあんまりこういうこと・・・・・・してないからーたっちゃんにお電話するのもドキドキしちゃったー」
「はっ! その道のプロ・・・・・・が何言ってんだか……」

 とにかく口調と話が本気とも冗談とも取れない新月に苦笑するしかない竜海であった。しかし、ふと思い出したように話題を変える。

「あーそうそう。五月――お嬢さんだったかい? 余計なお世話かもしれねぇが……たしか五月雨おたくの家の跡取りってのは自力で婿を取ってくるまで外に放り出すとか、手は貸さねぇとか、そんな家訓でなかったけか?」
「んー、そうだけどー。だってー、五月ちゃんの彼氏ー? 朝日ちゃんていうんだけどー。もうちょー可愛いのよー。ワタシーちょっと頑張らなきゃーって思っちゃったのー。うふふふ」

 桜色に染めた頬を両手ではさんでくねくねしながら、朝日の可愛さをだらしない表情で語り始める四十代であった。見た目的にはぎりぎりセーフ判定である。危ない危ない。

 それはさておき、竜海の質問の通りであった。五月雨家は『自力で婿を取れる器があるものが家長を継ぐべき』という家訓がある古くからの商家だ。五月もそれ故、Mapsを目指して現在に至る。実際は新月への反目があったり、微妙な事情も存在するのだが――割愛させていただく。

 一人、照れながら思い出しくねくねをしている新月に呆れ半分の竜海だったが、新しいタバコに火をつけて少し声のトーンを下げる。

「へいへい。まあ、どうでもいいさ……ともあれウチは造船業。お宅の情報買わなきゃ、やってられないことも多いしね。アンタに出てこられちゃどの道お手上げだよ。こりゃあリベンジしたくても――」 
 パァン、と突然『リベンジ』の言葉を遮るように柏手かしわでが打たれた。

「あーそうそう! たっちゃんあのねー、五月ちゃんてばー家を出てから今までー連絡の一つも入れてくれない冷たーい子だったのにー。今回はねー泣きながら・・・・・ワタシに電話してきたのよーびっくりなのよー。もー、だからー」

 そう言って言葉を止め目線を伏せる新月。すると部屋全体の空気が重くなったかのような錯覚を皆が感じた。竜海を始め、後ろに控えているSPたちの背にも強烈な悪寒が走る。まるで猛獣の檻の中に閉じ込められているかの如き圧力にドッと脂汗がにじみでた。

 異様な雰囲気の新月に全員の視線が集まった瞬間。彼女の右拳がハンマーのように振られ、手元にあったクリスタルガラス製の分厚い灰皿が粉々に砕け散る!

「おっどれぇ……次またワシのガキらに手をだしゃあがったらクチャクチャに潰すぞぉ!? わかっとんのかボケぇええええっ!!」 

五月雨さみだれ新月わかつき』。表の顔は大手IT企業の代表だが、その本業は裏の情報屋として政治から裏社会にまで広く顔を利かせる猛者である。

 余談ではあるが、彼女の夫であり、五月の父である『五十鈴いすず蓮也れんや』(この世界では夫婦別姓が認められている)と出会い。彼を口説き落とすために現在のキャラが定着したらしい。

 朝日たちの預り知らぬ所でも、結果は圧勝と相成ったのであった。


 ――それでは、現在の朝日家をのぞいてみよう。

 深夜子がフラフラと携帯ゲーム機を片手にリビングから出てきた。何やらMaps側の廊下をうろうろとしている。そこに五月がちょうど通りがかり、深夜子は声をかけ呼びとめる。

「ねえ、五月さっきー。朝日君見なかった?」
「あら? 先ほど大和さんのお部屋に入られていましたわよ。今回のお礼をどうしても、とおっしゃっておられましたわね。……確かに、大和さんが一番危険な役割でしたし、怪我もされたようですけど。わざわざ出向いてまでMapsわれわれなどをねぎらわれるなんて……朝日様は本当に素敵なお方」
 そう言って頬を赤らめ、ため息をつく五月。
「むう。せっかく続きをしようと思ったのに」
 こちらは不満そうに頬を膨らませる深夜子。
「深夜子さん。昨日の今日ですぐゲームとは、いかがな物ですの? まだ、朝日様も精神的にお疲れと思いますから、気晴らしを悪い、とは申しませんけど。慎重にお願いしますわね」
「うん。それはわかってる」

 そんなやり取りをする二人の視線は梅の部屋へと向う。朝日の女性に対する気遣いや優しさは、やはり通常男性とは一線を画している。

 今日の梅は羨ましくもある。だが同時に、嬉しく微笑ましい気持ちになるのも事実である。なんとなく二人は視線を合わせ、それぞれ自分の部屋へ戻ろうとすれ違った――――その時!

『んああっ!』

 扉越しに何やら梅の切ない声が聞こえてきた。

「「ん゛!? あ゛あ゛っ!?」」

 深夜子と五月は自分たちの耳を疑う。身体の動きはギギギ……と油の切れたロボットのようにスローモーションになる。ふらふらと、二人は梅の部屋の扉に近づいて停止した。

 ――そこで耳を澄ますと、朝日の声も聞こえてくる。

『あれ? 梅ちゃんごめん。もしかして、今の痛かった?』
『いや……そんなこと無いぜ。全然いい感じだっ――――んくうっ!? ……あっ……はぁんっ! こっ、こら朝日! 不意打ちで指を動かすなっての』
『えへへ。だって、梅ちゃん反応がいいんだもん』
『な、何を――んんっ!? ……やっ……も、もうちょっと優し……くっ……して……はあっ』

 おいおい? 『こら』は本来は叱るべき時に使う言葉でしょうよ。なんですかその甘く扇情的な声色の『こら』は? こんちくしょう。痛かった? へー。指? へー。優しく? ガッデム。――と言うことは? 深夜子と五月が引きつった顔を見あわせる。

「「なんじゃこりゃあ!?(ですわっ)」」

 全身から血の気が引くとはこのことか? いや、そんなレベルではない! まるで全身の血液が沸騰、蒸発するかのような感覚に深夜子と五月は襲われる。
 
 部屋の前で氷像と化す二人。会話の内容から中の光景を想像してしまった。あ゛あ゛ん。しかし、無慈悲にも、追い討ちをかけるかの如く。朝日と梅の声は、扉の向こうから響き続けた。

『ふっふーん! 梅ちゃん。僕、なんとなくわかったよ。え、と、ここの少し上が気持ちいいんでしょ? ほら』
『あ、はぁんっ! そ、そこぉ……ん……くっ……あっ、いい…………はんっ、や、あ、朝――』
「「むわったあああああああああっ!!!」」

 許せない……! 許しがたい行為……! 二人はドアを破壊寸前の勢いで開け鳴らす。そのまま、残像が残らんばかりの速度で部屋に転がり込み絶叫をあげた!!

「朝日警察だ! 梅ちゃんには弁護士を雇う権利と黙秘権がある!」
「現世で最後に言い残す言葉はありまして? 大和さん! 審判の時ジャッジメントですのっ!!」
「――――日。お前,足ツボマッサージ・・・・・・・・うまいよなぁ…………って、うおおおおっ!? な、なんだぁっ!?」

 ビシッと効果音が聞こえそうなポーズで、深夜子と五月が指を差す。その先には、ベットに寝転がって足を伸ばしている梅と、それを膝の上に乗せ。マッサージ真っ最中な朝日の姿があった。


「――殿方に! いえ、朝日様にマッサージをさせる! もはや女性ひとの風上にも置けない蛮行ですわっ!!」
「あたしの知ってる梅ちゃんはけがれてしまった。返せ! きれいな梅ちゃんを返せ!」
「い、いや……別に朝日がいいって言ってんだからよ……その……俺がしろって、言ったわけじゃねえし……」

 興奮冷めやらず詰め寄る深夜子と五月ぼそぼそと説明いいわけをする梅だが、一向に二人が治まる気配はない。それを察した朝日が三人の間に入った。

「あの、もしよかったら、深夜子さんと五月もマッサージしよっか? 僕、こう見えても結構得意なんだよ!」
 
 にっこり笑って胸をはる。過去、母や姉たちのマッサージ係を散々してきた朝日。得意分野なのだ。もちろん、この世界の女性にとっては世紀の新種男子発見である。

「「よっ、よよよよよよろしくお願いします(わ)!!!」」

 深夜子と五月、見事な手のひら返しである。

「んと……じゃあ、梅ちゃんは続きからだけど、追加で希望ある? 深夜子さんと五月さんは、マッサージして欲しいとこを教えてね」
 にこやかに答える朝日に、食いつき気味の三人は我先にとアピールを開始した。
「じゃあよ。俺は追加でふくらはぎ揉んでくれよ」
「わ、わたくしは肩をお願いしますわ」
「あたしおっぱい――――ぎゃふっ!?」
 深夜子の頭上に、梅と五月の肘鉄が落ちた。


「――さあさあ、朝日様。それではリビングに参りましょうか?」
「おう。そっちでゆっくり頼むぜ!」
「ちょーーっ、ちょっと待ってええええ! ストーーップ、セターーップ! 冗談、冗談だから! あたしを天井に吊るしていかない。ね、それに朝日君もまんざらでもなさそうだった。ぐへへへ」
 よだれを垂らしながら言い訳の深夜子。貴女吊るされてますよ。

「ささ、朝日様こちらへ。深夜子さんヘンタイのことはお気になさらずですわ」
「うえっ!? あっ!? わかった! じゃ、じゃあ……お尻! お尻でいいから!」
「よくねえよっ! 深夜子アホはほっといて、行こうぜ朝日!」
「ま、待ってええええええ! 朝日君カムバーーーーック!!」

 朝日家に、いつもの日常が戻って来たようである。
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