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第三章 男事不介入案件~闘え!男性保護特務警護官
第二十三話 朝日の気持ち、そして交錯するそれぞれの思惑
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「さて皆様、お待たせしましたわ。それでは家に帰り――」と、振り返ったその視線の先では……。
「誰がチビ猫だ!? この眼鏡チビっ!」
「何言ってるですよっ! どう見てもそっちのがチビですよ! それより何より、その貧相な平面体の身体を少しでもマシにしてから言うですよー!」
朝日が座るソファー近くで、何故か梅と月美の罵りあいが発生していた。額をすり合わさんばかりに張り合うこの二人、ちなみに梅は149センチ、月美は154センチと平均より大幅に低身長である。
「んだとぉ!? ボサボサ頭のちんちくりんの分際で、偉そうなことぬかしてんじゃねぇぞ?」
「ちっ、ちっ、ちんちくりん!? ふんっ、自分の頭にブーメランが突き刺さってるですよー! それに月美はスタイルには――」
何とも賑やかなやり取り真っ最中の二人を、朝日たちは生暖かい目で見つめている。そんな朝日の横にいたはずの深夜子が、いつの間にか月美の後ろにソッと忍び寄っていた。
「んー、梅ちゃん。月美意外と胸ある。これは84のCと見た」
突然スーツの上から月美の胸を深夜子がわしっと両手で掴み、周辺も含めてわさわさと撫でまわす。
「きいぃやあぁぁぁっ!? なっ、何をするだァーッですよっ! 変態っ、変態がいるですよ……って、なんでサイズが正確にわかるですよーーっ!?」
「何いっ!? 妹者、それは初耳にござるぞ?」
「なんで姉者が気にしてるですよ!?」
どうやら姉の威厳に影響が出たらしい。
「そして月美は脱いだらエロ凄いタイプ。むしろチビよりはビッチ」
「余計な追加情報を公開するのはやめるですよっ! それと、何しれっと月美をディスってるんですよっ、この変態!」
ついでにウエストからヒップまで、しっかりチェック完了済みの深夜子である。
「べっ、べべべ別に胸がでかけりゃいいってもんじゃ――」
地味に動揺を見せている梅の後ろにも、ススっと深夜子が忍び寄る。そして……。
「梅ちゃんは72のA。これはマニア向け」
梅はスーツを脱いで肩に掛けており、薄手のカッターシャツ姿であった。
「うっきゃああああ!?」
ちょうど朝日の正面側に梅は立っていた。服の上からとは言え、わずかに透けて見えるスポーツブラごと、むにむにと小ぶりな胸を触られている様子は、朝日にとって中々の眼福であった。照れながらも頬が緩んでいる。
「み、深夜子てめえええええ! 人の身体を勝手に触ってんじゃねぇ! つか、なんでサイズをわざわざ口に出すんだよ……って、おい、朝日? なんだよお前まで、その顔は――」
参考までに深夜子の行為は、日本基準だと男性が男性の股関をまさぐり『お前のそれ……すごく大きいじゃないか……』とやっているのと然程大差ないことを捕捉しておく。
以上。一連の流れに、五月さんはもちろん血管がぶち切れんばかりにお怒りのご様子だ。
「あっ……あっ……貴女方はぁ……バカですのおおおおおおおおおおおっ!?」
「あっははははは! お嬢様も面白いの連れてるねぇ? さて……おら! 馴れ合ってねぇで、全員引き上げだ! 次は楽しい話し合いになるじゃない」
メガネのレンズにヒビが入らんばかりの勢いで吠えたける五月と、撤収を促す万里。タクティクスの面々は、ぞろぞろと主を担いだ万里の後に着いて行く。花美と月美は一番後ろに残って、朝日たちへと振り返った。
「覚えてるですよ。チビ猫と変態!」
「次会うときは敵同士かの? 楽しみにしてるでごさるよ」
「それはこっちのセリフだ。てめぇら、たっぷりと後悔させてやんぞ!」
「ふん。威勢だけは人並みですよっ! バーカ、バーカ、ちーび、ちーび、ですよー」
「あっ、月美。エロい紐パンはくのはちょっとどうかと思った」
「なんでそこまでわかるのですよおおおおおおおおおおっ!?」
深夜子の測量手腕恐るべし。
それはともかく、真面目にやっている自分がバカに思えてくる五月だったが、今後の対策が至急を要しているのは間違いない。朝日に愛想を振りまきながら、深夜子と梅の耳をおもいっきり引っ張って、その場を離れるのであった。
――帰り道の車は深夜子が運転手をすることになり、助手席には梅が座っている。後部座席では、五月が朝日に男事不介入案件の説明をしながら、タブレットを繋いだノートパソコンで何やらデータ処理を進めている。
「しっかし、ただの心配性かと思ったけどよ……五月の言うとおりになっちまったな」
「うん。ちょっと驚いた」
感心する二人に対して、五月は盛大にため息を漏らす。
「はぁ……最悪のパターンですわよ。まさか、あの海土路様に万里さんまで……軽く悪夢ですわ」
「それで、五月どうするの?」
「とりあえずタクティクスのデータは今引っ張り出していますわ。それから本部への報告は深夜子さんお願いしますわね。詳しくは家に戻ってから説明しますわ」
「らじゃ」
今後の方針を決めるためには相手のデータ。いや、万里がタクティクスに雇われからの行動パターンを把握しなければならない。
さも簡単そうに話している五月だが、実はこのところ個人の情報系スキルをフル活用している。これはMapsとしてのスキルでは無い。そもそも男性警護官にとって、情報系は優先度の低い選択科目程度の認識である。
これは総合情報商社である五月の実家でアレコレと身に付けたものだ。その技術の中には違法ラインを越える物もある。長らく封印していたのだが、愛する朝日の為なら一切使用を躊躇しない。五月は尽くしちゃう系女子なのだ。
「あ、あの……ちょっといいかな」
「ん。朝日君どうしたの?」
五月に説明を聞いた後、しばらく黙りこんでいた朝日が口を開いた。元気の無い声ではあるが、何かを心に決めた。そんな、気持ちを伝えようとする意志が感じられる。
「こんなことで深夜子さんたちが、あの人たちと戦ったりするかも、とか……僕にはちょっと理解できないけど。……きっと、僕が謝ればいいんだろうけど……でも、でも、海土路君は自分の警護官の女性に酷いことをしたり……。何よりも深夜子さんにあんな酷いことを言って……気持ち悪いとか……だから、僕は、僕はあんな奴に謝りたくない! その、なので……深夜子さん、五月さん、梅ちゃん。……ごめんね……僕のせいで……ごめん、ごめんね……ぐすっ……ううっ――」
謝りたくない。自分の正直な気持ちを伝える。でも、それが深夜子たちに迷惑をかけてしまう。そんな葛藤からか、目にうっすらと涙をためて謝る朝日。それを見た五月が優しく抱きしめる。
「ああ……朝日様……お優しい朝日様。貴方は何も悪くはありませんわ。これは私たちの仕事ですの。ご心配する必要もありませんわ。それに、こんな時の為に側におりますのに……ふふ、そんなことを言われてしまっては――」
「深夜子ぉおおおおおおおおっ! ソッコーでカチコミいれっぞぉ!!」
「らじゃ、戦が始まる。朝日君を泣かせる愚か者には血の報いを!」
ビキビキと顔中に血管を浮き立たせ、殺気をほとばしらせる梅に深夜子が呼応する。
「皆殺しだ……アイツらどいつもこいつもぶっ殺してやっぞおおおおおおっ!!」
「二十分あれば着く。もう奴らに明日を生きる資格は無い」
物騒なセリフを口にする梅に合わせて、深夜子が車のアクセルを踏み込む。ハンドルを切って海土路造船のある湾岸区域に方向転換をしようとする。これに驚いた五月が朝日から離れ、運転席ごと後ろから深夜子を羽交い絞めにした。
「スッ、スッ、ストォーーーップ! 貴女方は何を考えてますの!? Maps側から先制攻撃とか大問題の域を越えてますわよーっ!」
当然ながら『サラリーウーマンをなめんじゃねぇ!』と、ヤクザの事務所に突撃するようなマネは許されないのが公務員である。専守防衛に徹せざるを得ないのが辛いところではあるが、怒りに任せて暴力に訴えたのでは、万里たちとなんら変わらない。
蛇行する車の中、興奮して切れまくる二人をひたすらに説得する五月であった。
――さて、そんな波乱の健康診断から一週間後。春日湊にある料亭の一室にて、今回の男事不介入案件について第一回目の話し合いが行われた。緊張した面持ちの朝日と、いつも通りにキチッとしたスーツ姿の五月。それとは対照的に深夜子と梅は私服姿での登場である。
「――これでは、交渉にすらなりませんわね」
「そうですかい? そりゃあ困りましたね……」
和室に置かれたテーブルの上で軽食と飲み物を挟み、開口一番五月が正面の黒服に書類をひらつかせ、呆れたような口調でダメ出しをする。
無論、これは五月の想定通りのシナリオである。朝日側は朝日、五月、深夜子、梅と主要メンバー全員で出席しているのに対して、海土路主側は本人は欠席。タクティクスメンバーも万里はおろか、花美と月美すら出席せずに黒服の――言うなれば『その他大勢』のメンバーが代理で三人来たのみだ。
最初から和解するつもりなどさらさら無い。示談条件も『朝日の謝罪、慰謝料2000万、深夜子のMaps解雇』と神経を逆撫でするのが目的の内容となっていた。
そして、この先。シナリオ通りなら、一回目の話し合いを破談にして料亭を出た朝日たちに、いや、深夜子たちMapsメンバーに、近くで待機しているであろうタクティクスメンバーが襲撃をしかけて来る予定である。
「えと……あの……。ぼ、僕もこれでは納得できません」
断りを入れる役目を終え『こう言えば良かったんだよね? 間違ってないよね?』と言わんばかりの視線を向けてくる朝日に、五月はつい緩みそうになる頬を引き締め上げて、話を繋げる。
「朝日様もこうおっしゃっておられますし、そも受け入れられる提案ではありませんわ。本日はここまで、ですわね」
「へい。そりゃあ残念ですね」
お互いが予定調和、と言わんばかりに淡々と話しは進む。その流れで、朝日たちは先に席を立ち退室する。部屋を出る間際にすれ違った黒服の一人が、耳に付けたインカムに触れ小声で何か呟いているのを五月たちは見逃していない。
「深夜子さん、大和さん。打ち合わせ通りでよろしいですわね」
「らじゃ」
「へっ、任せときな」
小声とアイコンタクトで確認を取りながら出口へ向かう。
料亭は市街地より少し離れた郊外にあり、建物を出て裏手側にある駐車場へ向かうことになる。時を同じくして四人ほど交渉役の黒服とは別の、襲撃役と思われるタクティクスメンバーが建物の影から現われ、朝日達の後を追うように小走りで駐車場へ向かっていた。
――一方、駐車場へ到着した五月は朝日に付き添って、先に車の後部座席に乗り込む。その後ろをあえて少し距離を取ってから、深夜子と梅がそれぞれ左右に離れて、車の運手席と助手席に向かって歩いている。
深夜子が視界の端に走って追って来る襲撃役たちを捕らえ、さらに道路側から大型の箱バンと呼ばれる白のワンボックスカーが、猛スピードで駐車場へ向かってくるのを認識したところで口を開いた。
「狙いは梅ちゃんで確定。よろ」
「俺が当りくじかよ。やったぜ! へへっ、悪いな深夜子」
それぞれの思惑が交錯した激突が始まろうとしている。
「誰がチビ猫だ!? この眼鏡チビっ!」
「何言ってるですよっ! どう見てもそっちのがチビですよ! それより何より、その貧相な平面体の身体を少しでもマシにしてから言うですよー!」
朝日が座るソファー近くで、何故か梅と月美の罵りあいが発生していた。額をすり合わさんばかりに張り合うこの二人、ちなみに梅は149センチ、月美は154センチと平均より大幅に低身長である。
「んだとぉ!? ボサボサ頭のちんちくりんの分際で、偉そうなことぬかしてんじゃねぇぞ?」
「ちっ、ちっ、ちんちくりん!? ふんっ、自分の頭にブーメランが突き刺さってるですよー! それに月美はスタイルには――」
何とも賑やかなやり取り真っ最中の二人を、朝日たちは生暖かい目で見つめている。そんな朝日の横にいたはずの深夜子が、いつの間にか月美の後ろにソッと忍び寄っていた。
「んー、梅ちゃん。月美意外と胸ある。これは84のCと見た」
突然スーツの上から月美の胸を深夜子がわしっと両手で掴み、周辺も含めてわさわさと撫でまわす。
「きいぃやあぁぁぁっ!? なっ、何をするだァーッですよっ! 変態っ、変態がいるですよ……って、なんでサイズが正確にわかるですよーーっ!?」
「何いっ!? 妹者、それは初耳にござるぞ?」
「なんで姉者が気にしてるですよ!?」
どうやら姉の威厳に影響が出たらしい。
「そして月美は脱いだらエロ凄いタイプ。むしろチビよりはビッチ」
「余計な追加情報を公開するのはやめるですよっ! それと、何しれっと月美をディスってるんですよっ、この変態!」
ついでにウエストからヒップまで、しっかりチェック完了済みの深夜子である。
「べっ、べべべ別に胸がでかけりゃいいってもんじゃ――」
地味に動揺を見せている梅の後ろにも、ススっと深夜子が忍び寄る。そして……。
「梅ちゃんは72のA。これはマニア向け」
梅はスーツを脱いで肩に掛けており、薄手のカッターシャツ姿であった。
「うっきゃああああ!?」
ちょうど朝日の正面側に梅は立っていた。服の上からとは言え、わずかに透けて見えるスポーツブラごと、むにむにと小ぶりな胸を触られている様子は、朝日にとって中々の眼福であった。照れながらも頬が緩んでいる。
「み、深夜子てめえええええ! 人の身体を勝手に触ってんじゃねぇ! つか、なんでサイズをわざわざ口に出すんだよ……って、おい、朝日? なんだよお前まで、その顔は――」
参考までに深夜子の行為は、日本基準だと男性が男性の股関をまさぐり『お前のそれ……すごく大きいじゃないか……』とやっているのと然程大差ないことを捕捉しておく。
以上。一連の流れに、五月さんはもちろん血管がぶち切れんばかりにお怒りのご様子だ。
「あっ……あっ……貴女方はぁ……バカですのおおおおおおおおおおおっ!?」
「あっははははは! お嬢様も面白いの連れてるねぇ? さて……おら! 馴れ合ってねぇで、全員引き上げだ! 次は楽しい話し合いになるじゃない」
メガネのレンズにヒビが入らんばかりの勢いで吠えたける五月と、撤収を促す万里。タクティクスの面々は、ぞろぞろと主を担いだ万里の後に着いて行く。花美と月美は一番後ろに残って、朝日たちへと振り返った。
「覚えてるですよ。チビ猫と変態!」
「次会うときは敵同士かの? 楽しみにしてるでごさるよ」
「それはこっちのセリフだ。てめぇら、たっぷりと後悔させてやんぞ!」
「ふん。威勢だけは人並みですよっ! バーカ、バーカ、ちーび、ちーび、ですよー」
「あっ、月美。エロい紐パンはくのはちょっとどうかと思った」
「なんでそこまでわかるのですよおおおおおおおおおおっ!?」
深夜子の測量手腕恐るべし。
それはともかく、真面目にやっている自分がバカに思えてくる五月だったが、今後の対策が至急を要しているのは間違いない。朝日に愛想を振りまきながら、深夜子と梅の耳をおもいっきり引っ張って、その場を離れるのであった。
――帰り道の車は深夜子が運転手をすることになり、助手席には梅が座っている。後部座席では、五月が朝日に男事不介入案件の説明をしながら、タブレットを繋いだノートパソコンで何やらデータ処理を進めている。
「しっかし、ただの心配性かと思ったけどよ……五月の言うとおりになっちまったな」
「うん。ちょっと驚いた」
感心する二人に対して、五月は盛大にため息を漏らす。
「はぁ……最悪のパターンですわよ。まさか、あの海土路様に万里さんまで……軽く悪夢ですわ」
「それで、五月どうするの?」
「とりあえずタクティクスのデータは今引っ張り出していますわ。それから本部への報告は深夜子さんお願いしますわね。詳しくは家に戻ってから説明しますわ」
「らじゃ」
今後の方針を決めるためには相手のデータ。いや、万里がタクティクスに雇われからの行動パターンを把握しなければならない。
さも簡単そうに話している五月だが、実はこのところ個人の情報系スキルをフル活用している。これはMapsとしてのスキルでは無い。そもそも男性警護官にとって、情報系は優先度の低い選択科目程度の認識である。
これは総合情報商社である五月の実家でアレコレと身に付けたものだ。その技術の中には違法ラインを越える物もある。長らく封印していたのだが、愛する朝日の為なら一切使用を躊躇しない。五月は尽くしちゃう系女子なのだ。
「あ、あの……ちょっといいかな」
「ん。朝日君どうしたの?」
五月に説明を聞いた後、しばらく黙りこんでいた朝日が口を開いた。元気の無い声ではあるが、何かを心に決めた。そんな、気持ちを伝えようとする意志が感じられる。
「こんなことで深夜子さんたちが、あの人たちと戦ったりするかも、とか……僕にはちょっと理解できないけど。……きっと、僕が謝ればいいんだろうけど……でも、でも、海土路君は自分の警護官の女性に酷いことをしたり……。何よりも深夜子さんにあんな酷いことを言って……気持ち悪いとか……だから、僕は、僕はあんな奴に謝りたくない! その、なので……深夜子さん、五月さん、梅ちゃん。……ごめんね……僕のせいで……ごめん、ごめんね……ぐすっ……ううっ――」
謝りたくない。自分の正直な気持ちを伝える。でも、それが深夜子たちに迷惑をかけてしまう。そんな葛藤からか、目にうっすらと涙をためて謝る朝日。それを見た五月が優しく抱きしめる。
「ああ……朝日様……お優しい朝日様。貴方は何も悪くはありませんわ。これは私たちの仕事ですの。ご心配する必要もありませんわ。それに、こんな時の為に側におりますのに……ふふ、そんなことを言われてしまっては――」
「深夜子ぉおおおおおおおおっ! ソッコーでカチコミいれっぞぉ!!」
「らじゃ、戦が始まる。朝日君を泣かせる愚か者には血の報いを!」
ビキビキと顔中に血管を浮き立たせ、殺気をほとばしらせる梅に深夜子が呼応する。
「皆殺しだ……アイツらどいつもこいつもぶっ殺してやっぞおおおおおおっ!!」
「二十分あれば着く。もう奴らに明日を生きる資格は無い」
物騒なセリフを口にする梅に合わせて、深夜子が車のアクセルを踏み込む。ハンドルを切って海土路造船のある湾岸区域に方向転換をしようとする。これに驚いた五月が朝日から離れ、運転席ごと後ろから深夜子を羽交い絞めにした。
「スッ、スッ、ストォーーーップ! 貴女方は何を考えてますの!? Maps側から先制攻撃とか大問題の域を越えてますわよーっ!」
当然ながら『サラリーウーマンをなめんじゃねぇ!』と、ヤクザの事務所に突撃するようなマネは許されないのが公務員である。専守防衛に徹せざるを得ないのが辛いところではあるが、怒りに任せて暴力に訴えたのでは、万里たちとなんら変わらない。
蛇行する車の中、興奮して切れまくる二人をひたすらに説得する五月であった。
――さて、そんな波乱の健康診断から一週間後。春日湊にある料亭の一室にて、今回の男事不介入案件について第一回目の話し合いが行われた。緊張した面持ちの朝日と、いつも通りにキチッとしたスーツ姿の五月。それとは対照的に深夜子と梅は私服姿での登場である。
「――これでは、交渉にすらなりませんわね」
「そうですかい? そりゃあ困りましたね……」
和室に置かれたテーブルの上で軽食と飲み物を挟み、開口一番五月が正面の黒服に書類をひらつかせ、呆れたような口調でダメ出しをする。
無論、これは五月の想定通りのシナリオである。朝日側は朝日、五月、深夜子、梅と主要メンバー全員で出席しているのに対して、海土路主側は本人は欠席。タクティクスメンバーも万里はおろか、花美と月美すら出席せずに黒服の――言うなれば『その他大勢』のメンバーが代理で三人来たのみだ。
最初から和解するつもりなどさらさら無い。示談条件も『朝日の謝罪、慰謝料2000万、深夜子のMaps解雇』と神経を逆撫でするのが目的の内容となっていた。
そして、この先。シナリオ通りなら、一回目の話し合いを破談にして料亭を出た朝日たちに、いや、深夜子たちMapsメンバーに、近くで待機しているであろうタクティクスメンバーが襲撃をしかけて来る予定である。
「えと……あの……。ぼ、僕もこれでは納得できません」
断りを入れる役目を終え『こう言えば良かったんだよね? 間違ってないよね?』と言わんばかりの視線を向けてくる朝日に、五月はつい緩みそうになる頬を引き締め上げて、話を繋げる。
「朝日様もこうおっしゃっておられますし、そも受け入れられる提案ではありませんわ。本日はここまで、ですわね」
「へい。そりゃあ残念ですね」
お互いが予定調和、と言わんばかりに淡々と話しは進む。その流れで、朝日たちは先に席を立ち退室する。部屋を出る間際にすれ違った黒服の一人が、耳に付けたインカムに触れ小声で何か呟いているのを五月たちは見逃していない。
「深夜子さん、大和さん。打ち合わせ通りでよろしいですわね」
「らじゃ」
「へっ、任せときな」
小声とアイコンタクトで確認を取りながら出口へ向かう。
料亭は市街地より少し離れた郊外にあり、建物を出て裏手側にある駐車場へ向かうことになる。時を同じくして四人ほど交渉役の黒服とは別の、襲撃役と思われるタクティクスメンバーが建物の影から現われ、朝日達の後を追うように小走りで駐車場へ向かっていた。
――一方、駐車場へ到着した五月は朝日に付き添って、先に車の後部座席に乗り込む。その後ろをあえて少し距離を取ってから、深夜子と梅がそれぞれ左右に離れて、車の運手席と助手席に向かって歩いている。
深夜子が視界の端に走って追って来る襲撃役たちを捕らえ、さらに道路側から大型の箱バンと呼ばれる白のワンボックスカーが、猛スピードで駐車場へ向かってくるのを認識したところで口を開いた。
「狙いは梅ちゃんで確定。よろ」
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