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第三章 男事不介入案件~闘え!男性保護特務警護官

第十九話 朝日の体力測定記録

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「まずいですわ! これはまずいですわ! 大和さん、急ぎますわよ!!」
「うっせえ、わかってんよ! くそっ、あのデカ蛇女。ねちねちとくっちゃべって時間取らせやがって」

 書類提出などの処理も終わり、猛ダッシュで朝日の元へ五月と梅が向かっている。この慌てぶり、そう、五月のスマホに深夜子から不安的中のメールが届いていた。『朝日が海土路みどろあるじに絡まれている』との内容である。

「貴女が喧嘩腰になるからですわっ。わたくし事前にお伝えしましたわよね! 会場ではおとなしくして欲しいと!」
「んだよ! だから俺から手を出してねえだろ!」

 と言うのも、梅は『可愛い子猫ちゃんだねぇ』など、万里ばんりにからかわれては、その度に突っ掛かりそうになっては五月に止められている。さらにその流れが万里には愉快だったらしく、二人はしばらく絡まれ続けることになる。

 梅をからかうのに満足すると、万里はフラフラと何処かに行ってしまった。だが、警護対象の健康診断が終われば、同じように待合室で合流するだろう。

 武闘派と言われる連中に万里まで加わり――仮にでも、朝日が囲まれて怯えてしまう姿など、想像するだけでおぞましい。五月の焦りはつのっていく。

「とにかく、いくら深夜子さんでも一人だけでは荷が重いですわ」
「おい、そのよ……なんたら主ってのは、そんな性質悪たちわりぃのか?」
 五月の危機感にいまいちピンと来ていない梅が質問する。
「そうですわね。悪い、悪くないはともかく。海土路造船の御曹司で容姿端麗ようしたんれい、頭脳優秀、運動神経も抜群、殿方のグループ内では常になんでも一番……と言うのは有名な話ですわ。当然気位プライドもその分――」
「――お高いってか? あー、そりゃあ嫌な予感しかしねえな」
「ええ。それにしても……理解していたつもりでしたが、わたくしたちも感覚が麻痺してたのかも知れませんわね。朝日様があそこまで目立たれてしまうとは……想定していませんでしたわ」

 そう、朝日は五月たちの想像を遥かに超えて目立ってしまった。十一番ルート壊滅の件も理由の一つではあるが、何より海土路主に意識されてしまった最大の原因は別にあった。


 ――それは海土路主が体力測定を受けていた時のこと。

 朝日が受診している場所とは別の体力測定会場で、50メートル走が行われていた。たった今、一人の男性がゴールしているところだ。

 身長161センチで中肉中背。髪型はキノコヘアこと坊ちゃんカット。日本基準で言えば平凡な顔立ち、体格も含めてとにかく全てが平凡。だが、それをこの世界基準に直せば、健康的な美男子という評価になる。それが『海土路みどろあるじ』十八歳である。

「ハァ……ハァ……よし、どうだ!?」
『ただいまの記録――8.96秒です』
「よし、やったぞ! どうだ! ついに9秒を切ったぞ!」

 この世界における男性の体力基準値は、日本人女性の平均値を若干下回る程度となる。その代わりにと言うべきかは微妙ではあるが、この世界の女性は日本人男性の体力平均値に対して1.5倍以上の数字スコアを叩き出す。女子中学生にして日本人成人男性と互角の体力と言う恐怖である。

 いかに男女間の体力差が激しい世界かお分かりいただけるだろう。そんな男性の中で、主の記録は全国トップクラスだ。彼自身、日々の訓練の賜物との自負がある。

「おおっ、さすがなのですよー主様。今回は他の種目もばっちり大幅記録更新ですよ」
「ふんっ、当然だな。ボクは他の奴らと違って手を抜いたりしないからな」

 主は不遜ふそんな態度で豪語しながらタオルで汗をぬぐう。それからスポーツバッグを開け、水筒を取り出した。

「はいなのですよ。さすがな上に素晴らしいのですよ!」

 そんな主を褒め称えているのは、お付きらしい小柄な女性警護官。牛乳瓶の底のようなぶ厚いレンズのメガネをキラリと輝かせ。寝癖のついた茶髪を三つ網にしているが、雑に結ばれ左右非対称になっている。

 見た目がどうにも残念さんな彼女の名は『流石寺りゅうせきじ月美つきみ』。これでも海土路家お抱えの男性警護会社『タクティクス』幹部の一人である。

「まあな、ハンドボール投げもついに14メートル超え。背筋力も81キロで新記録更新だ。これじゃあ今回の体力測定記録はボクが一位を総取りになっちゃうかな? ふふふ」
「それはもう当然なのですよ! あっ、すぐにデータを確認しますから、ちょっとお待ちくださいですよー!」

 自信たっぷりと言った様子の主に、月美も調子を合わせて小気味こぎみよい返事をする。ノートパソコンを操作して、今回の体力測定記録結果を呼び出している。

 前回、前々回と主は多くの種目で二位、三位であった。その悔しさをバネにこの半年間、体力トレーニングをこなしその成果が現れたのだ。それを知っている月美はオール一位とはならなくとも、相当数の種目で一位を取れるであろうと考えていた。

「おっ、出ましたですよー。はいっ、まずは握力からですよ! これの一位はもちろん主様……って、あれれ? 何、このID? ん……主様が、二、位? え……なんで……ですよ?」
 ノートパソコンを前に月美が固まる。
「何? そんなはずは無いだろう!? ボクの握力記録は今回28.8キロだぞ。平均値を4キロ以上超えているんだ。じゃあ、一位の記録はどうなっているんだよ?」
 想定外の結果に、主の声色が不機嫌になっていく。
「はっ、はいですよ! すぐに、すぐに調べますから……ですよ」

 ビクビクしながら、月美は一位のIDをクリックして記録を呼び出した。

「え……と……んなああああっ!?」

 データが表示された瞬間。月見は声を上げて驚愕の表情を浮かべる。余程だったのか、何度もぶ厚いメガネの位置を直しては画面を見る。そして、そのまま呆然と画面を見つめてしまった。

「おいっ、月美!? どうした、一位の記録は!?」
「え…………あっ!? は、はい……その……ですよ……あの」
 もごもごと口ごもる月美に何かを察したらしく、主は声を落ち着けて一人呟く。
「ああ、確か前回27キロ台を出してた奴が三人いたな……もしかして、今回は29キロ台の記録を出した奴がいたのか? ……ちっ」

 僅差で負けたのかと舌打ちをする。こみ上げる悔しさを紛らわせるように、主は持っていた水筒のコップにスポーツドリンクを注いで口をつけた。

「一位の記録41・・キロ……」 
「ぶばっはああああああああああああっ!?」

 スポーツドリンクが空中に噴霧され、虹を描いた。

 さて、お察しの通り。今回の男性体力測定は朝日が問答無用で一位総ナメである。なんせ体力の基準ベースが違う。朝日の体力はこの世界の男性と女性の中間地点に近いのだ。体力測定実施時には、その容姿だけでなく。次々と打ちたてられる凄まじい測定記録の前に、オリンピック観戦でもしているかの如くギャラリー女性たちが熱狂しまくっていた。

「うええええぇっほ! げええぇっほ! な、なななななんだよその記録!?」
「む、無茶苦茶なのですよ……」

 まさに理解不能の記録。月美の記憶でも、過去の男性世界記録が30キロ台前半だったはずだ。むせていた主も、何がなんだかと言ったていで月美に詰め寄る。

「おいっ、他だ! 他の記録はどうなっているんだ!?」
「は、はいですよ。え、えと……50メートル走が…………6秒9ぅ?」
「えええええっ!?」
「ハンドボール投げは……に、26メートルぅ!?」
「うえええええええぇっ!?」
「は、ははは背筋力……ひゃ、ひゃひゃ136キロおおおぉ!?」
「会場にオスゴリラでも混じってたのかよっ!?」
「なん……なの……で……す……よ……」

 これはもう、競うとかそういったレベルの記録ではない。冗談としか思えない数値であった。

 しかし、記録データとして呼び出せる以上、あの管理と扱いの厳しい男性個人情報が入力ミスだとかエラーとも思えない。主も月美もデータ画面に釘付けとなっている。

 苦虫を噛み潰したかのような表情の主はブチブチと親指の爪をかじり、イライラを募らせている。しばらくして、ハッと何かに気付いたかのように表情を変えて声を発した。

「そうか……わかったぞ! 替え玉だ! 女を替え玉を使ったに違いない。誰だ? 今回はボクに負けそうだからって……こんな卑怯なマネをしたのは? おい月美、すぐに調べろ! 調べて来い! 今すぐにだ!」
「わっ、わわわかりましたですよ主様。あっ、付き添いを姉者あねじゃに代わって貰うですよ……す、少しだけお待ちなのですよぉー」

 慌ててスマホを取り出し、月美は姉に電話をして理由を話す。連絡してから約十分。会場に月美とは似ても似つかぬ女性が現れた。

 太ってはいないが、少し丸っこい月美とは色々正反対。痩せ型で身長は172センチ。オールバックの黒髪を後ろでまとめてポニーテールにしており、切れ長で細い目が狐を思わすサムライ的風貌。万里ほどでは無いが、中々の威圧感を纏っている。

「主殿、妹者いもじゃ、待たせたでござるな。近くにはおったのだが、付き添い変更の手続きに手間取ってしもうたゆえ。それにしてもなんぞ面白そうな話でござるの」

 カラカラとしゃべりながら二人の側へやって来たのは月美の姉、『流石寺りゅうせきじ花美はなみ』だ。

 流石寺姉妹――忍者の末裔を自称し、戦闘は元より諜報や破壊工作を得意としている。との噂が流れる腕利きの男性警護官である。

 海土路造船お抱えの民間男性警護会社タクティクス。元SランクMapsの腕を見込まれ、リーダーを務める蛇内万里。それを流石寺花美と月美の姉妹が補佐官役として支える。この三人を筆頭に約三十名からなる武闘派警護官で構成されているのだ。
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