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第二章 どうやら美少年との日常は甘くて危険らしい
第十三話 警護任務はデートでショッピング!
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しばらくして軽食を食べたいと朝日が希望し、喫茶店へ入ることになった。入店直後、朝日を見つめて固まった店員をスルーして、五月は目立たないようにと奥側にあるボックス席を確保する。
席に座って、ふと窓の外に目をやると、街路樹に隠れる二つの影が見える。何やら恨みがましい視線に加え、呪いの声がインカムから漏れてきた……。まあ、見えなかったし、聞こえなかったことにする。そもそもOKサインを出したのは深夜子である。
「五月さん、すみません。お昼前におやつが食べたくなっちゃいまして……」
「いえいえ、お気になさらず。お好きなものをご注文してくださいませ」
「喫茶店かあ……ふふっ、五月さん。二人でデートしてるみたいですね」
気がつけば朝日は上機嫌になっている。それを見て五月も気を使った甲斐があった。と胸をなでおろした。
なんだかんだと無駄に近づいては顔を見せ、戻っていった深夜子と梅も一役買っていた――――はいちょっと待った!! 今、決して素通りしてはならない単語が耳に入った。五月の思考に割り込みが掛かる。
「デッ、デデデデデート!? わっ、わたっ、私がッ!? 私と朝日様がデートッ!? ……ふっ、ふへ……ふへへへへ」
デート。たった三文字に秘められたあまりにも甘美な響き。五月の脳内一面にお花畑が広がる。だらしない口元に薄ら笑いを浮かべ、お花畑の世界へと旅立ってしまった。
そんな五月を避けるようにして店員がお冷を持ってくる。朝日は注文をすませ、お花つみ真っ最中の五月に声をかける。
「さ、五月さん……あ、あの大丈夫……ですか?」
「ふぇ? ……ハッ!? あっ、朝日様!? しっ、しし失礼しましたわ。ちょっと、ええ、世界経済について考えごとをしておりましたもので……オホホ」
考えごとと言う名の妄想である。
「え、と、あの……僕、大き目のパフェを頼んだので、五月さん。二人でいっしょに食べましょうね」
「あっ、私としたことが大変失礼しましたわ。殿方にご注文をさせしまうなんて……でも、素敵ですわね。二人でパフェえ゛えッ!?」ガツン! 「いっ、痛うううううううう―――っ!!」
反射的に立ち上がってしまい、五月は思いっきり膝をテーブルにぶつけた。
そう『大きなパフェを二人でシェアして食べる』、これはデートにおける定番の一つである。この世界におけるその破壊力はお察しいただくしかない。
ノーガード状態でビッグパンチを二つ貰い、五月はすでにKO寸前。だが毎度毎度、ただ意識を飛ばされていたわけではない。少しずつ耐性はついてきている。何よりもこのシチュエーションを逃すなど、淑女として決してあってはならないことなのだ!!
ここは極めて冷静に対処すべき場面である。
「んっ、ぷふっ、…………し、失礼しまひたわ……そうですわね。ぷはっ、……朝日様と私でパフェをひただく……よ、よ、よろしひのではなくてですわでございますかしら?」
鼻をおハンカチーフで上品にガードしながら、五月が淑女の意地を見せる。ハンカチに赤いシミが広がりつつあるが、これはやむを得ないであろう。
――それからしばらく(五月にとって)永遠とも思える待ち時間が過ぎ、店員がパフェを運んできた。
「お待たせしました。ジャンボチョコレートパ――ひいいいいぃっ!?」
パフェを持ってきた店員が絶叫に近い悲鳴を上げた。
「えっ!? な、何事ですの!?」
五月は店員の目線を確認。その視線の先、窓ガラスへと目を向ける。
「五月抜け駆け許すまじ! 絶許!!」
「うぉい、五月てめえっ!? 一人でいい目見ようとしてんじゃねええええええ!!」
そこにはまるでヤモリのようにガラスにべったりと張り付き、血の涙を流す深夜子と、よだれをたらしている梅。特に深夜子の迫力は言わずもがなで店員さん、トラウマ案件である。
結局、そのまま問答無用でなだれ込んで来た二人を加え、もう一つ同じパフェを注文して全員でおやつタイムとなった。もちろん、朝日とのペアを誰が組むかで揉めに揉めたのは言うまでもない。
――そんな四人が喫茶店を出てから進むこと約800メートル。
春日湊の商業区で屈指の高級店が並ぶ区域に入った。目的地はあるファッションビルに入っている店舗だ。朝日でも一目でわかる高級服飾店。五月は慣れた雰囲気で朝日を店内にエスコートする。
「本日、予約をした五月雨と申しますわ。店長はいらっしゃいまして?」
五月が声をかけると、店舗の責任者クラスと思われる女性店員が出てきて対応する。
「これは五月雨のお嬢様。お越しいただき感謝致します。すぐに店長を呼んで参りますので、しばしお待ちくださいませ。それと本日のお客様は、そちらの男せ――」
朝日の姿見た瞬間に目を見開き動きが止まる。
「――ひでこざひますね? ひばらくお待ひ下さひまへ」
が、さすがは高級店舗のスタッフ。すぐに立ち直って店長を呼びに行動へと移る。動揺からか、店の奥にたどり着くまでに数回陳列棚にぶつかって悲鳴を上げていた。
それから少しすると、店長と思われる女性が朝日たちのもとへやって来た。
「お久しぶりですわね。黒川店長」
「やあやあ、お嬢と会うのは三年ぶりかな? まさか春日湊に転勤して来てるとはね。驚いたよ」
五月に親しげに話しかけたのは、黒髪ショートボブの三十代前半に見える女性。少したれ目で色気を感じさせる顔立ちだ。
店長『黒川静香』は五月の母親とも旧知の間柄である。黒川の店舗は国内でも屈指の高級男性専門服飾ブランド店。今回、朝日の服を買い揃えると聞いた五月が、張り切って予約を取っていたのであった。
「それでは私がコーディネイトする男の子を紹介してくれるかな? スタッフの反応を見るに、聞いていた通りの美少年らしいね」
「ええ――あら? あっ、朝日様。本日、お召し物を揃えるお店の店長を紹介しますわ」
五月が声をかける。少し離れて商品を見ていた朝日が商品を棚に戻し、挨拶のため戻ってきた。
「こんにちは、店長さんですね。神崎朝日です。えと、僕はあまりファッションとか詳しくないので、今日はよろしくお願いします」
朝日の容姿と愛想に黒川は一瞬にして固まり、絶句して驚愕の表情を見せる。少しするとだんだん表情には笑みが浮かんでくる。そして突如、朝日の肩に震える手をかけた。
「ぼっ、ぼぼぼ坊や! よければ私の専属モデルにならないかい!? ウチの服は、ここにあるものはいくらでも好きなだけあげよう。気にいらなければ私が何でも作ろう。あっ……、そうだな年間報酬もいっせんま――」
「黒川店長、ストップ! いきなり何をおっしゃっておられますの!?」
興奮気味に早口でまくし立てる黒川の手を五月が払いのけ、冷たく言い放つ。
「おっと、いや、すまないお嬢。これは私としたことが、ついつい最高のモデルを見て興奮してしまったようだ。……さて、それでは神崎君。これは私の名刺だ。是非とも携帯の番号を――――おおうっ!? ちょっと、お譲、間接を極めるのは、止めて貰えないかな?」
それではと搦め手に変更するも、五月にきっちりアームロックされる。
「渡さなくて結構ですことよ」
「いやっはっはっは! つれないなぁ、お嬢は」
「黒川店長。ちゃんとお仕事をして下さいまし!」
「もちろんわかっているさ。まあ、まずは先入観なしで好きな物を選んでくれたまえ。夏物はおおよそ取り揃っている。あとは試着して貰いながらコーディネイトしよう」
しばらくは朝日と五月で服選びをすることになった。高級立地ではあるが、この店舗は中々に広さがある。深夜子と梅も店内で遠巻きに朝日を見ながら、商品をアレコレとながめている。
黒川も少し離れて、五月と朝日があれこれと服を見ては仲良く感想をかわしている様子を見ていた。しかし、だんだんと表情が訝しげに変わる。
本来、男性は朝日くらいの年頃だと非常に気難しい。母親の教育も一因となり、警護官であろうと女性に対して、こんな親密な振る舞いはありえない。確かにとても愛想のよい男性ではあったが……黒川は何か変だと感じて思案する。
ふと、ハッとしたような表情を見せた黒川は、少し躊躇いがちに、真剣な表情で五月にそっと声をかけた。
「ちょっと……いいかな? お嬢」
「はい? どうかされましたの?」
黒川は五月の腕を取り、朝日から身を隠すように後ろを向きヒソヒソと小声で続ける。
「お嬢、彼とは……その、いつもこんな感じなのかい?」
「えっ? ええ、もちろんですわよ。――あっ! でも、いつもの朝日様はもっと積極的で、もっと可愛らしくて、ちょっと私に甘えたりも……うふ、ふへ、うへへへ」
聞かれた質問が残念なツボに入ってしまい、自慢気に余計な本音を漏らしてしまう五月。それに対し、黒川は暗い表情で声を押し殺しながら耳打ちをした。
(お嬢……確かに正気を失なっても仕方の無い美少年だとは思うんだ……だが、その……クッ、クスリを使うのはマズいんじゃないかと――)
「はあああああああっ!? ちょ、ちょっと!? どどどうしてそうなるんですの!? しっ、失礼の限度を超えてますわよっ!? 朝日様はこれが素ですわ!!」
少しの間、もの凄い剣幕で反論し続ける五月と、なんとも納得いかない表情を続ける黒川であった。
しかし、そんな黒川も試着で朝日の相手をしばらくすると、これが本当に素であると理解できた。に、留まらず。あっという間にデレデレ状態。気を良くしてしまい、過剰サービスでのコーディネイトが始まってしまう。
さらには美少年の着せ替えという変な快感に目覚めた五月も悪ノリ。まるでファッションショーを呈してしまう朝日の試着会。それを遠目に見ていた梅が異変に気づく。
「ん? おい、深夜子やべぇぞ。ちっ、五月のヤツ……デレデレしやがって気づいてねえな?」
その異変。まずいことに店内にいた女性客が朝日に注目し始めた。その美貌に吸い寄せられ、女性が女性を呼んで、ついには店外からも女性が引き寄せられている。中にはこっそりとカメラやスマホを取り出して撮影を試みる者まで現れていた。
無論、朝日の写真を撮られてしまう事態は避けなければならない。
「ちっ、こりゃマズいな。いくぞ! 深夜――」
パシャッ! パシャシャ! 梅が駆け出そうとした瞬間! 朝日の前で一眼レフカメラのフラッシュと連射音が響いてしまった!!
「フオオオオオオオッ!! 朝日君! ギガ美しす! テラ尊す!」
「なんでてめぇが先頭切ってやがんだあああああああっ!?」
床に寝そべらんばかりのアクロバティックな体勢で、朝日の撮影を全力で行う深夜子の姿がそこにあった。
――さて、深夜子は梅に肘鉄をくらって頭から煙を上げ、正座反省中である。ただ、深夜子が真っ先に全力撮影会を始めたことで逆にギャラリーが躊躇し、結果オーライになったのが実に切ない。
その後、無事サイズ直しも終わって商品の精算時、朝日は違和感に気づく。今、レジで打たれている――例えば、Tシャツ一枚でも一万円に近い値段に見える。デニムなどはことごとくが数万円以上。自動翻訳されることで通貨の単位が違って見えるのか……それとも物価が違うのか……朝日は恐る恐る五月に確認する。
「あの……五月さん。これって全部で百二十万円であってますよね」
「はい? ええ、そうですわね」
嫌な予感がよぎる。
「ところで、お昼前に喫茶店で食べたパフェっていくらしましたっけ?」
「え? えーと、確か千八百円でしたわね。どうかなされまして?」
どうかなされました。
「ちょっ、ちょっと五月さん。いくらなんでも高級品過ぎですよ。僕、そんなお金ないですし。その、男性だからって……もったいなさすぎます。だから、もっと安い物でいいと思うんですけど……」
「はいっ!? 一体何をおっしゃられますの朝日様!? その……私にはわかりかねますが、少なくともこれは必要最低限ですの。それに国から出ている給付金。朝日様がお気になさる必要などありませんわ」
まったく問題なし。断言の五月である。
「い、いや。その金額が金額ですから……あっ、そうだ。僕がモデルのアルバイトをし――ひいっ!?」
アルバイトをします。そう言いかけた瞬間、五月にがっしりと両肩を掴まれた。その表情は今にも泣き出しそうである。鬼気迫る勢いに朝日もたじろぐ。
「あ、あさ、朝日様……い、今、なんと? なんとおっしゃいましたかっ!?」
「え、その……モデルのアルバイトをして……お金を――」
「許しませんっ!! 五月が決して許しませんっ!! このような殿方を食い物にしている輩相手に……ごっ、ごっ、ご自分のお身体を売るようなマネ! そんな悲しいことをおっしゃらないでくださいましっ、朝日様!!」
その身を震わせ、ついには涙を流しながら振り絞るように叫ぶ五月であった。
「おいこらーお譲ー? 君、相当に失礼なことを言ってるぞーー?」
全国の男性服専門店さんに謝るべきである。
「いや……その……それって税金ですよね。なんか申し訳ないっていうか……その」
五月の剣幕に気圧されたまま、朝日は苦笑いでぽつぽつと呟く。
「ハッ!? ……朝日様! わ、私、大切なことを忘れておりましたわ。この五月雨五月ともあろうものが……なんて失礼な――」
思案顔になっていた五月が、突然何かに気づいたような反応を見せた。どうやらわかって貰えたらしい? 朝日はホッと胸をなでおろす。
「ここは私が支払いますわ! 殿方の服は女性が買ってこそ花! 必要経費などと、危うく朝日様にとんでもない恥をかかせるところでしたわっ!!」
「ええええええっ!? さ、五月さんそれもっとダメぇ!!」
「大丈夫ですわ朝日様! とりあえず五百万ほど先払いしておきますから、ご心配なさらずに」
「ひえええっ!?」
何が大丈夫なのかはさておき。五月の実家は母親の五月雨新月が代表取締役を務める『五月雨ホールディングス』――IT事業を中心とした国内有数の大企業だ。彼女は五月雨家の長女なのだが、とある理由でMapsの道を選び今に至る。
ちなみに五月の預金残高は軽く億を超えており、超優良物件である。
席に座って、ふと窓の外に目をやると、街路樹に隠れる二つの影が見える。何やら恨みがましい視線に加え、呪いの声がインカムから漏れてきた……。まあ、見えなかったし、聞こえなかったことにする。そもそもOKサインを出したのは深夜子である。
「五月さん、すみません。お昼前におやつが食べたくなっちゃいまして……」
「いえいえ、お気になさらず。お好きなものをご注文してくださいませ」
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デート。たった三文字に秘められたあまりにも甘美な響き。五月の脳内一面にお花畑が広がる。だらしない口元に薄ら笑いを浮かべ、お花畑の世界へと旅立ってしまった。
そんな五月を避けるようにして店員がお冷を持ってくる。朝日は注文をすませ、お花つみ真っ最中の五月に声をかける。
「さ、五月さん……あ、あの大丈夫……ですか?」
「ふぇ? ……ハッ!? あっ、朝日様!? しっ、しし失礼しましたわ。ちょっと、ええ、世界経済について考えごとをしておりましたもので……オホホ」
考えごとと言う名の妄想である。
「え、と、あの……僕、大き目のパフェを頼んだので、五月さん。二人でいっしょに食べましょうね」
「あっ、私としたことが大変失礼しましたわ。殿方にご注文をさせしまうなんて……でも、素敵ですわね。二人でパフェえ゛えッ!?」ガツン! 「いっ、痛うううううううう―――っ!!」
反射的に立ち上がってしまい、五月は思いっきり膝をテーブルにぶつけた。
そう『大きなパフェを二人でシェアして食べる』、これはデートにおける定番の一つである。この世界におけるその破壊力はお察しいただくしかない。
ノーガード状態でビッグパンチを二つ貰い、五月はすでにKO寸前。だが毎度毎度、ただ意識を飛ばされていたわけではない。少しずつ耐性はついてきている。何よりもこのシチュエーションを逃すなど、淑女として決してあってはならないことなのだ!!
ここは極めて冷静に対処すべき場面である。
「んっ、ぷふっ、…………し、失礼しまひたわ……そうですわね。ぷはっ、……朝日様と私でパフェをひただく……よ、よ、よろしひのではなくてですわでございますかしら?」
鼻をおハンカチーフで上品にガードしながら、五月が淑女の意地を見せる。ハンカチに赤いシミが広がりつつあるが、これはやむを得ないであろう。
――それからしばらく(五月にとって)永遠とも思える待ち時間が過ぎ、店員がパフェを運んできた。
「お待たせしました。ジャンボチョコレートパ――ひいいいいぃっ!?」
パフェを持ってきた店員が絶叫に近い悲鳴を上げた。
「えっ!? な、何事ですの!?」
五月は店員の目線を確認。その視線の先、窓ガラスへと目を向ける。
「五月抜け駆け許すまじ! 絶許!!」
「うぉい、五月てめえっ!? 一人でいい目見ようとしてんじゃねええええええ!!」
そこにはまるでヤモリのようにガラスにべったりと張り付き、血の涙を流す深夜子と、よだれをたらしている梅。特に深夜子の迫力は言わずもがなで店員さん、トラウマ案件である。
結局、そのまま問答無用でなだれ込んで来た二人を加え、もう一つ同じパフェを注文して全員でおやつタイムとなった。もちろん、朝日とのペアを誰が組むかで揉めに揉めたのは言うまでもない。
――そんな四人が喫茶店を出てから進むこと約800メートル。
春日湊の商業区で屈指の高級店が並ぶ区域に入った。目的地はあるファッションビルに入っている店舗だ。朝日でも一目でわかる高級服飾店。五月は慣れた雰囲気で朝日を店内にエスコートする。
「本日、予約をした五月雨と申しますわ。店長はいらっしゃいまして?」
五月が声をかけると、店舗の責任者クラスと思われる女性店員が出てきて対応する。
「これは五月雨のお嬢様。お越しいただき感謝致します。すぐに店長を呼んで参りますので、しばしお待ちくださいませ。それと本日のお客様は、そちらの男せ――」
朝日の姿見た瞬間に目を見開き動きが止まる。
「――ひでこざひますね? ひばらくお待ひ下さひまへ」
が、さすがは高級店舗のスタッフ。すぐに立ち直って店長を呼びに行動へと移る。動揺からか、店の奥にたどり着くまでに数回陳列棚にぶつかって悲鳴を上げていた。
それから少しすると、店長と思われる女性が朝日たちのもとへやって来た。
「お久しぶりですわね。黒川店長」
「やあやあ、お嬢と会うのは三年ぶりかな? まさか春日湊に転勤して来てるとはね。驚いたよ」
五月に親しげに話しかけたのは、黒髪ショートボブの三十代前半に見える女性。少したれ目で色気を感じさせる顔立ちだ。
店長『黒川静香』は五月の母親とも旧知の間柄である。黒川の店舗は国内でも屈指の高級男性専門服飾ブランド店。今回、朝日の服を買い揃えると聞いた五月が、張り切って予約を取っていたのであった。
「それでは私がコーディネイトする男の子を紹介してくれるかな? スタッフの反応を見るに、聞いていた通りの美少年らしいね」
「ええ――あら? あっ、朝日様。本日、お召し物を揃えるお店の店長を紹介しますわ」
五月が声をかける。少し離れて商品を見ていた朝日が商品を棚に戻し、挨拶のため戻ってきた。
「こんにちは、店長さんですね。神崎朝日です。えと、僕はあまりファッションとか詳しくないので、今日はよろしくお願いします」
朝日の容姿と愛想に黒川は一瞬にして固まり、絶句して驚愕の表情を見せる。少しするとだんだん表情には笑みが浮かんでくる。そして突如、朝日の肩に震える手をかけた。
「ぼっ、ぼぼぼ坊や! よければ私の専属モデルにならないかい!? ウチの服は、ここにあるものはいくらでも好きなだけあげよう。気にいらなければ私が何でも作ろう。あっ……、そうだな年間報酬もいっせんま――」
「黒川店長、ストップ! いきなり何をおっしゃっておられますの!?」
興奮気味に早口でまくし立てる黒川の手を五月が払いのけ、冷たく言い放つ。
「おっと、いや、すまないお嬢。これは私としたことが、ついつい最高のモデルを見て興奮してしまったようだ。……さて、それでは神崎君。これは私の名刺だ。是非とも携帯の番号を――――おおうっ!? ちょっと、お譲、間接を極めるのは、止めて貰えないかな?」
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「もちろんわかっているさ。まあ、まずは先入観なしで好きな物を選んでくれたまえ。夏物はおおよそ取り揃っている。あとは試着して貰いながらコーディネイトしよう」
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本来、男性は朝日くらいの年頃だと非常に気難しい。母親の教育も一因となり、警護官であろうと女性に対して、こんな親密な振る舞いはありえない。確かにとても愛想のよい男性ではあったが……黒川は何か変だと感じて思案する。
ふと、ハッとしたような表情を見せた黒川は、少し躊躇いがちに、真剣な表情で五月にそっと声をかけた。
「ちょっと……いいかな? お嬢」
「はい? どうかされましたの?」
黒川は五月の腕を取り、朝日から身を隠すように後ろを向きヒソヒソと小声で続ける。
「お嬢、彼とは……その、いつもこんな感じなのかい?」
「えっ? ええ、もちろんですわよ。――あっ! でも、いつもの朝日様はもっと積極的で、もっと可愛らしくて、ちょっと私に甘えたりも……うふ、ふへ、うへへへ」
聞かれた質問が残念なツボに入ってしまい、自慢気に余計な本音を漏らしてしまう五月。それに対し、黒川は暗い表情で声を押し殺しながら耳打ちをした。
(お嬢……確かに正気を失なっても仕方の無い美少年だとは思うんだ……だが、その……クッ、クスリを使うのはマズいんじゃないかと――)
「はあああああああっ!? ちょ、ちょっと!? どどどうしてそうなるんですの!? しっ、失礼の限度を超えてますわよっ!? 朝日様はこれが素ですわ!!」
少しの間、もの凄い剣幕で反論し続ける五月と、なんとも納得いかない表情を続ける黒川であった。
しかし、そんな黒川も試着で朝日の相手をしばらくすると、これが本当に素であると理解できた。に、留まらず。あっという間にデレデレ状態。気を良くしてしまい、過剰サービスでのコーディネイトが始まってしまう。
さらには美少年の着せ替えという変な快感に目覚めた五月も悪ノリ。まるでファッションショーを呈してしまう朝日の試着会。それを遠目に見ていた梅が異変に気づく。
「ん? おい、深夜子やべぇぞ。ちっ、五月のヤツ……デレデレしやがって気づいてねえな?」
その異変。まずいことに店内にいた女性客が朝日に注目し始めた。その美貌に吸い寄せられ、女性が女性を呼んで、ついには店外からも女性が引き寄せられている。中にはこっそりとカメラやスマホを取り出して撮影を試みる者まで現れていた。
無論、朝日の写真を撮られてしまう事態は避けなければならない。
「ちっ、こりゃマズいな。いくぞ! 深夜――」
パシャッ! パシャシャ! 梅が駆け出そうとした瞬間! 朝日の前で一眼レフカメラのフラッシュと連射音が響いてしまった!!
「フオオオオオオオッ!! 朝日君! ギガ美しす! テラ尊す!」
「なんでてめぇが先頭切ってやがんだあああああああっ!?」
床に寝そべらんばかりのアクロバティックな体勢で、朝日の撮影を全力で行う深夜子の姿がそこにあった。
――さて、深夜子は梅に肘鉄をくらって頭から煙を上げ、正座反省中である。ただ、深夜子が真っ先に全力撮影会を始めたことで逆にギャラリーが躊躇し、結果オーライになったのが実に切ない。
その後、無事サイズ直しも終わって商品の精算時、朝日は違和感に気づく。今、レジで打たれている――例えば、Tシャツ一枚でも一万円に近い値段に見える。デニムなどはことごとくが数万円以上。自動翻訳されることで通貨の単位が違って見えるのか……それとも物価が違うのか……朝日は恐る恐る五月に確認する。
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「はい? ええ、そうですわね」
嫌な予感がよぎる。
「ところで、お昼前に喫茶店で食べたパフェっていくらしましたっけ?」
「え? えーと、確か千八百円でしたわね。どうかなされまして?」
どうかなされました。
「ちょっ、ちょっと五月さん。いくらなんでも高級品過ぎですよ。僕、そんなお金ないですし。その、男性だからって……もったいなさすぎます。だから、もっと安い物でいいと思うんですけど……」
「はいっ!? 一体何をおっしゃられますの朝日様!? その……私にはわかりかねますが、少なくともこれは必要最低限ですの。それに国から出ている給付金。朝日様がお気になさる必要などありませんわ」
まったく問題なし。断言の五月である。
「い、いや。その金額が金額ですから……あっ、そうだ。僕がモデルのアルバイトをし――ひいっ!?」
アルバイトをします。そう言いかけた瞬間、五月にがっしりと両肩を掴まれた。その表情は今にも泣き出しそうである。鬼気迫る勢いに朝日もたじろぐ。
「あ、あさ、朝日様……い、今、なんと? なんとおっしゃいましたかっ!?」
「え、その……モデルのアルバイトをして……お金を――」
「許しませんっ!! 五月が決して許しませんっ!! このような殿方を食い物にしている輩相手に……ごっ、ごっ、ご自分のお身体を売るようなマネ! そんな悲しいことをおっしゃらないでくださいましっ、朝日様!!」
その身を震わせ、ついには涙を流しながら振り絞るように叫ぶ五月であった。
「おいこらーお譲ー? 君、相当に失礼なことを言ってるぞーー?」
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「いや……その……それって税金ですよね。なんか申し訳ないっていうか……その」
五月の剣幕に気圧されたまま、朝日は苦笑いでぽつぽつと呟く。
「ハッ!? ……朝日様! わ、私、大切なことを忘れておりましたわ。この五月雨五月ともあろうものが……なんて失礼な――」
思案顔になっていた五月が、突然何かに気づいたような反応を見せた。どうやらわかって貰えたらしい? 朝日はホッと胸をなでおろす。
「ここは私が支払いますわ! 殿方の服は女性が買ってこそ花! 必要経費などと、危うく朝日様にとんでもない恥をかかせるところでしたわっ!!」
「ええええええっ!? さ、五月さんそれもっとダメぇ!!」
「大丈夫ですわ朝日様! とりあえず五百万ほど先払いしておきますから、ご心配なさらずに」
「ひえええっ!?」
何が大丈夫なのかはさておき。五月の実家は母親の五月雨新月が代表取締役を務める『五月雨ホールディングス』――IT事業を中心とした国内有数の大企業だ。彼女は五月雨家の長女なのだが、とある理由でMapsの道を選び今に至る。
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宮富タマジ
ファンタジー
アレンのスキルはたった一つ、『性行為』。職業は『愛の剣士』で、勇者パーティの中で唯一の男性だった。
聖都ラヴィリス王国から新たな魔王討伐任務を受けたパーティは、女勇者イリスを中心に数々の魔物を倒してきたが、突如アレンのスキル名が原因で不穏な空気が漂い始める。
「アレン、あなたのスキル『性行為』について、少し話したいことがあるの」
イリスが深刻な顔で切り出した。イリスはラベンダー色の髪を少し掻き上げ、他の女性メンバーに視線を向ける。彼女たちは皆、少なからず戸惑った表情を浮かべていた。
「……どうしたんだ、イリス?」
アレンのスキル『性行為』は、女性の愛の力を取り込み、戦闘中の力として変えることができるものだった。
だがその名の通り、スキル発動には女性の『愛』、それもかなりの性的な刺激が必要で、アレンのスキルをフルに発揮するためには、女性たちとの特別な愛の共有が必要だった。
そんなアレンが周りから違和感を抱かれることは、本人も薄々感じてはいた。
「あなたのスキル、なんだか、少し不快感を覚えるようになってきたのよ」
女勇者イリスが口にした言葉に、アレンの眉がぴくりと動く。
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