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第二章 どうやら美少年との日常は甘くて危険らしい
第十二話 はじめてのけいごにんむ
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「――こちらが朝日様専用のハザードマップですわ。危険度に合わせて青黄赤で分けてありますから、目をお通し下さいませ」
「あの……これ青い場所って、家のある壁に囲まれた区域以外には……ほんのちょっとしか無いんですけど?」
青が最も安全度の高い区域なのだが、朝日専用マップには住んでいる場所を除いて男性専用施設と商業施設の一部だけであった。
「ええ、これは『現在の朝日様専用』と言うことですわ。その……はっきり申しますと朝日様は殿方としての危機管理意識がかなり欠如されておれられますの。ですので、慣れるまではこちらでお願いしますわ」
しばらくは万全を期したいのだ。と申し訳なさそうに説明をする。もちろん、慣れてくれば青や黄色の区域を拡大するという意味である。
「うっ、そうかぁ……。でも仕方ないですよね……お任せします」
「ご理解いただけて何よりですわ。それでは本日は私が朝日様の身辺警護担当。深夜子さんと大和さんは私服で周辺警護担当になりますわ」
これに朝日が敏感に反応する。身辺警護と言えば、五月ら三人が常に朝日の回りを囲んでガードしているイメージだった。
「えっ? みんなでいっしょに移動しないんですか?」
「朝日様……いくら護衛と言っても、過度な殿方の拘束は許されませんの」
「あれだ。男性の権利だのなんだのって、うるせぇヤツが多いんだよ。そのくせ何かありゃ全部俺たちの責任だけどな……」
『男性権利保護委員会』
通称『男権』、行政機関の一つで、男性の権利を守る為の行政委員会である。この手の組織は独立した権限を持っており、そして例外なく面倒くさい。
朝日が疑問に思った件もまさに一例、警護官による身辺警護は男性に不要な圧迫感を与えてはならない。と言う条令がある。
指定区域内では、確実な危険が伴わない限り男性の近くに警護官は一人のみ、以外の警護官は男性が圧迫感を感じない程度に距離を置かなければならない。今日、五月以外が私服なのもその為である。
男性の権利を守ると言えば聞こえは良いが、実にダブルスタンダードな条令で梅が愚痴るのも仕方ない。
「え……と、僕は構いませんから、みんなでいっしょに歩きませんか?」
「……そういう訳にはいきませんの。Mapsもいくら警護対象が良いとおっしゃられても、守らなければならないルールがありますわ。それに家の中と違って外には人目もありますので……」申し訳なさそうに朝日を諭す。
「あっ……ご、ごめんなさい。初めてみんなと外出できると思って浮かれてました……」
五月のまじめな雰囲気を察した朝日が素直に謝る。だが、その残念そうにしゅんとした表情を見た瞬間に五月が鼻息を荒げた。
「ああっ、そんなっ、そんな悲しいお顔をされないで下さいませっ! 朝日様は何も悪くありませんわ。大丈夫ですの、朝日様には私がついておりますわ! ですので、何もご心配なされずに――そう、例え世界の全てが敵に回ろうとも、五月だけは朝日様の味方ですのっ!! それにすぐに慣れますわ。いえ、慣らせて見せますわっ、この――あうっ」
演説でもしているかのような五月の後頭部に、背後から手刀が落ちた。
「五月、アピール露骨すぎ」
「んなあっ? なんですっ……て、あら深夜子さん」
謎の理論を展開し、朝日に言い寄っていた五月への不満か。はたまた自分の不甲斐なさへの憤りか、不愉快そうにしながらも復活した深夜子であった。
その後、必要な説明を終え。四人は春日湊で最も大きな商業施設がある地区へ車で移動を開始する。
――現地到着。そして、初の警護任務となる本日。最大の目的は、朝日の服を購入することである。実は朝日が持っているのはこの世界に転移した時の服、つまり学生服のみだ。下着など最低限の手配はあったが、それ以外は現地調達となっていた。
「んと、朝日君。最初は好きにお散歩して、五月とあたしたちがついてくのに慣れて」
まずは朝日にMapsを連れて歩くことに慣れてもらうため、深夜子が自由行動をすすめる。
「あ、うん。深夜子さん、梅ちゃん。よろしくね」
「らじゃ」
「まかせときな」
「んじゃ五月、梅ちゃん、インカム準備」
準備をしながら離れて行く深夜子と梅を見送る朝日。よろしくとは言ったものの、心中には不満が残っていた。そもそも今日は、みんなと楽しくお出かけして買い物をする。これが朝日の想像であり理想であった。
ところが現実は五月しか側にいない。バリバリのスーツ姿で、必要時以外は距離を取って同行しているだけのお仕事モード。深夜子と梅に至っては、私服ではあるが会話すらできない距離である。
そんな、不満が顔に漏れていたのだろうか、出発直前そっと五月が朝日の側に寄ってきた。
「朝日様……やはり、ご不満ですか?」
「え……あっ、ご、ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃ」
気持ちを見透かされてしまった気がして、朝日は恥ずかしさに少し顔を伏せた。
(おっふおっはああああっ! な、ななななんなのですの? この可愛らしくいじらしい生き物はッッ! いやいやいや素敵な殿方に対して生き物などと失礼な、ああ、いけませんわ。五月雨五月! ここはしっかり、しっかりしなくては)
朝日は何気なしのつもりだが、見事に五月のハートキャッチ。荒ぶりそうな鼻息を強引に制御して冷静を装うために、しばし動きが止まる五月であった。
「あの……五月さん。どうかしましたか、もしかして怒って――」
「おりませんわっ、まっっっったく、怒ってなどおりませんわ! ともかく、朝日様のお気持ちはわかりましたわ」
「え……あ、はい」
少々鼻息が荒い五月に気おされる朝日。だが、何か歩みよりは見せてくれそうな気配も感じていた。
「――そそそそそそれでは、参りましょうか。ああああ朝日様」
「えーと、あのー、五月さん。どうして手をつないでいるんですか?」
困惑する朝日の左手を五月の右手が握っている。
「そっ、それは、その朝日様のご要望に……お答えを……」
自ら手をつないだわりには顔を真っ赤にして挙動不審な五月だ。
「んー、要望?」
全員でいっしょに買い物をしたり、とは思ったが何か方向が違う。それでも不器用ながら自分に気を使ってくれているのはわかる。ふと、昔を思い返せば一番上の姉と五月の姿が被る。そう言えば、よく姉はデートと称して自分をあちこちに引きずり回したものだ……そして、とある事も朝日は思い出した。
「あのっ、朝日様。けっ、けけけ決してやましいつもりなど無く……そう! そうですわっ、道にっ、この不確かな地で朝日様が道に迷わないように、と。私としましては――へっ」
手を離してあたふたとしている五月の右腕を、朝日がすばやく左腕で絡めとった。そのまま五月の手を取って、軽く指を交差させる。
「はいいっ!? あ、朝日様、こっ、こここれは?」
「そうですよね。せっかく、五月さんは僕の近くに居てくれるんですから。これくらいはいいですよね?」
まさかのカウンター。微笑みながら手をつないでくる美少年に五月、大混乱である。
「ふへ? いい? あああ? そう……よろしいですけれど――えっ? はっ!? あっ、あああ朝日様から……私に!?」
「昔、姉さんがよくこうしろって言ってたの思い出しました。ふふ」
そう、朝日の姉は自慢の美少年をこれ見よがしに連れまわし、手を繋いだり腕を組ませたりと中々の溺愛ぶりであった。そんな背景など知る良しもない五月だが、懐古の念にかられた朝日は遠慮なしであった。先ほど軽く指を絡めた手をきゅっと握りしめる。俗にいう恋人繋ぎ完成である。五月さんやったね!
「ちょぉおおおおおっ!? そっ、そそそれは、朝日様の指と五月の指ががががが、か、絡みあって? はわあっ、手っ、暖かっ、柔らかっ……ちょっ、ちょっ、ちょ――――」
五月の目の前が真っ白になった。先日のダメージが完全に抜けていないから? 否! 万全だったとしてもこれは無理だ。恐ろしいまでの多幸感に脳がしびれる。からめられた指、握りしめられた手、下半身の力がごっそりとそこに吸い取られていく。
「あふんっ」
その場でとろけるように五月は下半身から崩れていった。
「あっ、あれ知ってる。合気道の達人とかが良くやるヤツ」
「いやちげぇだろ!? それより朝日のヤツ何考えてんだ。あれじゃ警護もくそもねえぞ? つか、次回担当俺じゃねえかよ……耐えれる自信ねえぞ」
それを目の当たりにした深夜子と梅が思い思いの感想を口にする。
「ぐっ、それにしてもなんたるうらやま! なぜあたしは今日担当で無かったのか……」
「お前が決めた順番じゃねえか? って、お前あんな状態で警護できんのかよ?」
「三十秒なら耐えれる」
「意味ねえだろ? それ」
いまだに警護開始地点から1メートルすら移動できていない朝日様ご一行であった。
「――朝日様……大変な失態をお見せして申し訳ありませんでしたわ」
腰砕け状態から回復した五月は、ずれた眼鏡の位置を直しつつそう謝罪する。
「今度こそ、この私が、五月雨五月が、朝日様のご要望にできる限りお答えして見せますわ」
などと口に出してはみたが、朝日と恋人つなぎで警護任務をやりとげる自信はまったく無い。
「その……さすがに手をおつなぎして……と言うわけには……ちょっと、ゆきませんが……」
だんだん言葉の歯切れが悪くなっていく。
本音では手をつないで歩くと言う誘惑に、心が揺らぎまくっている。しかし、本日はバリバリのスーツ姿。さらに二十三歳と年齢差もそこそこ、学生服姿の朝日と手をつないで街中を歩きまわる……。冷静に考えたら、青少年犯罪真っ最中の絵面にしか思えなかった。無念。
最終的な妥協案として、朝日のすぐ隣に並んで歩き、会話などに応じる形で決着がついた。
(今日はここまでが精一杯! それでも、いつかは、いつかは必ず実現させてみせますわ……)
やっぱり手はつないで歩きたいんですね。
「え? 五月さん、今何か言われましたか?」
「ひいっ!? い、いえいえ。ひ、独り言ですわ。ささ、朝日様、それでは参りましょう」
そう言って、そそくさと歩き始める。それから街中を歩くことわずか数百メートル。やはり朝日は恐ろしく目立ってしまった。
春日湊に住んでいる女性たちは、一般の地域に比べて男性を目にする機会はずいぶん多い。だがしかし、道行く女性とって朝日は初めて目にする絶世の美少年である。
「ちょ、ちょっと、ちょっとちょっと? 何あの子……可愛すぎるんですけど?」
「ありえない……あんな男の子がこの世に存在するの? ……してるわね」
「どうなってんのこれ? 美少年ってレベルじゃねーぞ?」
朝日の容姿に驚愕し、すれ違いながらガン見するもの。
「何あれ……映画の撮影? ……特殊メイクじゃないの? ――ぐはぁ」
「天使……天使が歩いてるわ――ぐはぁ」
「ふつくしい――ぐはぁ」
朝日に目を奪われ、電柱やガードレールなどに激突するもの。
「警護担当うらやましすぎだろ常考」
「く、Mapsか、エリートか……爆発しろよ。ちくしょう」
「担当の女、ちょっと顔がいいからって……あっ、ただし美人に限るってヤツね……うん、死のう」
どす黒い怨念を込めた視線を五月にぶつけてくるもの、など盛りだくさんである。
だが、そんな視線を集めている五月はまったく気にしている様子がない。否、気にするどころでないのだ。
今、彼女の脳内は麻薬的な優越感に支配されていた。過去の警護任務で、確かに羨望の眼差しを受けていた経験はある。しかし、今回のそれは全く異質であった。
例えるなら、世界に一つだけしかない究極の宝石を見せびらかせながら歩く。そんな下卑た快感を感じてしまう。なんせ稀にすれ違う男性とその警護官すら、朝日の姿を見た瞬間に呆然となっている。
ちょっぴり調子に乗って街の案内を装い。朝日の肩に手を添え「さ、朝日様。こちらですわ」と、これみよがしに言ってみれば、周囲から大量の怨嗟と嫉妬が混じりあった羨望が注がれる。実に心地好い。愉悦とはまさにこの事である。
「ふっ……ふへっ……ふへへ……ぐへへへへへ」
無意識にだらしなく表情が崩れ、五月の口から出てはいけない笑い声がこぼれてしまう。
(じー)(じー)
「――――ハッ!?」
遠見にしている深夜子と梅からジリジリと刺さる視線が送られ、ハッと我にかえる。全身に寒気が走り、冷や汗が吹き出た。
五月は己の心理状況を認識して戦慄する。Mapsとして想定内の心理状態。教育の過程で理解し、影響されない訓練も充分に積んでいる。積んでいたはずだった。それがこのざまだ。五月は改めて朝日の規格外ぶりを認識し、心の中で自分を律する。
今回はあくまで初外出。まだ練習回であり、いずれ慣れるはずだと自分に言い聞かせる。こんなところで失敗はできない。五月の目標は警護任務を成功させることなのだから――。
「あの……これ青い場所って、家のある壁に囲まれた区域以外には……ほんのちょっとしか無いんですけど?」
青が最も安全度の高い区域なのだが、朝日専用マップには住んでいる場所を除いて男性専用施設と商業施設の一部だけであった。
「ええ、これは『現在の朝日様専用』と言うことですわ。その……はっきり申しますと朝日様は殿方としての危機管理意識がかなり欠如されておれられますの。ですので、慣れるまではこちらでお願いしますわ」
しばらくは万全を期したいのだ。と申し訳なさそうに説明をする。もちろん、慣れてくれば青や黄色の区域を拡大するという意味である。
「うっ、そうかぁ……。でも仕方ないですよね……お任せします」
「ご理解いただけて何よりですわ。それでは本日は私が朝日様の身辺警護担当。深夜子さんと大和さんは私服で周辺警護担当になりますわ」
これに朝日が敏感に反応する。身辺警護と言えば、五月ら三人が常に朝日の回りを囲んでガードしているイメージだった。
「えっ? みんなでいっしょに移動しないんですか?」
「朝日様……いくら護衛と言っても、過度な殿方の拘束は許されませんの」
「あれだ。男性の権利だのなんだのって、うるせぇヤツが多いんだよ。そのくせ何かありゃ全部俺たちの責任だけどな……」
『男性権利保護委員会』
通称『男権』、行政機関の一つで、男性の権利を守る為の行政委員会である。この手の組織は独立した権限を持っており、そして例外なく面倒くさい。
朝日が疑問に思った件もまさに一例、警護官による身辺警護は男性に不要な圧迫感を与えてはならない。と言う条令がある。
指定区域内では、確実な危険が伴わない限り男性の近くに警護官は一人のみ、以外の警護官は男性が圧迫感を感じない程度に距離を置かなければならない。今日、五月以外が私服なのもその為である。
男性の権利を守ると言えば聞こえは良いが、実にダブルスタンダードな条令で梅が愚痴るのも仕方ない。
「え……と、僕は構いませんから、みんなでいっしょに歩きませんか?」
「……そういう訳にはいきませんの。Mapsもいくら警護対象が良いとおっしゃられても、守らなければならないルールがありますわ。それに家の中と違って外には人目もありますので……」申し訳なさそうに朝日を諭す。
「あっ……ご、ごめんなさい。初めてみんなと外出できると思って浮かれてました……」
五月のまじめな雰囲気を察した朝日が素直に謝る。だが、その残念そうにしゅんとした表情を見た瞬間に五月が鼻息を荒げた。
「ああっ、そんなっ、そんな悲しいお顔をされないで下さいませっ! 朝日様は何も悪くありませんわ。大丈夫ですの、朝日様には私がついておりますわ! ですので、何もご心配なされずに――そう、例え世界の全てが敵に回ろうとも、五月だけは朝日様の味方ですのっ!! それにすぐに慣れますわ。いえ、慣らせて見せますわっ、この――あうっ」
演説でもしているかのような五月の後頭部に、背後から手刀が落ちた。
「五月、アピール露骨すぎ」
「んなあっ? なんですっ……て、あら深夜子さん」
謎の理論を展開し、朝日に言い寄っていた五月への不満か。はたまた自分の不甲斐なさへの憤りか、不愉快そうにしながらも復活した深夜子であった。
その後、必要な説明を終え。四人は春日湊で最も大きな商業施設がある地区へ車で移動を開始する。
――現地到着。そして、初の警護任務となる本日。最大の目的は、朝日の服を購入することである。実は朝日が持っているのはこの世界に転移した時の服、つまり学生服のみだ。下着など最低限の手配はあったが、それ以外は現地調達となっていた。
「んと、朝日君。最初は好きにお散歩して、五月とあたしたちがついてくのに慣れて」
まずは朝日にMapsを連れて歩くことに慣れてもらうため、深夜子が自由行動をすすめる。
「あ、うん。深夜子さん、梅ちゃん。よろしくね」
「らじゃ」
「まかせときな」
「んじゃ五月、梅ちゃん、インカム準備」
準備をしながら離れて行く深夜子と梅を見送る朝日。よろしくとは言ったものの、心中には不満が残っていた。そもそも今日は、みんなと楽しくお出かけして買い物をする。これが朝日の想像であり理想であった。
ところが現実は五月しか側にいない。バリバリのスーツ姿で、必要時以外は距離を取って同行しているだけのお仕事モード。深夜子と梅に至っては、私服ではあるが会話すらできない距離である。
そんな、不満が顔に漏れていたのだろうか、出発直前そっと五月が朝日の側に寄ってきた。
「朝日様……やはり、ご不満ですか?」
「え……あっ、ご、ごめんなさい。僕、そんなつもりじゃ」
気持ちを見透かされてしまった気がして、朝日は恥ずかしさに少し顔を伏せた。
(おっふおっはああああっ! な、ななななんなのですの? この可愛らしくいじらしい生き物はッッ! いやいやいや素敵な殿方に対して生き物などと失礼な、ああ、いけませんわ。五月雨五月! ここはしっかり、しっかりしなくては)
朝日は何気なしのつもりだが、見事に五月のハートキャッチ。荒ぶりそうな鼻息を強引に制御して冷静を装うために、しばし動きが止まる五月であった。
「あの……五月さん。どうかしましたか、もしかして怒って――」
「おりませんわっ、まっっっったく、怒ってなどおりませんわ! ともかく、朝日様のお気持ちはわかりましたわ」
「え……あ、はい」
少々鼻息が荒い五月に気おされる朝日。だが、何か歩みよりは見せてくれそうな気配も感じていた。
「――そそそそそそれでは、参りましょうか。ああああ朝日様」
「えーと、あのー、五月さん。どうして手をつないでいるんですか?」
困惑する朝日の左手を五月の右手が握っている。
「そっ、それは、その朝日様のご要望に……お答えを……」
自ら手をつないだわりには顔を真っ赤にして挙動不審な五月だ。
「んー、要望?」
全員でいっしょに買い物をしたり、とは思ったが何か方向が違う。それでも不器用ながら自分に気を使ってくれているのはわかる。ふと、昔を思い返せば一番上の姉と五月の姿が被る。そう言えば、よく姉はデートと称して自分をあちこちに引きずり回したものだ……そして、とある事も朝日は思い出した。
「あのっ、朝日様。けっ、けけけ決してやましいつもりなど無く……そう! そうですわっ、道にっ、この不確かな地で朝日様が道に迷わないように、と。私としましては――へっ」
手を離してあたふたとしている五月の右腕を、朝日がすばやく左腕で絡めとった。そのまま五月の手を取って、軽く指を交差させる。
「はいいっ!? あ、朝日様、こっ、こここれは?」
「そうですよね。せっかく、五月さんは僕の近くに居てくれるんですから。これくらいはいいですよね?」
まさかのカウンター。微笑みながら手をつないでくる美少年に五月、大混乱である。
「ふへ? いい? あああ? そう……よろしいですけれど――えっ? はっ!? あっ、あああ朝日様から……私に!?」
「昔、姉さんがよくこうしろって言ってたの思い出しました。ふふ」
そう、朝日の姉は自慢の美少年をこれ見よがしに連れまわし、手を繋いだり腕を組ませたりと中々の溺愛ぶりであった。そんな背景など知る良しもない五月だが、懐古の念にかられた朝日は遠慮なしであった。先ほど軽く指を絡めた手をきゅっと握りしめる。俗にいう恋人繋ぎ完成である。五月さんやったね!
「ちょぉおおおおおっ!? そっ、そそそれは、朝日様の指と五月の指ががががが、か、絡みあって? はわあっ、手っ、暖かっ、柔らかっ……ちょっ、ちょっ、ちょ――――」
五月の目の前が真っ白になった。先日のダメージが完全に抜けていないから? 否! 万全だったとしてもこれは無理だ。恐ろしいまでの多幸感に脳がしびれる。からめられた指、握りしめられた手、下半身の力がごっそりとそこに吸い取られていく。
「あふんっ」
その場でとろけるように五月は下半身から崩れていった。
「あっ、あれ知ってる。合気道の達人とかが良くやるヤツ」
「いやちげぇだろ!? それより朝日のヤツ何考えてんだ。あれじゃ警護もくそもねえぞ? つか、次回担当俺じゃねえかよ……耐えれる自信ねえぞ」
それを目の当たりにした深夜子と梅が思い思いの感想を口にする。
「ぐっ、それにしてもなんたるうらやま! なぜあたしは今日担当で無かったのか……」
「お前が決めた順番じゃねえか? って、お前あんな状態で警護できんのかよ?」
「三十秒なら耐えれる」
「意味ねえだろ? それ」
いまだに警護開始地点から1メートルすら移動できていない朝日様ご一行であった。
「――朝日様……大変な失態をお見せして申し訳ありませんでしたわ」
腰砕け状態から回復した五月は、ずれた眼鏡の位置を直しつつそう謝罪する。
「今度こそ、この私が、五月雨五月が、朝日様のご要望にできる限りお答えして見せますわ」
などと口に出してはみたが、朝日と恋人つなぎで警護任務をやりとげる自信はまったく無い。
「その……さすがに手をおつなぎして……と言うわけには……ちょっと、ゆきませんが……」
だんだん言葉の歯切れが悪くなっていく。
本音では手をつないで歩くと言う誘惑に、心が揺らぎまくっている。しかし、本日はバリバリのスーツ姿。さらに二十三歳と年齢差もそこそこ、学生服姿の朝日と手をつないで街中を歩きまわる……。冷静に考えたら、青少年犯罪真っ最中の絵面にしか思えなかった。無念。
最終的な妥協案として、朝日のすぐ隣に並んで歩き、会話などに応じる形で決着がついた。
(今日はここまでが精一杯! それでも、いつかは、いつかは必ず実現させてみせますわ……)
やっぱり手はつないで歩きたいんですね。
「え? 五月さん、今何か言われましたか?」
「ひいっ!? い、いえいえ。ひ、独り言ですわ。ささ、朝日様、それでは参りましょう」
そう言って、そそくさと歩き始める。それから街中を歩くことわずか数百メートル。やはり朝日は恐ろしく目立ってしまった。
春日湊に住んでいる女性たちは、一般の地域に比べて男性を目にする機会はずいぶん多い。だがしかし、道行く女性とって朝日は初めて目にする絶世の美少年である。
「ちょ、ちょっと、ちょっとちょっと? 何あの子……可愛すぎるんですけど?」
「ありえない……あんな男の子がこの世に存在するの? ……してるわね」
「どうなってんのこれ? 美少年ってレベルじゃねーぞ?」
朝日の容姿に驚愕し、すれ違いながらガン見するもの。
「何あれ……映画の撮影? ……特殊メイクじゃないの? ――ぐはぁ」
「天使……天使が歩いてるわ――ぐはぁ」
「ふつくしい――ぐはぁ」
朝日に目を奪われ、電柱やガードレールなどに激突するもの。
「警護担当うらやましすぎだろ常考」
「く、Mapsか、エリートか……爆発しろよ。ちくしょう」
「担当の女、ちょっと顔がいいからって……あっ、ただし美人に限るってヤツね……うん、死のう」
どす黒い怨念を込めた視線を五月にぶつけてくるもの、など盛りだくさんである。
だが、そんな視線を集めている五月はまったく気にしている様子がない。否、気にするどころでないのだ。
今、彼女の脳内は麻薬的な優越感に支配されていた。過去の警護任務で、確かに羨望の眼差しを受けていた経験はある。しかし、今回のそれは全く異質であった。
例えるなら、世界に一つだけしかない究極の宝石を見せびらかせながら歩く。そんな下卑た快感を感じてしまう。なんせ稀にすれ違う男性とその警護官すら、朝日の姿を見た瞬間に呆然となっている。
ちょっぴり調子に乗って街の案内を装い。朝日の肩に手を添え「さ、朝日様。こちらですわ」と、これみよがしに言ってみれば、周囲から大量の怨嗟と嫉妬が混じりあった羨望が注がれる。実に心地好い。愉悦とはまさにこの事である。
「ふっ……ふへっ……ふへへ……ぐへへへへへ」
無意識にだらしなく表情が崩れ、五月の口から出てはいけない笑い声がこぼれてしまう。
(じー)(じー)
「――――ハッ!?」
遠見にしている深夜子と梅からジリジリと刺さる視線が送られ、ハッと我にかえる。全身に寒気が走り、冷や汗が吹き出た。
五月は己の心理状況を認識して戦慄する。Mapsとして想定内の心理状態。教育の過程で理解し、影響されない訓練も充分に積んでいる。積んでいたはずだった。それがこのざまだ。五月は改めて朝日の規格外ぶりを認識し、心の中で自分を律する。
今回はあくまで初外出。まだ練習回であり、いずれ慣れるはずだと自分に言い聞かせる。こんなところで失敗はできない。五月の目標は警護任務を成功させることなのだから――。
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