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第一章 着任します!男性保護特務警護官
第四話 この世界へ来て
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「うーん。元の世界に戻るために何か……もあやふやだし。毎日が日曜日って、嬉しいような悲しいような。いざこうなると悩みますね」
「この街には男性専用の娯楽施設やスポーツジムとかもある。他には家でゲーム! ゲームならなんでも深夜子さんにおまかせ! バッチこい!」
深夜子の目がキラン! と輝く。
「そっか、男性福祉対応の街でしたね。ところで、ゲームは深夜子さんの趣味ですか?」
「ふふふ、モチのロン。格闘ゲー中心にオンライン対戦系もほぼ全機種網羅。あたしのコレクションをその目に――」
「それって深夜子さんが遊びたいだけですよね?」
「ソンナコトナイヨー」
朝日のツッコミに深夜子の目が泳ぐ。
「……ところで、深夜子さん」
「ん、何?」
「さっきから気になってるんですけど……どうして僕の横にぴったりくっついているんですか?」
さも当たり前のように、深夜子はソファーで朝日と隣あわせに座っている。
「はわっ! そ、それは……い、いいにおいで……」
「えっ、におい?」
ワンアウト。
「い、いいいや、その、む……無意識に!」
「無意識? それはそれでヤバくないですか?」
ツーアウト。
「うぼあー。ぼ、墓穴っ、墓穴ぅ!」
深夜子が横で頭を抱えて苦悩する。それを見て苦笑いをするしかない朝日。この数日で理解したつもりではいたが、全然そんなことはなかった。やはり男女間の感覚の違いに戸惑いを覚える。
仮に、朝日がこの世界の女性に手を出すのは簡単。ではなく、油断すれば手を出される側である。それでもさして問題ないと思えてしまう健全な日本の男子高校生だが、色々とこの世界の事情を知れば踏み込むのはさすがに躊躇われる。
何より、好きでも無い複数の女性と強制的に婚姻させられて帰化。元の世界に戻れる可能性がゼロになる事態は避けたかった。
「あはは、深夜子さん。そんなに慌てなくても僕は気にしてないから大丈夫ですよ」
まったく強く言った覚えもないのに、深夜子は顔を真っ青にしているので安心するように声をかける。
「ふえっ、ほんとっ? う、訴えたりとかでなく」
「はい? なんでこれだけで訴えるんですか?」
それがありえちゃうのがこの世界である。
「ほんとに? ふぉわあああああ! なんたる慈悲深さ。ハッ!? と言うことは、少しくらいな――」
「だから僕のことを押し倒したりはしないで下さいね」
その一言と同時に朝日がジトッと視線を送る。
「はひいっ!?」
瞬間、深夜子が弾けるようにソファーから飛び跳ねた。空中で一回転し、ずざざーっ! と正座のまま床に着地する。器用ですね。
「しっ、しないっ、しない!! そ、そそそれに、Mapsが無理矢理朝日君に手を出したら職業的でなく社会的に抹殺確定だから」
「えええ? はぁ……なんか、大変なんですね」
そんなやり取りをしばらく続けていると、朝日も深夜子の反応がだんだんと面白くなってきた。ふと、軽い気分でいたずらを思いつく。
「あっ、そうだ。深夜子さん、そういえば僕の身辺警護って二十四時間体制なんですよね?」
離れてソファーに座った深夜子に逆に擦り寄ってみる。
「おひょ? はへっ、え、ちょっ、近っ――あ、あああ、そ、そう。二十四時間」
「ふーん。じゃあ、深夜子さんも基本は僕といっしょに生活するんですよね」
肩と肩をちょっと触れさせてみたり。
「おほひょう!? あ、当っ、ん……いいにお――じゃなくて、そそそう、うんうんうんうん」
「それで他の警護官の人たちは、明日以降の着任でしたよね?」
「うんうんうんうんう―――へっ!?」
だんだん理解の追いつかなくなった深夜子が固まって朝日を見つめてきた。ここだ!!
朝日はわずかばかりの恥じらいを含ませ、とびっきりの笑顔を深夜子に向けた。
「じゃあ、今夜は僕と二人っきりですね!」
「……………………ふえっ?」
どっっ、ジュウッッッッッッ!!!
煮えたぎる溶岩に大量の水をかけたかのような勢いで、深夜子の顔が耳まで真っ赤に染まっていく。
「あ」
「あああ」
「ああああああさひきゅん!? な、なにおおおお――ぷっっしゅーー」
暗転。本日ニ度目の轟沈。
大変申し訳ありませんが、復旧までしばらくお待ちください。
「――深夜子さん、ごめんなさい。ちょっと悪ふざけしちゃいました。ほんとごめんなさい」
「手加減……希望……亡くなったお祖母ちゃんに……再会した……」
まさに息も絶え絶えである。
なんとか復活した深夜子にイタズラを謝る朝日であったが、謝られている本人はそれどころではない。ぶっちゃけこんな状態で、美少年と一晩二人きりとか精神が持たない。倫理的に。きっと今夜は眠れない。
先ほどスマホに、二人目の到着予定は明日の午前八時頃と通知が来ていた。はやくあしたになーれ、と思う深夜子であった。
「しぇ、しぇちゅめいにょちゅぢゅきうぉ……(せ、説明の続きを……)」
「深夜子さん。だ、大丈夫ですか?」
そして見事なまでグダグダになっていた。朝日の顔を見ては、顔を真っ赤にしてクッションに押し付けるの繰り返しである。これは無理だと感じた朝日は気を使って、早めに夕食をとり、今日はもう休むことを提案する。
「むう。なんか申し訳ない」
「いえ。僕も少し疲れてるから、ちょうど良かったです」
説明半分。職務消化不良。深夜子としては不本意だが、今の状態では仕方がない。しょんぼりとしながら朝日の気遣いを受け入れた。そうと決まれば手早く出前を手配する。二人は食事、続けて風呂ををすませた。
「それじゃ、深夜子さん。おやすみなさい」
「うん。朝日君お疲れ様。おやすみ」
ひと息ついてから、それぞれの部屋へと移動する。朝日は寝室に入ると、すぐにベッドに寝転がった。何気なく天井の模様を見つめていると、視界に入る蛍光灯の光が目にしみてしまう。スッと目を閉じて、深呼吸をする。すると頭の中にニ日前、矢地とやり取りした記憶がぼんやりと浮かぶ。
『無論、我々も君を元の世界に帰してあげたい。だが、今までの話から推測するに、君の世界と我々の世界の文化や科学水準はほぼ同等と思われるんだ。つまり……その……言いにくいんだが、君が巻きこまれた状況は……我々の理解も超えている。……最大限の努力はさせてもらうが――』
『わかり……ます。難しいんですよね? ……僕が元いた世界に帰ることが』
『……すまない。現状では困難と言わざるを得ない。その代わりというわけでもないが、男性である君は我々にとって完全な保護対象だ。今後の安全……そして、充分な生活環境は間違いなく保証できる』
『そう……でしたね……仕方ない。……いや、感謝するべき……ですよね』
『そう言ってもらえると助かるよ。君は国際規定文化圏外国人として扱われる。これから一年間は我々の保護下で生活してもらうことになる。その後に帰化。または別の法的手続きが適用されて国民として迎えいれさせて――と言っても今はまだ気にしなくて結構だ。まずはこちらの文化に慣れてくれたまえ』
『はは……慣れるって! 矢地さん? 例えば、僕たちの世界で重婚は犯罪ですよ? 他のことだって――はいそうですか、慣れました。なんて思える気がしないですよ……』
『神崎君。厳しいことを言ってすまないが、それはお互い様なんだ。こちらからすれば、なんのことはない当たり前の話――だが、君にとっては酷なことなんだろうな……重ね重ねすまないとは思う。今はここまでしかできないのを許して欲しい。しつこいようだが、君が元の世界に帰還するための協力は惜しまない。調査も継続する。そこは信じてくれたまえ』
――現実はなかなかに厳しい。
「面倒見るかわりに……ってことなんだろうなぁ……」
快適な生活環境を提供する代わりに自分の身体を差しだせ。朝日はそう言われた気がしていた。
「ほんと……異世界って言ってもコレは無いよ。どうせなら、ファンタジー世界に転移してチート能力があって無双してハーレムでしょ? 普通のテンプレはさ……」
自嘲気味につぶやく。この世界で朝日の立場は貴重な男性である。しかし何か特別な力があるわけでもなく、ただの保護対象なのだ。あまり好きではない自身の容姿がもてはやされるのだけが、わずかな救いであった。
――神崎朝日は特別でも何でもない。普通の高校生だ。
世間で言う普通と違う点。強いてあげるなら、母子家庭で母と二人の姉の四人暮らしだったこと。それと中性的で美しい容姿の二点である。
二人の姉による悪ふざけもあって、中学生までは所謂男の娘的な扱いをされることが多かった。かといって特にトラブルがあったわけでもない。学校生活も普通だった。
環境が変わったのは高校生になってからだ。高校生活はあまり良いとは言えないものであった。朝日は二次性徴後も外見があまり変わらず。何よりもその中世的な容姿の見栄えが良すぎた。だんだんと男子からはからかわれるネタにされ、女子の一部から腫れ物的扱いを受け始めた。
元々あまり活発ではなく、優しくておとなしい性格の朝日はそれに反発して自己確立をすることもできなかった。人の顔色をうかがい、愛想を良くして身を守ることを心がけるようになってしまう。自ずと友人やクラスメイトたちとの距離も離れる。休日でも自分の部屋にこもってゲームをしたり、小説や漫画を読んで過ごす時間が多くなっていった。
そんな微妙な高校生活を送りながら、気がつけば一年が経過して二年生になった。まあ、だからと言って何も変らない。ただ日常が続くだけだった――――五月。とある日の学校の帰り道まで。
その日、交差点で突然飛び出してきたトラックと朝日は鉢合わせた。そう、異世界転移と言えば皆さんお待ちかねのトラックである。
――それはともかく。
跳ねられた。そう思ったのだが、なんとトラックは朝日をすり抜けていった。そして違和感に気づく。いつの間にか交差点ではなく、淡い光に包まれたトンネルのような場所に立っていた。
自分に身に何が起こったのか理解できない。それでも何かに引き寄せられるようにフラフラと歩いてトンネルを抜ける。そこは色々な機械がところ狭しと置かれている部屋の中であった。
朝日が転移した先――曙区にある医学研究施設の地下区域。現在は使用されていない施設の一室であった。当然そこがどこであるかなど朝日には見当もつかない。とは言え、いつまでも同じ場所にいても仕方ないと考え、またフラフラと歩き始める。幸いにも建物は複雑な構造ではなかったので、すぐに建物の職員と思われる人々が行き交うメインロビーに出ることができた。
とにかく人がいることに安心する朝日。対して、あわを食ったのは施設の職員たちである。突然どこからともかく貴重な男性が現れた。しかも、非の打ち所が無い容姿の美少年だ。近くにいた職員と関係者を含めて軽いパニックが発生した。
あっという間に朝日は女性たちに囲まれた。まるで目がハートマークになっているのかと錯覚できるほどの熱い視線も向けられる。だんだんと恐怖を感じ始めたが、勇気を出して一人の女性に道に迷っていることを告げた――。
朝日には知るよしもないが、結果からすれば転移した場所も含めて非常に運が良かったのだ。その場所は男性にとって危険の少ない医療関係の施設。話しかけた女性は施設の責任者で、すぐに事態を収拾してくれた。その後、男性保護省という聞きなれない施設に連れて行かれ、保護されることになるのであった。
「この街には男性専用の娯楽施設やスポーツジムとかもある。他には家でゲーム! ゲームならなんでも深夜子さんにおまかせ! バッチこい!」
深夜子の目がキラン! と輝く。
「そっか、男性福祉対応の街でしたね。ところで、ゲームは深夜子さんの趣味ですか?」
「ふふふ、モチのロン。格闘ゲー中心にオンライン対戦系もほぼ全機種網羅。あたしのコレクションをその目に――」
「それって深夜子さんが遊びたいだけですよね?」
「ソンナコトナイヨー」
朝日のツッコミに深夜子の目が泳ぐ。
「……ところで、深夜子さん」
「ん、何?」
「さっきから気になってるんですけど……どうして僕の横にぴったりくっついているんですか?」
さも当たり前のように、深夜子はソファーで朝日と隣あわせに座っている。
「はわっ! そ、それは……い、いいにおいで……」
「えっ、におい?」
ワンアウト。
「い、いいいや、その、む……無意識に!」
「無意識? それはそれでヤバくないですか?」
ツーアウト。
「うぼあー。ぼ、墓穴っ、墓穴ぅ!」
深夜子が横で頭を抱えて苦悩する。それを見て苦笑いをするしかない朝日。この数日で理解したつもりではいたが、全然そんなことはなかった。やはり男女間の感覚の違いに戸惑いを覚える。
仮に、朝日がこの世界の女性に手を出すのは簡単。ではなく、油断すれば手を出される側である。それでもさして問題ないと思えてしまう健全な日本の男子高校生だが、色々とこの世界の事情を知れば踏み込むのはさすがに躊躇われる。
何より、好きでも無い複数の女性と強制的に婚姻させられて帰化。元の世界に戻れる可能性がゼロになる事態は避けたかった。
「あはは、深夜子さん。そんなに慌てなくても僕は気にしてないから大丈夫ですよ」
まったく強く言った覚えもないのに、深夜子は顔を真っ青にしているので安心するように声をかける。
「ふえっ、ほんとっ? う、訴えたりとかでなく」
「はい? なんでこれだけで訴えるんですか?」
それがありえちゃうのがこの世界である。
「ほんとに? ふぉわあああああ! なんたる慈悲深さ。ハッ!? と言うことは、少しくらいな――」
「だから僕のことを押し倒したりはしないで下さいね」
その一言と同時に朝日がジトッと視線を送る。
「はひいっ!?」
瞬間、深夜子が弾けるようにソファーから飛び跳ねた。空中で一回転し、ずざざーっ! と正座のまま床に着地する。器用ですね。
「しっ、しないっ、しない!! そ、そそそれに、Mapsが無理矢理朝日君に手を出したら職業的でなく社会的に抹殺確定だから」
「えええ? はぁ……なんか、大変なんですね」
そんなやり取りをしばらく続けていると、朝日も深夜子の反応がだんだんと面白くなってきた。ふと、軽い気分でいたずらを思いつく。
「あっ、そうだ。深夜子さん、そういえば僕の身辺警護って二十四時間体制なんですよね?」
離れてソファーに座った深夜子に逆に擦り寄ってみる。
「おひょ? はへっ、え、ちょっ、近っ――あ、あああ、そ、そう。二十四時間」
「ふーん。じゃあ、深夜子さんも基本は僕といっしょに生活するんですよね」
肩と肩をちょっと触れさせてみたり。
「おほひょう!? あ、当っ、ん……いいにお――じゃなくて、そそそう、うんうんうんうん」
「それで他の警護官の人たちは、明日以降の着任でしたよね?」
「うんうんうんうんう―――へっ!?」
だんだん理解の追いつかなくなった深夜子が固まって朝日を見つめてきた。ここだ!!
朝日はわずかばかりの恥じらいを含ませ、とびっきりの笑顔を深夜子に向けた。
「じゃあ、今夜は僕と二人っきりですね!」
「……………………ふえっ?」
どっっ、ジュウッッッッッッ!!!
煮えたぎる溶岩に大量の水をかけたかのような勢いで、深夜子の顔が耳まで真っ赤に染まっていく。
「あ」
「あああ」
「ああああああさひきゅん!? な、なにおおおお――ぷっっしゅーー」
暗転。本日ニ度目の轟沈。
大変申し訳ありませんが、復旧までしばらくお待ちください。
「――深夜子さん、ごめんなさい。ちょっと悪ふざけしちゃいました。ほんとごめんなさい」
「手加減……希望……亡くなったお祖母ちゃんに……再会した……」
まさに息も絶え絶えである。
なんとか復活した深夜子にイタズラを謝る朝日であったが、謝られている本人はそれどころではない。ぶっちゃけこんな状態で、美少年と一晩二人きりとか精神が持たない。倫理的に。きっと今夜は眠れない。
先ほどスマホに、二人目の到着予定は明日の午前八時頃と通知が来ていた。はやくあしたになーれ、と思う深夜子であった。
「しぇ、しぇちゅめいにょちゅぢゅきうぉ……(せ、説明の続きを……)」
「深夜子さん。だ、大丈夫ですか?」
そして見事なまでグダグダになっていた。朝日の顔を見ては、顔を真っ赤にしてクッションに押し付けるの繰り返しである。これは無理だと感じた朝日は気を使って、早めに夕食をとり、今日はもう休むことを提案する。
「むう。なんか申し訳ない」
「いえ。僕も少し疲れてるから、ちょうど良かったです」
説明半分。職務消化不良。深夜子としては不本意だが、今の状態では仕方がない。しょんぼりとしながら朝日の気遣いを受け入れた。そうと決まれば手早く出前を手配する。二人は食事、続けて風呂ををすませた。
「それじゃ、深夜子さん。おやすみなさい」
「うん。朝日君お疲れ様。おやすみ」
ひと息ついてから、それぞれの部屋へと移動する。朝日は寝室に入ると、すぐにベッドに寝転がった。何気なく天井の模様を見つめていると、視界に入る蛍光灯の光が目にしみてしまう。スッと目を閉じて、深呼吸をする。すると頭の中にニ日前、矢地とやり取りした記憶がぼんやりと浮かぶ。
『無論、我々も君を元の世界に帰してあげたい。だが、今までの話から推測するに、君の世界と我々の世界の文化や科学水準はほぼ同等と思われるんだ。つまり……その……言いにくいんだが、君が巻きこまれた状況は……我々の理解も超えている。……最大限の努力はさせてもらうが――』
『わかり……ます。難しいんですよね? ……僕が元いた世界に帰ることが』
『……すまない。現状では困難と言わざるを得ない。その代わりというわけでもないが、男性である君は我々にとって完全な保護対象だ。今後の安全……そして、充分な生活環境は間違いなく保証できる』
『そう……でしたね……仕方ない。……いや、感謝するべき……ですよね』
『そう言ってもらえると助かるよ。君は国際規定文化圏外国人として扱われる。これから一年間は我々の保護下で生活してもらうことになる。その後に帰化。または別の法的手続きが適用されて国民として迎えいれさせて――と言っても今はまだ気にしなくて結構だ。まずはこちらの文化に慣れてくれたまえ』
『はは……慣れるって! 矢地さん? 例えば、僕たちの世界で重婚は犯罪ですよ? 他のことだって――はいそうですか、慣れました。なんて思える気がしないですよ……』
『神崎君。厳しいことを言ってすまないが、それはお互い様なんだ。こちらからすれば、なんのことはない当たり前の話――だが、君にとっては酷なことなんだろうな……重ね重ねすまないとは思う。今はここまでしかできないのを許して欲しい。しつこいようだが、君が元の世界に帰還するための協力は惜しまない。調査も継続する。そこは信じてくれたまえ』
――現実はなかなかに厳しい。
「面倒見るかわりに……ってことなんだろうなぁ……」
快適な生活環境を提供する代わりに自分の身体を差しだせ。朝日はそう言われた気がしていた。
「ほんと……異世界って言ってもコレは無いよ。どうせなら、ファンタジー世界に転移してチート能力があって無双してハーレムでしょ? 普通のテンプレはさ……」
自嘲気味につぶやく。この世界で朝日の立場は貴重な男性である。しかし何か特別な力があるわけでもなく、ただの保護対象なのだ。あまり好きではない自身の容姿がもてはやされるのだけが、わずかな救いであった。
――神崎朝日は特別でも何でもない。普通の高校生だ。
世間で言う普通と違う点。強いてあげるなら、母子家庭で母と二人の姉の四人暮らしだったこと。それと中性的で美しい容姿の二点である。
二人の姉による悪ふざけもあって、中学生までは所謂男の娘的な扱いをされることが多かった。かといって特にトラブルがあったわけでもない。学校生活も普通だった。
環境が変わったのは高校生になってからだ。高校生活はあまり良いとは言えないものであった。朝日は二次性徴後も外見があまり変わらず。何よりもその中世的な容姿の見栄えが良すぎた。だんだんと男子からはからかわれるネタにされ、女子の一部から腫れ物的扱いを受け始めた。
元々あまり活発ではなく、優しくておとなしい性格の朝日はそれに反発して自己確立をすることもできなかった。人の顔色をうかがい、愛想を良くして身を守ることを心がけるようになってしまう。自ずと友人やクラスメイトたちとの距離も離れる。休日でも自分の部屋にこもってゲームをしたり、小説や漫画を読んで過ごす時間が多くなっていった。
そんな微妙な高校生活を送りながら、気がつけば一年が経過して二年生になった。まあ、だからと言って何も変らない。ただ日常が続くだけだった――――五月。とある日の学校の帰り道まで。
その日、交差点で突然飛び出してきたトラックと朝日は鉢合わせた。そう、異世界転移と言えば皆さんお待ちかねのトラックである。
――それはともかく。
跳ねられた。そう思ったのだが、なんとトラックは朝日をすり抜けていった。そして違和感に気づく。いつの間にか交差点ではなく、淡い光に包まれたトンネルのような場所に立っていた。
自分に身に何が起こったのか理解できない。それでも何かに引き寄せられるようにフラフラと歩いてトンネルを抜ける。そこは色々な機械がところ狭しと置かれている部屋の中であった。
朝日が転移した先――曙区にある医学研究施設の地下区域。現在は使用されていない施設の一室であった。当然そこがどこであるかなど朝日には見当もつかない。とは言え、いつまでも同じ場所にいても仕方ないと考え、またフラフラと歩き始める。幸いにも建物は複雑な構造ではなかったので、すぐに建物の職員と思われる人々が行き交うメインロビーに出ることができた。
とにかく人がいることに安心する朝日。対して、あわを食ったのは施設の職員たちである。突然どこからともかく貴重な男性が現れた。しかも、非の打ち所が無い容姿の美少年だ。近くにいた職員と関係者を含めて軽いパニックが発生した。
あっという間に朝日は女性たちに囲まれた。まるで目がハートマークになっているのかと錯覚できるほどの熱い視線も向けられる。だんだんと恐怖を感じ始めたが、勇気を出して一人の女性に道に迷っていることを告げた――。
朝日には知るよしもないが、結果からすれば転移した場所も含めて非常に運が良かったのだ。その場所は男性にとって危険の少ない医療関係の施設。話しかけた女性は施設の責任者で、すぐに事態を収拾してくれた。その後、男性保護省という聞きなれない施設に連れて行かれ、保護されることになるのであった。
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