ご主人様はキム・ヨウォン

Yuri Kim

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第一章 終わりは始まり

episode2

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吐く息が白く空に消えていく。
まさきとあの女性を見てからもうどれくらいの時間が過ぎたのかわからないが、周りは人通りもまばらになってきていた。

あれから、私は呆然と立ち尽くしていた。

『その人はだれ?』
『どんな関係なの?』
『いつ知り合ったの?』
『私との関係はなんなの?』

頭の中はぐるぐる、まさきに聞きたいことが回っている。
涙で濡れた頬を、韓国の冷たい風が撫でていくと、少しだけ頭が冴えた気がした。




……それはそうと、これからどうしよう。



韓国に滞在中、家を見つけるまではまさきの家に数日間は泊めてもらえるだろうと思っていた。
だって、まさきだって「いつでも泊まりに来ていいんだよ」って言っていたし…。

あの女性と手を繋いでマンションに入って行ったんだから、まさきの部屋で過ごしているに違いない。
考えるだけで、落ち着いた胸がバクバクする。眉間に皺が寄って、また涙が出そうになった。


このままここで夜を過ごすのは流石に寒すぎる。
なんでもいいから、暖をとって夜を過ごせるところを探さないと。

かじかんだ手で画面をタップし、マップを開く。『ホテル 素泊まり』で検索してもこの周辺だとヒットしたのは2.3件。

ダメ元で電話をかけてみる。
割とどこもすぐ繋がるもんだが、もう夜も遅く、明日からは連休なので満室という返事が続いた。

…どうしよう。

フラフラと歩きだすも、行くあてもない。
ホテル、ゲストハウス、カラオケなど検索したが、土地勘のない場所ということでうまくヒットせず、迷いながら歩き続ける。
そんな中、かじかんだ手でタップする画面の上に、韓国で開業した大親友のハマちゃんからラインが来た。




『遠距離のカレとは再開できたのかしら?♡』




あぁ、いつもと変わらないハマちゃん。
きっとパックでもしながら呑気にこのラインを送ってきたんでしょ。
ハマちゃん。話聞いてよ。
会いたいよ。


親のようの安心感に包まれて、何も考えずに通話ボタンを押した。



『もしもぉ~し、リオ、おつか…』

「ハマぢゃぁああ””””””ん!!!!!!うっ…グズっ…ええぇぇぇええん!!!!!!」

『え………え?!なになに?!リオ?!?なんかあったの?!?!泣いてる…?!』

「泣いでるよぉおおお””””!!!もぉいやだよぉおおお!!」


今まで、我慢して出しきれなかった涙が一気に溢れ出した。
こんなに会えるのを楽しみにしてきたのに。
いつでも来ていいって、言ってたのに。
結婚の話をしにきたのに、話すらできない状態じゃないの。
あれから、真冬の中考え込んで、どうしていいかわからなくて、異国で不安で、繁華街が怖くて。


全部が溢れて止まらなかった。


「ハマぢゃん…ぐずっ、会いたいよぉ……えええぇぇぇえん!!!!!!」

『まってリオ、わかったから!迎えにいくわよ!あんた今どこいんの?!』



それから、ハマちゃんに位置情報を送り、「あったかくて明るいところにいなさい」と言われて、近くのコンビニに入った。

10分もすると、コンビニの外に白のライトが光る。黒のsuv、レンジローバーだ。
ハマちゃんがコンビニに横付けして迎えにきてくれた。


私は、5年ぶりの再開のハマちゃんへの感動と、今までの不安がぐちゃぐちゃになりながら、ハマちゃんの車へ詰め込まれるようにして乗り込んだ。









「どうぞぉ~、お上がりっ♡」

「ありがと…おじゃまします」

ハマちゃんに案内されたのは大きなマンションの一室。
マンションだけどメゾネットタイプで、1階と2階があるようだ。
この広い部屋のハマちゃんは一人で暮らしている。

白を基調としたシンプルな部屋に、ハマちゃんらしいオシャレな幾何学のペイントの絵が飾ってある。

キッチンには高そうなコーヒーメーカーが置いてあるが、ハマちゃんはコーヒーが飲めないので「これは飾りよ♡」と言っていた。


「1階はアタシが仕事と寝室で使うけど、2階はたまにしか使ってないし、2階の右奥の部屋は本当にベッドしか置いてないからそこ自由に使ってね」

「あったかいティーにするわね」と言いながら慣れた手つきでお湯を注ぐ。
カモミールの優しい香りが部屋にふわっと広がり、やっと肩の力が抜けた気がした。
一口飲み、口いっぱいに華やかな香りが広がって、目の前で優しく微笑むハマちゃんにまた目頭が熱くなってくる。


「……また泣くの?一旦アンタ何があったのよ」

「うっ……あのねぇ、ハマちゃん。まさきがねっ……」



『まさき』
その言葉を出しただけで、またどっと涙が溢れてきて話せなくなってしまった。
そんな私を茶化さずに、ゆっくりでいいのよ、と優しく頭を撫でてくれる。

この感じ、ずっと変わらないなぁ。

もうお分かりの人もいるかもしれないが、ハマちゃんは男だ。が、心は乙女なのである。
ジェンダーレスというよりは、みんなが笑顔になるからと言ってオカマという響きを本人は好んでいるのでオカマにしよう。

私の保育園からの幼なじみで、小さい頃からよく一緒にお人形あそびやおままごとをしていた。
小学校になってもそれは続き、男の子と一緒に外で遊ぶより、私達と一緒に絵を描いたりすることが多く、徐々にハマちゃんを奇妙な目で見る子達も多くなった。
高学年になると、ハマちゃんを「おとこおんな」「気持ち悪い」なんて残酷な言葉で攻撃する心ない人たちや、グループワークに入れてあげないなんて人も出てきて、ハマちゃんはすごく落ち込んだし、自分でも葛藤していたようだった。

でも、そんな中で私はずっと優しくて面白いハマちゃんが大好きで、私は何があっても一生友達だと誓った。

そんな私に背中を押されて、中学校からは大好きなメイクやスキンケアに没頭。
批判の声はもちろん続いたが、そんなの気にせずに、逆にどんどん大胆になっていった。
学校にもメイクをしていくし、持ち物は自分が可愛いと思ったものは隠さずに持ち歩く。
SNSにもメイク写真やハウツー動画をガンガン投稿しまくったところ、その技術が日本だけでなく国境を超えて大バズり。

高校を卒業してからは、小規模で自身のコスメブランドを立ち上げ、それを使ってメイクをする動画を投稿したところ、それがまた大ヒット。
今や海外でこんなに広いマンションに住めるほどだ。
日本だけでなく、もっと活動の幅を広げたいということで、5年前に別れを告げて韓国へ渡ったのだ。

今回、韓国へ来ると言った時も、ハマちゃんは大喜びしてくれた。
さらに、私が働きたいというと、将来的には化粧品会社で一緒に働く提案までしてくれて、これほど嬉しいことはなかった。
ハマちゃんに言わせれば、「アンタは私の恩人だからね」の一言にまとめられてしまうが、私からしてもハマちゃんは恩人だ。

好きな人と結婚して、好きな友達と働いて、順風満帆な人生を送っていた、はずだったのに。
前者はもう叶いそうにもない。まだ決まったわけではないが。

おんおん泣きながら、今日のことを話すと、ハマちゃんは驚いた顔や難しい顔、怒った顔と忙しく表情を変えながら聞いてくれた。

一通り話し終えると、ハマちゃんは鼻で大きなため息をついて「ありえない」という顔をした。

「あのク◯男!!!ほーんと信じらんない…。海外赴任で彼女の目盗んで他の女と浮気してるってこと?!」

「ハマちゃん…!声が大きいよ、もう夜遅いから…」

「こんなこと聞いて黙ってられるわけないでしょ!!」


顔を真っ赤にして、鼻息を荒くしている。

「それにアタシの親友がこんなに傷付いてんのに黙ってるほうがおかしいでしょうが!!」

「いや、でも…まだ浮気って決まったわけじゃ…」

「あんたまだそんな呑気なこと言ってんの?!男と女が手繋いで歩いてんのよ…?」


ハマちゃんは私を、まるで変なものを見るような目で見た。
…そうだよね、私も浮気だと思う…。
また視界が涙でぼやけた。
下を向いたらこぼれてしまいそうで、上を向いて我慢する。

「…信じたくないアンタの気持ちもわかるけど…。せっかくはるばる日本から会いに来たのにこの仕打ちはないわよね」

必死に涙を堪える私を見て、ハマちゃんは少し冷静になったのか、優しい言葉をくれた。

「とりあえず一発ぶん殴ってやりたいわ」と言って拳を握りめて私にニッコリ微笑んだ。
腕っぷしのいい、程よい筋肉質の身体。そんな拳で殴られたら痛いじゃ済まなそうだ。


「……で、どうするの?これから」

「…えっ?」

「え?じゃないわよ。住む家とかも決めてないんでしょ?
あとねぇ、正直にちょっとキツイこというけど、あなたまだうちの会社で雇ってあげられる韓国語のレベルじゃないわよ。やっぱり何ヶ月かはどこかでアルバイトして最低限ビジネスで使う韓国語を覚えてからになると思うわ」

「……うーん…」

痛いところを突かれた。
考え込んでしまった。迷ってるとかではなく、そんなことを考える気力がない。
今はとにかく全てに疲れてしまった。

それに、ハマちゃんが私を外で働かせてから自分の会社へ入れたいと思うのも当然だと思う。
実際、ワーホリでも最初の数ヶ月は何かしらのバイトをして過ごしてからと考えていた。
その就活期間をまさきの家で過ごせれば…なんて考え自体甘かったのかもしれない。

…あぁ、また頭の中が疲れてきた。

が。そんな甘えたことも言ってられないのも事実だ。

「…明日から、内見とバイト探し始めるよ」

そう言って、カップに薄く残った紅茶を飲み干した。
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