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仕事探し
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学校に行くのを渋っていたセスだったが、数ヶ月経った今では積極的に通うようになっていた。
友達ができたのかと喜んでいたら「先生の一人がお金の流れとか商売する上での基本的な知識とか、そういう実用的なことに詳しくてさ。そういうのは本を読んだだけだと理解しきれないこともあるから勉強になるんだよね。将来ゼゼを養うためにもお金は稼がなきゃならないし、俺たくさん勉強してくるね」とセスから力強い返事が返ってきて「やっぱちょっとかなりファザコンぎみに育っちゃったな」とゼゼは思った。
そんなセスを建物の前まで送り届けると、元気に「行ってきます!」と言って教室へと向かっていく。初めて建物に来た時とは違ってぴんと伸びた背中に、嬉しさとほんの少しの寂しさをゼゼは感じていた。
日中セスが学校に通い出してから、ゼゼは森の家へと戻って家事をしたり、買い出しをしたり、時々リジーとロズのパン屋を手伝ったりしていた。とは言っても腰を痛めたリジーに代わってパンとお金のやり取りをするくらいだが。
少ないながらも賃金を貰えるのはありがたかった。変わらずアルフォーリア家に新しい卵は産まれていない。まだ貯えはあるとはいえ、そろそろ仕事を再開することも考えた方がいいかもしれない。
アルフォーリア家の当主からは、専任契約はしているが他の家の孵卵の依頼を単発で受けても構わないと許可はもらっている。セスも七歳。数ヶ月後には八歳の誕生日を迎える。一人で大体のことはできるようになった。いざとなればリジーとロズを頼ることもできるし、セスも二人には懐いている。三ヶ月という長い期間セスに会えないのは辛いが、何よりセスのためにお金を稼ぎたい。
俺を養うために勉強するだなんて……貧乏な父親が哀れだと思われているに違いない。ここで一度父親としての威厳を取り戻さなければ。それにお金の心配をさせないためにも稼いでおきたい。
ゼゼは単発での孵卵の仕事の依頼がないかを確認するため、久しぶりに協会へと足を運ぶことにした。
しばらくぶりに顔を出した協会で、ゼゼは驚くほど歓迎された。肩を叩かれ、ほとんど顔を出さないことを軽い調子で責められ、元気そうなことを笑顔で喜ばれた。それがゼゼにはむず痒かった。仕事のことを聞けば、ゼゼに孵卵を頼みたいという家はいくらでもあると嬉しい答えが返ってきた。
依頼書を何枚かもらって、ゼゼは協会を後にした。依頼書の中には、ゼゼが以前卵を孵したことのある家の名があった。そうか。あの子たちの弟や妹にあたる子達が生まれるのか。卵を孵した日のことを思い出して頬が緩む。
俺が孵したあの子達ももう随分と大きくなっているだろう。薄い緑色の目をしたあの子は元気だろうか、孵る前から卵の中でやんちゃだった紫色の羽の子は今も変わらず元気いっぱいだろうか。
自分が孵した子達のことは今でもはっきりと覚えている。
卵の中で小さく震えていたこと、必死に殻を破ろうとしていたこと、割れた殻の隙間から初めて世界に顔を出したこと、卵の殻をお尻にくっつけてキュウキュウと鳴いていたこと、親に抱きしめられて嬉しそうに頬を擦り寄せていたこと。どれだけ時間が経っても、ゼゼの中でその記憶たちは鮮明に残っている。
ゼゼにとって竜の卵たちとの思い出は宝物のように輝いていて、けれど生まれた竜の子たちがゼゼのことを思い出すことはない。
卵を孵すこの仕事が大好きで、孵卵師という仕事に誇りを持っている。
だけれどこの仕事に少しの寂しさも感じないと言えば嘘になる。
毎日毎日心を込めて卵のお世話をして、無事に孵ることを祈り続けて、そうして生まれた竜の子たちはみんな可愛くて、けれどあっという間に自分の手から離れてしまう。離れたら最後、二度と会うことはない。竜の子たちの記憶に残ることもない。
それがずっと寂しくて、だからこそ今セスを側で見守り育てられることが奇跡だと思えた。
捨てられるはずだった卵を孵すという大きな罪から始まった日々は、そんな大きな罪をはるかに超えるほどの幸福をゼゼに与えてくれた。
セスと過ごす日々が幸せで、だけれどゼゼは分かっている。一日一日、セスを在るべき場所へ帰す日は近づいている。
セスの八歳の誕生日まであと数ヶ月。これまでの日々があっという間だったように、これからの日々もあっという間に過ぎていくだろう。
気づけばゼゼの足は学校まで戻ってきていた。ちょうど授業終わりの鐘が鳴る。鐘が鳴り止まぬ内に建物の中からセスが走ってくるのが見えた。
「ゼゼ!」
「おかえり、セス。今日も勉強頑張ったか?」
突進してきたセスを受け止め、抱きしめる。学校に通い始めた頃よりも背が伸びて力も強くなった。足を踏ん張らないと転けてしまいそうだ。
「もちろん。今日は先生からこの国の物流の流れと、税制についてを教えてもらって」
「お、俺よりもちゃんと勉強してそうだな……」
他にはねーと、セスが楽しそうに話し続ける。学ぶことに意欲が出てからセスは随分と楽しそうだ。
セスを育て始めて七年。そろそろ丸八年経つ。あっという間の日々だった。産みの親に捨てられ、育ての親を亡くし、孤独だった日々にやってきた祝福の子。ゼゼにこれ以上ない幸福を与えてくれた。これからもずっと側にいたい。側にいてその成長を見守りたい。だがそれは許されない。これから一生、セスに見た目を偽らせることも竜の子であることを黙っているようにと言うことも、できないししたくない。
セスは竜の子だ。
本来なら見た目を偽り、空を飛ぶ自由を制限させる必要はない。ただただゼゼがセスと一緒にいたくてセスに押しつけているだけなのだ。
セスに自由と選択肢を与えてやらなければ。
分かってる。でもすぐには手放せない。手放したくない。
十歳。せめてセスが十歳になるまでは一緒にいたい。
あと二年だけ、幸せを享受させてください。
誰にともなく願いながら、ゼゼはセスの手を握って我が家への道を歩き始めた。
数年ぶりに仕事を再開しようと依頼書に目を通していたゼゼに、アルフォーリア家から急ぎの手紙が届いたのはそれから数日後のことだった。
アルフォーリア家に七年ぶりに卵が産まれたのだ。
友達ができたのかと喜んでいたら「先生の一人がお金の流れとか商売する上での基本的な知識とか、そういう実用的なことに詳しくてさ。そういうのは本を読んだだけだと理解しきれないこともあるから勉強になるんだよね。将来ゼゼを養うためにもお金は稼がなきゃならないし、俺たくさん勉強してくるね」とセスから力強い返事が返ってきて「やっぱちょっとかなりファザコンぎみに育っちゃったな」とゼゼは思った。
そんなセスを建物の前まで送り届けると、元気に「行ってきます!」と言って教室へと向かっていく。初めて建物に来た時とは違ってぴんと伸びた背中に、嬉しさとほんの少しの寂しさをゼゼは感じていた。
日中セスが学校に通い出してから、ゼゼは森の家へと戻って家事をしたり、買い出しをしたり、時々リジーとロズのパン屋を手伝ったりしていた。とは言っても腰を痛めたリジーに代わってパンとお金のやり取りをするくらいだが。
少ないながらも賃金を貰えるのはありがたかった。変わらずアルフォーリア家に新しい卵は産まれていない。まだ貯えはあるとはいえ、そろそろ仕事を再開することも考えた方がいいかもしれない。
アルフォーリア家の当主からは、専任契約はしているが他の家の孵卵の依頼を単発で受けても構わないと許可はもらっている。セスも七歳。数ヶ月後には八歳の誕生日を迎える。一人で大体のことはできるようになった。いざとなればリジーとロズを頼ることもできるし、セスも二人には懐いている。三ヶ月という長い期間セスに会えないのは辛いが、何よりセスのためにお金を稼ぎたい。
俺を養うために勉強するだなんて……貧乏な父親が哀れだと思われているに違いない。ここで一度父親としての威厳を取り戻さなければ。それにお金の心配をさせないためにも稼いでおきたい。
ゼゼは単発での孵卵の仕事の依頼がないかを確認するため、久しぶりに協会へと足を運ぶことにした。
しばらくぶりに顔を出した協会で、ゼゼは驚くほど歓迎された。肩を叩かれ、ほとんど顔を出さないことを軽い調子で責められ、元気そうなことを笑顔で喜ばれた。それがゼゼにはむず痒かった。仕事のことを聞けば、ゼゼに孵卵を頼みたいという家はいくらでもあると嬉しい答えが返ってきた。
依頼書を何枚かもらって、ゼゼは協会を後にした。依頼書の中には、ゼゼが以前卵を孵したことのある家の名があった。そうか。あの子たちの弟や妹にあたる子達が生まれるのか。卵を孵した日のことを思い出して頬が緩む。
俺が孵したあの子達ももう随分と大きくなっているだろう。薄い緑色の目をしたあの子は元気だろうか、孵る前から卵の中でやんちゃだった紫色の羽の子は今も変わらず元気いっぱいだろうか。
自分が孵した子達のことは今でもはっきりと覚えている。
卵の中で小さく震えていたこと、必死に殻を破ろうとしていたこと、割れた殻の隙間から初めて世界に顔を出したこと、卵の殻をお尻にくっつけてキュウキュウと鳴いていたこと、親に抱きしめられて嬉しそうに頬を擦り寄せていたこと。どれだけ時間が経っても、ゼゼの中でその記憶たちは鮮明に残っている。
ゼゼにとって竜の卵たちとの思い出は宝物のように輝いていて、けれど生まれた竜の子たちがゼゼのことを思い出すことはない。
卵を孵すこの仕事が大好きで、孵卵師という仕事に誇りを持っている。
だけれどこの仕事に少しの寂しさも感じないと言えば嘘になる。
毎日毎日心を込めて卵のお世話をして、無事に孵ることを祈り続けて、そうして生まれた竜の子たちはみんな可愛くて、けれどあっという間に自分の手から離れてしまう。離れたら最後、二度と会うことはない。竜の子たちの記憶に残ることもない。
それがずっと寂しくて、だからこそ今セスを側で見守り育てられることが奇跡だと思えた。
捨てられるはずだった卵を孵すという大きな罪から始まった日々は、そんな大きな罪をはるかに超えるほどの幸福をゼゼに与えてくれた。
セスと過ごす日々が幸せで、だけれどゼゼは分かっている。一日一日、セスを在るべき場所へ帰す日は近づいている。
セスの八歳の誕生日まであと数ヶ月。これまでの日々があっという間だったように、これからの日々もあっという間に過ぎていくだろう。
気づけばゼゼの足は学校まで戻ってきていた。ちょうど授業終わりの鐘が鳴る。鐘が鳴り止まぬ内に建物の中からセスが走ってくるのが見えた。
「ゼゼ!」
「おかえり、セス。今日も勉強頑張ったか?」
突進してきたセスを受け止め、抱きしめる。学校に通い始めた頃よりも背が伸びて力も強くなった。足を踏ん張らないと転けてしまいそうだ。
「もちろん。今日は先生からこの国の物流の流れと、税制についてを教えてもらって」
「お、俺よりもちゃんと勉強してそうだな……」
他にはねーと、セスが楽しそうに話し続ける。学ぶことに意欲が出てからセスは随分と楽しそうだ。
セスを育て始めて七年。そろそろ丸八年経つ。あっという間の日々だった。産みの親に捨てられ、育ての親を亡くし、孤独だった日々にやってきた祝福の子。ゼゼにこれ以上ない幸福を与えてくれた。これからもずっと側にいたい。側にいてその成長を見守りたい。だがそれは許されない。これから一生、セスに見た目を偽らせることも竜の子であることを黙っているようにと言うことも、できないししたくない。
セスは竜の子だ。
本来なら見た目を偽り、空を飛ぶ自由を制限させる必要はない。ただただゼゼがセスと一緒にいたくてセスに押しつけているだけなのだ。
セスに自由と選択肢を与えてやらなければ。
分かってる。でもすぐには手放せない。手放したくない。
十歳。せめてセスが十歳になるまでは一緒にいたい。
あと二年だけ、幸せを享受させてください。
誰にともなく願いながら、ゼゼはセスの手を握って我が家への道を歩き始めた。
数年ぶりに仕事を再開しようと依頼書に目を通していたゼゼに、アルフォーリア家から急ぎの手紙が届いたのはそれから数日後のことだった。
アルフォーリア家に七年ぶりに卵が産まれたのだ。
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