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下っ端悪役は今日もどんくさい
しおりを挟む教授の声に合わせて教科書をめくるが、内容が全く頭に入ってこない。白いボードに書かれる文字を書き写さなければと思うのに、周りから向けられる視線が痛くて指が動かない。
みんなこっちを見るより教授を見ろよ。教授もそんな何事もないかのように授業を続けないで、教育者として注意の一つくらいして欲しい。
「ね、後で先週分のノート写させてくれない?お礼に昼ご飯奢るからさ」
「お前って結構字が綺麗なんだな」
両隣からイケメンボイスの二人に囁くように話しかけられ、背筋が震えると同時にシャーペンを握る手に力がこもる。周りの視線がより強くなったような気がして胃がきりりと痛んだ。
キャンパス内で知らぬ者はいないと言われる程の有名人であるイケメン二人に挟まれながら、どうしてこんなことになったんだと俺は教室の白い天井を見上げた。
丸高祥吾、数ヶ月後に誕生日を控える19歳。都内の某大学に通う、普通の大学生だ。
大学2年になったのを機に髪を少し明るめの茶髪に染めてはみたものの、昔から変わらぬぱっとしない顔と平均より低めの身長のせいか、未だに高校生と間違われることも多い。
友達は多くはないがいないというわけでもなく、けれど憧れたキラキラとしたキャンパスライフとは無縁の生活を送っている。
つまるところ、何処にでもいる男子大学生の一人なのだ。映画でいうと通行人A。目立たず騒がず大人しく、生を全うする一市民である。
にも関わらず、どうしてこうなったんだと誰とも知れぬ相手に問いかけずにはいられない。
「それだけで足りる?食べたいのあったら遠慮なく頼んでいいからね」
「お、これも美味そうだな。追加で頼むか」
そう言って片手でウェイターを呼べば、我先にと女の人たちが注文を聞きにテーブルへと押し寄せてきた。
その迫力に圧倒されつつ、俺はテーブルの上にあるパスタを一口食べた。カルボナーラのもってりクリーム感が胃に重い。和風ペペロンチーノにしとけば良かったと思いながら、目の前の二人にちらりと視線を送った。
安斎誉と長宮樹。
系統の異なるタイプのイケメン二人は、大学内の超有名人である。
それはひとえに二人が恐ろしいほどの美形であることが理由なのだが、加えて成績優秀で教授からの覚えも良く、掛け持ちしている運動サークルではいつも優秀な結果を残し、常にたくさんの人に囲まれていたからだ。
俺が理想とするキラキラキャンパスライフの見本のような二人である。
安斎はすっきりした長さの黒髪と切れ長の瞳のせいか一見冷たく見えるのに物腰の柔らかな話し方をする男で、対して長宮は明るめの茶髪でアイドルのような甘い顔をしているのに話し方がざっくばらんで、二人ともそのギャップが堪らない、なんて言われていた。
大学内の一生徒に過ぎない俺からすると、住む世界の違う二人である。
一生関わることもないだろうと思っていたのだ。なのになぜか突然今日、その二人が俺の取っている授業の教室にやって来たかと思うと、俺を挟んで座って授業を受け始めたのだ。
二人が現れた瞬間、教室には声にならない悲鳴が響いた。女生徒たちは「え、なんで!?」と小声で騒ぐし、男子生徒は「間近で見たの初めてかも」なんて珍獣を見るような反応だった。
俺も同じように「ハ~初めて間近で見たけどこりゃ噂どおりのダブルイケメン」なんて呑気に考えてたら、その二人がどんどんこっちに近づいてきたから驚いた。どこ座るんだろ、って思ってたら、後ろの隅の席にいる俺に「隣いい?」って聞くくせに俺の返事を待たずに座るからさらに驚いた。その上なぜか俺を挟むようにして座るもんだから驚きは倍増だ。
その後ノート写させてと言われ、それに対して返事をする前に大学から連れ出され、小洒落たカフェで昼飯をご馳走になっている。「この後授業が!」って嘘だけど叫んだら「今日はもうないでしょ?」って微笑まれて、なんで知ってんの?って思ったけど言えなかった。
押しに押されて、結局二人とカフェで昼ご飯を一緒にすることになったのだが、どうして突然こんな流れになったのか全く分からない。
俺とこの二人には接点などなくて、話しかけられる理由も昼ごはんを奢られる理由も分からない。ノートを写させて欲しいと言われたけれど、カフェに入ってからすでに15分以上経過しているがそのことについては一言も触れてこない。
俺がカルボナーラをもそもそと食べるのを、なぜか二人とも頬杖をつきながらじっと見ている。
訳が分からなくて怖い。
あれか、今から怪しげな何かに勧誘されるののか。
大学生になったらその手の勧誘が増えるから気をつけなさいねと母さんから何度も注意された。祥吾は抜けててころっと騙されそうで心配だわ、と息子に対して何という言い草かと腹が立ったが抜けていることを自覚しているため言い返せなかった。
安心してくれよ母さん。
俺はそう簡単に騙されないぜ!ときりっとした顔でカルボナーラを食べていると、なぜか二人が優しく微笑んだ。パスタが喉に詰まってうぐっと変な声がでる。
イケメンの微笑みの威力すごい。うっかり壺とか買っちゃいそう。
長宮が追加で頼んだ料理が机に並び、二人は遠慮せず食べなと勧めてくれるが、俺の胃はすでに許容量を超えている。フォークを置いて本題を切り出した。
「あの、なんで突然俺に話しかけてきたんですか」
「なんで敬語?同じ学年なんだしタメ口で話そうよ」
「え、いや、でも」
「そんなビビらなくても別に変な勧誘とかしようってわけじゃねえよ」
じゃあなんだって俺に話しかけてきたんだ。壺売りつけたり怪しげな団体に勧誘する以外に、俺にどんな用事があるというのか。
俺の胡乱げな視線から、何を問いたいのか気づいたのか安斎が安心させるように微笑んだ。
「普通に丸高と仲良くなりたいだけだよ」
はいこれ絶対最終的に怪しい団体に勧誘されるやつ。
高い入会費とか払わされるんだ。そんで怪しげな書類にサインさせられて一生壺を買わされ続けるんだ。四畳半の小さな部屋で無数の壺に囲まれる自分の未来が容易に想像できた。
俺は人生で一番の吸引力を持ってパスタを口に収めると、財布から金を取り出し机に置いて「今日はこの後バイトがあるのでさようなら!」ともごもごと言い切ると店を出て行った。
もう二度と会うことはないイケメン二人に心の中であばよ!と別れを告げ、カルボナーラのせいで重くなった胃を押さえながら、バイト先へと走った。
「お疲れ様~、丸くん今日は珍しくギリギリだね」
「お疲れ様です!すみませんすぐに着替えます!」
「丸、急げよ。今日は久々に向こうの大将が出てくるみたいだからな」
「はい!」
ロッカーを開け、中から制服を取り出す。ぴっちりとしたそれは、カルボナーラで痛んだ胃には少しばかりきつい。だがそれに愚痴を零しているような時間はない。シャッと胸のファスナーを上げ、目と口と鼻の部分だけが開いた黒の覆面を被る。
ロッカーの中に鞄を仕舞い込み、バタンっと勢いよく閉める。カチンっと鍵が自動で閉まった音を確認してから、更衣室を出た。
「今日こそ決着を着けようじゃないか」
「それはこっちの台詞だ!世界に仇なす輩は俺たちが排除する!」
「弱いやつほど粋がるとは言うがまさにその通りだな」
「これ以上お前たちの好きにはさせない!」
「言葉だけは威勢がいいな。お前たち、かかれ」
「「「イーーーーッ!!!」」」
この、イーーッと言いながら正義の味方に飛びかかっていく黒覆面の軍団の一人が俺だ。悪の組織の下っ端。
それが俺のバイト先である。
同じ台詞、同じ動き、訓練された軍隊のように動く周りに俺も必死でついていく。正義の味方たちは応戦しようと武器を取り出す。上司に命令されたとおり、正義の味方向かって一斉攻撃を仕掛けようとして、突然腹の痛みに俺はうぐぅぅとそこを押さえた。
足がよろけ、飛びかかる前に一人地面にべしょりと倒れ込む。しんと静まり返る戦場、呆気に取られる正義の味方、先輩下っ端たちのやっちまったな感溢れる視線。
地面に伏しながら、俺は小さく「イーーーッ……」と呟いたのだった。
俺が生まれるずっと前から、悪の組織とそれに対抗する勢力として正義の味方なる組織は存在した。
悪の組織はその名の通り、この世界に悪を蔓延させることを目的としており、正義の味方はそれを止めるために在る。
とは言っても違法薬物やら人身売買やらは御法度で、じゃあ悪の組織が何をやっているかというと俺にもよく分からない。大きな金が動く裏には悪の組織ありとは言われているものの、真偽の程は定かではない。
正義の味方は慈善事業や地域発展にも力を入れていて世界中で人気が高く、国民からの信頼も厚い。
なんと言っても一番は、とにかく悪の組織の幹部たちも正義の味方たちも漏れなく顔が良いものだから、戦いの様子が中継されれば視聴率を稼ぎまくり、関連グッズは売れに売れ、特集番組を組もうものならSNSでその日のトレンドワードを独占する。
一種のエンターテインメントとして存在する悪の組織と正義の味方。
俺にとっての認識はそんなものだった。
そんな俺がなぜ悪の組織の下っ端などというバイトをしているかというと、単純に時給が良かったからだ。正義の味方の雑務バイトも同時期に募集があったが、下っ端バイトの方が時給が150円高かったのだ。
150円。
そんなに裕福でもない家庭の学生からすると150円の差はでかい。俺は迷わず下っ端バイトに応募した。
万年人手不足らしく、すぐに採用となったわけだが、支給された制服を見て150円でこんなピチピチ黒タイツみたいなのを着るのか…….と選択を早まった気がしないでもなかった。
最初の一ヶ月は研修として、下っ端としての動き、発声、負けた時の逃げ方などを叩き込まれた。
体育会系のそれに、運動の苦手な有り体に言えば鈍臭い俺は、ついていくだけで大変だった。同じように動いているはずなのになぜか一人だけずれていたり、声だけ無駄に大きすぎたりと、上官にはしこたま怒られ、何度辞めようと思ったことか。けれど一緒に研修を受けた同期や、優しく教えてくれる先輩のおかげで続けることができた。
研修後の本番では、正義の味方との戦いの最中に緊張しすぎたせいか、一人明後日の方向にイーーーーッ!と攻撃を仕掛けてしまって、全員からの目が痛かった。「イーーッ……」と小さく手を挙げならが列に戻れば、先輩が優しく肩を叩いてくれた。
それからも俺の鈍臭さは遺憾無く発揮された。正義の味方に攻撃を仕掛ける前に一人で転ぶ、よく見たら服が裏表逆、全員が右手を挙げてるのに一人だけ左手が挙がってる。そんな様子が中継されるたび、SNSのトレンド28位くらいに「鈍臭下っ端」というワードが載るようになったのは一月ほど前からだろうか。
覆面のおかげで顔がバレずにすんで良かった。本当に良かった。
そんなわけで何度もバイトを辞めることを考えたのだが、俺の鈍臭さを慰めてくれる優しい先輩と、言い方はきついけれど俺の面倒を見ようとしてくれる同期がいるおかげで続けることができた。上も人手不足だからか、どんなに鈍臭くても俺に辞められると困るようで、頑張って続けてくれると嬉しいと言ってくれたので、今日も今日とて俺は悪の組織の下っ端バイトを続けている。
仕事後、すっ転んだ時にできた傷を先輩に手当てしてもらい、同期には「お前の鈍臭さはもうどうしようもないんだからあんまり落ち込むなよ」と励まされて、アパートへ帰った。
六畳一間、トイレ風呂小さなキッチン付きの部屋で、机に突っ伏して自分の鈍臭さを呪った。
次の日、落ち込みながらも大学へ向かえば、なぜかまたも教室内にイケメン二人がいた。
そうだ、バイトの失敗で落ち込みすぎてこの二人のこと完全に忘れてた。流石に今日はもう話しかけてこないだろう。
そう思って席に腰掛ければ、両脇をイケメンで固められた。
何でだ。
昨日食べたカルボナーラの重さを思い出して胃が痛む。誰か胃薬くれ。
「昨日はあまり話せなかったから、今日はゆっくりどこかでお茶でもしよう」
「えっと、今日もバイトがありまして……」
「今日は休みだろ」
だから何で知ってんの!?と叫びたい気持ちを押さえつつ、俺は教科書を開いたのだった。
その後やっぱりお洒落度満載なカフェに連れて行かれて、カフェオレとケーキをご馳走になった。
いつ怪しげな書類が出てくるんだろうと戦々恐々していたが、二人は俺に趣味やら休みの日はどんなことをして過ごしているんだとか、好きな食べ物はなんだと言った、当たり障りのないことばかりを質問してきた。
それに詰まりつつも答えれば、二人ともふんふんと頷いてくれる。聞かれてばかりではあれなので、俺からも当たり障りなく質問し返せば、なぜか二人とも嬉しそうに笑って積極的に答えてくれた。
二人とも動物動画を観るのが趣味らしく、ぽてぽてと短い足で必死に走ってる途中で転ぶ犬の動画や、ジャンプして飛び移ろうとしたら鈍臭く顔面から落ちる猫の動画などに癒されるらしい。互いにおすすめの動物動画を教え合ってるんだと言われ、想像していたより庶民的な趣味に、少しだけ親近感が湧いた。
結局2時間ほど話をして店を出た。
怪しげな書類も壺も出てこなかった。
カフェオレとケーキは奢ってくれた。
じゃあまたね、またな、と言われて別れた。
何が何だか分からないが、次回壺を売りつけられるのかもしれない。
それから教室に行けばイケメン二人に挟まれるようになり、なぜか食堂で昼ごはんを一緒に食べるようになり、さらになぜかは分からないが土日に遊ぶようにまでなった。
いつのまにやら連絡先は交換済みで、寝る前と朝起きた時には必ず二人から連絡が入るようになった。
バイト終わりには晩ご飯を一緒に食べ、休みの日には映画を観に行ったり買い物に行ったり。
なんだこれ。どういう状況だ。
壺が出てくる気配も、怪しげな団体の勧誘もない。まるで普通の友人のように接されて、気づけば俺は二人といる日常を受け入れていた。
ずっと疑い続けてきた俺だけど、なんだかんだ二人が側にいてくれることが嬉しかったのだ。
大学に入ってから仲の良い友人はほとんどできなくて、できてもテスト前にノートのコピーをし合ったりする程度で、土日に遊ぶような友達はできなかった。
毎日毎日大学と家とバイト先の往復で、たぶん、ずっと寂しかったんだ。
だから、二人が何を思って俺に近づいてきたのかは分からないし、周りから釣り合ってなさ過ぎて笑えるなんて陰口を叩かれても、俺は気にしないことにした。
いつか壺を売りつけられるとしても、優しくしてくれて、気の良い友人のように接してくれた二人のためなら壺を買ってやろうと決めた。
バイト先で先輩と同期に「最近仲の良い友達が初めてできて」と照れながら報告すれば「良かったじゃないか!」と喜んでくれた。同期には「……俺は友達じゃないのかよ」とふてくされたように言われて、それに感動して泣きそうになった。やっぱりこのバイト先は最高だ。制服がピチピチなのだけは不満だけど。
最近三人で出かけた時に撮った写真を見せれば、二人とも「おお、これはものすごいイケメンだな」と驚いたようにまじまじと見ていた。
「こんだけイケメンだと正義の味方から勧誘かかってそうだな」
「確かに。こっちの黒髪の子は悪の組織の幹部に誘われそうだ」
正義の味方と悪の組織の幹部は勧誘制で、大学や会社やSNSで有名な美形に片っ端から声をかけていると、まことしやかな噂が流れている。
正義の味方も悪の組織の幹部も給料は抜群に良いらしく、福利厚生から勤務体系までしっかりと定められているらしい。
芸能人のようにテレビに出たりするため、プライベートがないのでは?と心配することなかれ。
正義の味方も悪の組織の幹部も親玉も、俺たち下っ端とは違い「認識阻害」の施された特別製の服を着ているのだ。
これを着ている時と着ていない時で、顔に違いはないのに同一人物だと認識できないようになるのだ。
俺たちも幹部の方々と直接話す機会があるため素顔を知ってはいるが、服を脱いでしまえば外ですれ違ってもそれが己の上司だとは気づけない。
街中で知らず知らずのうちに上司や正義の味方とすれ違っている可能性があるのだ。
「俺もそう思って勧誘受けたことないのか聞いたんですけど、二人とも俺たち程度じゃ声はかからないよって笑ってました」
「は~?そりゃ謙遜だろ。こんなツラしといて何言ってんだか」
「これからかかる可能性は全然ありそうだけどね」
もし二人が悪の組織か正義の味方に勧誘されて入ってきたら……
俺の鈍臭さが露呈するから嫌だな。
その日も変わらず鈍臭さを発揮し、SNSのトレンドワード入りを果たしてから帰路についていた時、スマホがポケットの中でぶるりと震えた。
長宮からの連絡だ。
『バイトお疲れ。今日今から安斎の家で飲むんだけど、良かったら来いよ』
俺はそれに『行く!』とすぐさま返事を打った。
明日のバイトは夕方からだ。多少帰りが遅くなっても問題ないだろう。それに安斎の家に行くのは初めてだ。どんな家に住んでいるのか見てみたいし、あと実は言っていなかったが今日は俺の誕生日なのである。これまでずっと安斎と長宮と飲みに行っても俺だけジュースやウーロン茶だったが、今日からは違う。二人と飲めるのだ。
それに自分から誕生日であることを申告できなくて、誰にも祝ってもらえないまま終わりそうだったが、二人になら言ってみてもいいかもしれない。
優しい二人のことだ。きっとおめでとうの一言くらいくれるはず。
長宮からの返事には『じゃあ××駅の西口で待ってろ。迎えに行く』と返ってきた。その駅名は高級住宅やら高級マンションやらがあることで有名なところで、安斎の暮らす家は普通のアパートだといいなと思いながら駅へ向かった。
途中、コンビニでケーキを手に取った。お邪魔するからには何かしらの手土産は必要だろうしな、と言い訳しつつ俺は浮かれていた。
友達と誕生日ケーキを食べるの何年ぶりだろう。
ついでに酒もいくつかカゴに入れて、レジに並んだ。年齢確認されて、堂々と20歳以上のパネルを押した。
指定された駅で長宮が待っていてくれた。
「長宮!」
「おつかれ祥吾、じゃ行くか」
そう言って歩き出す時、さりげに手に持っていた荷物を取られた。長宮も安斎もこうやって俺によく気を使ってくれるが、そこまでしなくてもいいのになあと思う。
長宮に連れられて辿り着いたのは、テレビ越しにしか見たことのない超高層マンションのエントランスだった。
こんなところ人生で一度も足を踏み入れたことない。長宮は慣れた様子でカードキーを取り出すと、中へ入っていく。ぐんぐんと上がっていくエレベーターの中で、手土産もっと良いの買えば良かったと後悔した。
「祥吾連れてきたぞ」
「お疲れ様、祥吾」
出迎えてくれた安斎は、普段と違い眼鏡をかけていた。家モードだからか、常より服もラフな感じがする。とは言っても俺の部屋着と違ってお高い服なんだろうが。
「お邪魔します……」と恐る恐る靴を脱ぎ、部屋に上がる。
俺の足の裏大丈夫?汗かいてない?
爪先で廊下を進み部屋へ入れば、そこには俺の部屋何個分?という大きさの空間が広がっていた。なにこれ天井からお洒落な照明垂れ下がってるし、ソファもよく分からんが小洒落てる。一介の大学生が暮らす部屋にしては豪華絢爛過ぎるのでは。
部屋の入り口で固まっていると、長宮が「何突っ立ってんだよ。疲れてるだろ。座れよ」と言って手を引いてくれた。促されるままソファに腰掛け、背負っていたリュックを下ろして腕で抱える。
長宮も安斎もこの部屋に馴染んでいて、俺だけが異質だった。
「そんなに緊張するなよ。ほら、手洗っておいで。廊下を出てすぐ右のところに洗面台があるから」
安斎に言われるままにふらふらと部屋を出て、洗面台へと向かった。もちろんそこもなんかすごくスタイリッシュで、鏡がバカでかい。汚れひとつない鏡に冴えない顔が写って、俺はははっと乾いた笑いをこぼした。
俺と安斎たちとじゃ住む世界が違う。二人が俺に構う理由がやっぱり分からない。今日、ついに俺は壺を売りつけられるのかもしれない。
げっそりした顔で部屋へと戻れば、なぜか真っ暗だった。え、なに、なにが起こってるんだ。もしかして暗闇の中から突然怪しげな団体の人たちが現れるのか。それとも明かりがついた瞬間無数の壺が俺を囲んでいるのか。
怖くて一歩後ずさった瞬間「祥吾、誕生日おめでとう」という声と共に、パッと明かりがついた。
突然の光のせいで視界が白く、周りがよく見えない。何度か瞬きを繰り返してから、しっかりと前を見れば、机の上には美味しそうな料理とケーキ、高級そうなボトルのお酒が並んでいた。
「え?え?」
「ほら、こっち来いよ。これ全部お前のために用意したんだからな」
「この日を俺たちもずっと楽しみに待ってたんだ」
二人とも嬉しそうに手招きをしてくるのだが、嬉しさよりも困惑が優っていた。
俺、今日が誕生日って言ったっけ?
「前にそろそろ誕生日なんだって言ってただろ。それ聞いてから二人で準備してたんだ」
「そうそう。祥吾の好きなローストビーフにケーキ、それに飲みやすいお酒も用意してるよ」
ソファに腰掛け、綺麗なグラスに注がれたお酒を受け取る。誕生日って言ったか?言ったような言ってないような。
「祥吾、20歳の誕生日おめでとう」
二人から麗しい笑みで祝いの言葉を贈られて、目が潰れそう。あまりの眩さに目を閉じると、安斎と長宮が「祥吾?大丈夫か?」と声をかけてきてくれる。
言ったか言ってないかはこの際どうでもいい。
二人が祝ってくれるその気持ちが嬉しいし、大事にしたい。そう開き直ると、注がれたお酒を一気にあおった。
「ふたりとも、きょうはありがとなあ。だれにも祝ってもらえないとおもってたからすごくうれしい」
「そうか、喜んでもらえて俺も嬉しいよ」
「このやり取りもう10回目だけど、よっぽど嬉しかったんだな」
「なんでこんなにふたりがおれにやさしくしてくれるのか分からないけど、ほんと、ふたりはおれにはもったいないともだちだ!」
「祥吾、手元がふらついてる。危ないからグラス預かるよ」
「思った以上に飲むペース早かったな。誉、どうする?」
「とりあえずベッドに運ぼうか」
ぐんっと体が浮いた感覚があって、それに「へぇ?」と間抜けな声をこぼした。
すぐに柔らかいものが背に当たって、俺は何度か瞬きを繰り返した。目の前には安斎と長宮がいて、なぜか嬉しそうに俺をじっと見つめている。
安斎の冷たい指が俺の頰をなぞる。それに首を竦めれば、安斎がふっと眉を和らげた。
「……可愛すぎるだろ」
「完全同意」
「下っ端の中に一人鈍臭いのがいるなとは思ってたけど、ここまでドツボにハマるとは思わなかった」
「それな。毎度毎度一人動き変だし明後日の方向に攻撃し出すしすっ転ぶし、でもめげずにイーッてかかってくるとことか健気すぎるだろ」
「ストレスの多い仕事の中で唯一の癒しだ」
「俺もお前もめちゃくちゃ仕事でストレス溜まるもんなあ。俺なんてそのアイドル顔は正義の味方向きだ!なんて言われてスカウトされて無理矢理契約させられたけど、正直悪の組織の方が性に合ってると思うんだわ」
「俺なんて世襲制だぞ。前任の父親から無理矢理引き継ぎさせられて、したくもないのに悪の親玉して悪人ぶってるんだからな。俺は本当なら動物トレーナーになりたかったんだ」
安斎と長宮がなにを話しているのかまったく頭に入って来ないが、どことなくお疲れ気味なのは分かった。
ここはいつもお世話になっている分、俺が二人のストレスを軽減させてやらなくては。
ただ起き上がろうとしても、酒に酔った体にはうまく力が入らず、寝転がったまま俺は二人に「ふたりともおつかれさま。おれにできることであればなんでもしてやるからな!」と元気よく言った。
ストレス軽減になるのなら、壺でもなんでも買ってやろうじゃないか。
安斎と長宮の視線が俺に落ちてくる。二人は「なんでも?」と呟くと「じゃあお言葉に甘えて」「やらせてもらおうかな」と微笑んだ。
「はっ、ひぃ」
「大丈夫?祥吾トんでる?」
「ちょっとトんでるけどまあ大丈夫だろ」
「えぁ!うぐっ!ヒッ!」
ぐりっとナカで指が大きく動いて、それにあられもない声が溢れた。体の内側から得体の知れない感覚がやってきて、まともな声が発せれない。先ほどから喉から漏れるのは濁音めいた悲鳴ばかりだ。
仰向けの状態で上から安斎に抱きこまれ乳首を弄られ、下からは長宮に尻の中に指を突っ込まれてぐりぐりと掻き回される。
何がどうしてこうなったのかまるで分からない。やめてくれと叫ぼうとすれは、乳首をギュッと捻られてヒッ!と悲鳴を上げることしかできなかった。
俺の顔は涙と鼻水と涎でそれはもう大変なことになっていると思うのだが、安斎は気にすることなく顔中にキスを降らしてくる。目尻の涙を舐めとると、そのまま耳を食まれてぞくりとしたものが腰を駆けた。
下では長宮が尻の穴を弄りつつ、ちんこも同時に弄ってくるので、俺は息も絶え絶えだった。自分以外触れたことのない箇所に、他人の熱を感じるのがこんなにも気持ちいいなんて知らなかった。尿口を擦られるだけで腰が震えた。何度も刺激されてイったからか、すでにそこから溢れるものには勢いがない。ゆるゆるとした快感に体を支配されて、俺は「あーっ」とバカみたいな声をこぼした。
ぐちゅっという粘着質な音と共に、尻の穴に空気を感じる。長宮の指が抜けたのか、そのゆるい刺激だけでも感じてしまって「うぁっ」と小さく声が漏れた。
「そろそろいいだろ」
「じゃあ樹、場所交代」
「はぁ?なんでだよ。ここまで丁寧に解したのは俺なんだから、俺が一番に挿れる権利があるだろ」
「いやいや。お前に尻とペニス弄る権利を譲ってやったんだから、挿れるのは俺が先にさせてもらう。それにほら俺、祥吾の上司だし」
「おい、プライベートに仕事は持ち込まない派じゃねえのかよ」
「それはそれ、これはこれ」
「……たく、仕方ねえな」
もぞもぞと動き始める安斎と長宮に、今更ではあるがこの状況がやばいと気づいた俺は、うつ伏せになって逃げようとベッドの上を這った。
気持ち良いのと酒のせいで流されまくってしまったが、これは壺を売りつけられるよりヤバい事態になっているのでは?
快感に震える体でずりずりとベッドの上を這えば「祥吾はバックの方が好きなんだね」と言われて、腰を掴まれた。尻の穴に熱いものを感じて「まって!」と叫びきる前に、ズンッと圧倒的な質量を感じて目を剥いた。
なにこれなにこれなんだこれ。
腹が熱くて違和感がすごいしちょっと痛い。シーツを掴んで小刻みに息を吐き出していると、長宮が「祥吾、落ち着け。大丈夫だから」と優しく俺の頭を撫でてくる。
「誉も手加減しろよ。祥吾は初めてなんだからな」
「分かってるつもりなんだけど祥吾のナカが気持ち良くて」
「まじで?じゃあさっさと終わらせて俺に代われ」
了解、という言葉と同時に奥を強く穿たれて「いぎっ!」と濁音が飛び出た。痛いのか気持ちいいのか気持ち悪いのか分からない。ただ腹の中の熱いモノから逃げたくて前へと動けば、長宮の手がそっと俺の体を押さえつけてくる。
「なが、ながみやっ」
「そんな怖がるなって。そろそろ誉がお前のイイところ突いてくれるからな」
「え、ひっ!?」
ある一点を押されて、鋭い快感から背が跳ねた。さきほど長宮に嫌というほど弄られたしこりのような部分に、安斎のモノが当たったのだ。俺の反応を見て安斎は「祥吾のイイところはココだね」とひどく嬉しそうな声で呟くと、重点的にそこばかりを刺激してくる。いぎっ、ひぅ、うぅ、アッ!
そんな声ばかりを繰り返した。
自分がイってるのかどうかも分からない。ちんこの先端からはとぷとぷと緩やかに液体が溢れ続けていた。
安斎の腰が一際激しく打ち付けられ、奥を抉るように動いた。その激しさに体が反り返る。安斎が俺の腰を持ったまま動きを止める。じわりと腹の奥に熱いモノが広がった感触があって、背筋が震えた。ずるりと抜け出たことにほっとしたのも束の間、いつのまに場所を移動したのか、長宮が俺の足を持って体の向きを変えようと手を動かす。ぐるりと仰向けにされ、尻にまたもぴたりと熱いモノが当てられる。
嘘だろまって、俺の体力もう死にかけなんですけど。
「ながみや、あの、俺、もう」
「大丈夫。一発ですませるから」
とん、と唇にキスをされて、そのままぐっとナカに押し挿られた。
そこから何を言おうが腰を打ち付けられ、奥を抉られ、安斎には乳首を弄られ、俺は情けない悲鳴を上げながら意識を失った。
「っうぅ」
「祥吾、目が覚めたか?ごめんな。初めてだったのに無理させて」
「ほら、水飲めよ」
長宮から差し出された水入りのペットボトルを疑問なく受け取り、それを口に含んだ。冷たい水が叫んで傷んだ喉を潤わせてくれる。
冷えたそれは火照った頭も冷静にする効果があるようで、俺は今更ながらに何が起こったのかを理解した。
なんてことだ。
酒に酔った勢いで友達二人とセックスしてしまったのか!?
俺は童貞だからセックスがどのようなものか経験したことはなかったが、先ほどまで行われていたものがセックスであることは分かる。
なんでなんでだどうしてそんなことに。
一人苦悩していると、安斎と長宮が俺の手をそれぞれ握ってきた。よく見たら安斎と長宮はすでに下を履いているのに、俺だけ素っ裸だった。しかも体がべたべたして気持ち悪い。腹についている白いこれは、自分の精液か……!
「突然こんなことになって祥吾は驚いてるだろうけど、俺と樹はずっと祥吾のことが好きだったんだ」
「順番が逆になって悪かったと思うが、本気で好きだ。俺たちと付き合って欲しい」
壺売りつけられるより怪しげな団体に勧誘されるよりヤバい展開きた。
二人に手を握られながらも尻で後退りしたら、鈍痛が腰と尻の穴に走って「うっ!」と呻き声が漏れた。
「祥吾、大丈夫?話はまたシャワーを浴びて落ち着いてからしよう」
「そうだな、まずは風呂入るか」
長宮に難なく抱き上げられて、俺は「うお!?」と悲鳴を上げた。長宮はアイドル顔でぱっと見細っこく見えるのに、男を軽々持ち上げるほどの筋力があるのか!?
「ちょ、まってふたりとも!俺、風呂は一人で入れるから!」
「無理しないで。俺たちがちゃんと頭から足の先まで洗ってあげるから」
「そうそう、大人しくしとけって」
「いやほんと大丈夫です!そ、それに俺明日朝早くからバイトがあるからもう帰るので!」
頭が混乱してとにかくこれ以上二人の側ににいられない。
「大丈夫。バイト先には休み申請出しとくから」
「明日はそんなに人手なくても平気だろ」
いやだからなんで二人がそんなことできるの?俺のバイト先の話したことありましたっけ?
訳が分からないまま二人に風呂に連れて行かれ、宣言通り頭から足の先から尻の穴まで綺麗に洗われた。
見たことないような高級感溢れるドライヤーで髪の毛を丁寧に乾かしてもらいながら、もう一生酒は飲まんと20歳の誕生日に誓ったのだった。
丸高祥吾(まるたかしょうご)
悪の組織の下っ端。鈍臭い平凡男子大学生。
安斎誉(あんざいほまれ)
悪の組織の親玉。黒髪に切れ長の瞳のイケメン。物腰柔らか。鈍臭い動物動画を観るのが趣味。将来の夢は動物トレーナーもしくはトリマー。
長宮樹(ながみやいつき)
正義の味方のリーダー。明るい茶髪のアイドル顔イケメン。甘い顔だが言葉も態度も雑。仕事のストレスを鈍臭い動物動画を観ることで発散してる。
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バスケ部。爽やかな風が吹く黒髪美形。部活生の9割は黒髪か坊主。
佐伯浩平
こーくん。キリッとした塩顔。藤白のジュニアからの先輩。藤白を先輩離れさせようと努力していたが、ちゃんと高校まで追ってきて涙ぐんだ。
鈍感モブは俺様主人公に溺愛される?
桃栗
BL
地味なモブがカーストトップに溺愛される、ただそれだけの話。
前作がなかなか進まないので、とりあえずリハビリ的に書きました。
ほんの少しの間お付き合い下さい。
悪役のはずだった二人の十年間
海野璃音
BL
第三王子の誕生会に呼ばれた主人公。そこで自分が悪役モブであることに気づく。そして、目の前に居る第三王子がラスボス系な悪役である事も。
破滅はいやだと謙虚に生きる主人公とそんな主人公に執着する第三王子の十年間。
※ムーンライトノベルズにも投稿しています。
王子様の愛が重たくて頭が痛い。
しろみ
BL
「家族が穏やかに暮らせて、平穏な日常が送れるのなら何でもいい」
前世の記憶が断片的に残ってる遼には“王子様”のような幼馴染がいる。花のような美少年である幼馴染は遼にとって悩みの種だった。幼馴染にべったりされ過ぎて恋人ができても長続きしないのだ。次こそは!と意気込んだ日のことだったーー
距離感がバグってる男の子たちのお話。
十七歳の心模様
須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない…
ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん
柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、
葵は初めての恋に溺れていた。
付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。
告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、
その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。
※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。
初恋はおしまい
佐治尚実
BL
高校生の朝好にとって卒業までの二年間は奇跡に満ちていた。クラスで目立たず、一人の時間を大事にする日々。そんな朝好に、クラスの頂点に君臨する修司の視線が絡んでくるのが不思議でならなかった。人気者の彼の一方的で執拗な気配に朝好の気持ちは高ぶり、ついには卒業式の日に修司を呼び止める所までいく。それも修司に無神経な言葉をぶつけられてショックを受ける。彼への思いを知った朝好は成人式で修司との再会を望んだ。
高校時代の初恋をこじらせた二人が、成人式で再会する話です。珍しく攻めがツンツンしています。
※以前投稿した『初恋はおしまい』を大幅に加筆修正して再投稿しました。現在非公開の『初恋はおしまい』にお気に入りや♡をくださりありがとうございました!こちらを読んでいただけると幸いです。
今作は個人サイト、各投稿サイトにて掲載しています。
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