離縁の脅威、恐怖の日々

月食ぱんな

文字の大きさ
上 下
6 / 12

006 離婚を申し立てる旨を陛下に相談された

しおりを挟む
 幼い頃からの、無二の親友であるイレーネが領地に帰省してしまい、私はどんどん憂鬱ゆううつな気分になっていった。

 勿論イレーネの助言通り、フェリクス様にはっきりと、私達の間に立ちふさがる問題。このまま子に恵まれなかった場合、跡取りをどうするのか。という難題について、二人でひざを交えて話しあおうともした。

「でも、そんなこといまさらだし」

 結婚してから四年も経っているのだ。その話題について、今まで一度も触れたことがないせいで、どう切り出していいのか、もはやわからない。何より私がその話題を出す事により、フェリクス様の口から離縁、もしくは今後愛人を持つかどうかについて話題に上がる事が怖かった。

 結局勇気が出ない私は今までと同じ。出来るだけその話題に触れないよう、そしてせめてもという思いで、完璧な淑女である妻をこなそうと努力する日々を、繰り返している。

 そして本日私は、二ヶ月後に迫った議会のセッション開催に向け、準備するため登城したフェリクス様宛に、彼が忘れた書類を届けに王城に出向いていた。本来ならば、執事であるアルバートに任せればよいのだが、彼が運悪くぎっくり腰になってしまったため、私が直接手渡ししたいと申し出たのである。

「だって、お仕事中のフィル様を見られるなんて、レアですもの」

 日差しが優しく降り注ぐ中、王城に向かうため、淡い黄色い花柄のドレスに、揃いの帽子をかぶり、手には小さなスティック傘を持った私は、久しぶりに浮かれた気分で、馬車に乗り込んだ。

 王城の入り口に到着し、厳粛げんしゅくな門をくぐり、庭園を通り抜けて城内に入る。来客用の馬車停めにたどり着くと、私は何度か足を運んだ時の事を思い出し、彼がいるという、議員控室に向かう。

 議場と議員控室をつなぐ、中庭に面した回廊かいろうを進む。議会開催中は、慌ただしく行き交う人で賑わうその場所は、外の光が明るく差し込み、床や壁にも陽の光が反射し輝いていた。
 中庭に面した通路からは、外の景色を眺めることができるため、議論の合間にリフレッシュすることもできそうだ。

 私は周囲を見回し、呑気にそんな感想をいだいていたのだが。

「あれは……どういう事?」

 目の前で繰り広げられる光景を見て、思わず柱の影に素早く隠れる。私が見つめる先。そこには見知らぬ女性と親しげに話しているフェリクス様の姿があった。

 咄嗟に浮かぶのは「何でこんな所に女性が?」という疑問だ。そしてすぐに「あれは誰?」という不信感たっぷりな疑問へと続く。

 私は動揺しつつも、二人の様子を柱の影からじっと見つめていた。すると私の視線を感じたのか、フェリクス様がこちらを振り向く。私は反射的に、慌てて身を隠す。そして心できっちり二十数え、私はまた柱の影からそっと顔をだす。すると、フェリクス様はもうこちらを向いておらず、再び向かい合う女性と話し始めていた。

 私の視線を釘付けにする女性は、私より少し上。二十代中盤といった感じ。黒髪をゆったりとしたアップにまとめ上げ、深い瞳には知的な光が宿っている。彼女は薄緑色のドレスを着用し、スカートには控えめな花柄が施されていた。全体的に上品で落ち着いた印象を受ける女性だ。

「おっと」

 柱の横を通り過ぎた、文官らしき制服を着た青年が立ち止まる。

「あなたは、一体こちらで何を……」

 青年は柱の影に隠れる私の存在に気付くと目を丸くし、問いかけてきた。

 私はこの、緊急事態である状況に、完璧な淑女である事も忘れ、いぶかしげな表情をした青年のそでを引っ張り、柱の影に引き込む。

「えっ」

 青年は驚きつつも、私に引っ張られるまま、共に柱の影に隠れてくれた。

「ねえ貴方。あそこにいる方は一体どなたかご存知かしら? あの男性のお知り合いの方なのかしら」
「さあ、存じ上げませんが……」

 青年も小声で返してくれた。

「でも、とても仲良しそうに見えるわ」
「そうですね。しかし、あのような場所に若い娘がいるなど、あまりよろしくない状況ではありますね。まぁ、あなたもですが。それにノイラート公も、女性をお迎えになるになるのであれば、もう少し場所を選ぶべきかと思いますが……。それとも、ノイラート公の愛人なのでしょうか?」
「えっ!?」
「あ、いえ、失言でした。今のはご内密に願います」

 青年の言葉に、思わず声をあげてしまい、私は手袋をした手で慌てて自分の口を塞いだ。

「申し訳ありません。あなたのような若いご令嬢の前では、少々刺激が強すぎるお話でしたね」

 青年は気まずそうな顔で謝ってきた。

「いえ、大丈夫よ。確かに驚いたけれど、それよりも……」

 私は柱の陰に目を向ける。そこでは相変わらずフェリクス様と黒髪の女性が、笑顔を向け合い、楽しそうに会話を続けていた。

「愛人ってどういうことなのかしら?」

 私は思い切って尋ねたみた。

「実はノイラート公の奥様は、少々複雑な事情を抱えているそうで」
「複雑なって、それって」
「ご結婚されて四年目なのですが、跡継ぎとなる子に恵まれておりません」

 遠慮がちに告げられた、青年の返答に、「あぁやっぱり、噂になっているのだ」と、私は肩に玉ねぎを詰めた麻袋を乗せられたように、どんよりと重い気分におちいる。

「いえ、大丈夫よ。確かに驚いたけれど、それよりも……」

 あの女性は一体誰で、フェリクス様とどのような関係なのか気になる。

 私は柱の影に隠れたまま、フェリクス様に視線を戻す。そこでは相変わらずフェリクス様と黒髪の女性が笑顔を向け合い、親しげに会話を続けていた。

「そのような事情もあり、この場所で、ノイラート公に女性が近づいてくる事が度々たびたびあるのです」
「度々あるの?」
「えぇ、王城は貴族であれば、顔パスも同然の場所ですからね。父親に忘れ物を届けにきたとでも言い、身分が証明出来れば侵入出来ますから」
「まぁ、セキュリティーに問題がありそうな発言ね。でもそれをわかっていて、侵入する令嬢は、もっとタチが悪いわ」

 私が指摘すると、青年は苦笑した。

「そもそも夜会や舞踏会では、隣に奥様がいらっしゃいます。よってこの場所はノイラート公を狙う女性からすれば、絶好の機会。格好の狩り場なのですよ」
「……なるほどね。それで、あの女性はフェ……ノイラート公のあ、愛人なのかしら?」

 認め難い気持ちのせいか、上ずった声になってしまった。

「さぁ。それは何とも。しかし、これは噂ですが、ノイラート公は離婚を申し立てるむねを陛下に相談されたとか、なんとか」
「え」

 私はまるで踏みしめる大地が地割れを起こしたかのように、足元がぐらつく感覚に襲われた。そして「離婚を申し立てる旨を陛下に相談された」という言葉だけが、頭の中で何度もリフレインされる。

「ですから、あなたにもチャンスがありますよ。頑張って下さい。では、私はこれで。あ、もしノイラート公に相手にされなかったら、私なんかどうですか?こう見えて、私は……って、大丈夫――」

 青年の声を最後まで聞き取る前に私は、「離婚を申し立てる旨を陛下に相談された」という言葉に支配され、目の前に広がる闇の中にぐらりと沈んでいったのであった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

愛されていたのだと知りました。それは、あなたの愛をなくした時の事でした。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
リリナシスと王太子ヴィルトスが婚約をしたのは、2人がまだ幼い頃だった。 それから、ずっと2人は一緒に過ごしていた。 一緒に駆け回って、悪戯をして、叱られる事もあったのに。 いつの間にか、そんな2人の関係は、ひどく冷たくなっていた。 変わってしまったのは、いつだろう。 分からないままリリナシスは、想いを反転させる禁忌薬に手を出してしまう。 ****************************************** こちらは、全19話(修正したら予定より6話伸びました🙏) 7/22~7/25の4日間は、1日2話の投稿予定です。以降は、1日1話になります。

妹の身代わり人生です。愛してくれた辺境伯の腕の中さえ妹のものになるようです。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
タイトルを変更しました。 ※※※※※※※※※※※※※ 双子として生まれたエレナとエレン。 かつては忌み子とされていた双子も何代か前の王によって、そういった扱いは禁止されたはずだった。 だけどいつの時代でも古い因習に囚われてしまう人達がいる。 エレナにとって不幸だったのはそれが実の両親だったということだった。 両親は妹のエレンだけを我が子(長女)として溺愛し、エレナは家族とさえ認められない日々を過ごしていた。 そんな中でエレンのミスによって辺境伯カナトス卿の令息リオネルがケガを負ってしまう。 療養期間の1年間、娘を差し出すよう求めてくるカナトス卿へ両親が差し出したのは、エレンではなくエレナだった。 エレンのフリをして初恋の相手のリオネルの元に向かうエレナは、そんな中でリオネルから優しさをむけてもらえる。 だが、その優しささえも本当はエレンへ向けられたものなのだ。 自分がニセモノだと知っている。 だから、この1年限りの恋をしよう。 そう心に決めてエレナは1年を過ごし始める。 ※※※※※※※※※※※※※ 異世界として、その世界特有の法や産物、鉱物、身分制度がある前提で書いています。 現実と違うな、という場面も多いと思います(すみません💦) ファンタジーという事でゆるくとらえて頂けると助かります💦

【完結】私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね

江崎美彩
恋愛
 王太子殿下の婚約者候補を探すために開かれていると噂されるお茶会に招待された、伯爵令嬢のミンディ・ハーミング。  幼馴染のブライアンが好きなのに、当のブライアンは「ミンディみたいなじゃじゃ馬がお茶会に出ても恥をかくだけだ」なんて揶揄うばかり。 「私が王太子殿下のお茶会に誘われたからって、今更あわてても遅いんだからね! 王太子殿下に見染められても知らないんだから!」  ミンディはブライアンに告げ、お茶会に向かう…… 〜登場人物〜 ミンディ・ハーミング 元気が取り柄の伯爵令嬢。 幼馴染のブライアンに揶揄われてばかりだが、ブライアンが自分にだけ向けるクシャクシャな笑顔が大好き。 ブライアン・ケイリー ミンディの幼馴染の伯爵家嫡男。 天邪鬼な性格で、ミンディの事を揶揄ってばかりいる。 ベリンダ・ケイリー ブライアンの年子の妹。 ミンディとブライアンの良き理解者。 王太子殿下 婚約者が決まらない事に対して色々な噂を立てられている。 『小説家になろう』にも投稿しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】巻き戻りを望みましたが、それでもあなたは遠い人

白雨 音
恋愛
14歳のリリアーヌは、淡い恋をしていた。相手は家同士付き合いのある、幼馴染みのレーニエ。 だが、その年、彼はリリアーヌを庇い酷い傷を負ってしまった。その所為で、二人の運命は狂い始める。 罪悪感に苛まれるリリアーヌは、時が戻れば良いと切に願うのだった。 そして、それは現実になったのだが…短編、全6話。 切ないですが、最後はハッピーエンドです☆《完結しました》

白い結婚は無理でした(涙)

詩森さよ(さよ吉)
恋愛
わたくし、フィリシアは没落しかけの伯爵家の娘でございます。 明らかに邪な結婚話しかない中で、公爵令息の愛人から契約結婚の話を持ち掛けられました。 白い結婚が認められるまでの3年間、お世話になるのでよい妻であろうと頑張ります。 小説家になろう様、カクヨム様にも掲載しております。 現在、筆者は時間的かつ体力的にコメントなどの返信ができないため受け付けない設定にしています。 どうぞよろしくお願いいたします。

いつか彼女を手に入れる日まで

月山 歩
恋愛
伯爵令嬢の私は、婚約者の邸に馬車で向かっている途中で、馬車が転倒する事故に遭い、治療院に運ばれる。医師に良くなったとしても、足を引きずるようになると言われてしまい、傷物になったからと、格下の私は一方的に婚約破棄される。私はこの先誰かと結婚できるのだろうか?

あなたへの愛は枯れ果てました

しまうま弁当
恋愛
ルイホルム公爵家に嫁いだレイラは当初は幸せな結婚生活を夢見ていた。 だがレイラを待っていたのは理不尽な毎日だった。 結婚相手のルイホルム公爵であるユーゲルスは善良な人間などとはほど遠い性格で、事あるごとにレイラに魔道具で電撃を浴びせるようなひどい男であった。 次の日お茶会に参加したレイラは友人達からすぐにユーゲルスから逃げるように説得されたのだった。 ユーゲルスへの愛が枯れ果てている事に気がついたレイラはユーゲルスより逃げる事を決意した。 そしてレイラは置手紙を残しルイホルム公爵家から逃げたのだった。 次の日ルイホルム公爵邸ではレイラが屋敷から出ていった事で騒ぎとなっていた。 だが当のユーゲルスはレイラが自分の元から逃げ出した事を受け入れられるような素直な人間ではなかった。 彼はレイラが逃げ出した事を直視せずに、レイラが誘拐されたと騒ぎ出すのだった。

処理中です...