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012 夢の国、マンドラゴランド1
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王城から魔法転移装置を使い、オリヴァー殿下を連れた私は一瞬でとある場所に移動した。
「この場所こそ、私が考える恋人たちが集う場所です」
殿下を連れてやって来たのは、王都で一番大きな遊園地。
その名も――。
「マンドラゴランド……じ、実にユニークなネーミングだね」
オリヴァー殿下は、若干顔を引きつらせている気もしなくない。
でもそれは気のせいだ。
なぜならここは夢の国だから。
「当日券のチケット、大人六枚下さい」
私は入場ゲートの脇にあるチケット売り場で、近衛の分も含めた入場チケットを購入する。
「殿下ラッキーですよ。無事買えました」
当日券を買えた私は振り返り思わず顔をほころばせた。
「ありがとう」
オリヴァー殿下と近衛騎士の皆様にチケットを配り、私はそそくさと入場ゲートへ足を運ぶ。
「見て下さい。マンドラゴラが沢山います」
私が示した先には、二つ足になった植物。
マンドラゴラを模した大きな入場ゲートが並んでいる。
「この遊園地は、やっぱりマンドラゴラがメインキャラクターなのだろうか?」
「もちろんです。だってここは夢の国、マンドラゴランドですから」
私は笑顔で答える。
古くから薬草や魔術。それから錬金術の原料として大活躍するマンドラゴラをメインキャラクターとして据える、我が国が誇る遊園地。
それがマンドラゴランドだ。
「海外からの観光客にも大人気なんですよ」
「なるほど……まさか、入場ゲートは」
「えぇ、マンドラゴラの足の間をくぐるんです。ラッキーだとマンドラゴラが叫んでくれる仕組みになっているんですよ。さ、行きましょう殿下!」
私は遠足気分満載で足を踏み出そうとして、腕を掴まれる。
「あ、すまない」
大きく一歩踏み出した私が振り返ると、オリヴァー殿下は決まり悪そうな顔で、パッと私の腕から手を離した。
「あのさ、ここでは敬称禁止で。一応おしのびだから」
「……そうですね。では何とお呼びすればよろしいですか?」
「僕はオリヴァーで君はアリシア。そのまま名で呼び合おう」
突然「僕」呼びになったオリヴァー殿下。もしかしたら普段は自分をそう呼んでいるのかも知れない。
(少し砕けた感じで、悪くないかも)
私は今までで一番、オリヴァー殿下に親しみを覚えた。
「かしこまりました」
「あ、それから。迷子になると面倒だし。それにここは恋人同士が多く集まる場所なんだろう?」
オリヴァー殿下は腕を私に差し出す。
どうやらエスコートしてくれるらしい。
「では遠慮なく」
(今この瞬間をジュリアンに見せたいものね)
そもそも家族以外の腕を借りるだなんて、滅多にない経験だ。よって、貴重な現在の状況を切り取り、「嫌がらず、私に腕を貸してくれる人もいるのよ」と堂々とジュリアンに告げたい。
「では行こうか」
オリヴァー殿下の腕を見つめたまま耽る私に声がかかる。
「はい」
殿下の腕をとり、完璧な淑女となった私は元気に答える。そして思わずスキップしそうな勢いで足を踏み出し、自粛した。
(あぶない。私はもういい大人なんだから)
入園料金もしっかり大人料金な年齢だし、行き遅れと揶揄されるほどには立派な大人。
私は自身を取り巻く状況を再確認し、浮かれた気持ちを落ち着ける。そして入場ゲートとなっている、連なるマンドラゴラ達の足の間を先ずは目指す。
「ドキドキしますね。悲鳴が聞けるといいですね」
「う、うん」
そして僅かに緊張している様子のオリヴァー殿下と私は、巨大なマンドラの股の間をくぐった、その瞬間。
「ギャァァァァァ」
マンドラゴラが大きな悲鳴をあげてくれた。
「うわぁーっ!!オリバー様、私達ラッキーですね」
私は耳を塞ぎながらも、思わず歓喜の声を上げる。
「こ、これはすごいな……ラッキーなのか?もはや拷問なのでは?」
耳を塞ぎながらオリヴァー殿下も喜んでいた……たぶん。
「やっぱり夢の国って素敵ですね。ほら、見てください」
ピシリと指をさしたのは、入口に入ってすぐに広がる、マンドラゴラの花畑だ。
メインとなる紫色の花の他にも、色とりどりの花たちが咲き乱れていてとても綺麗だった。
「あぁ、そうだね」
オリヴァー殿下は優しく微笑む。
マンドラゴラの庭園をバックに微笑むオリヴァー殿下。その優しさ溢れる自然な微笑みを見た瞬間、胸が高鳴った。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
私は慌てて首を振る。そんな私を見てオリヴァー殿下は口元に手を当てて小さく笑う。
その姿を見て、私はまたもやドキリとする。そして初めて感じる、理解不能なむず痒い気持ちが私を襲った。
(え、何なのこの気持ち……)
決して嫌な気持ちではないはずなのに、何だかとても恥ずかしい気分に襲われる。
「ええと、オリヴァー殿下は何のアトラクションに乗りたいとか、ご希望はありますか?」
私は慌てて、杖で魔法の園内マップを空中に映し出す。透過された園内マップには、アトラクションの待ち時間もしっかりと映し出されているという優れもの。
どうやら今日は平日とあって、比較的空いているようだ。
「希望か。特にはないけど。そういうのまで魔法なんだな」
オリヴァー殿下は私が目の前に映し出した、魔法のマップを物珍しそうに眺めている。
「観光客や今日の思い出を残したい人向けに、紙のマップもありますよ。オリバー様の分をもらってきましょうか?」
(気が利かなかったかも)
先程からずっと、自分ばかりがはしゃいでいる事にいまさら気付く。
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「すみません。久々訪れたので、ハイテンションになってしまいました」
夢の国の魔法にかけられた私は、舞踏会の時とはうって変わり素直に謝罪の言葉を口にする。
「久々なんだ」
「はい。子どもの頃は両親と兄、それから弟と五人でよく来たんですけど。みんな大人になっちゃいましたし。一人だとこういう場所にはなかなか来られなくて」
「侍女を連れてくればいいのでは?」
オリヴァー殿下の質問に私は首を振る。
「ここは夢の国。仕事で嫌々来るような場所ではないですから」
私はマンドラゴランドが大好きだ。けれどこういう場所が嫌いな人もいる。それにこの場所は家族や友達、それから恋人同士で来るから楽しめる場所だ。
「ええと、だったら今の君はどういう立ち位置なのかな?」
殿下に問われ、ハッとする。
「今の今まで、仕事だという事を忘れていました」
どうしたって今の状況は仕事だ。
私は苦笑いを浮かべる。
「光栄だな」
「それって、どういう」
私が言いかけたその時、突然目の前に巨大な影が現れた。
それは二メートルほどありそうなマンドラゴラの着ぐるみだ。大きな頭はマンドラゴラそのもので、顔の部分から二本の長い手がニョロリと生えている。
「これはゴラ君ですよ、オリヴァー様。わぁ、本物だ」
私はゴラ君のふわふわとした茶色い体に思わず抱きつく。
「お嬢さん、写真、とるゴラ」
「え、いいんですか!!」
「彼氏さんも、どうぞゴラ」
ゴラ君が発した言葉に、一瞬にして殿下と私の間に微妙な雰囲気が漂う。
そして私の脳裏に昨日聞いたばかり。友人達の楽しそうな言葉が蘇る。
『今度はみんなで子ども達と並んで写真を撮りましょうよ』
あの時の私は思わずその場を離れたくなるほど、疎外感を感じた。
子どものいない。それどころか結婚すらしていない私は、仲間外れみたいな気がして、惨めな気分になったから。
そして生物として産まれてきた私が必要最低限課せられた、「子孫を後世に残すこと」という任務を達成出来ていない。そんな後ろ暗さを感じ、居た堪れない気持ちに駆られたからだ。
だけどここは夢の国。何でもありだ。後ろ暗い気持ちを忘れ、恋人でも何でもない人とツーショット写真を撮っても許される場所に違いない。
「オリバー様。折角ですから、記念にゴラ君と並んで撮りましょう」
私は勇気を出して、殿下を誘ってみる。
「そうだな。こういう経験はなかなかできないし」
殿下は私の誘いを笑顔で受けてくれた。その事にホッとしながら、私たちはゴラ君を挟み、両側に並んで立つ。
「ハイ、チーズ!」
撮影係のキャストが合図すると共に、夢の瞬間を切り取る「パシャリ」と良い音が響く。
「購入される方は、こちらの紙をプリントセンターへお持ち下さいね」
私は商売上手なキャストのお姉さんに、番号の書かれたカードを手渡される。
「まいどありゴラ~」
ゴラ君は言い終えると、直ぐに次の金づるに向かって突進していった。
「これは僕が預かっておこう」
私の手からスルリと貰ったばかりの紙が抜き取られる。
「あ、お願いします」
私はオリヴァー様にそのまま渡す。
(もしかして、買うつもりなのかな?)
だったらちょっと、いやかなり嬉しいかも。
(え、なんで嬉しいの?)
私は自分の中にふと浮かんだ気持ちを謎に思う。
「さて、アリシア。次はどこに行く?」
「あ、そうですね……」
オリヴァー殿下は、まるで本当の恋人のように自然に腕を差し出してくれた。私はその腕に遠慮がちに手を添え、歩き出す。
普段なら「とんでもない、畏れ多いです」なんて断りたくもなるシチュエーションだ。けれどここは夢の国。今日ばかりはオリヴァー殿下の隣。VIP席を独り占めしても許されるだろう。
「この先にはどんなアトラクションがあるの?」
「ええと、あそこはですね。絶叫系ですね」
「へぇー」
「オリバー様はそういうの得意ですか?」
「わからないな。経験したことがないから。でもたぶんいけそうな気がする」
オリヴァー殿下は前方に見えてきた、マンドラゴランドの回転系コースターを興味深そうに見つめていた。
「アリシア嬢は大丈夫なのか?」
「はい、むしろ好きです」
「じゃ、あれに挑戦してみよう」
オリバー殿下が覚悟を決めたように、回転系コースター。その名も「マンドラゴラのスプラッタマウンテン」を、手にしたステッキの先で示す。
すると背後の近衛達の間から、声にならない悲鳴が聞こえてきた。
「苦手なやつは無理しないでいいぞ。ま、僕は挑戦するけど」
オリヴァー殿下は振り返り、嬉しそうな声を出す。
(何だかんだ皇子様だし、こういった場所には簡単に来られないもんね)
殿下がマンドラゴランドを楽しんでくれているようで、私は内心ホッとする。
(まぁ、私が一番楽しんでいるっぽいけど)
ここは夢の国だから仕方がない。マンドラゴラの股の間をくぐった瞬間、全人類が子どもに返る場所なのだ。
そして私達はほとんど並ぶことなく、マンドラゴラのスプラッタマウンテンから生還する事が出来た。
それから調子づいた私達はビックマンドラゴラ、スターマンドラゴラ、ゴーレムマンドラゴラと、絶叫系と呼ばれるアトラクションを、次々と制覇していった。
「オリヴァー様、楽しかったですね!」
私は興奮しながら、横を歩くオリヴァー殿下を見上げる。
「わりと余裕だったな」
「私、感動しました。大人になってもアトラクションに乗ってこんなに楽しいだなんて。夢の国に来てよかったです」
「そっか、なら良かった」
オリヴァー殿下は優しい笑みを返してくれる。
その笑顔に私はまたもや、ドキリとする。
(やっぱり、おかしいわ)
もしかして気合を入れるために今朝、ガブガブ飲んでしまった魔力促進持続飲料、モンスターズエンジンのせいだろうか。
私は動悸、息切れ、めまいに襲われるという、よくわからない症状に対抗すべく自分の胸元をギュッと押さえる。
「どうかした?」
「あ、何でもないです」
「そろそろ、少し休憩しようか」
「いいえ、まだまだ行けます」
もっと楽しみたい。
そう思った私は首を振る。
そんな私を見てオリヴァー殿下は「仕方がないな」といった感じで優しく微笑む。
「わかった。ではもう少し楽しもうか」
「はい」
私とオリヴァー殿下はその後も次々と、休む暇なくマンドラゴランドのアトラクションを楽しんだのであった。
「この場所こそ、私が考える恋人たちが集う場所です」
殿下を連れてやって来たのは、王都で一番大きな遊園地。
その名も――。
「マンドラゴランド……じ、実にユニークなネーミングだね」
オリヴァー殿下は、若干顔を引きつらせている気もしなくない。
でもそれは気のせいだ。
なぜならここは夢の国だから。
「当日券のチケット、大人六枚下さい」
私は入場ゲートの脇にあるチケット売り場で、近衛の分も含めた入場チケットを購入する。
「殿下ラッキーですよ。無事買えました」
当日券を買えた私は振り返り思わず顔をほころばせた。
「ありがとう」
オリヴァー殿下と近衛騎士の皆様にチケットを配り、私はそそくさと入場ゲートへ足を運ぶ。
「見て下さい。マンドラゴラが沢山います」
私が示した先には、二つ足になった植物。
マンドラゴラを模した大きな入場ゲートが並んでいる。
「この遊園地は、やっぱりマンドラゴラがメインキャラクターなのだろうか?」
「もちろんです。だってここは夢の国、マンドラゴランドですから」
私は笑顔で答える。
古くから薬草や魔術。それから錬金術の原料として大活躍するマンドラゴラをメインキャラクターとして据える、我が国が誇る遊園地。
それがマンドラゴランドだ。
「海外からの観光客にも大人気なんですよ」
「なるほど……まさか、入場ゲートは」
「えぇ、マンドラゴラの足の間をくぐるんです。ラッキーだとマンドラゴラが叫んでくれる仕組みになっているんですよ。さ、行きましょう殿下!」
私は遠足気分満載で足を踏み出そうとして、腕を掴まれる。
「あ、すまない」
大きく一歩踏み出した私が振り返ると、オリヴァー殿下は決まり悪そうな顔で、パッと私の腕から手を離した。
「あのさ、ここでは敬称禁止で。一応おしのびだから」
「……そうですね。では何とお呼びすればよろしいですか?」
「僕はオリヴァーで君はアリシア。そのまま名で呼び合おう」
突然「僕」呼びになったオリヴァー殿下。もしかしたら普段は自分をそう呼んでいるのかも知れない。
(少し砕けた感じで、悪くないかも)
私は今までで一番、オリヴァー殿下に親しみを覚えた。
「かしこまりました」
「あ、それから。迷子になると面倒だし。それにここは恋人同士が多く集まる場所なんだろう?」
オリヴァー殿下は腕を私に差し出す。
どうやらエスコートしてくれるらしい。
「では遠慮なく」
(今この瞬間をジュリアンに見せたいものね)
そもそも家族以外の腕を借りるだなんて、滅多にない経験だ。よって、貴重な現在の状況を切り取り、「嫌がらず、私に腕を貸してくれる人もいるのよ」と堂々とジュリアンに告げたい。
「では行こうか」
オリヴァー殿下の腕を見つめたまま耽る私に声がかかる。
「はい」
殿下の腕をとり、完璧な淑女となった私は元気に答える。そして思わずスキップしそうな勢いで足を踏み出し、自粛した。
(あぶない。私はもういい大人なんだから)
入園料金もしっかり大人料金な年齢だし、行き遅れと揶揄されるほどには立派な大人。
私は自身を取り巻く状況を再確認し、浮かれた気持ちを落ち着ける。そして入場ゲートとなっている、連なるマンドラゴラ達の足の間を先ずは目指す。
「ドキドキしますね。悲鳴が聞けるといいですね」
「う、うん」
そして僅かに緊張している様子のオリヴァー殿下と私は、巨大なマンドラの股の間をくぐった、その瞬間。
「ギャァァァァァ」
マンドラゴラが大きな悲鳴をあげてくれた。
「うわぁーっ!!オリバー様、私達ラッキーですね」
私は耳を塞ぎながらも、思わず歓喜の声を上げる。
「こ、これはすごいな……ラッキーなのか?もはや拷問なのでは?」
耳を塞ぎながらオリヴァー殿下も喜んでいた……たぶん。
「やっぱり夢の国って素敵ですね。ほら、見てください」
ピシリと指をさしたのは、入口に入ってすぐに広がる、マンドラゴラの花畑だ。
メインとなる紫色の花の他にも、色とりどりの花たちが咲き乱れていてとても綺麗だった。
「あぁ、そうだね」
オリヴァー殿下は優しく微笑む。
マンドラゴラの庭園をバックに微笑むオリヴァー殿下。その優しさ溢れる自然な微笑みを見た瞬間、胸が高鳴った。
「どうかした?」
「いえ、なんでもありません」
私は慌てて首を振る。そんな私を見てオリヴァー殿下は口元に手を当てて小さく笑う。
その姿を見て、私はまたもやドキリとする。そして初めて感じる、理解不能なむず痒い気持ちが私を襲った。
(え、何なのこの気持ち……)
決して嫌な気持ちではないはずなのに、何だかとても恥ずかしい気分に襲われる。
「ええと、オリヴァー殿下は何のアトラクションに乗りたいとか、ご希望はありますか?」
私は慌てて、杖で魔法の園内マップを空中に映し出す。透過された園内マップには、アトラクションの待ち時間もしっかりと映し出されているという優れもの。
どうやら今日は平日とあって、比較的空いているようだ。
「希望か。特にはないけど。そういうのまで魔法なんだな」
オリヴァー殿下は私が目の前に映し出した、魔法のマップを物珍しそうに眺めている。
「観光客や今日の思い出を残したい人向けに、紙のマップもありますよ。オリバー様の分をもらってきましょうか?」
(気が利かなかったかも)
先程からずっと、自分ばかりがはしゃいでいる事にいまさら気付く。
「いや、大丈夫だよ。ありがとう」
「すみません。久々訪れたので、ハイテンションになってしまいました」
夢の国の魔法にかけられた私は、舞踏会の時とはうって変わり素直に謝罪の言葉を口にする。
「久々なんだ」
「はい。子どもの頃は両親と兄、それから弟と五人でよく来たんですけど。みんな大人になっちゃいましたし。一人だとこういう場所にはなかなか来られなくて」
「侍女を連れてくればいいのでは?」
オリヴァー殿下の質問に私は首を振る。
「ここは夢の国。仕事で嫌々来るような場所ではないですから」
私はマンドラゴランドが大好きだ。けれどこういう場所が嫌いな人もいる。それにこの場所は家族や友達、それから恋人同士で来るから楽しめる場所だ。
「ええと、だったら今の君はどういう立ち位置なのかな?」
殿下に問われ、ハッとする。
「今の今まで、仕事だという事を忘れていました」
どうしたって今の状況は仕事だ。
私は苦笑いを浮かべる。
「光栄だな」
「それって、どういう」
私が言いかけたその時、突然目の前に巨大な影が現れた。
それは二メートルほどありそうなマンドラゴラの着ぐるみだ。大きな頭はマンドラゴラそのもので、顔の部分から二本の長い手がニョロリと生えている。
「これはゴラ君ですよ、オリヴァー様。わぁ、本物だ」
私はゴラ君のふわふわとした茶色い体に思わず抱きつく。
「お嬢さん、写真、とるゴラ」
「え、いいんですか!!」
「彼氏さんも、どうぞゴラ」
ゴラ君が発した言葉に、一瞬にして殿下と私の間に微妙な雰囲気が漂う。
そして私の脳裏に昨日聞いたばかり。友人達の楽しそうな言葉が蘇る。
『今度はみんなで子ども達と並んで写真を撮りましょうよ』
あの時の私は思わずその場を離れたくなるほど、疎外感を感じた。
子どものいない。それどころか結婚すらしていない私は、仲間外れみたいな気がして、惨めな気分になったから。
そして生物として産まれてきた私が必要最低限課せられた、「子孫を後世に残すこと」という任務を達成出来ていない。そんな後ろ暗さを感じ、居た堪れない気持ちに駆られたからだ。
だけどここは夢の国。何でもありだ。後ろ暗い気持ちを忘れ、恋人でも何でもない人とツーショット写真を撮っても許される場所に違いない。
「オリバー様。折角ですから、記念にゴラ君と並んで撮りましょう」
私は勇気を出して、殿下を誘ってみる。
「そうだな。こういう経験はなかなかできないし」
殿下は私の誘いを笑顔で受けてくれた。その事にホッとしながら、私たちはゴラ君を挟み、両側に並んで立つ。
「ハイ、チーズ!」
撮影係のキャストが合図すると共に、夢の瞬間を切り取る「パシャリ」と良い音が響く。
「購入される方は、こちらの紙をプリントセンターへお持ち下さいね」
私は商売上手なキャストのお姉さんに、番号の書かれたカードを手渡される。
「まいどありゴラ~」
ゴラ君は言い終えると、直ぐに次の金づるに向かって突進していった。
「これは僕が預かっておこう」
私の手からスルリと貰ったばかりの紙が抜き取られる。
「あ、お願いします」
私はオリヴァー様にそのまま渡す。
(もしかして、買うつもりなのかな?)
だったらちょっと、いやかなり嬉しいかも。
(え、なんで嬉しいの?)
私は自分の中にふと浮かんだ気持ちを謎に思う。
「さて、アリシア。次はどこに行く?」
「あ、そうですね……」
オリヴァー殿下は、まるで本当の恋人のように自然に腕を差し出してくれた。私はその腕に遠慮がちに手を添え、歩き出す。
普段なら「とんでもない、畏れ多いです」なんて断りたくもなるシチュエーションだ。けれどここは夢の国。今日ばかりはオリヴァー殿下の隣。VIP席を独り占めしても許されるだろう。
「この先にはどんなアトラクションがあるの?」
「ええと、あそこはですね。絶叫系ですね」
「へぇー」
「オリバー様はそういうの得意ですか?」
「わからないな。経験したことがないから。でもたぶんいけそうな気がする」
オリヴァー殿下は前方に見えてきた、マンドラゴランドの回転系コースターを興味深そうに見つめていた。
「アリシア嬢は大丈夫なのか?」
「はい、むしろ好きです」
「じゃ、あれに挑戦してみよう」
オリバー殿下が覚悟を決めたように、回転系コースター。その名も「マンドラゴラのスプラッタマウンテン」を、手にしたステッキの先で示す。
すると背後の近衛達の間から、声にならない悲鳴が聞こえてきた。
「苦手なやつは無理しないでいいぞ。ま、僕は挑戦するけど」
オリヴァー殿下は振り返り、嬉しそうな声を出す。
(何だかんだ皇子様だし、こういった場所には簡単に来られないもんね)
殿下がマンドラゴランドを楽しんでくれているようで、私は内心ホッとする。
(まぁ、私が一番楽しんでいるっぽいけど)
ここは夢の国だから仕方がない。マンドラゴラの股の間をくぐった瞬間、全人類が子どもに返る場所なのだ。
そして私達はほとんど並ぶことなく、マンドラゴラのスプラッタマウンテンから生還する事が出来た。
それから調子づいた私達はビックマンドラゴラ、スターマンドラゴラ、ゴーレムマンドラゴラと、絶叫系と呼ばれるアトラクションを、次々と制覇していった。
「オリヴァー様、楽しかったですね!」
私は興奮しながら、横を歩くオリヴァー殿下を見上げる。
「わりと余裕だったな」
「私、感動しました。大人になってもアトラクションに乗ってこんなに楽しいだなんて。夢の国に来てよかったです」
「そっか、なら良かった」
オリヴァー殿下は優しい笑みを返してくれる。
その笑顔に私はまたもや、ドキリとする。
(やっぱり、おかしいわ)
もしかして気合を入れるために今朝、ガブガブ飲んでしまった魔力促進持続飲料、モンスターズエンジンのせいだろうか。
私は動悸、息切れ、めまいに襲われるという、よくわからない症状に対抗すべく自分の胸元をギュッと押さえる。
「どうかした?」
「あ、何でもないです」
「そろそろ、少し休憩しようか」
「いいえ、まだまだ行けます」
もっと楽しみたい。
そう思った私は首を振る。
そんな私を見てオリヴァー殿下は「仕方がないな」といった感じで優しく微笑む。
「わかった。ではもう少し楽しもうか」
「はい」
私とオリヴァー殿下はその後も次々と、休む暇なくマンドラゴランドのアトラクションを楽しんだのであった。
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