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009 価値観の違い

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 顔だけは完璧なオリヴァー殿下の微笑みに見惚れる令嬢であふれる中。

「殿下はいつまで滞在される予定なのですか?」

 まるで魅了魔法にかけられたような、甘い雰囲気をさえぎったのは、クリスティナ様だ。

 さすが私の、年下だけれど頼りになる知人だけのことはある。

「本当は運命の相手を見つけるまで。そう言いたいところだけれど、あと二週間ほどかな」
「まぁ、あまりお時間がないのですね。クリスタルが反応すれば、良いのですが」

 クリスティナ様は可愛らしく胸の前で手を合わせ、心底願っているといった風を装う。

「クリスタルか……悪いが、帝国は自由恋愛を推奨すいしょうする国だ。だから君達のように、結婚相手を水晶の玉が決めるまで待つ事はしない。私は自分の結婚相手は自分で決めるつもりだ。だからこうして自ら動いているわけだしね」

(ん?)

 オリヴァー殿下の少し馬鹿にしたような言い方に引っかかりを覚える。今の言い方だと、私の仕事が否定された。そんな気がしなくもない。

「自らお動きになるのは結構です。けれどもし、殿下がお気に召した子に、我が国が誇るツガイシステムで将来の伴侶はんりょがすでに決められていた。その場合はどうされるおつもりなんですか?」

 私は冷静を装い、意地悪な質問をぶつけた。

「どうするも何も、相手が私を好きになってくれるよう、自ら努力するしかないだろうな」
「ではきっと殿下の恋は実りませんね」

 私は勝ち誇った顔をオリヴァー殿下に向ける。

「君はなぜ、そういい切れるんだ?」
「システムが弾き出した結果は絶対だからです」

 その前提があるからこそ、ツガイシステムで固く結ばれた恋人同士を、帝国のお偉い殿下だろうとなんだろうと、破局に導く事は出来ない。

(そんなの常識じゃない)

 私はふふんと鼻で笑う。

「君のその絶対なる自信と信頼の意味が、さっぱり私にはわからないな。そのようなシステムに頼らなくとも、人は誰かに好意を自然にいだくものだ。少なくとも私は未来の伴侶を決めるにあたり、自分の第六感を信じたい」

 オリヴァー殿下は負けじと主張した。

「第六感ですか。将来を共にする相手を決めるのに、皇子殿下ともあろう御方おかたが、随分と曖昧なものに頼られているのですね」
「誰かに強制的に決められるよりは間違いないと思うが」
「そうでしょうか。人はミスをします。けれど、ツガイシステムはよっぽどの事がない限り、正しい結果を示してくれますよ?」

 私が当たり前のように主張すると、オリヴァー殿下は驚いたように目を丸くした。

「もしかして君は、心から誰かを好きになったことがないのか?」
「…………」

 私はノーコメントを貫く。

 確かに私は恋愛などした事がない。ツガイシステムが正しい未来を導いてくれる事は実証済み。よって、誰かを本気で好きになる必要などないからだ。

 それにツガイシステムに管理されている以上、誰かに特別な好意を寄せたところで、無駄な時間を過ごすだけ。なぜならツガイシステムが、好きになった人物の相手として、私を選ぶとは限らないから。

 無駄な事に労力を割き、その結果心を痛める結果になったら時間の無駄だ。これは合理的な考えであって、間違っていないはず。

 だから、恋愛をした事がない。その事を私は恥じたりもしていない。

「君はツガイシステムで導き出された結果以外、信じないというのか?」
「信じません。こと失敗の許されない結婚に関しては特に」

 私がキッパリと言い放つと、オリヴァー殿下はこれ見よがしに、悲しげな表情を見せた。

 どうやら哀れだと思われているようだ。
 勝手な思い込みで、私の気持ちを判断され、さらに私はムッとする。

「人生は短いと言いますし、無駄な事に時間を割くのは、賢い生き方だとは思えません。恋愛なんかにうつつを抜かすより、目の前に提示された仕事を淡々とこなす方が、ずっと誰かのためになる、素晴らしい生き方だと思います」

 私は断固譲らないと、自分の意見を主張する。

 悲しいかな、おひとり様が板についてきた私がすがれるのは、もはや仕事しかない。その仕事内容が他人の結婚相手を判断するという、もはや私には皮肉めいたものではあるが、それでも誇りを持ち、私は業務をこなしている。よって、ツガイシステムを否定する意見は到底認められない。

「あんなふうになりたくないわ」
「ほんと、みじめよね」
「おひとり様をこじらせると、偏屈へんくつになってしまうのね」
「ますますツガイが現れなそう」
「でも、反面教師的に参考になったわ」
「確かに。その点では感謝しなきゃですわね」

 横にそれ、徒党を組むデビュタントたちのヒソヒソ声が耳に飛び込んできた。

 さすがの私も、可愛げなく反論するこの状況は失態でしかないと気付く。

「……という、意見も聞いた事があります」

 もはや蚊の鳴くような声で、さりげなく他人が言っていた風を装う。

「君の意見は理解した。それが正しいかどうかは別として、私と君は育ってきた国が違う。だからすぐに理解し合えるはずがないって事だろう?」

 うまくこの場を収めようとしているのか、オリヴァー殿下が、譲歩する言葉を述べた。

 ならば、乗っかるしかないというもの。

「はい。その通りです。それが言いたかったのです」

 私は敵に寝返る諜報ちょうほうのごとく、笑顔で全肯定しておいた。

「今回の滞在ではまさに今、君が口にした事が目的でもあるんだよ」
「まぁ、そうだったのですね」

 私はいまいちピンとこないまま、相槌あいずちを打つ。

「エスメルダ王国、そしてローゼンシュタール帝国の友好をさらに深めるためには、お互いの理解が必要だと、私は君と出会い強く感じた。ありがとう」

 オリヴァー殿下が優しく微笑む。

(えー、どうしてお礼なんてされてるの?)

 全く意味がわからないと私は頭に「?」を浮かべつつ、それをさとされてはなるまいと、笑顔のまま、慌てて返答する。

「お礼だなんて。身に余る光栄ですわ」
「そうか、それは良かった」

 オリヴァー殿下が機転を効かせ、私がついうっかり本音をもらしてしまった事は、過去のものとなったようだ。

 ホッとすると共に、案外いい人なのかも知れないと、私の中でオリヴァー殿下の評価が上昇しかけたその時。

「そこで、だ」
「え?」

(まだ話は続くの?)

 私は何となく、嫌な予感を感じた。

「熱い議論を交わした仲だし、エスメルダ王国を理解するための手段として、滞在中は君に色々とお世話になろうかな」

 オリヴァー殿下の透き通る空色の瞳に、夕焼け色をした闘志がたぎるのを感じた。

(え、なんでそこで私に頼もうとするの?)

 私はますます意味がわからないと、戸惑う。

「と、とても光栄なお申し出だとは思います。けれど、至らぬ私が殿下をご案内する事で、粗相があっては申し訳ありません。それに、こういった件は私の一存ではなんとも……」

 私は責任逃れ全開な言葉を口にし、何とか面倒な役目からおさらばしようと試みる。

「なるほど、そうきたか」

 周囲に聞こえないよう、ボソリと呟くオリヴァー殿下。

「悪いけど、逃がさないよ。君の件は滞在中の課題にすると、今ここで決めたから」

 オリヴァー殿下は、人好きのする素敵な笑顔のまま、不敵な雰囲気全開になる。

「か、課題ですか?」
「ツガイシステムに囚われ愛を知らぬ哀れな君の、その曇り切った瞳を必ずや晴らして見せようという課題だよ」

 猫の皮を脱ぎ捨てたらしきオリヴァー殿下が、ニヤリと不敵に微笑んだ。

(なるほど、宣戦布告されたってことね)

 そっちかその気ならばと、私もふつふつと闘志がみなぎってきた。こう見えて私は、売られた喧嘩はきっちり高値で買い取るタイプなのである。

「私の瞳のご心配をしてくださるだなんて、なんてお優しい殿下なのでしょう。そんな慈愛のお心を持つ素晴らしい方ならばきっと、運命の伴侶を自力で見つけられる事かと思います。嬉しいご報告が届く事を楽しみに待っておりますわ」

 ムカムカする気持ちに支配された私は、さりげなく「私にかかわるな」と含みを持たせた、高度な嫌味ぶしをお見舞いした。

 案の定オリヴァー殿下は、私を見て目をぱちくりさせている。

(ふふん、クリティカルヒット)

 私は、勝ち誇った笑みを浮かべる。

「アリシア様、そんな言い方をしては殿下に失礼ですわ。それに運命の人は出会った瞬間わかる。そう主張する殿下のお気持ちに私は賛成です」

 クリスティナ様が困った表情を浮かべながら、私に注意を促す。

(た、確かに大人気なくムキになっちゃったかも知れない)

 年下の、しかもデビュタントしたばかりのクリスティナ様に、自らの無礼な行いを指摘された私は「やってしまった」と反省する。

(で、でも!!)

 私は仕事や信念に、それなりに誇りを持っている。それらをまとめて否定されたのだから、どうしたって塩対応になってしまうというもの。

 私が苦し紛れに無言で肩をすくめると、オリヴァー殿下はフッと口元を緩めた。

「ふふ、面白いね。君となら仲良くなれそうだ」
「……どこがですか」

 少なくとも私がオリヴァー殿下に向ける気持ちは氷点下。つまりマイナスだ。

(しょせん顔だけの男だったってこと)

 観賞用にはいい。ただそれだけだ。
 謎に上から目線でそうしめくくると、私はオリヴァー殿下に清々すがすがしい笑みを向ける。

「では殿下、今後のご活躍を楽しみにしておりますわ」
「君こそ覚悟しておいたほうがいい」

 オリヴァー殿下がニヤリと怪しく微笑む。

(一体何の覚悟よ……)

 私はどうみたって負け確定であるオリヴァー殿下が、まるで勝ち誇ったように微笑む意味がさっぱりわからなかった。

「では失礼します」
「楽しい時間をありがとう」
「こちらこそ」

 謎に微笑むオリヴァー殿下に見送られ、私はその場を優雅に離脱する。

「ムカつく人だったけど、今日の舞踏会はなかなかエキサイティングで悪くなかったわね。さてと、いくさのあとは腹ごしらえしないと」

 私はどこか浮かれた気持ちで、人混みを掻き分け、軽食コーナーに足を運ぶのであった。
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