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三条輝沙良編
尚子とわたしその二
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「わたしの?? で、いいの?」
「うん。三条さんにお願いしたいの」
中等部二回目のテストを終えたあたりで、尚子から話しかけられた。季節は夏に入ったばかり。外で走るのが気持ちのいい日々で、走った後の爽快感と汗のベタつきに息を整えながら感じる喉の乾き。これで満たされる独特の感覚は、この季節ならでは。わたしが好きな季節の一つだ。
……熱くて暑くてベタついて疲れて喉が渇く感覚がスキ――……あんまり賛同者はいないのだけれど、それでもうんうんと納得してくれる部活の友人知人たちはちゃんといる辺りが星花だ。過去は清楚な女子の純粋培養施設だったのかもしれないけれど、わたし含め今の星花って結構癖の強いタイプの生徒の方が多いと思う。
「で、でもわたしはそんなに速くはないわよ?」
「ええ? あ、あれでなの?」
この時尚子から持ちかけられたお話、且つ初めての長期会話は、わたしを部活の絵のお題モデルにしたいから、しばらくわたしの部活動を見学させて欲しい……という、彼女とわたしの部活動に関連する依頼だった。そして、言った通りわたしは特に速いわけではないので、その対象として良いのかどうか少し戸惑ってしまう。ちょっと気になっていた娘に話しかけられて、舞い上がっていた気持ちもなくはないとは思うのだけれど。
「あれ? ……って鎌田さんはわたしの走りとか知ってたの?」
「ええ。陸上部の部長さんに相談した時にちょっと見てた。だから、ちょっとだけ知ってる」
それに対して尚子は、あれで? と返してきた。わたしの方が気づいていなかっただけで、既に部活で走っている姿は見ていたとの事。まずは部長に通してからこちらに寄越す、正道で順当な、まさに真っ当なお嬢様らしいお話の進め方だ。……いつでも話せる同じクラスのわたしから先に話す、ではなく上の存在という外堀を埋めて逃げられなくしてからわたしにドーン、という手法とも取れなくもない。やくざだこれ。
「そっか。部長お姉さまには既に……。うん、わたしは良くて中の上くらいかな」
「ちゅ、中の上……? あんなに速いのに……?」
尚子はわたしの走っていた姿を思い出しているのか、わたしが決して超速い存在ではないという事に、まだ納得しきれていない模様。その様子だとそこまで長時間わたしの部活をまだ見学しきれていないようだ。全力で走ってもそれぞれのお得意さんからは大分離されてゴール、が常なのがわたしだから、それなりに見ていたならば、速くないという事には絶対に気づくはず。わたしがそこまで速くないのは、長距離短距離いずれも走っているものの、未だどちらに向いているのかは正直わからないのもあるので、体力とか力の配分ペースもまたわからない、というのがやはり大きい。水分もいつ摂取するか、シューズはこれで良いのかとか。突き詰めていけば、わたしが走りやすいベストのタイムが出せるんだろう。その時までわたしの本気の走りというのはお預けだ。
「わたしより速い人の方が多いよ。まだ一年だしさ?」
「ふふっ」
なので、どちらに的を絞るのかを把握している最中で準備もまだまだだから速くない、と言えば聞こえはちょっと良いが、実際は走るのが好きなので、適正は実のところ長距離でも短距離でもどちらでもいい。だからおそらく、わたしはこれからも決定的に速くはならないだろう。全中に向けてとか気の早い友人なんかは世界大会に出る! とか部内でも色々あるけれど、わたしは走るのが好きだからいるので、速く走りたい、記録を出したい、なんかすごい大会に出たいとか、そういうわけではない。あ、でもホノルルマラソンとか箱根マラソンとかはやってみたいな。
「あにさー」
「いやいや、三条さんって意外と自信家だったんだなぁって」
急に尚子に笑われて、何事かとわざとらしくほっぺを膨らませて軽く問い詰めると、どうやら先の【中の上】、という言葉が引っかかったようで、それが彼女の中ではそれなりに可笑しかったようだ。
【中の上】なのはそのままの意味で、学年別では一応早い順で先に呼ばれやすい。……同じ学年の短距離で一番早い佐藤さんからは一秒以上も離されたりするけれど……いいもん。中の上だもん。中ボスだもん。
「まぁ、それなりに走り込んでるからね。そういう鎌田さんだって、絵、上手いのでしょう?」
「ふふふっ、ええ、それなりに描いてきたからね。私も中の上」
やっぱり彼女は、絵が上手いらしい。見せてー? と言ったら、これでよければ、と授業中の落描きなるものを見せられて、その出来栄えに軽く絶望する。……めちゃくちゃ上手い。これで落描き? は? なにこれ詐欺じゃん? わたし棒人間しか描けないのに。いや棒人間もおそらく彼女が描いたら……わたしが中ボスなら尚子はラスボスだった?
「かみえし?」
「そんなそんざいにはやくなりたいよー」
ぱたぱたとひらひらと手を振り首を振り、私なんてまだまだ、といいたげな彼女。いや超うまいって!? わたしのクラスの神絵師がラスボスだったんだが とかラノベでありそう。一体全体どんな内容かわからないけど。あれだな謎の勝負回とか水着回とかお風呂回とかがあってそこから急展開シリアスからの二巻で打ち切りタイプだな。
「……こ、これでまだまだだと……よのなかふこうへいだ……」
「これで。私だって三条さんみたく走れないし……?」
運動全般が苦手でさーと自信なさげに軽く微笑む彼女は、いたずらっぽく可愛くて、わたしの中で存在していた、可憐な少女鎌田尚子、とはズレた存在で。
「じゃあ、中の上仲間ってことで」
「中の上仲間、かぁ……ふふふっ」
コロコロとちょっとした事でも笑い微笑み楽しげで返してくれて。
「あーにさー」
「いやいや、三条さんって意外とアレだったんだなぁって」
口も結構悪くてこちらを突っついたりと純粋培養的なお嬢様とは全然違くて。
「アレ言わないの」
「あははっ楽しいから良いと思う」
絵が上手くて運動が苦手でお喋りが好きで。
「鎌田さんも結構アレよね?」
「面白いことが好きなだけよ」
初めて話す間柄でも、こんなに色々反応してくれて。
「そんな、戦うことが好きなだけよ! みたいな言い草」
「あ~絶対悪役だわ私」
可愛くて可憐で文化人でありながら、自ら悪役言い出したりまでしてくれる。
「中ボスだね」
「中ボスだわ」
彼女もわたしも、一癖も二癖もある、星花女子学園の一人だった。
「ラスボスに進化できるかなー」
「未来の私達次第ね」
「うん。三条さんにお願いしたいの」
中等部二回目のテストを終えたあたりで、尚子から話しかけられた。季節は夏に入ったばかり。外で走るのが気持ちのいい日々で、走った後の爽快感と汗のベタつきに息を整えながら感じる喉の乾き。これで満たされる独特の感覚は、この季節ならでは。わたしが好きな季節の一つだ。
……熱くて暑くてベタついて疲れて喉が渇く感覚がスキ――……あんまり賛同者はいないのだけれど、それでもうんうんと納得してくれる部活の友人知人たちはちゃんといる辺りが星花だ。過去は清楚な女子の純粋培養施設だったのかもしれないけれど、わたし含め今の星花って結構癖の強いタイプの生徒の方が多いと思う。
「で、でもわたしはそんなに速くはないわよ?」
「ええ? あ、あれでなの?」
この時尚子から持ちかけられたお話、且つ初めての長期会話は、わたしを部活の絵のお題モデルにしたいから、しばらくわたしの部活動を見学させて欲しい……という、彼女とわたしの部活動に関連する依頼だった。そして、言った通りわたしは特に速いわけではないので、その対象として良いのかどうか少し戸惑ってしまう。ちょっと気になっていた娘に話しかけられて、舞い上がっていた気持ちもなくはないとは思うのだけれど。
「あれ? ……って鎌田さんはわたしの走りとか知ってたの?」
「ええ。陸上部の部長さんに相談した時にちょっと見てた。だから、ちょっとだけ知ってる」
それに対して尚子は、あれで? と返してきた。わたしの方が気づいていなかっただけで、既に部活で走っている姿は見ていたとの事。まずは部長に通してからこちらに寄越す、正道で順当な、まさに真っ当なお嬢様らしいお話の進め方だ。……いつでも話せる同じクラスのわたしから先に話す、ではなく上の存在という外堀を埋めて逃げられなくしてからわたしにドーン、という手法とも取れなくもない。やくざだこれ。
「そっか。部長お姉さまには既に……。うん、わたしは良くて中の上くらいかな」
「ちゅ、中の上……? あんなに速いのに……?」
尚子はわたしの走っていた姿を思い出しているのか、わたしが決して超速い存在ではないという事に、まだ納得しきれていない模様。その様子だとそこまで長時間わたしの部活をまだ見学しきれていないようだ。全力で走ってもそれぞれのお得意さんからは大分離されてゴール、が常なのがわたしだから、それなりに見ていたならば、速くないという事には絶対に気づくはず。わたしがそこまで速くないのは、長距離短距離いずれも走っているものの、未だどちらに向いているのかは正直わからないのもあるので、体力とか力の配分ペースもまたわからない、というのがやはり大きい。水分もいつ摂取するか、シューズはこれで良いのかとか。突き詰めていけば、わたしが走りやすいベストのタイムが出せるんだろう。その時までわたしの本気の走りというのはお預けだ。
「わたしより速い人の方が多いよ。まだ一年だしさ?」
「ふふっ」
なので、どちらに的を絞るのかを把握している最中で準備もまだまだだから速くない、と言えば聞こえはちょっと良いが、実際は走るのが好きなので、適正は実のところ長距離でも短距離でもどちらでもいい。だからおそらく、わたしはこれからも決定的に速くはならないだろう。全中に向けてとか気の早い友人なんかは世界大会に出る! とか部内でも色々あるけれど、わたしは走るのが好きだからいるので、速く走りたい、記録を出したい、なんかすごい大会に出たいとか、そういうわけではない。あ、でもホノルルマラソンとか箱根マラソンとかはやってみたいな。
「あにさー」
「いやいや、三条さんって意外と自信家だったんだなぁって」
急に尚子に笑われて、何事かとわざとらしくほっぺを膨らませて軽く問い詰めると、どうやら先の【中の上】、という言葉が引っかかったようで、それが彼女の中ではそれなりに可笑しかったようだ。
【中の上】なのはそのままの意味で、学年別では一応早い順で先に呼ばれやすい。……同じ学年の短距離で一番早い佐藤さんからは一秒以上も離されたりするけれど……いいもん。中の上だもん。中ボスだもん。
「まぁ、それなりに走り込んでるからね。そういう鎌田さんだって、絵、上手いのでしょう?」
「ふふふっ、ええ、それなりに描いてきたからね。私も中の上」
やっぱり彼女は、絵が上手いらしい。見せてー? と言ったら、これでよければ、と授業中の落描きなるものを見せられて、その出来栄えに軽く絶望する。……めちゃくちゃ上手い。これで落描き? は? なにこれ詐欺じゃん? わたし棒人間しか描けないのに。いや棒人間もおそらく彼女が描いたら……わたしが中ボスなら尚子はラスボスだった?
「かみえし?」
「そんなそんざいにはやくなりたいよー」
ぱたぱたとひらひらと手を振り首を振り、私なんてまだまだ、といいたげな彼女。いや超うまいって!? わたしのクラスの神絵師がラスボスだったんだが とかラノベでありそう。一体全体どんな内容かわからないけど。あれだな謎の勝負回とか水着回とかお風呂回とかがあってそこから急展開シリアスからの二巻で打ち切りタイプだな。
「……こ、これでまだまだだと……よのなかふこうへいだ……」
「これで。私だって三条さんみたく走れないし……?」
運動全般が苦手でさーと自信なさげに軽く微笑む彼女は、いたずらっぽく可愛くて、わたしの中で存在していた、可憐な少女鎌田尚子、とはズレた存在で。
「じゃあ、中の上仲間ってことで」
「中の上仲間、かぁ……ふふふっ」
コロコロとちょっとした事でも笑い微笑み楽しげで返してくれて。
「あーにさー」
「いやいや、三条さんって意外とアレだったんだなぁって」
口も結構悪くてこちらを突っついたりと純粋培養的なお嬢様とは全然違くて。
「アレ言わないの」
「あははっ楽しいから良いと思う」
絵が上手くて運動が苦手でお喋りが好きで。
「鎌田さんも結構アレよね?」
「面白いことが好きなだけよ」
初めて話す間柄でも、こんなに色々反応してくれて。
「そんな、戦うことが好きなだけよ! みたいな言い草」
「あ~絶対悪役だわ私」
可愛くて可憐で文化人でありながら、自ら悪役言い出したりまでしてくれる。
「中ボスだね」
「中ボスだわ」
彼女もわたしも、一癖も二癖もある、星花女子学園の一人だった。
「ラスボスに進化できるかなー」
「未来の私達次第ね」
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