坂津眞矢子星花短編集

坂津眞矢子

文字の大きさ
上 下
3 / 5
三条輝沙良編

尚子とわたしその二

しおりを挟む
「わたしの?? で、いいの?」
「うん。三条さんにお願いしたいの」

 中等部二回目のテストを終えたあたりで、尚子から話しかけられた。季節は夏に入ったばかり。外で走るのが気持ちのいい日々で、走った後の爽快感と汗のベタつきに息を整えながら感じる喉の乾き。これで満たされる独特の感覚は、この季節ならでは。わたしが好きな季節の一つだ。
 ……熱くて暑くてベタついて疲れて喉が渇く感覚がスキ――……あんまり賛同者はいないのだけれど、それでもうんうんと納得してくれる部活の友人知人たちはちゃんといる辺りが星花だ。過去は清楚な女子の純粋培養施設だったのかもしれないけれど、わたし含め今の星花って結構癖の強いタイプの生徒の方が多いと思う。

「で、でもわたしはそんなに速くはないわよ?」
「ええ? あ、あれでなの?」

 この時尚子から持ちかけられたお話、且つ初めての長期会話は、わたしを部活の絵のお題モデルにしたいから、しばらくわたしの部活動を見学させて欲しい……という、彼女とわたしの部活動に関連する依頼だった。そして、言った通りわたしは特に速いわけではないので、その対象として良いのかどうか少し戸惑ってしまう。ちょっと気になっていた娘に話しかけられて、舞い上がっていた気持ちもなくはないとは思うのだけれど。

「あれ? ……って鎌田さんはわたしの走りとか知ってたの?」
「ええ。陸上部の部長さんに相談した時にちょっと見てた。だから、ちょっとだけ知ってる」

 それに対して尚子は、あれで? と返してきた。わたしの方が気づいていなかっただけで、既に部活で走っている姿は見ていたとの事。まずは部長に通してからこちらに寄越す、正道で順当な、まさに真っ当なお嬢様らしいお話の進め方だ。……いつでも話せる同じクラスのわたしから先に話す、ではなく上の存在という外堀を埋めて逃げられなくしてからわたしにドーン、という手法とも取れなくもない。やくざだこれ。

「そっか。部長お姉さまには既に……。うん、わたしは良くて中の上くらいかな」
「ちゅ、中の上……? あんなに速いのに……?」

 尚子はわたしの走っていた姿を思い出しているのか、わたしが決して超速い存在ではないという事に、まだ納得しきれていない模様。その様子だとそこまで長時間わたしの部活をまだ見学しきれていないようだ。全力で走ってもそれぞれのお得意さんからは大分離されてゴール、が常なのがわたしだから、それなりに見ていたならば、速くないという事には絶対に気づくはず。わたしがそこまで速くないのは、長距離短距離いずれも走っているものの、未だどちらに向いているのかは正直わからないのもあるので、体力とか力の配分ペースもまたわからない、というのがやはり大きい。水分もいつ摂取するか、シューズはこれで良いのかとか。突き詰めていけば、わたしが走りやすいベストのタイムが出せるんだろう。その時までわたしの本気の走りというのはお預けだ。

「わたしより速い人の方が多いよ。まだ一年だしさ?」
「ふふっ」

 なので、どちらに的を絞るのかを把握している最中で準備もまだまだだから速くない、と言えば聞こえはちょっと良いが、実際は走るのが好きなので、適正は実のところ長距離でも短距離でもどちらでもいい。だからおそらく、わたしはこれからも決定的に速くはならないだろう。全中に向けてとか気の早い友人なんかは世界大会に出る! とか部内でも色々あるけれど、わたしは走るのが好きだからいるので、速く走りたい、記録を出したい、なんかすごい大会に出たいとか、そういうわけではない。あ、でもホノルルマラソンとか箱根マラソンとかはやってみたいな。

「あにさー」
「いやいや、三条さんって意外と自信家だったんだなぁって」

 急に尚子に笑われて、何事かとわざとらしくほっぺを膨らませて軽く問い詰めると、どうやら先の【中の上】、という言葉が引っかかったようで、それが彼女の中ではそれなりに可笑しかったようだ。
 【中の上】なのはそのままの意味で、学年別では一応早い順で先に呼ばれやすい。……同じ学年の短距離で一番早い佐藤さんからは一秒以上も離されたりするけれど……いいもん。中の上だもん。中ボスだもん。

「まぁ、それなりに走り込んでるからね。そういう鎌田さんだって、絵、上手いのでしょう?」
「ふふふっ、ええ、それなりに描いてきたからね。私も中の上」

 やっぱり彼女は、絵が上手いらしい。見せてー? と言ったら、これでよければ、と授業中の落描きなるものを見せられて、その出来栄えに軽く絶望する。……めちゃくちゃ上手い。これで落描き? は? なにこれ詐欺じゃん? わたし棒人間しか描けないのに。いや棒人間もおそらく彼女が描いたら……わたしが中ボスなら尚子はラスボスだった?

「かみえし?」
「そんなそんざいにはやくなりたいよー」

 ぱたぱたとひらひらと手を振り首を振り、私なんてまだまだ、といいたげな彼女。いや超うまいって!? わたしのクラスの神絵師がラスボスだったんだが とかラノベでありそう。一体全体どんな内容かわからないけど。あれだな謎の勝負回とか水着回とかお風呂回とかがあってそこから急展開シリアスからの二巻で打ち切りタイプだな。

「……こ、これでまだまだだと……よのなかふこうへいだ……」
「これで。私だって三条さんみたく走れないし……?」

 運動全般が苦手でさーと自信なさげに軽く微笑む彼女は、いたずらっぽく可愛くて、わたしの中で存在していた、可憐な少女鎌田尚子、とはズレた存在で。 

「じゃあ、中の上仲間ってことで」
「中の上仲間、かぁ……ふふふっ」

 コロコロとちょっとした事でも笑い微笑み楽しげで返してくれて。

「あーにさー」
「いやいや、三条さんって意外とアレだったんだなぁって」

 口も結構悪くてこちらを突っついたりと純粋培養的なお嬢様とは全然違くて。

「アレ言わないの」
「あははっ楽しいから良いと思う」

 絵が上手くて運動が苦手でお喋りが好きで。

「鎌田さんも結構アレよね?」
「面白いことが好きなだけよ」

 初めて話す間柄でも、こんなに色々反応してくれて。
 
「そんな、戦うことが好きなだけよ! みたいな言い草」
「あ~絶対悪役だわ私」

 可愛くて可憐で文化人でありながら、自ら悪役言い出したりまでしてくれる。

「中ボスだね」
「中ボスだわ」

 彼女もわたしも、一癖も二癖もある、星花女子学園の一人だった。

「ラスボスに進化できるかなー」
「未来の私達次第ね」
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

筋肉女子の弱点

椎名 富比路
青春
シックスパック女子唯一の弱点とは? pixivお題「腹筋」より

鐘ヶ岡学園女子バレー部の秘密

フロイライン
青春
名門復活を目指し厳しい練習を続ける鐘ヶ岡学園の女子バレー部 キャプテンを務める新田まどかは、身体能力を飛躍的に伸ばすため、ある行動に出るが…

8年間未来人石原くん。

七部(ななべ)
青春
しがない中学2年生の石原 謙太郎(いしはら けんたろう)に、一通の手紙が机の上に届く。 「苗村と付き合ってくれ!頼む、今しかないんだ!」 と。8年後の未来の、22歳の自分が、今の、14歳の自分宛に。苗村 鈴(なえむら すず) これは、石原の8年間の恋愛のキャンバスのごく一部分の物語。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

彗星と遭う

皆川大輔
青春
【✨青春カテゴリ最高4位✨】 中学野球世界大会で〝世界一〟という称号を手にした。 その時、投手だった空野彗は中学生ながら152キロを記録し、怪物と呼ばれた。 その時、捕手だった武山一星は全試合でマスクを被ってリードを、打っては四番とマルチの才能を発揮し、天才と呼ばれた。 突出した実力を持っていながら世界一という実績をも手に入れた二人は、瞬く間にお茶の間を賑わせる存在となった。 もちろん、新しいスターを常に欲している強豪校がその卵たる二人を放っておく訳もなく。 二人の元には、多数の高校からオファーが届いた――しかし二人が選んだのは、地元埼玉の県立高校、彩星高校だった。 部員数は70名弱だが、その実は三年連続一回戦負けの弱小校一歩手前な崖っぷち中堅高校。 怪物は、ある困難を乗り越えるためにその高校へ。 天才は、ある理由で野球を諦めるためにその高校へ入学した。 各々の別の意思を持って選んだ高校で、本来会うはずのなかった運命が交差する。 衝突もしながら協力もし、共に高校野球の頂へ挑む二人。 圧倒的な実績と衝撃的な結果で、二人は〝彗星バッテリー〟と呼ばれるようになり、高校野球だけではなく野球界を賑わせることとなる。 彗星――怪しげな尾と共に現れるそれは、ある人には願いを叶える吉兆となり、ある人には夢を奪う凶兆となる。 この物語は、そんな彗星と呼ばれた二人の少年と、人を惑わす光と遭ってしまった人達の物語。        ☆ 第一部表紙絵制作者様→紫苑*Shion様《https://pixiv.net/users/43889070》 第二部表紙絵制作者様→和輝こころ様《https://twitter.com/honeybanana1》 第三部表紙絵制作者様→NYAZU様《https://skima.jp/profile?id=156412》 登場人物集です→https://jiechuandazhu.webnode.jp/%e5%bd%97%e6%98%9f%e3%81%a8%e9%81%ad%e3%81%86%e3%80%90%e7%99%bb%e5%a0%b4%e4%ba%ba%e7%89%a9%e3%80%91/

「南風の頃に」~ノダケンとその仲間達~

kitamitio
青春
合格するはずのなかった札幌の超難関高に入学してしまった野球少年の野田賢治は、野球部員たちの執拗な勧誘を逃れ陸上部に入部する。北海道の海沿いの田舎町で育った彼は仲間たちの優秀さに引け目を感じる生活を送っていたが、長年続けて来た野球との違いに戸惑いながらも陸上競技にのめりこんでいく。「自主自律」を校訓とする私服の学校に敢えて詰襟の学生服を着ていくことで自分自身の存在を主張しようとしていた野田賢治。それでも新しい仲間が広がっていく中で少しずつ変わっていくものがあった。そして、隠していた野田賢治自身の過去について少しずつ知らされていく……。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...