坂津眞矢子星花短編集

坂津眞矢子

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三条輝沙良編

尚子とわたしその一

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 彼女、尚子とは中等部で初めて一緒のクラスになった。
 小学の時から顔は知っていたけれど、仲が良いわけでもなく悪いわけでもなく、そもそも特に接点がある同士でもなかった。

「ごきげんよう三条さん」

 方やスポーツ、方や美術部。部活も校舎内と校庭。その上クラスが今まで異なれば、同じ学校に通う者同士程度で、繋がりは限りなく希薄。

「ごきげんよう鎌田さん」

 接点を積極的に持とう! という最初に思い立ったナニカでもない限り交流は深まることもない。そしてお互いがよく知らない者同士では、その前提が起こりようもなかった。

「わぁ、すごい汗……」

 所謂、好きな人でも嫌いな人でもない、中立の人同士。それが得てして尤も厄介で尤も動かしにくい人間なのである。そしてそんなことは小学上がりたての小娘に解るはずもない。

「あはは、朝練で走り込んでたからね~」

 そんな時は何かしら、外部からのきっかけが足がかりとなり手がかりになり、すいよすいよと手を伸ばして掴み取ったり取られたりして、交流が始まるわけだ。

「うぇー朝から……あ、でもマラソンする人って確かに公園とかで朝……」

 かと言って、全員が全員尚子のように美術が好きなわけではないし、わたしみたいに走りまくれるわけでもない。得意分野や好きな分野というのは、個人個人で必ずあるのだ。

「そうそう、朝は少し動かすと調子がいいんだよー」

 なので、美術の授業があってそこで面白い授業がなされて興味が出たところで、わたしは同じクラスの娘に聞くわけで

「ふむ……やっぱり走り込みは朝に限るのね」

 なので、体育の授業があってそこで面白い授業がなされて興味が出たところで、尚子も同じクラスの娘に聞くわけで

「おお!? 鎌田さんもやる!? 朝練楽しいよ!!」

 ラインとしては、スタートラインなわけだから、結局、同じクラスになっただけでは出身小学が一緒、というだけで、急速に親しくなるなんて事はなかった。

「私美術部でーす」
「デスヨネー」


□□□□□

 ひと月もすれば、同じクラスの中でも大体仲良しグループは固まってくる。
 わたしは、華道部の千葉阿津華ちばあつかと水泳部の三国蘭みくにらんと仲良くなって、楽しく過ごしていた。蘭とわたしだけだと脳筋ズウェーイ今日も特訓今日も走り込み今日も筋トレジャンプダッシュ!! になってしまうけれど、そこに文化系の阿津華が加わってくれたのは非常に大きかった。特に勉強の面で。いやわたしも蘭もちゃんと人並みには出来るんですけど。すうがく50てんなんですけど。すいません。
 その頃のあの娘……尚子は、よくわからない。お互い挨拶をしあう程度で、お互い部活のお話をちょいちょいするくらい。席もそこまで近くなかったので、彼女が早く来るので他の人よりも少し話せる間柄、くらいだ。

「うん。朝に少しだけ絵を描いててね」
「そうなんだ。えへへ、じゃあ朝練仲間!」

 そんな会話を少し前にしていた。その時聞いたのは、絵の具の匂いが移るから授業開始前は基本的に色付けまではやらない方向なの、ということらしい。なるほどと感心する。

「ペンキの匂いがずーっと続く感じよ」
「あ、それはやだ」
「でも慣れると気持ちいいんだよー」
「それ中毒なんじゃない?」

 確かペンキの匂いはシンナーのそういう傾向だったと思う。絵の具も、あの独特な匂いは特徴的だ。少しの間なら清潔感が感じられる事も相まって、いい香りだとは思うんだけれど、やっぱり長時間絵の具の匂いがするというのは、あまり良くはないようだ。

「美術室は匂いが染み付いてるから良いけどね」
「いいんだ」
「いいのいいの」
「いいのかぁ」

 くすくす笑う彼女は、可愛かった。
 そういう会話をして、そういう会話を出来て、そういう会話で笑うんだ。
 恐らく、今思えば
 初めて彼女を意識したのは、この時からだったのかもしれない。
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