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第5話 ~器に飛び込む14歳~

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 甘い、甘酸っぱくないはともかくとして

「……わたしは彼女をどうしたいんでしょうかね」

 ポツリと呟き、はたと足を止め佇む。
 中等部の校舎で高等部の生徒が廊下にぽつんと突っ立って。何を考えているのかと言えば、件の気になるあの娘の事。色ボケ、と言われると……確かに否定は出来ないけれど、肝心のその色は、色ボケ宜しく定番のピンクどころか、白に近い透明で。

(興味があるのは確かなんですが……)

 彼女は可愛いし、その存在に惹かれるし、色々気になるし、まだまだ知りたいし、ちゃんと会いたいし、もっとお話を交わしたい。それだけ聞けば、爆発しろ! だ。

(けれど……)

 のろのろそろりと足を進め、ゆっくり徐々に、歩みを再開しながらも、足元宜しく頭も同じくのろのろゆらりと思考を進め、じっくりじっくりぐるぐると。ゆっくりしっかり思巡する。そうして考えついた先は、毎回同じく、同じ結果で。なかなかそれ以上の、それ以外の感情に、派生も進化もしていかない。

(考えても始まらない、とは言いますが……)

 しかし、常に行動で表現すればいいかと言えばそんな事はなく、言葉も思考も捨てたらそれは人間ではなくなる気がする。狂ったように激情に身を任せるのも有りなのは解っているけれど、生憎と、そんな段階までわたしの心は彼女に向いてるわけじゃない。ってか本当に性犯罪者になる……どころか、その性犯罪にすら至らない。性欲が沸き立っているかと言えばそんな事もないので、彼女に対する興味以上の段階には、わたしはまだまだ到れてはいない。……無理もない。一回触れ合っただけに過ぎないお相手なのだから、一目惚れでもなければこれが普通なのだ。……普通な筈なのにも関わらず、ここまで興味を惹かれるからこそ、わたしも悩んでしまっているのだろう。

「ならばこそ、やはり次を考えてみましょうかね」

 堅実堅実。沙姫や美沙の言う通り、多少ぶっ飛んでいようと、基本は真面目らしいわたしなので、前向きな後ろ向き精神で乗り越えて、突っ込んで、壁があれば叩き潰して飛び越えて。今まで通り何時も通りなわたしを彼女にも当てはめるだけだ。善は急げ、急がば廻れ。塞翁が馬。
 で、馬に乗って急いで廻り最初に戻る。さぁ、わたしは彼女をどうしたい?

「お友達から、が定番でしょうけれど……」

 ぶつぶつ呟きながら、ゆっくりゆらりと、ふわふわと。中学校舎をひた進む。少し身体が熱いなぁ、と、主な熱源でもある太陽を窓から見れば、大分降りてきていながらも、さぁーっと差し込むその光は暖かい。……いや暑い。熱い。
 中等部側の窓は、高等部側のそれらよりも、軒並み配置が低くなっているため比較的小さなわたしでもほぼ全身を照らされてしまう。高等部宜しく西側に建物が少ない立地も合わさって、午後からずーっと、強力な西日を全力で通してくれる。中等部にいても、窓の高さが違っても、ふと、高等部を思わせる場所があるんだなぁ、と、少し心に響くのはなんとなく嬉しいような悲しいような。……やっぱり熱さの方が厄介なのでこんあ窓要らないかも……それに、冬だと寒風を全身に浴びる設計だ。

(中等部もこれ苦情とか出ないんでしょうか)

 お節介のわたしが顔を出す。改築当時ならまだしも、近年の中学生は身長が軒並み高いし、ひょいっと身を乗り出したら勢い余ってそのまま落っこちそうで、そこらあたりを思うと怖くもなる。件の少女、十さんも殆どわたしと同じ体躯だった。ならばと、もっと窓の位置を高くしたらいいかと言えばそんなこともない。人間は贅沢な生き物なのだ。手に届きすらしない位置の窓だけになればなったで、きっと、監獄みたい、という感情を持ってしまう。わたしも例に漏れず。例に漏れないので暑い熱い暑い熱いと呟いて、こんな解決しない事に、ぐるりと回り道をしてしまっている。
 うう、暑い。夏至はとうに過ぎて、秋分の方が近いというのに。太陽が元気な時間はピークを過ぎて久しいのに、暑いものは暑いまま。夏の香りが残りまくる残暑の日々なのだし、いきなり夜になって涼しくなったりする筈もないので、これは仕方がない。こういう何気ない、無駄なお話無駄な思考、感情も、ついっとさらりとぽこぽこと、友人たちと話し合う相手の様に、そこに彼女がいたら、常に彼女がいたら、と想いを馳せる。
 ……うん。そうだ。わたしは、やっぱり彼女とお話がしたいのだ。屈託なく、何でもないような事をしたいのだ。まずはそこ。そこからいこう。

「……そうですねぇ一緒にお弁当突っついたり、その辺もやりたいですね」

 そうそう、そんな感じで、ちょろっとお隣でお食事しに行くだけ。それならば毎日触れ合う事も、お話も出来るだろう。そこから少しづつ少しづつ、彼女に向かって進んでいけばいい。

「ああ、同じ様に学食も良いかもしれませんね」
「学食ですかおねえさま?」
「にょわあああっ!?」
「わっわああああっ!?」

 共通の施設ならばもっと自然に……と、思いついた辺りですぐ側からの突然の声に、にょわあああっ!? とか変な驚き反応をしてしまう。慌ててそちらを振り返ると、そこには一人の中等部の生徒らしい娘。

「す、すみません、考え事をしていたもので……驚かせてしまいましたね」
「い、いえいえ! こちらこそ急に声を掛けてしまって……」

 聞けば少し前からブツブツ何か呟いていて、心配で声を掛けたらしい。……割と長く見られていた事にかぁっと熱くなり赤くなり恥ずかしくなる。然しなんとか、照れながらも一礼して感謝すると、彼女もわわっと慌てた様子で、そんなことないですないです平気ですから! と、両手をふりふり顔は真っ赤に。そんな、目の前の可愛らしい彼女は、橙色の紋章を身に着けていた。……ええと、生徒手帳で見たっけ。その色は確か……中等部二学年の証だったか。
 ……二年生。わたしと同じ、二年生。同じで違う二年生。彼女が高等部にやってくる頃には、わたしは学園を去っているのだろう。ならば当然十さんも……・・・・・・

(……)

 みしり、ずしり、程ではないにせよ、すぅっと、じわりと、刹那、真っ黒い感情がゾクッと全身を支配するように……而して通り抜ける。
 ……大丈夫。そこは既に通り過ぎた境地だ。そんな現実は織り込み済み。そんな心に支配されやしない。

「そうですか、二年生……ふふっお揃いですね」
「お、お揃いですね! ……お揃いって言えますかね、これ?」

 勇気を出して声を掛けてくれた後輩に対し、殆どこじ付けのようなお揃いを押し付けながら、一つお願いを頼んでみる。

「いいんですよお揃いで。お揃い序に少しお散歩に付き合っては貰えませんか?」
「え……あ……、わ、私で宜しいならばむしろお願いします!」

 その、ちょっぴり興奮している後輩を側にしていると、なんだか大げさにも感じてしまう。けれどこれは、先輩後輩の関係からこの手の憧れは自然と生まれてしまうのかもしれないなぁ……と、感じてしまう。初対面でいきなりお散歩に連れ回そうとする謎の先輩である。どちらかと言えば前学校向きの行動だ。それでもこうして、初対面の彼女はわたしに好意的な姿を崩さない。
 菊花寮暮らしの生徒なら解るけれど桜花寮暮らしなわたしでもやはりこうなると、ここの中等部はこういう教育でもされてるのかな……? などと、あらぬ方向に思考が向かいそうになる。勿論全員がこんな素直なはず無いし、たまたまこの娘がわたしを拒まなかっただけだろう。何より校訓の【純粋な心と大胆な行動】に反する。
 ……ふと、先日の十さんも、この娘が抱いている(とわたしが勝手に思ってる)感情と同じ様に、ただ単に年上への憧れとかも、素直にあったのだろうかと、ふと過る。数多いる彼女の人格に、純粋な女子中学生枠がいるならば、わたしに対する懐きの方向性質に、お菓子とか女たらしらしいニノマエさんとかではない、未知の純粋枠の可能性にも繋がるので、大変ありがたい。恐らくその枠と思われる概定人格は、モモさんやヒフミさん。そう言えば二人は女子中学生なのかな?それとも年上人格かな?

(……また、思考が十さんに向かってますね)

 目の前には別の娘が居るというのに。少しの苦笑い。しかし、十さんが純粋に好いてくれるならわたしでもやはり嬉しいし、流石によもぎ団子に負けたくはない。お菓子好き特化の幼い人格だったかもしれないのでしょうがないのだけれど、それはそれ、これはこれ、だろう。本来のわたしの名字の、よもだとよもぎで被ってるのもなんか無性に対抗意識が芽生える。頭と心で団子に嫉妬する変な先輩を他所に、そんな先輩にキラキラした瞳の少女は、ふと気づいた様子で

「そう言えば先輩はどうして中等部へ?」
「ええ、少し見学でもしておこうと思いまして」
「け……見学、です?」
「……ああ、そうでしたね。」

 二人でてくてくのんびりゆっくり歩きながら語れば、ぽんと出てくる彼女の疑問。そうして、高等部の頃に越してきたので、中等部は今日初めて訪れた事を告げると、大層感心してくれた。

「そういう事をする先輩って珍しいですから」
「後輩を知るのも大事ですしね。と、言っても、一年間先送りにしていたので若干負い目はあります」

 苦笑いを交えて告げると、彼女は少し慌てながらも、なんとなしに納得行ったのか、クスリと微笑んでくれる。

「ははーん、先輩さては中等部で好きな子出来ましたね?」
「……さぁて、どうでしょうか?」
「だって、急に訪れるなんて、何かしら切っ掛けがないとやりませんよ?」
「……確かに、そうだった……」

 飾らない性格が仇となったか、そのものをズバッと指摘された。他に用事でもなければ自然とそうなる訳で。いやいや好きは好きだけど、まだまだ恋心とかではないのですよねぇこれが。……それでも、確かに気になる少女。気になる後輩。興味以上の何かの可能性をひしひしと感じているのも事実。

「先日、部活で一緒した縁で、気になる娘は確かに出来ましたね」
「わぁ!!」

 目をより一層キラキラさせて聞き入る後輩。その長い黒い髪の毛が、太陽の煌めく光に、さぁーっと映えるのが印象的な美少女だった。お嬢様学校故か、カッコイイ可愛いキレイな人が多いわけなので、隣を歩く彼女もまた、それに当て嵌まるのは当然なのかも知れない。
 そんなお嬢様美少女もやっぱりお年頃で幼くて、興味の対象は年相応のそれらであるわけで、キラキラキラーと目を輝かせている。……正直、わたしの気になる娘はあくまで気になる娘、未だ気になる娘、まだまだ気になる娘止まり、の筈なのに。どうやらこの娘は気が早いのか、ぐいっとずいっと、だれですかどんなこですかどんなんですかどこまですすんだんですかっ!? と、ずずいっと迫る、目の前の美少女についつい気圧され一歩下がる。一歩詰め寄られる。なんでだよ。

「お、落ち着きましょう?」
「おちつけません!」
「なんでですかっ!?」
「そーゆーお話! 大好きですから!!」
「そ……そう……ですか……」

 両手をギュッと握り、ぶんぶん小刻みに上下させるかわいい後輩。……興味本位じゃなくて趣味、かぁ。それなら仕方ないかなぁ……好きなものをやめさせるのも大人気ないし、恋話に夢中になるのは女子として同じく解りますし……
 ぐいぐいずいずいっと身体をすり寄せ頭を寄せて、すりすりずずいっと迫ってくる美少女を、ジリジリ後ずさりながら、どうどうよしよしいーこいーこ、と、宥めるわたし。何この構図。まるで飼い初めの犬や猫を手懐ける飼い主じゃないですか。でも、ついやってしまう。年齢差も手伝ってか、この黒髪美少女はなんだかそんな魅力にも溢れていて。……どんな魅力かは上手く表せない……これが犬属性? ってやつでしょうかね? わんわん。

「よーしよしよし、こっちですよ後輩ちゃん」
「先輩待ってー! って犬じゃないですよ私は!」
「ほーら恋バナですよ~こっちこっちー」
「うーっ! 待って下さいよ~~~っ!」

 何だかよく分からない間に何だかよく分からない経緯で何だかよくわからない程度の仲良しになっていた。二人で良く分からない謎の戯れを笑顔できゃいきゃい行っている。美沙がここいたら、ロリを囲っていながらもう一人ロリとか爆発しろ浮気野郎!! とか言い出しそう。誰とも付き合ってないのになんて理不尽だ。

(……?)

 ……幻聴か、そんな声が 本当に、聞こえた気がした。 
 くるりと今来た廊下を振り向いて、横を向いて前を向く。首を傾げてはてさてと、側の娘にまた向き合う。横にいた恋話好きな彼女は、わたしの突然のその挙動に、少し首を傾げつつも、同じ様に後ろを気にし… 窓を見渡し、前を向き、そうしてわたしに向き直り、誰も居ませんよ先輩? と、にこやかに告げてくれるのだった。

「ふむむ……わたしの気の所為でしたかね?」
「もう放課後も大分過ぎてますからね。居ないのが普通ですよ先輩」
「そう言えばそうでした。放課後ですからわたしも……」

 ……あれ? じゃあ

「貴女はどうして残っているのですか?」
「あはは……じ、実はですね……」

 素直に芽生えた疑問を聞けば、彼女は小説家を目指しているらしく、日々図書館に通いつめては書き教室に残っては書き寮内でも書きを繰り返しているのだという。わたしの恋愛(?)話も、身近なおねえさまの実体験として、知り合えた今日からぜひとも聞きたいです! との事。

「勿論私がその手のお話が大好きっていうのもあるのですけれど……」
「まぁ……お気持ちはわかります」

 彼女の、少しバツが悪そうな顔は、なんでも恋バナに結びつけたがるクラスメイトを思い起こさせ、苦笑い。彼女に現状知れたら押し倒せとか寮に連れ込めとか、媚薬とかどう? とか、なんなら知りあいの医者にそれ系の薬を……とか、良いことも悪いことも……ほぼ悪い事の様な気がするけれど、いっぱい構ってくれて、興奮しながら勧めてくれる。いりません。ありがた迷惑ながら、そんな、気の置けない学友が居てくれるのはちょっと嬉しい。思い出し序に、卵焼きでも今度ご馳走しましょうかね。

「他の先輩達にはその手のお話はするのでしょうか?」
「はい、皆様色々聞いて頂けます。その逆も」

 先輩後輩先生同学年と、お話は色々聴き込んできたらしく、それらを架空の人物に当てて脚色しながら書きまくって、同人活動とやらに勤しんでいるらしい。……確か副部長が似たようなことやってた気がする。

「ううむ……わたしのお話役に立ちますかねぇ……」
「きっと……いえ、必ず役に立ちますよ! 何と言っても先輩なんですから!」

 二人でゆっくりのんびりと、中等部の校舎を歩き回る。図書館予定だったであろう彼女だが、わたしと話せるのが余程嬉しいのか、屈託の無い笑顔をパラパラと振り撒き続けて、ぴょんこぴょんこと、踊る様に跳ねる様に歩き進む。大人びた顔立ちながらも、長めの黒髪をぱたぱたとはためかせ、ぴょんぴょんと嬉しそうに、笑顔で跳ねる様に歩く様は、まだまだあどけなさの残る少女を思わせる。

「なんだか嬉しそうですね」
「えへへ。それはもう」

 照れながら、楽しそうに嬉しそうに、どこか自慢気にその数多の恋話を語る彼女。……成る程、と、嬉しそうな様子に納得した。わたしもおねえさま、憧れの高等部の先輩の一人。その人に自身の事を、好きな事を否定されずに嫌な顔されずに話せていた事は、嬉しいのだろう。高等部のわたしが思う以上に、中等部側は憧れが強いらしく、それを強化する程に、わたし達高等部と、彼女達中等部は離れ離れでもあるらしい。
 ……まぁ、共用の建物も運動場もあるので、くっつき過ぎたら風紀的にも学力的にも授業的にも問題が起きてしまうのかもしれないし、今までのわたしなら、離れてる方が普通じゃないかな? という感じだった。
 だというのに、このザマである。教室合併とか思いつくほどに。

「他にも何人か、図書館で書いたり教室で書いたりしてますね」
「小説部なんかはないのですか?」
「……こう、一人でマイペースで書きたいのです」
「あ、凄く解りますよそれ」

 以前の学校では、正にその小説部に所属していた事もあって、ぽむ、と……ついつい手を打つ程に納得する。居心地は大層良かったけれど、半ば強制となると話は別という事か。好きなモノの中には、部活や仕事にしていいものといけないものがあるみたい、と知ったのは、こっちに越して来てからだったなぁ……
 ……好きなモノ、か。

「なんでしょうかねぇ……こう、好きなのにやる気が起きないといいますか……」
「あ、先輩もなのですね? ふふふ、嬉しいですっ」
「ふふ、お揃いが増えました」

 わたしも文章を書くのは好きだけれど、部活や仕事には決して向いてはいなかった分野なのだろう。料理やマラソンも水泳も。

「不思議ですよねぇ。泳ぐの好きなのですけど、ね? じゃあ水泳部に入りたいかと言われるとそれが全然なのですよ」
「わわ……同じだ!! そこ、解って頂けて嬉しいです!!」

 相性が良いのかお互い頷き合いつつ興奮しながら、お互いの身の上話を語り合う。茶道の事を話すわたしに、興奮した様子ながらも、メモを取り続け、時折鋭い視線を見せる真剣な彼女。
 小説家を目指して突き進んでいる隣の美少女は、一層きらめいて見えた。
 父の様に、母の様に、姉の様に、跡継ぎの如く、職業とはおいそれと継げるようなものでもないし、わたしのこの茶道も、専門の看板を取れるくらいまでは是非とも続けたい。が、その先まで行くと、わたしはまだまだぐらついている。なりたい職業や夢は…この年になっても茶道以外に、まだまだ沢山ある。夢が沢山あるのは良いことだよ!! と、概定路線を走らされ気味な沙姫ならば言うだろう。

「つい、憧れてしまいます、その生き方」
「ふえっ!? そそそそそんなことにゃいですぅ……」
「かわいいかわいい、ですね。」

 真っ赤になって嬉しそうに照れてる後輩を、微笑みつつなでなでよしよししながら思うは、そんな彼女や沙姫を羨ましく思う自分。これは無い者のサガか。この年で将来が見据えられない決められない、というのは、焦りも感じてしまうのだ。この眼の前の後輩が、今日出会った14歳が既に突き進んでいる事もまた、それに拍車を掛ける。
 そして、悩むと相反性格が顔を出すのもわたしの特徴。そうなったらそうなったでまた他の夢に突撃すればいいじゃない? という思考。前向きと言えば前向きで、現実逃避と言えば現実逃避。前向きな後ろ向き、という訳で。突撃一点型の顔とは裏腹なわたしの一面。保守的なのに改革者、破壊者なのに調停者、とは、確か部長と副部長の言葉だったか。

「あ、先輩、そろそろ校舎出ますけれど……このまま学食ですね?」
「ええ、学食も久しぶりに来ますねぇ」

 食事というワードで同室の恵玲奈を思い出しつつ、今日は彼女、忙しさに押されずにちゃんと食べるだろうか、ご飯作り置きしておけばよかったか、サンドイッチやおむすびなんかを、これから毎日置いておくべきか……等色々思い浮かび……

「先輩?」
「……また、来たいですね。」
「……ええ! 是非!」

 おせっかいは顔を引っ込め、にょきっと出すのはわたしの望み。件の茶髪の彼女を交えて、近いうちに同じ事が出来ますようにと。そっとぽつりと呟いた。


――――――――――――――――――

――――――――――――――――――


「うぎぎぎぎぎぎ……」
「いや普通だろ」
「なかよくなかよく……なかよさそうじゃないですかぁぁぁぁ……」

 保健室ほっぽり出して、ある意味問題児の十に付き添う。これも教師の役目なのが辛いところ。……という触れ込みで、保険医のあたし、高城綾音はちょこんと、否、ドーンと問題児に付き添っている。正直あたしとしても気になる娘になりつつある高等部の生徒、四方田恵を追いかける訳なので、割と乗り気だったりもする。
 先程彼女から、半ば告白気味なセリフを強制的に聞かされた十京は、ふにゃふにゃころころゆるゆるほかほかあせだくじっとりブラウスしわくちゃ、顔はおろか全身真っ赤……と、下手したらあたしが襲ったみたいなナリになりながらも、彼女のその言葉の強さの影響か、素早くしゃきっと復活した。
 そこまでは良かった。しかし、気掛かりな先輩から手遅れになりたい、などという爆弾発言を直接……直接? 貰ったせいか―…

『うへへ……へへ……えへへへへぇ……/// 先輩の後をつけて気を窺って告白です!!!!!』
『……間の過程随分ふっ飛ばしてやしないかい?』

 こんな事をほざき出す始末。あたしも驚きを通り越してついつい呆れてしまった。四方田が保健室に来た時は一メートルくらいぴょーんと飛び上がって、なんで!? なんであのひとが!?と騒ぎながら慌ててベッドに隠れたヘタレの分際で急に強気になりやがった。おまけに教師の前でストーキング宣言とはいい度胸だ。
 その教師とすれば、このストーカー娘を止めるのが筋。……かも知れないが、彼女は十京。しっかりばっちり守る必要があるのは、動いていようとなかろうと同じ事、ならば動く。そうして結局付いていく事にした。
 あたしとの触れ合いならば、今まで通り何時でも保健室で経験出来る。だが彼女、四方田は高等部。教室も離れているのだから、折角のこの貴重な希少な経験を、態々逃す潰す理由もないだろう。互いの話を聞く限り、幸いお互い好意的。ならば、このテンションは悪い方向には行きはしない。行きそうならば、それこそあたしの領分だ。

『何せ私は手遅れにさせる女! ですから!!』
『何気取ってんだモモ』

 ぺちぺちと柔らかく叩く。キーパーでもあるモモは冷静沈着が売りだった筈なのにこのザマだ。……しかし、意外性と不測の事態に弱いモモには、今日のこの追体験は却って良いことかもしれない。ヒフミやニノマエ、ツクモにばかりその手の解決を押し付ける形にしてしまうのは、同じ身体と環境を共有する以上、かなり不味い。下手をすれば、他の人格からは永遠に目覚めさせたくない人格、として扱われる。これを気に成長を促すのもいいだろう。

『ま、高等部の生徒が女たらしに来ただけだと突き返さないといけないしね』
『何を言いますか!! そんなことないですよ私にメロメロなんですから!!』
『……』

 全部聞いていたなら解るだろう? とは、言わない。やはり、四方田が異常なのだ。言葉に反してあまりにも冷め過ぎている。あいつの感情の奥底に激情めいたものがあっても、そこに、恋愛感情を見い出すことは終ぞ出来なかった。

(手遅れになりたい、か)

 中々言えるセリフじゃない。友人同士でも恋人同士でも。その重さも理解していながら、それに相応しい感情量が、四方田には抜け落ちてる気がしてならない。或いは、別の何かに向けられた想いだろうか。
 勿論それは、四方田が未だ若いから、出会って日が浅いから、等という至極単純な理由で片付く可能性が非常に高い。聞く側も同じ。なので、シンプルにさっさと爆発して欲しいのだ。それ故の監視兼保護者同伴役。勿論面白い場面に出くわせば、それはそれであたし個人も大満足。
 それが、さっきまでで、二学年の誰かと話し始めてから、十が過剰反応を起こす。本当にストーカーになってどうすんだ。


「私というものが居ながら!!」
「いねーよ。まだ始まってもいね―だろ」
「あっあっ! 密着!密着した……!」
「……よく見ろ後ずさってるぞ」
「ああっ!! とうとう手を取った!!」
「と思ったら離したよね、うん」
「ぎゃーーーっ!!! いっいいいいいいまっ大好きってゆった!! 私のせんぱいに私のせんぱいがだいすきってええええええ!!!」
「話がな。ってかどっちも先輩で紛らわしいわよ」
「こっ校舎でせんぱいがせんぱいと犬プレイだなんて!! はれんちですふけつですへんたいです!!」
「犬プレイってなんだよモモ。何で知ってんだよ」
「首輪プレイとかしないんですか!!!?」
「何で望むんだよ! 落ち着けモモ…とっ!」

 刹那、四方田が此方を向く。その視線を受けないうちに。ぐいっと十を引き倒す。ああもうバカ、大声出すからだろうが!

「わわっ!!」
「っ! ……と……」

 あたしに引き倒された十を、右脚右手で柔らかく、然し体重を掛けて動けない様に押し倒し続け、左半身で壁の向こうをそっと、そろりと伺う。そこには首を傾げた二人の姿。そして再度ゆっくり歩き始める二人。
十の事もあるし、そしてその治療中に振り向かれて見られてもかなりアレなので、もう暫く息を潜めておこう。

「うぅぅ……」
「もう暫く、じっとしてろ。…背中は大丈夫だったか?」
「……はい……」
「いい子だ」

 半ば馬乗りの体勢で、そのまま十の半身をぐいっと引き起こし、ギュッと抱きしめ背を擦り、何時もの如く柔らかに、ゆっくり彼女を抱き撫で続ける。何時もの如く抱きしめつつ、何時もの如く渇望して、而して何時もと違い希望する。
 この娘が逃げていませんように、と。四姫ではありませんように、と。九音ではありませんように、と。
 びくんと身体を強張らせた【十】は、腕をだらりと降ろしたまま。あたしに素直に抱かれていた。


――――――――――――――――――

――――――――――――――――――


 首を傾げた憧れの人を見て、同じく首を傾げて後ろを振り返った少女は、白い白衣を幽かに見た。見覚えあるその白い布を、微かにしかと、確かに見た。
 振り返って、ついっと彼女は空虚を見る。窓辺を見る。直ぐには彼女が日頃慕う、その存在を見る事は出来なかった。
 短い思巡をし終えてくるりと今度は前を、一度見る。それで彼女に向き直り。
 決して悟られない様に、然し悟られても良い事だと、そうして彼女の心はするりとすとんと納得し

「誰も居ませんよ先輩?」

 曇りのない笑顔で、そう言った。
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青春
《ラノベストリート「第二回マンガ原作大賞」で読者賞&最高総合17位》 《ジャンル別日間最高3位/3900作、同週間6位、同月間23位 《MAGNET MACROLINK第5回小説コンテストランキング最終28位》  2018年夏の星海社FICTIONS新人賞の座談会で編集部より好評価を頂いた作品です》 高一の桐畑瑛士《きりはたえいし》はサッカー強豪校にスポーツ特待生で入りサッカー部に入るが、活躍できず辞めていた。ある日、桐畑は突如現れた大昔のサッカーボールに触れてしまい、十九世紀イギリスにタイムスリッブした。容姿はパブリックスクール、ホワイトフォード校のフットボール部のケントとなっていた。そこには高校での級友で、年代別のサッカー女子日本代表の朝波遥香《あさなみはるか》がフットボール部のアルマと入れ替わっていて……。 作者はサッカー経験者でマンCとバルサの大ファンです 19世紀の大英帝国の雰囲気がよくでていると感想を頂くことも多く、その点でも楽しめるかもしれないです。 イラストも描いており、表紙は自筆のイラストです。

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