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修道女、手厳しい洗礼を受ける
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重厚な扉をくぐって面会用の部屋に入った時、メイラは目前に広がる光景に唖然としてしまった。
助けを求めてユリの顔を見るが、彼女はいつも通りの表情のまま。
壁際に並ぶ後宮近衛兵たちも微動だにせず立っているだけで、己が何とかしなければならないのだと察するまでに数十秒を要した。
「ウェイド・サスラン」
サスランだろう、多分。
見覚えのある栗色の頭めがけてそう言葉を落とすと、階段五段分は低い位置にある床の上で、唯一まともな姿勢を保っている男性が更に頭を低くした。
「お召しと伺い参内いたしました」
「良く来ました」
サスランの後には、彼よりも年かさな男性が三人。
サスランは片手片膝を落とした文官らしい挙礼の姿勢だが、彼らは両手両膝だけではなく、額まで床に押し付けている。
「……そのものたちは?」
「エルブランの商人たちです。ご入用のものがあると伺いました。彼らにお命じ頂けると、納期など詳しい話ができます」
「そう」
サスランも三人の商人も、かたくなにその姿勢を崩そうとはしない。
もしかしなくとも、妃の顔を直接見てはいけないという決まりごとがあるのかもしれない。
メイラはユリに導かれて長椅子に腰を下した。
一人だけ楽な姿勢でいるのに気が引けたが、ここは『そういうところ』なのである。
「顔色が悪いわね」
サスランの顔を最後に見てから、まだ半月とたっていない。
それなのに随分と頬がこけ、痩せたように見える。
「少し立て込んでおりまして」
その口調に何か含むところがあったわけではない。しかしメイラは、彼の言葉の裏になにかがあると察した。
「わたくしが知っておくべきことかしら?」
ぴくり、と商人の一人の背中が震える。
やはり何かあるようだと頷き、メイラはわざと音を立てて扇子を閉じた。
「話して」
「いえ、妾妃さまのお手を煩わせるようなことでは」
「それは、エルブランの領主に必要ない情報だということ? それとも、黙っていろと言いたいのかしら?」
「……実は」
閉じた扇子で軽く数度手のひらを叩くと、サスランはあっさりと口を開いた。
もともと話しておきたかったのだろう。ポーズだけためらっている様子をみせつつも、あらかじめ内容を吟味してきたと分かる口調で言葉を続ける。
短いその話を聞き終わって、メイラは深々と嘆息した。
「……疫病」
「はい」
冬が近づくと、毎年どこかで流行り病が発生する。
それは、身を寄せ合ってやっとのことで生きている貧困層の平民には、悪魔のように恐ろしいものだった。
病気は、まず体力のない年よりや子供の命から刈っていく。貧しい者は満足な手当をうけることができず、寄り添う親しい者たちの間で病気が蔓延してしまうのだ。
「対策は?」
「病人が出ればまず隔離を。熱さましの薬を飲ませ、安静にするように指導しています」
つまりは対処療法のみ。根治薬のない類の病気なのだろう。
「どの程度の人数が罹患しているの?」
「今のところは約三十人ですが、増えるでしょう」
「……そうね」
大都市の中の三十人というのは少ないのかもしれない。しかしそれは表面に出ている人数で、隔離を恐れて家にこもっているものとか、家族がひそかに看病しているものとか、数えれば軽く数倍はいるに違いないのだ。
「医師はなんと?」
「流感というには質が悪いとのことです。熱が上がり、腹を下し、嘔吐します。長時間高熱が続くので、誰かに看病してもらう必要が生じ、結果また罹患者が増えます」
「……そう」
エルブランは城塞都市だ。周囲をぐるりと壁に囲まれ、密閉されている。そういう所だとなおのこと、病気の蔓延も早いに違いない。
メイラは修道女の経験で培った知識をさらった。
流行り病でなくとも、子供はよく熱を出す。高額な薬を買うことはできず、ほとんどを自分たちで採取してきた薬草で賄ってきた。
高熱が出ると熱さましを。
腹を下すと下痢止めを。
嘔吐がひどいときには吐き気止めを。
薬師の作る薬ほどではないが、きちんと効果はある。
「薬の数は足りているの? 皆にいきわたってる?」
「薬は高額です。飲むように指導はしても、飲める者ばかりではありません。それに、あそこは慢性的に水不足です。充分な水分がとれないと、熱は下がりにくいです」
「そうね」
熱だけではない。下痢をしているのに水分補給ができないと脱水症状がでて命に係わる。
メイラは、サスランの言いたいことを理解した。おそらく彼が求めているのは街の水源の開放だろう
しかし、それを安易に認めることはできない。
水源の水は、とても貴重だ。管理しているのはなにも占有して利益にすることだけが目的なわけではない。
水量はシビアなほどに限られている。無尽蔵に沸いて出る魔法の泉などではないのだから。
「健康な者に仕事を与えましょう」
メイラはとても貧しい育ちをしてきた。塩気のない水の貴重さは、よく理解している。
お金を払わなければ手に入らない水は、お金のない者にとっては高根の花なのだ。
それでは貧しいものはどうしているか?
水分を補給する方法は、水を飲むことだけではない。
「エルブランの周囲はサバンナと砂漠だ聞きました。それならポカの実とユッカが採取できるはず。他にも食用の植物がなにかあるはずね。グループを組み、遠出しないよう注意しながら、発症していなくて手がすいている者に行ってもらいましょう。もちろん給金は出すわ。採取してきたものも適正価格で買い取ります。各自家に持ち帰ってもいいわね」
ポカの実はサボテンの一種で、かたい殻の内側に少し苦いがたっぷりの水分を含んでいる。しかも腹下しに効果がある。
ユッカもサボテンの一種で、こちらは効果の高い抗炎症剤だ。熱さましにもなる。もともとは女性用の化粧水に使われることが多く、美味しくはないが一応食用だ。齧った時の水気も多い。
「岩塩があれば採取してくるように。病人には少量の塩と蜂蜜を混ぜた水がいいのよ」
黙って聞いている商人たちがどう思っているのかは分からない。
メイラがまだ年若く、経験もない元修道女だということは紛れもない事実。
ただ、だからこそ見えているものもある。
施しだけで人間は生きてはいけない。生きていくという使命の為に、働くのだ。
「採取に行くものの給金と、買い取りには公金をあてます。不正がないように、くれぐれも目を光らせて。採取に危険があるといけないから街兵を動かすことを認めます。それから……」
いつしかサスランを含め、両手を床について一度も顔を上げない商人たちも、熱心に耳を傾けているのが分かった。
「水場の開放はしません。けれども、ひとりに付き一日に一度、マグに一杯分の水は無償で提供します。……足りないようでしたら、サスラン、あなたの判断で量を増やすことを検討してもいいけれど、蛇口をひねりすぎるのは良くないわ。正当な代金を払って水を買うものに不公平でしょう」
思いつく限りの事を言っているが、それがどこまで効果がある事なのかわからない。
たとえば街中の人間が採取にでかけたとすれば、採るものがなくなってしまうだろうし、公金も底をつくかもしれない。
遠い皇都では状況が把握しづらく、実際に何がどのように必要とされているかわかりはしないのだ。
「身内で誰も採取に行けない者に救済措置を。発症していないなら買い取りの窓口を任せてもいいし、軽いものなら同じ病人の面倒をみてもらってもいい」
少し考えて、首を傾けた。
「そういえば、海水を真水にする方法は知っているかしら」
広大な海を見て、それがすべて塩水だということを知った時、幼いメイラは神に腹を立てた。
のどか乾いて唇がカサカサで、洗濯も満足にできない。汚れた身体を拭くこともできない。
癇癪をおこした彼女にこの方法を教えてくれたのは、年を経た修道女だった。
「沸騰させて、あるいは焼き石に掛けて蒸気を出させて、その湯気を冷やして水にするのだけれど」
大した量はとれない。しかし、カラカラの口を潤すことはできる。
「各家庭に方法を教えてあげてもいいわね」
これの副産物は、塩が取れることだ。
幼いメイラはせっせと塩を製作し、雀の涙ほどにしかならないが小遣い稼ぎをしてきた。
いまだに乾期は飲み水に困るので、孤児院の子供たちは裏庭で内職をしている。
「ご教授、ありがとうございます」
ペラペラと喋っていたメイラは、サスランの声を聞いて急に恥ずかしくなった。
この程度の知識は、誰でも持っているものだ。物知り顔で語るほどの内容ではない。
疾病対策の専門家を探すよう命じたほうがまだ役に立ったに違いない。
「……ご教授というほどのものではないけれど」
「ご歓談中申し訳ございません。そろそろお時間です」
不意に、入り口に立つ近衛騎士が姿勢を正した。
そういえば、面会には時間制限があるのだった。勝手なことを喋っていて時間を無駄にしたかもしれない。
「購入希望品のリストです」
長椅子の後ろに立っていたユリが、薄い水色の封筒を脇の近衛騎士に渡した。
近衛騎士は内容を確認し、それを隣の同僚に渡して彼女もまた確認し。
更に数人の手を介してサスランの元へ届く。
「その、お見舞いの品の相談をしたかったのだけど」
「お任せください」
さっと内容を目で追ったサスランが、やはり顔を上げないまま言った。
「必要なものは、なんでもご用命下さい。大至急ご用意いたします」
「そうね。今一番欲しいのは、この件に関する定期報告かしら」
メイラは促されて立ち上がった。
「お金はまた稼げばいいけれど、命は無くなると戻ってこないのよ。……手は尽くして」
サスランがもう一段深々と頭を下げる。
その背後で、結局一言もしゃべらなかった商人たちが、あの体勢から更にどうやってか低頭する。
メイラは一つ頷いて、踵を返した。
足元にまとわりついたドレスを、ユリが如才なく整える。
「妾妃メルシェイラさま、ご退席されます」
大げさな近衛騎士の声を背後に、扉が重々しく閉ざされた。
助けを求めてユリの顔を見るが、彼女はいつも通りの表情のまま。
壁際に並ぶ後宮近衛兵たちも微動だにせず立っているだけで、己が何とかしなければならないのだと察するまでに数十秒を要した。
「ウェイド・サスラン」
サスランだろう、多分。
見覚えのある栗色の頭めがけてそう言葉を落とすと、階段五段分は低い位置にある床の上で、唯一まともな姿勢を保っている男性が更に頭を低くした。
「お召しと伺い参内いたしました」
「良く来ました」
サスランの後には、彼よりも年かさな男性が三人。
サスランは片手片膝を落とした文官らしい挙礼の姿勢だが、彼らは両手両膝だけではなく、額まで床に押し付けている。
「……そのものたちは?」
「エルブランの商人たちです。ご入用のものがあると伺いました。彼らにお命じ頂けると、納期など詳しい話ができます」
「そう」
サスランも三人の商人も、かたくなにその姿勢を崩そうとはしない。
もしかしなくとも、妃の顔を直接見てはいけないという決まりごとがあるのかもしれない。
メイラはユリに導かれて長椅子に腰を下した。
一人だけ楽な姿勢でいるのに気が引けたが、ここは『そういうところ』なのである。
「顔色が悪いわね」
サスランの顔を最後に見てから、まだ半月とたっていない。
それなのに随分と頬がこけ、痩せたように見える。
「少し立て込んでおりまして」
その口調に何か含むところがあったわけではない。しかしメイラは、彼の言葉の裏になにかがあると察した。
「わたくしが知っておくべきことかしら?」
ぴくり、と商人の一人の背中が震える。
やはり何かあるようだと頷き、メイラはわざと音を立てて扇子を閉じた。
「話して」
「いえ、妾妃さまのお手を煩わせるようなことでは」
「それは、エルブランの領主に必要ない情報だということ? それとも、黙っていろと言いたいのかしら?」
「……実は」
閉じた扇子で軽く数度手のひらを叩くと、サスランはあっさりと口を開いた。
もともと話しておきたかったのだろう。ポーズだけためらっている様子をみせつつも、あらかじめ内容を吟味してきたと分かる口調で言葉を続ける。
短いその話を聞き終わって、メイラは深々と嘆息した。
「……疫病」
「はい」
冬が近づくと、毎年どこかで流行り病が発生する。
それは、身を寄せ合ってやっとのことで生きている貧困層の平民には、悪魔のように恐ろしいものだった。
病気は、まず体力のない年よりや子供の命から刈っていく。貧しい者は満足な手当をうけることができず、寄り添う親しい者たちの間で病気が蔓延してしまうのだ。
「対策は?」
「病人が出ればまず隔離を。熱さましの薬を飲ませ、安静にするように指導しています」
つまりは対処療法のみ。根治薬のない類の病気なのだろう。
「どの程度の人数が罹患しているの?」
「今のところは約三十人ですが、増えるでしょう」
「……そうね」
大都市の中の三十人というのは少ないのかもしれない。しかしそれは表面に出ている人数で、隔離を恐れて家にこもっているものとか、家族がひそかに看病しているものとか、数えれば軽く数倍はいるに違いないのだ。
「医師はなんと?」
「流感というには質が悪いとのことです。熱が上がり、腹を下し、嘔吐します。長時間高熱が続くので、誰かに看病してもらう必要が生じ、結果また罹患者が増えます」
「……そう」
エルブランは城塞都市だ。周囲をぐるりと壁に囲まれ、密閉されている。そういう所だとなおのこと、病気の蔓延も早いに違いない。
メイラは修道女の経験で培った知識をさらった。
流行り病でなくとも、子供はよく熱を出す。高額な薬を買うことはできず、ほとんどを自分たちで採取してきた薬草で賄ってきた。
高熱が出ると熱さましを。
腹を下すと下痢止めを。
嘔吐がひどいときには吐き気止めを。
薬師の作る薬ほどではないが、きちんと効果はある。
「薬の数は足りているの? 皆にいきわたってる?」
「薬は高額です。飲むように指導はしても、飲める者ばかりではありません。それに、あそこは慢性的に水不足です。充分な水分がとれないと、熱は下がりにくいです」
「そうね」
熱だけではない。下痢をしているのに水分補給ができないと脱水症状がでて命に係わる。
メイラは、サスランの言いたいことを理解した。おそらく彼が求めているのは街の水源の開放だろう
しかし、それを安易に認めることはできない。
水源の水は、とても貴重だ。管理しているのはなにも占有して利益にすることだけが目的なわけではない。
水量はシビアなほどに限られている。無尽蔵に沸いて出る魔法の泉などではないのだから。
「健康な者に仕事を与えましょう」
メイラはとても貧しい育ちをしてきた。塩気のない水の貴重さは、よく理解している。
お金を払わなければ手に入らない水は、お金のない者にとっては高根の花なのだ。
それでは貧しいものはどうしているか?
水分を補給する方法は、水を飲むことだけではない。
「エルブランの周囲はサバンナと砂漠だ聞きました。それならポカの実とユッカが採取できるはず。他にも食用の植物がなにかあるはずね。グループを組み、遠出しないよう注意しながら、発症していなくて手がすいている者に行ってもらいましょう。もちろん給金は出すわ。採取してきたものも適正価格で買い取ります。各自家に持ち帰ってもいいわね」
ポカの実はサボテンの一種で、かたい殻の内側に少し苦いがたっぷりの水分を含んでいる。しかも腹下しに効果がある。
ユッカもサボテンの一種で、こちらは効果の高い抗炎症剤だ。熱さましにもなる。もともとは女性用の化粧水に使われることが多く、美味しくはないが一応食用だ。齧った時の水気も多い。
「岩塩があれば採取してくるように。病人には少量の塩と蜂蜜を混ぜた水がいいのよ」
黙って聞いている商人たちがどう思っているのかは分からない。
メイラがまだ年若く、経験もない元修道女だということは紛れもない事実。
ただ、だからこそ見えているものもある。
施しだけで人間は生きてはいけない。生きていくという使命の為に、働くのだ。
「採取に行くものの給金と、買い取りには公金をあてます。不正がないように、くれぐれも目を光らせて。採取に危険があるといけないから街兵を動かすことを認めます。それから……」
いつしかサスランを含め、両手を床について一度も顔を上げない商人たちも、熱心に耳を傾けているのが分かった。
「水場の開放はしません。けれども、ひとりに付き一日に一度、マグに一杯分の水は無償で提供します。……足りないようでしたら、サスラン、あなたの判断で量を増やすことを検討してもいいけれど、蛇口をひねりすぎるのは良くないわ。正当な代金を払って水を買うものに不公平でしょう」
思いつく限りの事を言っているが、それがどこまで効果がある事なのかわからない。
たとえば街中の人間が採取にでかけたとすれば、採るものがなくなってしまうだろうし、公金も底をつくかもしれない。
遠い皇都では状況が把握しづらく、実際に何がどのように必要とされているかわかりはしないのだ。
「身内で誰も採取に行けない者に救済措置を。発症していないなら買い取りの窓口を任せてもいいし、軽いものなら同じ病人の面倒をみてもらってもいい」
少し考えて、首を傾けた。
「そういえば、海水を真水にする方法は知っているかしら」
広大な海を見て、それがすべて塩水だということを知った時、幼いメイラは神に腹を立てた。
のどか乾いて唇がカサカサで、洗濯も満足にできない。汚れた身体を拭くこともできない。
癇癪をおこした彼女にこの方法を教えてくれたのは、年を経た修道女だった。
「沸騰させて、あるいは焼き石に掛けて蒸気を出させて、その湯気を冷やして水にするのだけれど」
大した量はとれない。しかし、カラカラの口を潤すことはできる。
「各家庭に方法を教えてあげてもいいわね」
これの副産物は、塩が取れることだ。
幼いメイラはせっせと塩を製作し、雀の涙ほどにしかならないが小遣い稼ぎをしてきた。
いまだに乾期は飲み水に困るので、孤児院の子供たちは裏庭で内職をしている。
「ご教授、ありがとうございます」
ペラペラと喋っていたメイラは、サスランの声を聞いて急に恥ずかしくなった。
この程度の知識は、誰でも持っているものだ。物知り顔で語るほどの内容ではない。
疾病対策の専門家を探すよう命じたほうがまだ役に立ったに違いない。
「……ご教授というほどのものではないけれど」
「ご歓談中申し訳ございません。そろそろお時間です」
不意に、入り口に立つ近衛騎士が姿勢を正した。
そういえば、面会には時間制限があるのだった。勝手なことを喋っていて時間を無駄にしたかもしれない。
「購入希望品のリストです」
長椅子の後ろに立っていたユリが、薄い水色の封筒を脇の近衛騎士に渡した。
近衛騎士は内容を確認し、それを隣の同僚に渡して彼女もまた確認し。
更に数人の手を介してサスランの元へ届く。
「その、お見舞いの品の相談をしたかったのだけど」
「お任せください」
さっと内容を目で追ったサスランが、やはり顔を上げないまま言った。
「必要なものは、なんでもご用命下さい。大至急ご用意いたします」
「そうね。今一番欲しいのは、この件に関する定期報告かしら」
メイラは促されて立ち上がった。
「お金はまた稼げばいいけれど、命は無くなると戻ってこないのよ。……手は尽くして」
サスランがもう一段深々と頭を下げる。
その背後で、結局一言もしゃべらなかった商人たちが、あの体勢から更にどうやってか低頭する。
メイラは一つ頷いて、踵を返した。
足元にまとわりついたドレスを、ユリが如才なく整える。
「妾妃メルシェイラさま、ご退席されます」
大げさな近衛騎士の声を背後に、扉が重々しく閉ざされた。
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