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修道女、邂逅する
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翌朝。
やはり乾いていないワンピースを着て、それでも前日よりは決意も新たに身支度をした。
外はまだ雨だが、昨夜よりは小ぶりで、穏やかな雨音だ。
汚れたガラス越しに見える森は、ぼんやりと歪んで見えた。朝にもかかわらずどんよりと雲が重く、また一日中雨なのだろうと予想がつく。
国土の多くが砂漠地帯で、乾きで死ぬ者も多い地方で生まれ育ったメイラにとっては、日をまたいでもまだ続く長雨など初めての経験だった。
この半分でも雨が降れば、多くの人々が救われるのに。水オーブの利権や不正に頭を悩ませることもなく、ひろく皆が幸せになれるのに。
故郷の村を思いながら、くすんだ窓ガラスに伝う幾筋もの雨粒を見つめる。
神のつくりたもうた自然の摂理だ、メイラごときにどうこうすることはできない。きっとないもの強請りで、雨が多い地方には多いなりの苦労があるのだろう。
そっと窓に手を触れて、ぷっくりとした雨粒を内側からなでようとして。
ふと、気づいた。
「……そう」
すとんと納得した。今日なのだ……と。
理由があるわけではないが、今日というこの日が運命なのだと悟った。
もしかすると、明日の朝はないのかもしれない。
こんなふうに窓の外を見て、こんなふうに雨をうらやみ、背後にストーブの温もりを感じながら朝を感じることは、もう二度とないのかもしれない。
「御方さま?」
ほんのりと笑ったメイラを見て、ルシエラが訝し気に声を掛けてくる。
「どうかなさいましたか?」
「いいえ。用意が済んだなら部屋を出ましょう。顔を洗う水が欲しいわね」
「はい」
何年もこの家に置き去りにされていた布を身体に巻き付けながら、ルシエラを振り返る。
メイラ同様、すっかり形の崩れたワンピースドレスを着ているが、それでもなお彼女の美しさは輝かんばかりで、櫛を通さずともつやつやとした銀髪が眩い。
「……ところで、そんなものいつ運んできたの」
「昨夜遅くに。整理箪笥だけでは不安だったもので」
そんな彼女が、四肢を踏ん張り、ずりずりと重い音を立てて動かすのは大きな石臼だ。
ほっそりと嫋やかで、強く握れば折れそうな手首をしているにもかかわらず、メイラでは絶対に動かせない重量のものを平気な顔で引っ張っている。
「手伝うわ。重いでしょう」
「お気遣いなく」
重いという事は否定しなかったが、ルシエラには問題ないらしい。
手を貸そうと近づく前にあっさりドアの前から退けてしまって、更にその向こうにある衣装棚も両手で持ち上げて運ぶ。軽々と。
「……相変わらず力持ちね」
「鍛えておりますので」
「前々から一度聞きたいと思っていたのだけれど、ルシエラは騎士なの?」
初めて会ったとき、彼女は憲兵士官の服装をしていた。見たのは一度だけで、あとは大抵女官服、あるいはドレス姿だけだが、最も似合っていてしっくりきていたように思う。
「正式に叙勲されているわけではございませんが、資格は持っております。学院の騎士科を専攻しましたので」
学院というのは、平民あるいは下級貴族の優れた若者が通うところだ。適正と希望があればさらに上の大学に行くことも可能で、その身分によらず極めれば文官あるいは騎士としてかなりの所まで上り詰めることが出来る。
「優秀なのね」
「そうあるよう常に精進しています」
彼女が極めて有能だというのは紛れもない事実だから、これ以上はもう精進しなくともいいのではないか。……ついそう言いたくなって、苦笑した。
一介の平民がどれだけ努力を重ねようと、受験レベルに達することは難しく、帝都にある学院に通う者が出るなど、メイラの故郷では十年に一度あるかないかの事なのだ。
ルシエラが平民だとは思えないが、下級貴族であるにしても、学院に通えるだけでも優秀なのだとわかる。
「よければ今度、学院のことを聞かせて」
「はい。いつでも」
ルシエラはドアを塞いでいたものをすべて動かし、軽く両手をはたきながら首を上下させた。
メイラはすっきりとした立ち姿の彼女を、眩しいものを見るように眼を細めて見つめた。
彼女が騎士科の制服を着て、大柄な青年たちに混じって剣を学ぶ様子を想像する。
当時の彼女の様子などまったく知らぬメイラであったが、掃き溜めに鶴状態だったのだろうと容易に想像がついた。思わず吹き出しそうになった口元を手で押さえる。
「……何か?」
「いいえ。きっとあなたは昔も変わらないのだろうと思って」
「そうでしょうか。自身のことはよくわかりませんが」
メイラは「ふふふ」と声に出して笑い、手早くストーブの火を落とすルシエラの背中をじっと見つめた。
今よりも年若い少女時代の彼女もきっと、今と変わらず有能で、凛としていて、誰彼かまわず周囲を振り回していたに違いない。
想像しただけで笑ってしまう自分自身に、ああまだ笑えていると安堵する。
もう二度と、こんなふうにたわいのない会話を交わすことはないのかもしれない。
そう考えると物悲しい気持ちになるが、最後までともにいてくれるのが彼女でよかったと、心から思う。
ストーブの火を落とすと、すぐに室温が下がってきた。
放置されて長い布は色褪せ、みすぼらしいが、体温を保つ役には立つ。茶色いその布を身体にまきつけ、ルシエラを促すと、彼女もまた擦り切れた布を羽織りドアに手をかけた。
大きな家ではないので、個室のドアをあけるとそこはすぐにリビングになっている。家具が残っているわけではないが、動物の皮でできた古い敷物があって、黒墨色の肌の海賊がその上に直接座って寛いでいた。
「おはよう、お嬢さん方」
挨拶は耳を素通りした。
何故なら、暖炉の前にひと際巨漢の男がうつ伏せに伸びていて、しかも血まみれだったからだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いつも読んで下さってありがとうございます。
この一週間ほど体調が優れず、倦怠感と食欲不振、頭痛に眩暈、身動きした際の肋骨当たりの神経痛と、ちょっと心配になる症状になやまされてきました。
風邪の初期症状のように思えますが、時期が時期だけに、病院にいくべきか不安になっています。
巷でよく言われているような症状にはあてはまりませんし、熱もほとんどありませんが、子どももおりますし、万が一……と考えてしまって。
連休中にうつしてはいけないからとPCから離れ、部屋に籠っておりました。
体重計に乗ると、たった一週間で五キロも減っていました。これまでどんなダイエットをしても三キロ以上減ったことがないのに!!
部屋から必要以上に出ず、台所に行かないようにしていただけで効果覿面です。
体調不良だという理由だけでは説明できない体重の減り具合に、やはり普段から食べ過ぎていたんだろうと納得できました。
更新が遅れまして申し訳ございません。
明日から子供たちも学校に行きますので、また執筆活動ができるようになります。
ご心配をお掛けしております。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
やはり乾いていないワンピースを着て、それでも前日よりは決意も新たに身支度をした。
外はまだ雨だが、昨夜よりは小ぶりで、穏やかな雨音だ。
汚れたガラス越しに見える森は、ぼんやりと歪んで見えた。朝にもかかわらずどんよりと雲が重く、また一日中雨なのだろうと予想がつく。
国土の多くが砂漠地帯で、乾きで死ぬ者も多い地方で生まれ育ったメイラにとっては、日をまたいでもまだ続く長雨など初めての経験だった。
この半分でも雨が降れば、多くの人々が救われるのに。水オーブの利権や不正に頭を悩ませることもなく、ひろく皆が幸せになれるのに。
故郷の村を思いながら、くすんだ窓ガラスに伝う幾筋もの雨粒を見つめる。
神のつくりたもうた自然の摂理だ、メイラごときにどうこうすることはできない。きっとないもの強請りで、雨が多い地方には多いなりの苦労があるのだろう。
そっと窓に手を触れて、ぷっくりとした雨粒を内側からなでようとして。
ふと、気づいた。
「……そう」
すとんと納得した。今日なのだ……と。
理由があるわけではないが、今日というこの日が運命なのだと悟った。
もしかすると、明日の朝はないのかもしれない。
こんなふうに窓の外を見て、こんなふうに雨をうらやみ、背後にストーブの温もりを感じながら朝を感じることは、もう二度とないのかもしれない。
「御方さま?」
ほんのりと笑ったメイラを見て、ルシエラが訝し気に声を掛けてくる。
「どうかなさいましたか?」
「いいえ。用意が済んだなら部屋を出ましょう。顔を洗う水が欲しいわね」
「はい」
何年もこの家に置き去りにされていた布を身体に巻き付けながら、ルシエラを振り返る。
メイラ同様、すっかり形の崩れたワンピースドレスを着ているが、それでもなお彼女の美しさは輝かんばかりで、櫛を通さずともつやつやとした銀髪が眩い。
「……ところで、そんなものいつ運んできたの」
「昨夜遅くに。整理箪笥だけでは不安だったもので」
そんな彼女が、四肢を踏ん張り、ずりずりと重い音を立てて動かすのは大きな石臼だ。
ほっそりと嫋やかで、強く握れば折れそうな手首をしているにもかかわらず、メイラでは絶対に動かせない重量のものを平気な顔で引っ張っている。
「手伝うわ。重いでしょう」
「お気遣いなく」
重いという事は否定しなかったが、ルシエラには問題ないらしい。
手を貸そうと近づく前にあっさりドアの前から退けてしまって、更にその向こうにある衣装棚も両手で持ち上げて運ぶ。軽々と。
「……相変わらず力持ちね」
「鍛えておりますので」
「前々から一度聞きたいと思っていたのだけれど、ルシエラは騎士なの?」
初めて会ったとき、彼女は憲兵士官の服装をしていた。見たのは一度だけで、あとは大抵女官服、あるいはドレス姿だけだが、最も似合っていてしっくりきていたように思う。
「正式に叙勲されているわけではございませんが、資格は持っております。学院の騎士科を専攻しましたので」
学院というのは、平民あるいは下級貴族の優れた若者が通うところだ。適正と希望があればさらに上の大学に行くことも可能で、その身分によらず極めれば文官あるいは騎士としてかなりの所まで上り詰めることが出来る。
「優秀なのね」
「そうあるよう常に精進しています」
彼女が極めて有能だというのは紛れもない事実だから、これ以上はもう精進しなくともいいのではないか。……ついそう言いたくなって、苦笑した。
一介の平民がどれだけ努力を重ねようと、受験レベルに達することは難しく、帝都にある学院に通う者が出るなど、メイラの故郷では十年に一度あるかないかの事なのだ。
ルシエラが平民だとは思えないが、下級貴族であるにしても、学院に通えるだけでも優秀なのだとわかる。
「よければ今度、学院のことを聞かせて」
「はい。いつでも」
ルシエラはドアを塞いでいたものをすべて動かし、軽く両手をはたきながら首を上下させた。
メイラはすっきりとした立ち姿の彼女を、眩しいものを見るように眼を細めて見つめた。
彼女が騎士科の制服を着て、大柄な青年たちに混じって剣を学ぶ様子を想像する。
当時の彼女の様子などまったく知らぬメイラであったが、掃き溜めに鶴状態だったのだろうと容易に想像がついた。思わず吹き出しそうになった口元を手で押さえる。
「……何か?」
「いいえ。きっとあなたは昔も変わらないのだろうと思って」
「そうでしょうか。自身のことはよくわかりませんが」
メイラは「ふふふ」と声に出して笑い、手早くストーブの火を落とすルシエラの背中をじっと見つめた。
今よりも年若い少女時代の彼女もきっと、今と変わらず有能で、凛としていて、誰彼かまわず周囲を振り回していたに違いない。
想像しただけで笑ってしまう自分自身に、ああまだ笑えていると安堵する。
もう二度と、こんなふうにたわいのない会話を交わすことはないのかもしれない。
そう考えると物悲しい気持ちになるが、最後までともにいてくれるのが彼女でよかったと、心から思う。
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大きな家ではないので、個室のドアをあけるとそこはすぐにリビングになっている。家具が残っているわけではないが、動物の皮でできた古い敷物があって、黒墨色の肌の海賊がその上に直接座って寛いでいた。
「おはよう、お嬢さん方」
挨拶は耳を素通りした。
何故なら、暖炉の前にひと際巨漢の男がうつ伏せに伸びていて、しかも血まみれだったからだ。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
いつも読んで下さってありがとうございます。
この一週間ほど体調が優れず、倦怠感と食欲不振、頭痛に眩暈、身動きした際の肋骨当たりの神経痛と、ちょっと心配になる症状になやまされてきました。
風邪の初期症状のように思えますが、時期が時期だけに、病院にいくべきか不安になっています。
巷でよく言われているような症状にはあてはまりませんし、熱もほとんどありませんが、子どももおりますし、万が一……と考えてしまって。
連休中にうつしてはいけないからとPCから離れ、部屋に籠っておりました。
体重計に乗ると、たった一週間で五キロも減っていました。これまでどんなダイエットをしても三キロ以上減ったことがないのに!!
部屋から必要以上に出ず、台所に行かないようにしていただけで効果覿面です。
体調不良だという理由だけでは説明できない体重の減り具合に、やはり普段から食べ過ぎていたんだろうと納得できました。
更新が遅れまして申し訳ございません。
明日から子供たちも学校に行きますので、また執筆活動ができるようになります。
ご心配をお掛けしております。
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