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修道女、マジ泣きする
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「……次!!」
全身鎧の武骨な騎士が、大槍を持って声を張る。一般の者にはそれだけで身体がすくむほどの威圧感だ。
メイラは細かく震えながら下を向いていた。
街門からあふれ出た群衆は、正規軍を前に一気にその勢いを無くした。
はじめは苦情を言い立てようとした者もいたのだが、ザッと一斉に武器の矛先を向けられて黙ってしまう。
騎士たちは、街から逃げ出した人々に一列に並ぶように言った。そして天幕を設け、その中で一人ずつ調査し始めたのだ。
時折女性の悲鳴が聞こえる。それを聞くたびに、身を寄せ合った女子供たちが肩を震わせる。
遠目に、騎士に引きずられながらどこか別の場所に連れて行かれる女性が見える。
必死に天幕の方へ手を伸ばし、助けを求めるが叶わない。
もう何人目かになるそんな女たちの姿を見て、メイラはフードの下でぎゅっと唇を噛み締めた。
メイラのせいだ。彼らはメイラを探しているのだ。
ぎゅっと肩を抱く手に力がこもる。マローが何を言いたいかはわかる。このまま黙ってやり過ごせと言いたいのだろう。
幸いにもメイラの外見は十代前半の少年にしか見えない。声さえ発しなければ、ばれない可能性が高い。
「……ちくしょう、どういうつもりだよ」
近くにいた商人らしき若者がつぶやく。
彼の腕の中には、恋人なのだろう若い娘。真っ青な顔でメイラ以上にガタガタと震えている。
誰もが、何が起こっているのかわかってはいなかった。噂によると、重罪を犯した女を探しているのだとか。
自分たちはそんな事はしていないと胸を張って言えても、無作為に若い女だけを別のところに仕分けている様子を見れば不安にもなる。
メイラは力が抜けそうになる両足で懸命に立ち続け、マントの下で陛下から下賜された玉髪飾りをお守りのようにぎゅっと握りしめていた。
ああそうだ、少年を装っているのにこの髪飾りを持っているとまずいだろう。
手放したくはなかった。お守りどころか、心の支えのようにすら感じていた。
この場にさり気なく落としていくのが最善なのだろう。しかし皇室の紋章が入ったもの。いやそれより、陛下の御母上さまの遺品ともいえる大切な髪飾りを捨てるわけにはいかない。
マローに預けるか? いやそうすれば彼女に危険が及ぶかもしれない。
列はどんどんと短くなっていき、もう少しで天幕の入り口が見えるところまで来ている。
トロトロと迷っている時間はない。意を決してダンのマントを引いた。
「……どうした?」
低い声が耳元で問いかけてくる。
メイラは内緒話をするふりをして顔を寄せ、ダンのマントの内側にこっそりと手を差し込んだ。
その大きな手に触れるとビクリと揺れたが、やがて意を汲み取って髪飾りを受け取ってくれた。
「そういえば、預かると言っていなかったな。すまん」
皇室の紋章入りの髪飾りの存在は、もちろん彼らも気づいていたらしい。こんなふうに身検めされると分かっていれば、部屋を出る段階でしかるべく隠されていただろうが、今更それも難しい。
手放すのはとても辛かった。ダンに重荷を預けるのも申し訳なかった。
それらの感情を呑み込みマローの方に顔を向けようとしたが、まだ手がマントの中にあるうちに、ダンの大きな手に掴まれた。
「……熱が高いな」
「呼吸に雑音が混じっているのも気になるのよ」
二人は心配そうにメイラを見下ろす。
ダンのマントは長旅をする冒険者仕様で、ぶ厚く暖かそうだ。そんなマントをばさりと広げて、マローごとメイラを抱え込んだ。
何もおかしなことではない。前後にも、そういう恰好で一塊になっている者たちはいる。
しかしそれは相愛の恋人同士であったり、夫婦であったり、幼い子供を抱いた母親であったり。つまりは近しい家族かそれに類した者同士だ。
メイラは高熱という理由だけではなく、頬が真っ赤に染まるのを感じた。
これまで、彼女にとって守るべき孤児たちこそが家族だった。
こうやって抱きかかえ、温もりを分け与えながら面倒を見るのは彼女の方で、決してその立場が逆になることはなかった。
血のつながった親兄弟とは、そもそもこんな距離に立ったことすらない。
「……どうする? このまま検問を通るしかない気がするが」
「逃げるなら周囲が明るくなる前のほうがいいわ」
「逃げ切れるか?」
「……難しいわね」
彼らだけならこっそり列から抜け出して逃走するのは可能なのだと思う。
しかし、高熱でふらつくメイラには至難の業だった。いっそ抱きかかえられて運ばれた方がマシなぐらいだ。
「ああ、顔が赤い。また熱が上がった?」
女性ではあるが剣を握るために固くなった手で、そっと頬に触れられる。
それがまた、くすぐったくて気恥ずかしい。
「だ、だいじょうぶ」
「すごいガラガラ声。……むしろ変声期の男の子っぽくていいかもしれないわね」
「このままいくぞ」
「……了解」
更に四半時ほど経って、列がだいぶん短くなった。
天幕が近づけば近づくほど、女性の悲鳴や赤ん坊の泣き声が大きくなってくる。
あんな風に悲鳴を上げさせるなど、中で一体何が行われているのだろうか。
先ほどの商人の恋人らしき女性など、恐怖でグズグズと泣き出してしまっている。
「次!」
やがて順番が回ってきた。
おおよそ十人ぐらいずつ天幕に入れられて、背後でバサリと入り口が閉ざされる。
「女は右、男は左へ進め」
メイラは騎士の厳しい口調にビクリと身をすくめた。
先ほどからずっと泣いている商人の女が、更に一層大きな声を出して号泣し始める。
「待ってください! 彼女は妊娠しているんです。ですから……」
「さっさと動け!!」
果敢にも鎧の騎士に食って掛かろうとした若い商人だが、太い槍を突きつけられて真っ青になった。
マローが一度、ぎゅっとメイラの肩を抱いた。
四人の女たちが右側の通路を通って天幕の中央付近に集められる。
「お前たちも上着を脱ぎ、名前、出生地、年齢、職業を申告しろ」
不安そうな女性たちの中にあり、ひとり堂々と歩いていくマローを見送っていると、近くにいた騎士が事務的な口調で言った。
女性たちを気づかわし気に見守っていた男たちが、もそももそとマントを脱いでいく。
やがてダンの順番が来た。メイラを背後から抱きかかえるようにして、テーブルで書類を書いていた騎士の前に立った。
「ダンカン・ホード。冒険者。三十五歳。トルタ出身。……これは息子のメルベル。十三歳だ」
下を向いていた騎士が顔を上げた。
灰色の目がダンを一瞥するが、そちらにはさほど興味は無さそうだ。マントを脱いで立つメイラを上から下までざっと眺め、首を傾ける。
「少年か?」
「女に見えるのか?」
息子、と呼ばれたことに動揺するまいと唇を引き結んでいると、座っていた騎士が席を立ち、近づいてきた。
「名乗れ」
「……メルベル・ホード、十三歳……です」
できるだけぶっきらぼうに、低く聞こえる声で。途中咳が出そうになったが、なんとか我慢した。
全身鎧の武骨な騎士が、大槍を持って声を張る。一般の者にはそれだけで身体がすくむほどの威圧感だ。
メイラは細かく震えながら下を向いていた。
街門からあふれ出た群衆は、正規軍を前に一気にその勢いを無くした。
はじめは苦情を言い立てようとした者もいたのだが、ザッと一斉に武器の矛先を向けられて黙ってしまう。
騎士たちは、街から逃げ出した人々に一列に並ぶように言った。そして天幕を設け、その中で一人ずつ調査し始めたのだ。
時折女性の悲鳴が聞こえる。それを聞くたびに、身を寄せ合った女子供たちが肩を震わせる。
遠目に、騎士に引きずられながらどこか別の場所に連れて行かれる女性が見える。
必死に天幕の方へ手を伸ばし、助けを求めるが叶わない。
もう何人目かになるそんな女たちの姿を見て、メイラはフードの下でぎゅっと唇を噛み締めた。
メイラのせいだ。彼らはメイラを探しているのだ。
ぎゅっと肩を抱く手に力がこもる。マローが何を言いたいかはわかる。このまま黙ってやり過ごせと言いたいのだろう。
幸いにもメイラの外見は十代前半の少年にしか見えない。声さえ発しなければ、ばれない可能性が高い。
「……ちくしょう、どういうつもりだよ」
近くにいた商人らしき若者がつぶやく。
彼の腕の中には、恋人なのだろう若い娘。真っ青な顔でメイラ以上にガタガタと震えている。
誰もが、何が起こっているのかわかってはいなかった。噂によると、重罪を犯した女を探しているのだとか。
自分たちはそんな事はしていないと胸を張って言えても、無作為に若い女だけを別のところに仕分けている様子を見れば不安にもなる。
メイラは力が抜けそうになる両足で懸命に立ち続け、マントの下で陛下から下賜された玉髪飾りをお守りのようにぎゅっと握りしめていた。
ああそうだ、少年を装っているのにこの髪飾りを持っているとまずいだろう。
手放したくはなかった。お守りどころか、心の支えのようにすら感じていた。
この場にさり気なく落としていくのが最善なのだろう。しかし皇室の紋章が入ったもの。いやそれより、陛下の御母上さまの遺品ともいえる大切な髪飾りを捨てるわけにはいかない。
マローに預けるか? いやそうすれば彼女に危険が及ぶかもしれない。
列はどんどんと短くなっていき、もう少しで天幕の入り口が見えるところまで来ている。
トロトロと迷っている時間はない。意を決してダンのマントを引いた。
「……どうした?」
低い声が耳元で問いかけてくる。
メイラは内緒話をするふりをして顔を寄せ、ダンのマントの内側にこっそりと手を差し込んだ。
その大きな手に触れるとビクリと揺れたが、やがて意を汲み取って髪飾りを受け取ってくれた。
「そういえば、預かると言っていなかったな。すまん」
皇室の紋章入りの髪飾りの存在は、もちろん彼らも気づいていたらしい。こんなふうに身検めされると分かっていれば、部屋を出る段階でしかるべく隠されていただろうが、今更それも難しい。
手放すのはとても辛かった。ダンに重荷を預けるのも申し訳なかった。
それらの感情を呑み込みマローの方に顔を向けようとしたが、まだ手がマントの中にあるうちに、ダンの大きな手に掴まれた。
「……熱が高いな」
「呼吸に雑音が混じっているのも気になるのよ」
二人は心配そうにメイラを見下ろす。
ダンのマントは長旅をする冒険者仕様で、ぶ厚く暖かそうだ。そんなマントをばさりと広げて、マローごとメイラを抱え込んだ。
何もおかしなことではない。前後にも、そういう恰好で一塊になっている者たちはいる。
しかしそれは相愛の恋人同士であったり、夫婦であったり、幼い子供を抱いた母親であったり。つまりは近しい家族かそれに類した者同士だ。
メイラは高熱という理由だけではなく、頬が真っ赤に染まるのを感じた。
これまで、彼女にとって守るべき孤児たちこそが家族だった。
こうやって抱きかかえ、温もりを分け与えながら面倒を見るのは彼女の方で、決してその立場が逆になることはなかった。
血のつながった親兄弟とは、そもそもこんな距離に立ったことすらない。
「……どうする? このまま検問を通るしかない気がするが」
「逃げるなら周囲が明るくなる前のほうがいいわ」
「逃げ切れるか?」
「……難しいわね」
彼らだけならこっそり列から抜け出して逃走するのは可能なのだと思う。
しかし、高熱でふらつくメイラには至難の業だった。いっそ抱きかかえられて運ばれた方がマシなぐらいだ。
「ああ、顔が赤い。また熱が上がった?」
女性ではあるが剣を握るために固くなった手で、そっと頬に触れられる。
それがまた、くすぐったくて気恥ずかしい。
「だ、だいじょうぶ」
「すごいガラガラ声。……むしろ変声期の男の子っぽくていいかもしれないわね」
「このままいくぞ」
「……了解」
更に四半時ほど経って、列がだいぶん短くなった。
天幕が近づけば近づくほど、女性の悲鳴や赤ん坊の泣き声が大きくなってくる。
あんな風に悲鳴を上げさせるなど、中で一体何が行われているのだろうか。
先ほどの商人の恋人らしき女性など、恐怖でグズグズと泣き出してしまっている。
「次!」
やがて順番が回ってきた。
おおよそ十人ぐらいずつ天幕に入れられて、背後でバサリと入り口が閉ざされる。
「女は右、男は左へ進め」
メイラは騎士の厳しい口調にビクリと身をすくめた。
先ほどからずっと泣いている商人の女が、更に一層大きな声を出して号泣し始める。
「待ってください! 彼女は妊娠しているんです。ですから……」
「さっさと動け!!」
果敢にも鎧の騎士に食って掛かろうとした若い商人だが、太い槍を突きつけられて真っ青になった。
マローが一度、ぎゅっとメイラの肩を抱いた。
四人の女たちが右側の通路を通って天幕の中央付近に集められる。
「お前たちも上着を脱ぎ、名前、出生地、年齢、職業を申告しろ」
不安そうな女性たちの中にあり、ひとり堂々と歩いていくマローを見送っていると、近くにいた騎士が事務的な口調で言った。
女性たちを気づかわし気に見守っていた男たちが、もそももそとマントを脱いでいく。
やがてダンの順番が来た。メイラを背後から抱きかかえるようにして、テーブルで書類を書いていた騎士の前に立った。
「ダンカン・ホード。冒険者。三十五歳。トルタ出身。……これは息子のメルベル。十三歳だ」
下を向いていた騎士が顔を上げた。
灰色の目がダンを一瞥するが、そちらにはさほど興味は無さそうだ。マントを脱いで立つメイラを上から下までざっと眺め、首を傾ける。
「少年か?」
「女に見えるのか?」
息子、と呼ばれたことに動揺するまいと唇を引き結んでいると、座っていた騎士が席を立ち、近づいてきた。
「名乗れ」
「……メルベル・ホード、十三歳……です」
できるだけぶっきらぼうに、低く聞こえる声で。途中咳が出そうになったが、なんとか我慢した。
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