その花びらが光るとき

もちごめ

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コツコツ、と誰も居ない廊下を一人歩く足音が静かに響く。

 遠くからは、未だ賑わう夜会の熱気が風に運ばれてその音を小さく響かせる。

 だんだんと近づくその音をたどり、未だ熱気のこもる夜会の会場へと戻った。


 お目当ての人物は一段上がったところにある、王族だけが座ることのできるひときわ豪華な椅子に深く腰を掛けており、片手にシャンパングラスを握っていた。
 目が合うと軽くグラスを挙げる。
 心なしか、表情は少し疲れていそうだ。

「ああ、戻ってきたんですね。ユナさんはどうしたんですか?」
「少し疲れていたようですので、先に部屋へと帰しました」

「それが賢明でしょうね。ここにいるとまた嫌な思いをしてしまうかもしれないからね」
「……王子もお疲れのようですが?」
「ああ、うん。さっきまでひっきりなしに踊らされていてね。やや肉食なご令嬢たちに体力を根こそぎ持っていかれたような感じだよ」
 声のトーンを落としながら話す王子は苦笑を滲ませ、手に持っていたグラスを呷る。

「……もしかしてそれの中身は?」
「ご想像通りだよ。体力回復ジュース。侍従にこっそりと用意してもらっていたんだ。さっきまで私と踊っていたご令嬢たちはね、全員レネットの取り巻きさ。全員不敬にならない程度にわざと下手に踊ってくれたものだから、身体はぶつかりそうになるし、足も踏みつけそうになるしでエスコートが大変だったよ」
「いっそ踏みつけてやればよかったのでは」

「うん、私も本気でそう思ったけれど、そうはいかなくてね。向こうはそれが狙いなんだから」
「はあ……。ご苦労様です」
 ため息交じりに言えば、「本当にいらない苦労だよ」 と肩を窄めて微かに笑ってグラスの残りを口へと運んだ。

 確かにいらぬ苦労だとは思うが、第三王子のほうもこちらに攻撃を仕掛けられる絶好のチャンスなので、こういう機会は絶対に逃したりはしない。きっと今夜はまだ何か仕掛けてくるだろう。
 
 取り巻きを使ってのダンス攻撃なんて馬鹿げた攻撃だとは思うが、王子が足を踏んだとなれば、反第一王子派の格好の餌食となる。お抱えの貴族たちはこれにみよがしに第一王子落としにかかるだろう。

 だから、たかだかダンスと言えど気を抜けないのである。
 むしろ、戦場だ。

 まあ、ローランス王子はあれでいて全てにおいて完璧だからあまり心配はしていないがな。

 体力回復薬を定期的に飲んでおけば大丈夫であろう。
 ちらりと横を見るともうあらかた体力は回復したのだろう。ツヤツヤの顔に、どんな令嬢でも一瞬でノックアウトしてしまうキラキラしい笑みを浮かべて、無駄に長い脚を組んで座っている。
 まるで一枚の絵画のように。
 
 なるほど。

 よく、『第一王子様は物語の中に出てくるような完璧な王子様だわ』 といろんなところで聞くが、これがいわゆる『完璧な王子様』 なのだろう。

 じーっと探るように見ている視線が気になったのだろう「ん?」 と小首をかしげて見上げてくるが、俺にそんな趣味はない。
 無駄に色気を巻き散らかすな。

 なんか、無性にこいつの欠点を探したくなった。
 自分が仕える王子の弱点はどこにある? と頭の中で探し始めた時、急に足元がふらついて軽く眩暈がした。

 少しよろめいたが一歩後ろに下がった程度で、すぐに足に力を入れ直したので、幸い周りには気づかれていないだろう。

 第一王子に一番近い自分の失態は、そのまま第一王子へとつながる。だからどんな時も隙をみせるようなことがあってはならない。
 もう一度足元に力を入れ、軽く頭を振ってしっかりと前を向いた。


 その一連の行動を隣で見ていたローランスは、怪訝な表情を浮かべている。
「……おい、大丈夫か……?」
「ええ、すみません。少しふらつきましたが、もう大丈夫です」
 あ互いにしか聞こえないように小声で話を続ける。


「いや、よく見ると顔色も悪いし全然大丈夫じゃないだろ。たしか昨日もあの場所に寄ってたよな。最近頻繁じゃないか? きっとそれが原因なんだろ。もう戻って休めよ」

「王子、口調が戻ってますよ」
「小さな声でしゃべってるし、誰も聞いていないから大丈夫だろ。それよりも、ここには陛下もいるし、よほどのことがない限り俺はやられたりはしない。だから安心して早く戻って寝ろ」

「いえ、大丈夫です。そのドリンクを私にも下さい。それで治ります」
「ドリンクはいくらでも飲めばいいが、それでは本当の意味で体を休めたことにはならないだろ。俺のことは気にしなくていいから、さっさと戻れ。命令だ」
 ”王子としてではなく、一人の友人として言っているんだ” と小さな声で付け加えた声が聞こえた。


「はあ……」 目を閉じ、ため息を吐く。
 
 こいつは言いだしたら絶対に自分の意思を曲げない、頑固な奴なんだよな。
 
 ……。それは俺もか。
 似た者同士で嫌になる。
 
 だけれど、友人としてなら聞かないわけにもいかない。
 しぶしぶだが、友人の厚意に甘えさせてもらうことにした。



「わかった。そうさせてもらう」
 ”すまない” とすれ違いざまに小さな声で告げれば、しっかりと拾ってくれたのだろう。
 やんわりとこぶしで肩を二回たたく。

 幼いころの、二人だけのやり取り。

 王子と臣下としての遠い立場ではなく、友人としての近い距離を感じさせてくれたことに感謝しつつ、陛下に退出の挨拶をしてから広間を後にした。

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