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5-1*オルベルト伯爵

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 はあ、とため息が出る。

 書斎のソファーでは王太子の側近の一人である、アルフレートが座っているがたとえ聞かれてしまってももういいと思い、もう一度盛大にため息をつく。

「ため息ついてますね。そんなにいい内容が書かれていましたか?」

 優雅にお茶を飲んでいるアルフレートが、音を立てずにカップを置き顔をこちらに向けてくるのを目の端に捉えつつも、書斎の椅子に座ったまま今しがた読んだ手紙の内容を頭の中で反芻する。


 どうしてこうも無理難題を私に投げつける……。


 
「ああ、今日は髪飾りの事ですね」

 返事が返ってこないので勝手に手紙を読んでいる部下がここにいるが、それでいいのか、殿下。

 
 我が国の王太子であり、上の娘の婚約者であるフィリップ王太子殿下からの手紙にはこう書かれていた。

『どうやら友人が愛する人に髪飾りを送り、それを身に付けてくれた愛しい人に愛の言葉を囁いていたので、それをやってみたいと思っているのだが、エマアリア嬢はどういう髪飾りを好むのだろうか? 色は? 形は?』などと。


 そんなの、私が知るわけないだろう。



 しかも、この手紙の返事は”調べてからまた後日お返事します”というわけにはいかず、いつも即返信しなければならない。


 なぜならば、いつも手紙を運んでくるこの男が、私が返事を書くまでは絶対に帰らないからだ。


 以前『エマアリア嬢の好きな下着の色を教えてくれ』と書かれた手紙になかなか返事が掛けないで返答をするのに数日かかった時は、この男はその間我が家に滞在し続けたのだ。

 しかも、来客用の部屋ではなく、私の部屋の隣の部屋で。
 おかげで、数日間謎の視線を感じ続け、鳥肌が消えなかった。

 そのことがあってから私は殿下から届く迷惑な手紙には即返事を書くようにしている。
 
「ああ、殿下へのお返事はゆっくりでいいですよ。何ならいつまでも返事しなくても大丈夫です」

 今も必要以上に私に近づき、眼鏡の奥を妖しく光らせるこの男。
 

 危険だ!!!!


 すぐさまペンを持ち、「殿下からいただけるものなら、たとえ野に咲く一倫の花でも最高の送りものとなるでしょう」と書きしたためた。

 その手紙をすぐ隣にいる男に鳥肌がバレないように渡せば「もう書いてしまわれたのですか? 残念です。せっかくこれからでしたのに」とひどく残念そうにしながら私の頬に手を滑らせた。


 速攻でお帰りいただこう!!!!


 私は三日間は消えない蕁麻疹に悩まされ、その間、書斎に籠り続けた……。

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