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 今日は久しぶりに王宮から帰って来た父に呼ばれている。

「失礼します。お呼びですか?」

 自分を呼んだ父であり、侯爵であり、魔術師である人物を見上げる。
 
 艶のあるさらさらの黒髪にアイスブルーの目。左目下についている泣きぼくろがセクシーで流し目だけで数多くの令嬢たちが倒れたとか倒れなかったとか。

 なんていうか、相変わらず見た目がチャラいな。

 兄弟の中で一番容姿が父に似ているといわれる自分も、もしかしたらチャラく見られているのか?

 俺は断じてチャラくない。
 いつだってミア一筋だ。
 ていうか、世の中にミア以外に女性はいない。
 俺はミアしか女性を見たことがない!!


 そういや、この見た目チャラい父も、母に会うまでは女性を見たことがなかったとか。
 しかも、しつこくしつこく地の果てまでも追いかけて結婚に漕ぎつけたとか……。

 すげぇ執念。
 小さいときに母から聞かされた時は、そんな父にぞっとしたが、今なら、共感できる。
 そして、この自分の執念深さは父からしかっりと受け継がれていることを強く感じた。


「で、ご用件はなんですか?」
「ああ、ダンブルから聞いたんだが、最近めきめきと伸びているようだな? もうお前には教えるものがないと言っていたぞ」

 ダンブルとは、うちの執事で、俺の魔法の師である。

「はい。たくさん教えていただいたので、だいたいの魔法は使いこなせるようになりました」

 得意とする魔法は執着系の魔法です。しっかりと教えていただきました。

「そうか。父としても、魔術師としてもうれしい限りだな。でだ、お前も十五になったからそろそろ魔法学校に入学しないか? お前ほどの力があれば、卒業後は宮廷入りも確実だ」

「は? 学校?」


 それって、確か全寮制……。いやだ!! ミアと離れるのなんて想像しただけでも死ぬ!!


 三秒考えてすぐに無理だと思い、断ろうと思ったが、先手を打たれる。


「ミア嬢とは、仲良くしてるか?」
「え、あ、はい」


 子供の口約束ですがプロポーズもしました。これは心の中にしまっておくが。


「オルベルト伯爵領は紅茶の生産が有名で、その良質さから王家ご用達になったのは知ってるよな?」

 急に何の話かと思ったが、知っていると頷き、先を促した。

「で、特に王妃様が気に入っておられて、この間お茶会にオルベルト一家が招かれたんだ」


 思わず目を見開く。
 まさか……。


「オルベルト伯爵は誠実で人柄も素晴らしく温厚だ。そして夫人も同じく。その子供である姉妹はお前も知っての通り『オルベルトの秘宝』と呼ばれるほど、美しく可憐な姉妹。当然、王妃様は一家皆を気に入られてな、何とか抱え込もうとしている。姉のエマアリア嬢は王太子様の婚約者候補に選ばれた。ミリアリア嬢も第二王子の婚約者候補に挙がったんだが、一応お前のことを伯爵は考えてくださってな。姉妹そろって王子方の婚約者として名を挙げるのは他の貴族たちから反感を食らうということを理由に一応は辞退をしたんだが、未だ王妃様は諦めておられないみたいだ。さあ、どうする? 第二王子でなくとも、きっとこれからどんどん求婚者は増えていくぞ。ぼけっとしてると、どんどん手の届かない存在になっていくが、お前はそれでいいのか?」


 いいわけがない……。


 目の前が黒く塗りつぶされていくようだ。
 ミアが王子に取られる……。
 王子でなくとも、他の誰かに取られる……。
 

 考えたくない。
 もしそんな未来が来ようものなら、この世界なんてなくなってしまえばいい。
 そうだ、いっそのことミアを……、!!


「おい、何を考えている。正気か?」

 突然首元のシャツを掴まれ、仄暗い思考から一旦戻る。


「ミア嬢はお前の事嫌いって言ったか?」
「言って、な、い」
「なら、お前は決して自分自身を闇に染めるな。チャンスなんて生きている間いくらでもある。追いかけて追いかけて離さずにずっと捕まえていればいいんだ。簡単なことだろう? いいか? それに見合うだけの男になれ」


 掴まれていた手が離され、そのまま頭をくしゃっと撫でられた。


 愛しい人に見合う男になりたい。堂々とミアのそばにいられるならどんな努力だってする。

 
 唇を噛み締め、目に強い決意を乗せて告げる。

「わかりました。……学校に、行きます」


 妖艶さの漂うアイスブルーの瞳を優し気に細めて、外見も中身も本当によく似た息子の頭をもう一度くしゃっと撫でた。

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