始まりから詰んでいる鬼ごっこ

７－５

プルプルと震える腕がいよいよ限界を迎えようとしていた頃、ものの３歩で近づいてきた師団長の兄アークがライルの手からスッと本を抜き取った。そのまま何も言わず、さっと踵を返してはミアの手に「弟からだ」と言って手渡した。



不思議に思いつつもそれを受け取ったミアは、最初は何やら首をかしげながら表紙を眺めていたのだか、「何かしら？」と目を瞬きペラっと一枚目をめくった途端、みるみるうちに顔が赤らんでいった。ついにはプルプルと震え始め「バタン！！」と大きな音を立ててはたたきつけるように本を閉じてしまった。


予想外の行動にライルは元より、隣で彫刻のように立っていたアークもびっくりとしたらしく、軽く目を見開いている。


「えっ、ど、どうしたんすか！？」


ライルは思わず掠れた声を精一杯に張り上げたのだが、どうやら今度はちゃんと相手に聞こえたらしい。


「なっ、なんでもないわっ！！」


顔を真っ赤にして即座に答えたミアの様子に「なんでもなくはないだろう……」と感じたライルは、思わず近づこうと一歩踏み出した。しかしワナワナと震えていたミアは慌てて後ろ手に本を隠しながら「だ、大丈夫だから！　と、とりあえずもう戻って！」と大きな声でそれを制する。


！！……あ、危なかった！！　


ミアの大きな声による制止に、ふと我に返ったように立ち止まったライルは、踏み出してしまった距離からミアの位置までをさっと目測する。


……な、何とか命拾いした……。


あと一歩踏み出していたら今日が晴天だろうが、例え建物のなかだろうがピンポイントで雷に打たれるところだった。考えただけで背筋に嫌な汗が流れ、思わず身体が震える。


本人はきっとそんなつもりで声を上げた訳ではないだろうが、それでも命を救われたことには感謝したい。例え不運にも雷に打たれる原因が貴女にあろうとも。と考えミアを見ると、未だ顔を真っ赤にしプルプルと震えており、本を後ろ手に隠しながらきょろきょろとしている。
そんな不審な様子にライルは思わず心の中で突っ込みをいれてしまった。


それ、なんでもないって感じじゃないよねー―！？　


後ろ手に隠しているそれ。
ねえ、そんなに恐ろしいものなの！？
世界は今ものすごく平和な筈なのに、一瞬で破滅に追い込む的な、なんかヤバイ代物なの？！
ねえ！　めっちゃ気になる！！


心の中の声を実際に伝えることが出来たらどんなに気持ちいいだろう。

声を大にして張り上げたい気持ちに駆られつつも小心者であるライルはぐっと我慢して、チラリとミア嬢の隣に立つお兄さんを伺い見た。


背の高さから本の中身が見えたのだろう。明らかに笑いを堪えているのがわかる。
物言わぬ彫刻が小刻みに揺れていた。



おい、一体どんな中身なんだよそれ！　もしかして笑いのツボをじわじわと刺激するような代物なのか！？
……余計に気になるじゃないか。見たい。とても見たい！


でも一度見てしまえば自分の平穏はそこで終わってしまう、なぜかそんな寒気にも似た予感がヒシヒシとしてきたライルは人生の究極の選択を自分自身でしてみることにした。


見るか、危険。見ないか、安全。


何度か葛藤を繰り返し、そしてかなり迷って選んだ答えは「命は大事にしよう」であった。


うん。命大事。平穏、とても大事。


ミアの様子がとてもとても気になってはいるが平穏を取ることにしたライルは「あの、ミアさん。ちゃんと渡したんで、僕は戻りますね」とそそくさとその場を去ることにした。

まあ、お兄さんもいることだし大丈夫だろう。


そして中庭を横切り長すぎる廊下を息を乱しながら歩いていき、報告のために師団長の元へと戻ることにした。