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5*オルベルト伯爵

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 私は、逃げたい。


***

「オルベルトさん、今年もいい出来に仕上がりましたね」

「ええ、本当に。いつもみんなが一生懸命に愛情を注いで育てていてくれているからですよ」

 今年も色、味、香り、どれも最高級にそだった茶葉を手に取りその香りを嗅ぎながらうっとりとする。

 
 うん。いい出来だ。

 この茶葉で入れた紅茶をはやく飲んでみたいなぁ、と味を想像しながら一人耽っていたのだが、

「それは、素晴らしいですね。さぞや王妃さまも喜ばれる事でしょう」

 ひいいいいいっ!!

 突然耳の後ろから吐息と共にささやかれた声にゾゾゾッっと一瞬で鳥肌が全身に広がった。


「アルフレートさん!?」
「クラウスさん。アルと、そう呼んでくださいと何度も申し上げたではないですか」

 そういいながら、長い指先でツーっと耳の輪郭をなぞられた。その感触にまたもや鳥肌が立ち、勢いよく後ろに下がって距離を取った。耳を手で隠すことも忘れない。


「あ、あ、あ、アルさん。突然なんですか?!」

 私の反応を面白がって、唇は弧を描き、眼鏡の奥のその怜悧な瞳を弓なりに細まるのを見た。
 その様子にまだまだ警戒を解くのはよそう、と強く思う。

 そして、次なる行動を一挙一動目を離さず食い入るように見ていたら、懐から一枚の封筒を取り出した。

「これを届けに参りました」

 その封筒に押された、王家の中でも王太子が使う模様を見て、心の中でため息をつく。

 
 今日も、またか……。


「わかりました。一度屋敷に戻ります」

 一緒に茶葉を収穫していた男たちに後のことを頼んで、王家所有の馬車に乗りこみ屋敷へと戻っていく。その背中からはなぜか哀愁が漂っていた……。



 その一連の様子を眺めていたお茶畑にいる者たちは「あの人も毎日毎日大変だよな……」「とってもいい人なのに、なんだか不憫だよな……」とそれぞれ心の中で呟き、目に汗を浮かべていた。


 あの人のために、もっと頑張って働こう。
 それぞれが同じ思いでせっせと働き勤しんでいく。



 オルベルト伯爵領でとれる茶葉は、毎年王国一出来映えで、その美味しさは一度飲めば忘れることのできない味として有名である。
 王家御用達の茶葉だが、伯爵の人柄で民衆にも気軽に飲めるようにいろいろな種類の茶葉を作り、価格も抑えることで庶民にも飲まれるようになり、広く親しまれている。

『オルベルトの秘宝』は伯爵家の中のたるところにあり――。

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