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「1ケ月後」

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「1ケ月後」

 1ケ月後、アグネスとマチルダが週に1回の護身術教室でマリブ・プレスクールに行くと、門の前に多数の人が群がっている。周辺には十数台の車が停められ、壁際には脚立が立てられ、肩にテレビカメラを担いだもの、一眼レフカメラを持ったものが園内にカメラを向けている。
アグネスが門の前の人だかりにデイリーLA記者のセシルを見つけた。人ごみを押し分けてふたりはセシルの横まで進み袖を引いた。
 振り向いたセシルに、
「セシルさん!一体何があったの?」
「何の騒ぎなの?」
と2人は尋ねた。

「ここの園長先生と長女が複数の園児の親から児童への性的虐待で訴えられたんだ。昨晩のネットニュースから 「第2のマクマーティンプレスクール事件」だって、朝から大騒ぎだ。君たちは何をしにここに?」
「いつもの園児への護身術教室で来たんですけど。ところで「マクマーティンプレスクール事件」って何?「虐待」って?ここの園長先生やマリー先生がそんなことするわけない!何かの間違いよ!」
とアグネスはセシルに食って掛かかった。
「俺に絡んでも仕方ないだろ!俺がつかんでる情報を後で教えてやるからあとで携帯に電話くれ」
と名刺をマチルダに渡した。名刺を受け取ったマチルダは頷きアグネスに
「裏口に回ろう」
と言って、人ごみを後ろに抜けていった。裏門も記者たちに囲まれていたため
「横の物置の壁を乗り越えて入ろう。」
「うん。」
と移動し、人気のない3メートル近い壁をふたりで協力して乗り越え、園内に入った。事務室に入ると園長先生とマリー先生が疲れ切った顔で、椅子にもたれかかるように座っていた。電話の受話器はすべて外されている。事務室の窓際の21インチの小さめのテレビには右上に「LIVE」の文字が表示され、正門からこの建物が映し出されている。

「園長先生」
「マリー先生……」
と2人に声をかけると
「ああアグネスさんにマチルダさん・・・今日は教室はお休みよ・・・。わざわざ来てくれたのにごめんね・・・。」
と疲れ切った声で呟いたのを聞き、マチルダが遠慮気味に尋ねた。

「園長先生、一体何があったんですか?」
「私たちには何のことやら・・・」
「朝から何が何やら分からないことで、電話は鳴りっぱなし、テレビや記者らが押しかけてきて・・・」
マリーは泣き出してしまった。園長は優しくマリーの背中をさすり
「きっと何かの間違いよ・・・。」
と声をかけたとき、マチルダが
「ん!?パトカーだ」
とつぶやいた。3人には何も聞こえていない。30秒もすると遠くからサイレンの音が響いてきた。テレビに目をやるとパトカー2台が正門の前に停められ、4人の警察官が降りてきて、インターホンを押してる画面になった。外していたインターホンをかけ直すと呼び出しのブザーが室内に響いた。

 園長先生が受話器をとると、
「はい。(ロス市警です。中に入れてもらえますか?)はい、今、門を開けに行きます。しばらくお待ちください。」
と短く話し、事務室を出ていった。
 マリーとアグネス、マチルダはテレビモニターを見つめた。園長先生が映し出され徐々に門に近づいてくる。無数のマイクとレコーダーが園長先生に向けられる。黙って、門のカギを開けると、2人の警察官が手帳を掲示し、門の中に入ってくる。残りの2人の警察官がマスコミを門の外に押し返し、門を施錠し直し、遅れて園内に入ってくる。園長先生と4人の警察官の背中がモニターの中で遠ざかっていく。
 事務室に園長先生と4人の警察官が入ってくるなり、ひとりの警察官が
「マリーさん、あなたとお母様に園児に対する性的虐待の容疑がかかっています。任意同行にご協力お願いします。」
と警察手帳を掲示した。

「何、言ってんの!ふざけた事言わないでよ。園長先生やマリー先生がそんなことする訳が無いでしょ!」
と警察官に飛びかかろうとするアグネスをマチルダが羽交い絞めにして止めに入った。
「ん!?このふたりは?」
と手帳を掲示した警察官が、園長に尋ねた。
「この子たちは、週に1回ボランティアで園児たちに運動を教えに来てくれているだけで、当園とは直接は関係のない子です。(アグネスとマチルダの方を向いて)せっかく来てくれたのにごめんね。表のマスコミが落ち着いたら、裏口から帰りなさい。鍵は荷物の受け取りボックスに入れておいてくれればいいわ・・・。」
「園長先生・・・。」
「マリー先生・・・。」
2人は何もできず、警察官に連れていかれる先生たちを見送った。

 テレビモニターに先生たちがズームで映し出され、テレビのレポーターや記者たちから差し出されるマイクやレコーダーをかき分け、パトカーに乗せられ走り去るまでの状況が伝えられた。
 約1時間後には、それまでの喧騒が嘘のように静まり、ふたりは裏門から出ていった。
「あっ!」とマチルダがポケットの中からセシルの名刺に気付き、アグネスに見せた。アグネスは頷き、携帯電話を取り出しダイヤルした。

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