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第12章 自分の道
第208話 連休
しおりを挟む土曜日から、暦は本格的にGW入りした。
しかし、そんなことに関係なく、将はあいかわらず忙しかった。
なにせ、GWが終わる直前の5月5日からパリに旅立たなくてはならないのだ。
それからモロッコへの移動も含めて5月26日まで帰国できない。
ウルウル滞在日記の仕事で、サハラ砂漠の遊牧民・ベルベル人の家庭に1週間も滞在するのが大きい。
武藤は
「思い切ってこんなに長く日本を離れられるのも今のうちだけよ」
とヘンな慰め方をしてくれた。
あまりにも忙しいので、聡に会えたのも、あの午前中だけ学校に行った2日のみだ。
いや、逢えたというより、顔を見れた、というほうが正しい。
直接、言葉すらロクにかわしていないのだから。
それに、ヒージーのことも心配だったのだが、結局、見舞いに行けてない。
命は助かったものの、全身に麻痺が残ると伝えられたヒージーの容態に付いて
「思ったより回復されています。お医者様も100歳にしては素晴らしい体力だ、と驚かれて……もうすぐ普通にお話もできるようになりそうですよ」
と西嶋が電話で教えてくれた。
だけど……裏を返せば、今まで普通に話をするのも難しかった容態だった、ということがうかがえて、将は心配になった。
だが、どうもできない。将は、電話で「ヒージーをお願いします」と頼むしかなかった。
大悟は、新しい保護者である西嶋の弟に、履歴書にハンをもらえて、GWだけの短期のアルバイトに行っているらしい。
一緒に住んでいるとは思えないほど、顔を見ない。
ただ、洗濯が干してあったり、ビールの缶が増えていたりすることで「いるんだな」ということがわかるぐらいだ。
だから、5月5日から3週間、パリとモロッコに行く件もメールで伝えたほどだ。
同居しているのにメールするのもヘンだなと、将はちょっと可笑しかった。
しかし、出発前に絶対に逢っておきたいのは聡だった。
体中が酸素不足のように、聡を欲している。
将は、たびたび携帯をあけては聡の写真をながめてため息をついた。
聡のほうは暦どおり休みに入っていた。
今年のGWも五月晴れに恵まれ、行楽日和だったが、聡はどこにも行かなかった。
行くなら……できれば将と一緒に行きたいけれど……。
だけど将本人からちょこちょこと送られてくるメールからは、将が分刻みのスケジュールで忙しいということがうかがえる。
――萩に帰ればよかったかな。
という考えがちらりと頭をかすめる。
そこから、今年の正月を……古い家を軋ませるように抱き合った自分の部屋、そして膝の上に乗って将のコートの中で温まった須佐海岸を懐かしく思い出す。
きっと一人で帰っても、寂しさが染みるだけだろう。
聡は狭いバルコニーに出ると、ミントに水をやった。
冬の間枯れていたミントは、初夏の陽気に、イキイキと若葉を伸ばしていた。
玉のように水を弾くミントの若葉をを見ているうちに、将のマンションに夜食でもつくりに行ってあげようか、と思いついた。
それは一瞬いい考えのように思えた。
ミントを使って、ベトナム風の春巻きでもつくったら喜ぶんじゃないだろうか。
浮き立つ聡だったが、あることを思い出して、立ちすくんだ。……大悟。
あの雨の日。
聡の部屋にやってきて将の罪を告白しに来た大悟。
その後も大悟はあいかわらず将と暮らしているというが、もし、将を待っている間に大悟と二人になったら……。
どう接していいのか。
あのとき、聡は大悟の苦しい胸のうちがわかったような気がしていた。
本当のことを告白して、少しでもラクになりたかったことも。
だけど。そんなことは、まるで聞かなかったように、ふるまえるだろうか。聡には自信がない。
それに。聡はもう1つ重要なことを思い出した。
……あの武藤というマネージャーが家まであがってくるかもしれない。
聡は校長室で挨拶をした武藤の目を思い出した。
一重瞼の、欧米人に人気があるタイプのクールビューティ。
しかし、一見感じよくふるまっていた、あの知的な瞳は……すべてを見透かしているように、聡には思えた。
つまり、将との関係がすべてバレているのではないだろうか、と聡は恐れた。
だから……聡は、将に逢いたいのに、逢いにいけずにただ徒に休日を過ごしていた。
明日はいよいよ出発だ。
将は、武藤と社長、それからカメラマンの篠塚の4人で小料理屋の座敷で夕食に来ていた。
名残の和食で壮行会というわけだ。
「それにしても、びっくりしました。将が、フランス語が出来るなんて」
武藤が小さな鉢の中の、冷たくひやした茶碗蒸を匙で掬いながら感嘆した。
「自分でもびっくりした。結構覚えてるもんなんだなーって」
と将は、おこぜの薄造りをつまみあげながら笑った。
「やっぱり、アタシの言った通りでしょ。このコは他のコとは一味も二味も違うのよ」
社長が得意げに笑う。
出発を控えた今日、挨拶と数字ぐらいは理解できたほうが、と将は、フランス語の集中講義を2時間だけ受けたのだ。
といっても、父の仕事の都合で、幼稚園までフランスにいて、現地の人々と何不自由なく話していた将である。
そこで、将はみるみるうちに、よく使うフレーズを思い出していた。
そもそも、聴き取りは最初からかなりできていた。
将は、聡が日頃『語学は、字に頼らない体験が大事だ』と言っている意味がよくわかる気がした。
「発音もスバラシイです」
フランス人の講師は絶賛した。
後半は、単語を補助してもらうだけで、簡単な会話は問題なくできているように、武藤には見えたほどだ。
「幼稚園までいたって、じゃあ、パリに知り合いがいるの?パリジェンヌのガールフレンドとか?」
篠塚がお猪口を傾けながら三日月のような形をさせた目をあげた。
今日、酒を飲んでいるのは、車の運転がない篠塚と社長だけである。
ちなみに写真集とコマーシャルフォトを担当する篠塚も明日から一緒にパリ入りすることになっている。
「ハァ……」
と笑顔であいまいに答えながら、将は時間があったら訪ねてみたい人を思い浮かべていた。
6歳同士で手に手とって街に出て。迷子になって大泣きして。
母の思い出につながるあの黒褐色(ブリュン)の髪に青い瞳が可愛かったあのコは今もあの街にいるんだろうか……。
明日のために、9時には店を出た将は、武藤の車に揺られて軽く眠っていた。
「将。ここが、新しいマンションよ」
武藤の声で、目が覚めた。車が止まっている。
将はうながされて窓から外を見上げた。新しいマンションらしかった。
「ここの14階、1402号室だから。……事務所から歩いて5分、一番近いテレビ局で歩いて5分、一番遠いところでも車で15分以内だから。使わないと思うけど、地下鉄の駅もすぐよ」
武藤はちょっと得意そうに説明すると、後部座席の将を振り返って、
「まだ家具は入ってないけど、帰国までに万事そろえるように頼んでるから」
と将の手に鍵を落とした。
新しい鍵は、将の手の中で、青い街の灯を映してピカッと光った。
それを見た将は、出発前に実行すべき、楽しい企みを思いついた。
「じゃあ、明日。7時にモーニングコールするから。早く寝るのよ」
そういって武藤の運転する車は夜の中へと走り去った。
将は、武藤の車が見えなくなるのを見計らって、さっそく聡に電話をした。
「あ、アキラ?」
電話をしながら駐車場へと急ぐ。
「将、帰ってきたの?」
このところ、毎晩、帰宅後にする短い会話だけが、二人をつないでいたのだ。
「うん。……今から行っていい?アキラを連れて行きたいところがあるんだ」
「今から? 将、明日からフランスでしょう」
思いがけない提案に、電話の向こうで聡が驚いた声をあげる。それも将には愉快だった。
「いいから。……とにかく、行くから」
聡を驚かせたい将は、ミニに乗り込むとエンジンをかけるのももどかしく、電話をいったん切った。
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