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五章

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 無事に葵とも入籍を済ませ、食事会も終始和やかな雰囲気の中で終わり、慧矢はいつになく機嫌が良かった。
 こんなに気分のいい時に、やらなくてはいけない事があるのが恨めしい。
「寺内さんに面会をお願いします」
 慧矢は寺内が入院している精神科病院に来ていた。
「こちらにご記入いただいたらご案内します」
 記入を済ませて看護師に付いていく。
 そこはまるで、慧矢が過ごした殺伐とした部屋を大きくしたような所だった。
 昼間なのに薄暗く感じる、色味のない病院…経年劣化が激しい…
「寺内さん、面会ですよ」
 看護師に連れて来られた病室には、魂が抜けたようにただ座っているだけの寺内がいた。
 無表情なその顔に、もう攻撃性は感じられない。
「何かあれば呼んで下さい」
「はい」
 看護師に促されて中に入るが、壁に染みのある病室は、数分いるだけで気が滅入る……
「さぁ、二人きりですよ。羊の皮を被った狼さん…」
「……」
「そのままでも俺は構いませんが、せっかく妹さんの事も話したかったんですがね」
 しばらくの間沈黙が流れたが、やがて寺内が口を開いた。
「………ふん……知ってたのか…」
「もちろん。同じ穴のムジナですから。それと、言っておきますが良い子のふりをしても出られませんからね」
ーお前は頭がいい…気が触れたふりをして妹を守ったつもりなんだろうが、正気かそうでないかを見破るくらい容易い事。葵という光に引き寄せられて群がってくるお前のような虫どもを、こっちは何人も排除してきたんだ。俺も愛されていなければ、こいつらとなんら変わりはなかっただろう…
「そうか…ならいいや。万里は…?」
「妹さんは元気でやってます。会いに行くと言ってましたよ…今度は子供を連れて」
「そうか…万里の子供なら可愛いだろうな…あんた子供の予定は?結婚するんだろ……」
 どこか物哀しい顔をして寺内が聞いてきた。
 だがすでに入籍している事を教える程お人好しでもなければ、結婚を祝ってもらうような仲でもない。そのことに大概気付いてもらいたいものだ。
「そんな話…あなたにしてどうするんですか?どうぞお好きなだけ妄想して下さい。時間はたっぷりあります」
「面白くねぇな…」
「そうそう、妹さんは落ち着いたら、こちらの知り合いの会社に就職する予定です。扶養範囲内で働いてもいいですし、正社員になってもいい」
「どうしてそこまでする…アンタは俺が気持ち悪くはないのか…?許せるのか…?」
 寺内が哀愁を帯びた目を向ける。
「質問が多いですね。まず言っておきますが、許した覚えはありません。それが証拠にあなたは当分ここを出ることはできない。それが二ヶ月なのか二十年なのか…どちらにしてもあなたに決定権はないでしょう。ここでの人権はあってないようなものです。それに俺は葵に嫌われたくないから親切なふりをしているだけです。もう一つ、あなたを気持ち悪いとは思っていません。人は自分に出来ない事や、認めたくないものには否定的なものですが、愛した人がたまたま妹だっただけで、あなたを非難する気に俺はなれない。ただ、本気で愛したと言うなら、簡単に世間の同調圧力に負けて、報われない恋に身代わりを立てるような真似はしてほしくなかったですね。論外です。加えて女神に弓を引くと言う大罪を犯したあなたを許すことなど有り得ません」
「女神?はっ…はは…そうか、女神か…そりゃ悪かったな…俺は罰が当たったわけだ…ははは…」
 自分がこうなった理由に納得がいったのか、寺内の笑い声が虚しく響く。
「………」
「あんたみたいな奴が彼氏なら、葵ちゃんも幸せだろうよ…俺には何も無くなったがな…」
「嫌味のつもりですか?あなたはやり過ぎた。天に唾する行為をし常軌を逸した…仕方ないですよ」
「はっ!その結果がこんな所に監禁ってか。情け深いことで…」
「そうですよ。俺は情け深いんです」
 慧矢は相手を射殺さんばかりの眼差しを向け、それは寺内の心臓に確かに刺さったらしい。少しの不安と諦めが覗える。
「これからどうなるんだ……」
「どうもしないでしょ。あなたはここでの生活を考えて下さい。余生は長い…日本の精神科病院は厳しいですよ。ここでの楽しみ方を見つけて下さい。あなたがいい子でいる限り…妹の万里さんは俺が面倒見ましょう。期間は…あなたが死ぬまで…どうですか?」
「ああ…それでいいよ…一生このままでもいい…だから万里だけは、妹だけは……悪いな…よろしく頼む……」
 寺内は生まれて初めて、妹を静かに想う時間を得た。これからの長い人生、他人のものになった愛しい女を思い続けて生きなくてはならない…それは生きたまま生爪を剥がされるような想像を絶する苦痛だろう。
 寺内は自分との戦いに負けたのだ。
 慧矢は一生寺内を出したくはないが、更生の余地があるならサポートを考えないこともない。出して出しっぱなしでは葵にまた執着の矛先が向きかねない。
 だがその為には現実的にお金が必要だ。だから慧矢は働くし勉強もする。それが強いては葵の身の安全に繋がるからだ。言わばこれも先行投資ということになる。
 安心安全…などと言う保険はない。また〝新たな寺内〟が現れないとも限らないし、奴がもう葵を襲わないとの確約もない。
 新たな寺内がもし現れた時、今回と同じ手はもう通用しない。だから何事も備えておいて間違いはないのだ。
 油断…それはいつだって身を滅ぼし死に直結する。
 そしてどんな物事にも不測の事態と言うのは起こり得る事。その時に初めて寺内は大いに役立つだろう…毒を持って毒を制すために。
 妹を親切という名の檻に閉じ込めて人質にし、いざと言う時は葵を護るための優秀な駒になってもらう。
 愛する妹の為なら、寺内は喜んで命も差し出すことを慧矢は知っている…それは慧矢の狂気が寺内よりも勝っているから為せる技だ。
ー二度と葵を危険な目には合わせない!俺の思いは類のものでもあるんだ…二人分の愛の重さをなめるなよ……
 狂気にはより強い狂気で対処する…それが慧矢と類の選んだやり方だった。
 どんなにこちらが冷静に話そうが説明しようが、ストーカーに言葉は通じない。
 俺の葵に恐怖を与え傷つけようとするなら、その十倍を俺が返してやるだけだ。
ーお前には同情する…生まれ変わったら今度こそ、思いが報われるといいな……
 沸々とした怒りが湧き上がる一方で、そんな風に思う自分に少し驚いた。

   ◆

「お帰りなさい!病院どうだった?」
 葵も気になっていたようで、寺内のことや妹の万里のことを気にしている。
 ただ、病院や連絡先だけは教えていないし万が一、万里に遭遇しても連絡先の交換はしないでほしいと頼んである。
…が、葵のことだ。偶然会って聞かれでもしたら応えてしまうだろう。想定内だ。
 だからと言って何でも許していては葵の命がいくつあっても足りない。
「ああ、寺内は元気そうだったよ」
「それで?」
「うん…いろいろ考えて妹さんの面倒をこちらでみることにした。アイツがそれで大人しくしてるならね」
「本当に!?慧くんすごい!北風と太陽の、太陽みたい!」
 葵の爛々とした瞳が慧矢の胸には痛かったが、自分へのイメージを壊したくない。
「あ…あぁ…まぁ、妹さんに罪はないしね…寺内が更生するきっかけになればと思っただけだよ」
 全てが嘘ではないが、罪悪感は半端ない……
「慧くん、改めて。本当にありがとう…あの時、私何もできなくて、せっかく習ってきた事が無駄になっちゃった…!まだまだ精進しなくちゃ!」
ー習ってきたこと?
「何を習ってたの?」
「え?護身術だけど」
ー初耳だ!いったいいつから?
「え、いつから?」
「中村さんに迎えに来てもらってた時は必ず…楽しかったよ。でもいざとなったら緊張して怖くなって、本当にごめんなさい…いっぱい心配させちゃった…」
ーまさか…『葵にはそれなりの備えができてるから…』って、これの事だったのか!類の奴!ってか、中村も言えよ!
「葵…そうか、楽しかったか…でも護身術なんて使わないに越したことはないんだからね!危険には近寄らない、逃げるが勝ち、いいね?」
 ついついお父さんみたいな言い方になってしまった。
「うん、わかってる。ありがとう」
 にこっと微笑んで言われたら、もうこれ以上何も言えない。
「わかってるならよろしい!」
 慧矢もお説教はここまでにした。
「ところで慧くん、私がもし他の人を好きになってたら、本当にお坊さんになってたの?」
「ああ、もちろん!」
 何の迷いもなく潔い答えが返ってくる。
「あのね、言わせたい訳じゃないんだけど、どうしてそこまで私の事…好きなのかなって…。いや、聞いたんだけど、やっぱり、何て言うか…そこまで思われるのが不思議というか…」
 そこまで口を開くと葵が少し戸惑いぎみに話し始めた。
「前からね、自分のこと欠陥品だと思ってたの…ちょっと雰囲気よくなった男の子とかいてもすぐに避けられちゃうし、恋愛に発展しなくて…だから、きっと私に何か原因があるんだって。でもわからなくて、いつも寂しかった…だから慧くんにこんなに思ってもらえる事が、本当に不思議なの…ごめんね、いつまでもこんなこと…」
ーそうだよな…ごめんよ。君に集る害虫どもは、全部俺が排除してきただけなんだ。葵はそのままで十分魅力的だよ。
 慧矢は申し訳なく思いながらも、何より尊い葵が今ここにいる事実に随喜した。
「そっか、なら何回でも言わないとな。君は俺の運命の人だったんだよ。あの駅のホームで目が合った時からずっと、俺は君のものだった。ちょっと遅くなったけど、またこうして会えて神様はいるんだって初めて思ったよ。でも…」
「でも?」
「俺も不安だったんだ…類のことを知られたら、間違いなく嫌われるって思ってたから…でも葵は俺を変な色眼鏡で見ることなく、見放さないでいてくれた。自信がないのは俺もだから、葵の不安はよくわかるつもりだよ。それでも同じ人間じゃないから、わからない事もある。だからさ、不安になった時は何回だって話そうよ。そうやって二人の時間を積み重ねて、俺たちだけの歴史を大切にしていこう…な?」
 頭をポンポンされてくすぐったい。
「うん…そうだね。慧くんも不安なはずなのに、いつも自分のことばっかり…ごめんね…」
「いいんだ。今から俺のが謝らないといけない案件があるから…」
 慧矢は気まずそうにため息を吐いた。
 父親から連絡があって、また勝手に見合いをセッティングしたらしい。二十歳を過ぎた辺りからしつこくて、本当にうんざりする!
 だが間抜けなことに父親は慧矢がもうすでに葵と入籍していることを知らない。情報提供をしてくれた門倉には本当に感謝だった。
 こうも必要なところに必要な手間をかけないやり方は、慧矢とはまるで似ても似つかない。
「どんなこと?」
「実は…父親がまた見合いをセッティングしたらしいんだ。でも心配しないで、俺は絶対に葵だけだから!でももう終わりにしたいから、葵にも協力してほしいんだ。お願いできるかな?」
 申し訳なさそうに慧矢が言う。
「いいよ。何をすればいいの?」
「一緒に実家へ行ってほしいんだ。決着をつける」
 実家に行くだけなのに、まるで戦にでも出陣するかのようだ。
 とりあえずメールの内容を葵に見せる。
『来週の土曜日、七時に家に来なさい。見合いをセッティングした。来なければお前の彼女にこのことを話す。わかったな』
 相変わらずなメールの文面に嫌気が差す…
ー俺に葵がいることを知っていながら見合いをさせようとする倫理観の欠如も去る事ながら、結婚したことまでは知らないという詰の甘さ…。
 だが今回は違う!慧矢はこのことをすでに葵に話してあるのだ!
ー悪いが何も怖くない!すでに実家は出ているし、個人資産も確立されている。後継ぎにさせないだの、遺産は渡さないだの、どうでもいい!むしろ、後継者が欲しいのは父親の方であり俺じゃない。父親から渡されようとする物は、ことごとく俺にとってはいらないものばかりだ!
「ごめんね葵。父親には本当に腹が立つんだけど、最後と思って付き合ってくれる?」
「もちろん、行きましょう!私だって慧くんがお見合いなんて嫌だもの!」
 いつに無く強い口調の葵が頼もしく見えた。

   ◆

「お待ちしておりました」
 実家に着くと門倉に迎えられた。
「門倉、そろそろ俺の専属にならないか?」
 歩きながら慧矢が口説いていると、門倉がニヤリとして答えた。
「そうですね。ですが何もせずとも直に慧矢様専属になるかと思いますので、今しばらくは嘱目しております」
「ふっ…それもいいな」
ーなんだかこの二人が悪い顔になってるわ…いったい何があるのかしら……
 葵が訝しげに二人を見るが、当の本人たちはまるで我関せず…といった風だ。
ーコンコン…
「どうぞ」
「慧矢様をお連れしました」
「来たか慧矢…京香さん、これが息子の慧矢です。なかなかの男前でしょう?」
 父親は葵の存在をすっかり無視し、すでに控えていた女に慧矢を紹介した。
「本当に…素敵な方ですね…」
 慧矢を上から下まで舐め回すような京香の視線に虫唾が走る…!
「で、そちらの女性は?」
 先程までの厭らしい目つきとは打って変わり、今度は葵を品定めをしている目つきだ。どこの女なのか、金持ちなのか、なぜここに来たのか、慧矢の何なのか、いろいろと思考を巡らせているのだろうが、本来なら問答無用で帰らせるだけだ。だが今回はせっかくだから相手をしてやる。
「彼女は俺の妻です。今回のお話は事情も知らない父が勝手に進めた事、申し訳ありませんがこの話しはなかったことにして下さい。どうぞお引取りを」
「結婚だと!?」
 父親の動転ぶりが笑える。
 だが京香はしぶとかった。
「あら、私は慧矢さんとなら結婚したいと思っておりますのよ。彼女とは離婚なさればよろしいじゃありませんか。ねぇ、あなたも身の程知らずは大概にして、別れなさいな」
 京香の葵を見下す態度に怒りが湧き上がり、慧矢が瞋恚しんいの目で睨む。
 だがここで葵が一歩前に出た。
「別れません!私は慧矢さんを愛しています!誰に何を言われようと、別れるつもりはありません!」
 きっぱりと言い切る葵に、慧矢がうっとりした。
ー葵…かっこいい!
「愛なんてものは体の相性が良ければ伴ってくるものですよ。あなたが愛だと信じているのはただのセックスでの相性ということ。だったら私も慧矢さんと試してみないと、どちらが真に妻として相応しいかわかりませんわね。私に手荒な真似をさせる前に、お金で解決された方があなたの為です。おいくらなら離婚なさってくれるかしら…」
 京香の図々しく無神経な言葉に、ブチッと慧矢の頭の血管が切れる音がした。
ーせっかく葵がかっこいい事を言ってくれたのに、このあばずれ女め!
「俺の妻に対してあまりに無礼ですねぇ…言わせていただきますが、あなたでは勃つものも勃たないので、ご縁がなかったということです。お引き取り下さい」
「だったら尚更試してみてください。今は便利な道具も媚薬もありますし、プロの女性を交えても私は構いませんわ」
ーどこまでも卑しい女だ…本当にホモ・サピエンスヒト科の同じ人間なのか?葵とは雲泥万里、同じ土俵で考えることさえ穢らわしい…!
「あなたも物分かりが悪い…考えたんですよ。もし目の前にゴキブリを差し出されて…これがお前の見合い相手だなどと紹介されたら…俺はどうするのか……」
 慧矢は口角を上げたまま荒ぶる様子はなく、だが強い怒りの籠もった声色で言葉を続けた。
 そして虫けらでも見るような目で見下ろしながら、ゆっくり令嬢の座るソファーの周りを一周し、葵の隣に戻るとさり気なく腰に手を回して話しを続けた。
「恐らく、余りの怒りに鼻血を垂らしながら、即座に、迷わず、確実に、そいつを仕留めるでしょう。人のものを卑しく喰い散らかす雑食が…!バイ菌だらけの害虫の分際で…!性欲だけは一丁前とは…!はっ…全く、呆れて笑うしかないですね」
 慧矢は葵の腰を引き寄せると、さも当然であるかのようにチュッと瞼に口づけた。
「あんな汚物…君は見なくていいんだよ。俺だけ見てて…」
 満面の笑を浮かべて葵を見つめる慧矢に思わずドキッとしてしまう。
 だが向き直った次の瞬間にはもう、にこやかな笑顔は作り物の面に取って代わっており、慧矢の目は京香を射殺さんばかりの殺気に満ちたものになっていた。目が全く笑っていない。
 その凍てつく波動に当てられて、京香の表情が先程とは一変して強張る。
「ゴ、ゴキブリ…?私をゴキブリ呼ばわりする気!?」
 京香の目元がピクリと引きつる。
ー私にそんな口をきいて許さないわよ!なんて思っているのだろう。面白い…徹底的に潰してやる。
「ええそうですが、それだけではありませんよ。人間関係を険悪にさせて壊すことが大好きなサークルクラッシャーか…もしくは、理性も誇りも羞恥心もない、進化を拒んだ猿か…まぁ、どちらでも構いません。人間の屑か猿かの違いです」
 慧矢の令嬢を侮蔑する言葉は止まる事を知らない…。
「そう言えば誰でしたっけ…?中学の時の宮田くん、高校の時の岩崎くんに、大杉くん、大学でも名前を挙げたらきりがないくらい居ましたよね。あなたが手を出した彼女持ちの男達が…いったい何十人いたのか、ご自身でもわかっておられないでしょう。人のものを欲しがることで有名だったあなたは男を寝取った数だけ恨まれてますから、外出先では背後に気をつけなくてはいけませんねぇ。そんなあばずれ女を俺が妻にするなど、はっ…地球が滅亡するから頼むと神に懇願されても御免ですよ。あなたを妻にするくらいなら人類など滅べばいいんです」
 慧矢の猛攻はまだ続く…
「そうそう、あなたがヤりまくった男達の中にHIV感染者がいましたので、検査されることをオススメしますよ」
 京香の顔からサーっと血の気が引いたのがわかる。
「何よそれ、嘘よ!信じないわ!」
 慧矢はフッ…と一笑し話しを続ける。
「全くおめでたい。乱交するならそれなりのリスクを背負う事くらい覚悟されないと。まぁ、せっかくここまでご足労いただいたので、手土産代わりに少しだけ情報を差し上げてもいいですが…いらないですかね」
「なっ…、教えなさい!誰なのよ!」
 先程までの余裕はどこへやら…京香が周章狼狽する。
「おや…それが人に物を頼む時の態度ですか?それともあなたはチンパンジーにでも育てられて礼儀を知らないのでしょうか?」
 慧矢は攻撃の手を緩めない。
 うぐっ…と京香が歯噛みするのを、まるで楽しんでいるかのようだった。
「まぁいいですよ。これ以上チンパンジーを苛めていては妻に嫌われかねない。これは男性ご本人が自ら言いふらしていますから、改めて名前をお教えするまでもないでしょうが、ヒントを差し上げます。イニシャルはM…あなたとは一年二ヶ月前と三ヶ月前にもヤってますね。身に覚えが沢山おありでしょうが、ここまでお教えしたんですからもう十分でしょう。因みに彼〝どうせやるならヤリマン女全員に移してやる!〟と豪語してますから、また連絡があるかもしれませんよ。どうぞお調べ下さい。お大事に…」
「わかんないわよ!誰なのよ!」
 取り乱す京香に門倉が声をかける。
「まだ感染したと決まった訳ではございません。しかしながら、これからの時間を有意義にお過ごしいただくことは出来るかと思いますので、どうぞご自愛ください。ご自宅までお送りしましょう」
 門倉はいつも通りの通常運転だ。
「………っ…」
 京香は無言のまま立ち上がったが、ふらりとよろけて溶けるようにその場にへたり込んだ。
 すると慧矢が残酷な微笑みを浮かべて言った。
「門倉、早く追い出…いや、お送りするように」
ー今、追い出せって言おうとしたよね?
 葵は思わず心の中で突っ込んだ。
 慧矢の前に、傲岸だった京香が平伏し顔面蒼白状態になっている。
 それを門倉がサッと屈んで立たせ、まるで犯人でも連行するかのように部屋から連れ出した。
 慧矢は「はぁ…」と盛大なため息をつくと、虚心坦懐に話し合うため父親に向き直る。
「父さん、あんな権力願望が強いだけの、貞操観念の弛い、万年発情チンパンジーと見合いをさせる理由は何なんですか?そんなに後を継がせてご隠居したいんですか?いくら父さんの権威がもはや形骸化した権力でしかないとはいえ、調べる手間とお金をケチるというのはいかがなものですかね…父さんの立場がこうなるのも致し方ないことで、時代の趨勢すうせいだったと思えばいいじゃないですか!」
ー慧くん…そこまで言う…
 父親は「ぐっ…」と言葉にならない呻き声を漏らす。
 だが、このまま息子に押されていては…と思ったのか、親の威厳を保とうと苦しい持論展開を始めた。
「こんなことをして面白かったか…だがな、人は自分に釣り合った、見合った相手を選ぶべきなんだ!わかるだろ!」
「わかりません!それが母さんが自殺した事への、父さんの言い訳だと言うことはわかりますがね」
「な、何を…!」
「母さんがあんな令嬢のようだったら良かったと言うんですか?母さんが悪かったのだと思いたいんですか!?」
「違う、浮気くらいなんとも思わないように育てられたご令嬢なら、自殺などせずに済んだんだ!茜が亡くなってお前も悲しんだろう?」
「父さんは間違ってる!」
 慧矢が一喝した。
「お前だっていつかはそのお嬢さんを裏切るようになるんだ!男だからな…その気がなくとも仕方ない時があるんだ!だったら初めからそれを許せる人と結婚したほうがいいに決まってるだろ!」
 破茶滅茶な言い草に半ば呆れる。
「父さん…それは許しではなく諦めですよ。それに俺は葵を裏切るくらいなら去勢します!彼女以外の女なんていらない、父さんと俺は違う人間なんだ。性格も価値観もこの先の人生も、俺は父さんとは違うんです!」
「そんなことはわかってる」
「わかってない!父さんは自分の後悔を正当化したいだけだ!俺に失う悲しみを味わわせたくないと言いながら、俺から葵を奪おうとしてる!その方が俺は悲しむのに、そんなことは考えもしないなんて…父さんも猿じゃないか!俺と葵を別つものは何もありません!例え死んでもね。俺は死んでも葵を守る、その為の用意もある!それに、こんなことは考えたくはないけど、葵がもし先に死ぬようなことがあったら、俺も後を追います!」
 すると空かさず葵が…
「いや、ダメだから!生まれ変われないよ?再会できないけどいいの?」
「え!それって来世の約束!?しない、自殺はしない!誰かに殺してもらえるように仕向ける!」
「それもダメ!そんなことするなら約束しないから!」
「わかった、悪かったよ、ちゃんと生を全うする…それでいい?」
「うん!これで生まれ変わっても私達、また会えるね。約束…」
 差し出された小指に慧矢も小指を絡めた。
「んっんーっ……」
 父親が咳払いをする。
ーあ…忘れてた……
「…父さん、これ以上葵を不安にさせるなら、父さんを先に去勢しますよ!ありとあらゆる手を使って父さんを拉致して、眠らせて、闇医者に連れていって……」
「待って待って慧くん!私は大丈夫だから、お父さんはただ慧くんにもう悲しんでほしくないだけよ!」
 焦る葵が可愛い……
「……茜を、お母さんを愛していたよ…あの日だってほとぼりが覚めたらきちんと謝って、宝石かブランドバックでも買ってやればなんて考えてたんだ…でも、言い訳をする時間すら与えてもらえなかった…まさか自殺するなんて思ってもみなかったんだ…本当に愛していたのは茜だけだったし、一度や二度の浮気ぐらい、誰でもしてる…バレやしないって。しかしお前にもあんな現場を見られ、茜は死に…私は、どうしたらいいかわからなかったんだ…」
 父親の悔恨の念を初めて聞いた…だが…
「父さんがどれほど嘆いたところで、母さんは生き返らないよ…父さんの間違いは、息子の俺も浮気をする不誠実な男だと決めつけたことです。男が皆同じじゃない。俺と葵はね、例え意見の相違があっても、話しが噛み合わないことがあっても、基本の価値観が一緒だから尊重し許し合える…彼女が居てくれるから、俺は人間の三大欲求にも意味が見出だせるし、生きてるんだって思える。稀かもしれませんが、運命の人が男にも女にもいるんです。俺にとってはそれが葵。だから絶対に離さないし離れない!それを邪魔する人間がいるなら、例え父さんでも全力で排除する。俺を犯罪者にしたいですか?」
 慧矢の威圧に父親がたじろいだ。
「そ、そんなわけないだろ!」
「だったら、祝福して…孫の顔が見れる日が来るのを楽しみに、これからは生きて下さい。葵はいい子だよ…一日一善の呪いがかかった、優しくて慈悲深くて、いつだって俺を包み込んでくれる…葵を知れば、父さんだって葵を好きならずにはいられないですよ」
 葵を慈しむ言葉を口にするだけで胸が熱くなる。
「………」
「どうなんですか、父さん」
「……わかった、私の負けだ…」
「なら良かった!先程のご令嬢とは父さんが結婚されて下さい。飛んだあばずれですけどね」
 慧矢の嫌味に父親が苦笑いする。
「いや…私は再婚はしないよ。それが茜へのせめてもの贖罪だから…」
「そうですか…」
 慧矢は内心ーその程度で何が贖罪だーと思ったが、口には出さなかった。
 葵を認めてくれるなら、父親がした事への遺恨を忘れてもいい。別に認められなくても構わないのだが、それでは葵が心を痛めるだろうから……
「そのかわりと言っては何だが、お前たちに子供が生まれたら…ぜひ抱かせてほしい…」
 すっかりしおらしくなった父親が意気消沈しているのがわかって面白い。
「さっき葵を無視しておいてそれはまた都合がいいことで。葵、君がもっと虐めてって言うならとことんやるけどどうする?」
「いや、やめてあげて!私は大丈夫だから!お義父さんも、お気になさらないで下さい」
 悪い事をしたわけでもない葵が何故か頭を下げている…
「葵、赤ちゃんだって。抱っこさせる?」
「当たり前じゃない、お義父さんの孫でもあるんだから!……って、まだ気が早い……」
ー照れまくる葵、可愛いなぁ。本当に君は優しい…そんなにあたふたしながら即答しちゃって。こうやって君は信者を増やしていっちゃうから困るよ。
「葵さん…すまなかったね。親バカが過ぎたようだ…」
「お義父さん、慧矢さんは必ず幸せにします!私、頑張りますから、ご安心下さい!」
 父親がぽかんとしてしまった。
ーこれが葵なんだよ。俺なんかよりよっぽど男前!はぁ…ほんと好きだ……
「はは…そうかそうか。よろしく頼むよ、葵さん」
「はい!」
 結果的に上首尾に終わった父親との初顔合わせ…この程度で済ませてやったことを、父親には幸運に思ってもらいたい。
 それもこれも全て門倉の働きのおかげた。
 そもそもで浮気をした事で母さんを自殺に追いやった罪は、何をしたって消えやしない。葵がいなければ、父親とにこやかに笑い合う日など永遠に来なかったはずだ。彼女に感謝して欲しい!
「どうだい、これから三人で食事でも…」
 葵にしたことを忘れてもう切り替える当たりは本当に図太い。
「いえ、今日は帰ります。食事はまた今度。帰ろう、葵」
「お義父さん、今日はありがとうございました」
ーありがとうじゃないよ葵…優しい君に〝次はないからな〟なんて言えとは言わないけど…でもそんな彼女だから俺も変われたわけで、口に出すつもりはないが複雑だ……
「今度はゆっくり食事をしよう」
 父親のにこやかな顔に、慧矢は妙に苛ついた。
ー今更、葵の素晴らしさに気づいたところで、あなたのものではないんだ。近づき過ぎないでもらいたい!父親には現在進行系で愛人がいるのは知ってるし、まだ五十七歳だが、浮気をした過去を持つ男を葵に近づけたくない!そんな男は信じるに値しない。息子の嫁に手を出す舅など探せばいくらでもいる。
 父親との関係は安心とは程遠いものだ。なるべく関わらせないようにしよう。
 汎ゆる可能性を考慮して葵を護らなくてはならない。今までもそうしてきたように……

   ◆

「………」
「………」
 車に乗せてからしばらく…大人しくしていた京香だったが、ない頭で何を考えたのか急に口を開いた。
「ちょっとあなた!」
 傲慢な態度の京香に門倉が返事をする。
「はい、何でしょう」
「慧矢さんが結婚してた事、知ってたの?」
「はい、存じておりました」
「誰がHIV感染者かも知ってるわけ?」
ーだったら何だ…
「はい、存じております」
 しれっと返した門倉に京香が顔を真っ赤にして怒り狂った。
「だったら言いなさいよ!私が来た時に教えるべきでしょ!」
ーどうして私が?あなたなどに?
「それは致しかねます」
「どうしてよっ!」
 京香が後部座席からガンっと前シートを蹴った。
ー全く…これが麻生家のご令嬢とは…情けない。
「私は小田切家の執事であり、慧矢様に雇われております。主のことを何の関わりもない赤の他人にベラベラと話したりは致しません」
 門倉の最もな答えがまた気に入らなかったのか、京香が突拍子もない事を言ってきた。
「だったらあなた、私のスパイになりなさい。いくらならやってくれるかしら…。あそこにいたあの女も気に入らないわ!何が妻よ!絶対、離婚させてやる!」
ーやれやれ…性根が腐ってる。
「悪い事は言いません。慧矢様の邪魔をすれば、路頭に迷うのはあなただけでは済みませんよ」
「何よそれ!ふざけんじゃないわよ!パパに言いつけてやるわ!」
ーパパ…ねぇ。果して言いつける事ができるかな…おそらく着いたらすぐにご当主が出てくるだろう。
「お父上も今頃は、あなたのしでかした事にご立腹のはずですから、それは難しいかもしれませんね」
「どういう意味よ!」
「さ、着きましたよ」
 話もそこそこに門倉は車から降り、後部座席のドアを開いた。と同時に家の中から麻生家の主人が飛び出して来た。
「このバカ娘が!お前の男遊びが記事になるところだったんだそ!私の娘であることをもっと自覚しろ!」
「何よパパ、いきなり!」
「相手の男がお前を訴えてきたぞ!お前に性病を移されたとな!」
「違うわパパ、移されたのは私よ!」
「バカ者!どちらでも同じ事だ!すぐに検査に行きなさい!それから二度と小田切さんに関わるんじゃない!」
「いやよ!私は慧矢さんと結婚するの!」
「まだわからないのか!我が家の存続は小田切さんの胸三寸なんだぞ!勝手は許さん!お前のカードは止めるからな!」
「そんな…」
 幼い頃から蝶よ花よと育てられ何の苦労もせず、たいした才能もない令嬢に世間は冷たいだろう。
「それでは私はこれで失礼致します」
「本当に、娘が大変申し訳ございませんでした!ほら、お前もお詫びしなさい!」
 京香が無理やり手を引かれて、門倉に頭を下げさせられている。
「いやよ!」
「よろしいですよ。ですが…もし慧矢様と奥様に危害を加えるような事がありますと、麻生家の皆様には連帯責任で地獄を見ていただかなくてはなりません。充分ご留意下さいませ…」
「…っ!」
ーさて。安全運転で帰ろう。

   ◆

 貪るように口づけを強請ったのはどちらからだろう。
 玄関を入ってカチャッと鍵を閉める音がするとすぐ、後ろから抱きしめられて喉をなぞられる…項に強く吸い付かれたかと思うとチクッとした痛みが走り、ビクリとした。
 慧矢の顔が見たくてゆっくり振り返ろうとすると、頬に手を添えられてちゅっ…と口づけられた。背中から包み込むように回されていた腕が緩み体ごと向き直されると、慧矢の熱い眼差しに息を呑む。。
「今日の葵…すごくかっこ良かった。惚れ直した…」
 コツンと合わせたおでこから、慧矢の偽りのない心が伝わってきて少し肉癢こそばゆい。
「私は、お義父さんも私を知れば好きになる…って慧くんが言ってくれた事がすごく嬉しかった。今までそんな風に誰かに言われたことなかったから。慧くんに私って人間が認められたみたいで…じんときちゃった。だから、これから家族になるお義父さんにも認めてもらえる努力をしようって、素直に思えたの。慧くんにはいつも勇気をもらってる…ありがとう」
 ツンと背伸びをして、慧矢の唇にキスをする。
「俺こそ…ありがとう。来世でも葵と結婚できるなんて幸せ…」
「え?」
「約束したろう?生まれ変わってもまた会えるって。俺、生きるのも死ぬのも楽しみだよ」
 そう言うと、鼻先や頬や耳にちゅっ…ちゅっ…とキスの雨が降り注ぐ。
ー言った…確かに指切りまでしてしまった…!でもあれは慧くんが後を追って死ぬなんて言うから……違う!慧くんを愛してるのは本心だし、その場限りの嘘でもない。彼が私に簡単に命を賭けてしまう事が怖かっただけ…戸惑っちゃダメ!慧くんの真っ直ぐな思いを受け止められるのは私だけなのだから……
「そんなこと言わないで…生きて幸せになろ?」
 慧矢の首に腕を回し自ら舌を差し出すと、求め合う唇からくちゅくちゅ…と互いの唾液を絡める音と荒い息づかいが夜の静寂の中で響く。
「はぁ…ん…ぁ…」
 慧矢の手がスカートをめくり上げ臀部を荒々しく揉み込むと、そこからショーツの中に手を潜り込ませて割れ目に指を滑らせた。
「あん…あぁ……」
 合わせていた唇が離れ堪らず声を漏らすと、割れ目を擦って上下に動く指がくぷっ…と簡単に蜜口に沈み込んだ…膣襞を擦られる刺激に愛液が溢れ出す。
「すごい…こんなに濡れて…指もすぐ入っちゃったよ」
 慧矢の指に浅い処を擦られながら出し入れを繰り返され、もっと奥まで欲しくて腰が動く。
「あ…あっ…慧くんっ…ぁ…」
「はは…腰動かして、俺が欲しくて仕方ないのかな…」
 ちゅぽっ…と指を抜くと壁に葵の背中を預けた。慧矢はその場に膝をついてしゃがみ込み、彼女のショーツを抜き取ると片方の足を自分の肩に乗せ、濡れそぼつ蜜口をペロペロと舐め始めた。
「あぁぁぁ……!だめ……っ…」
 ぴちゃぴちゃと音を響かせながら舐め回され、慧矢の濡れた長い舌が蜜口を上下し、その上にある蕾も舐められ刺激される…身体中が逃げ場のない熱で覆われて苦しい……
ーもうっ…イっちゃう……!
「あぁ…だめ……っ…」
 腰がビクン、ビクンと痙攣し、蜜口はトロリとした愛液がどっと溢れ、葵は達した。
 慧矢は立ち上がると肩に乗っていた葵の片脚を今度は肘にかけると、片手で自分のズボンのチャックを下ろし、肉棒を取り出す。
「このまま挿入いれるよ…」
 薄っすらと目を開けた葵が、コクっと頷いた。
 腰を落として蜜口の凹みにくぽっ…と嵌め、下から突き上げる。
「ふぅ…ん…」
 すっかり高潮して蕩けた葵の中は、慧矢の肉棒に吸い付いて堪らなく気持ちいい。
 ゆっくり押し込んでは引き、出し入れを繰り返していると、きゅぅぅ…と膣が締まる。
「あぁ…ヤバい…イキそう…」
「いいよ、慧くん…出して……」
 慧矢は全身ブワッと鳥肌が立った。
ーダメだ、初めての中出しをこんな所でするなんて!
「葵、俺の首に手を回して捕まって」
 そうして捕まらせると、慧矢は床に着いていた葵のもう片方の足も肘に掛け持ち上げた。
「きゃっ…!」
「絶対落とさないから、このままベッドに行こう」
「え、このまま…?」
「そう…挿入たまま…」
 慧矢はしっかり葵を抱えるとベッドまで歩き出す。
 歩く振動でズンズンっ…と子宮口を突かれ、声が我慢できない!
「あっ、あっ、あっ、ダメ、待って、動かないで!あぁぁーっ!」
 ビクビクと身体を震わせる葵の腰を押さえ、中をグッと一際強く突いた!
「あああー!」
「ああ…まだベッドにも着いてないのにイっちゃったの…?可愛い」
「はぁ…ぁ…慧、くん……」
 慧矢の首に回す葵の手の力が少し抜けてきた。しっかり支えてはいるが、これ以上無理をさせてはいけない。
 すると葵が再度腕に力を込めて、慧矢の唇を食んできた。
「愛してる…慧くんが居なくちゃ、私、もう生きていけない……」
「ーっ!」
 思いがけない告白に反応し肉棒が一回り大きくなる。
「あっ…なんで、大っきく…ん…なる…あぁ…」
「葵がいけないんだよ…」
 いつになく積極的な葵の熱い身体と、素直な思いの言葉が興奮を誘い、頭の中がドロドロに溶かされていくようだった。
 ベッドに着いても自分の服を脱ぐ余裕すらない。
 彼女を下ろして浅い処を突きながらシャツのボタンを外していると、破いて脱がせたい衝動に駆られる。
「あん…慧…くん…」
 艶めかしく慧矢の名を呼ぶ声も、潤んだ瞳も、火照って薄っすら汗ばむ身体も、全てが慧矢の劣情を煽り立てる。
「見て…入ってる…」
 頭を起こして葵が二人の接合部に目を遣った。
「いや…恥ずかしい…ん…」
 何回抱いても恥ずかしがる彼女に、もっと求められたい…もっと困らせたい…。
「中に出してもいいの…?」
「うん…いいよ…」
「もう少し、二人きりでも…良かったんだけど…なっ…」
 グッと深く突き刺してからまた浅い処を擦り、ユサユサと揺れる乳房にかぶりつく。
「は…あん、赤ちゃんは…ん…嫌い?」
 葵の表情が若干曇った。
「嫌いじゃないよ。ただ葵を子供に取られちゃうのが怖いだけ…」
「そんな、ん…心配しなくても…」
「そこが一番心配っ」
 慧矢が抽挿を早め、乳首をねっとりと舐め上げ強く吸った。
「あぁぁーっ!イク……」
 葵の絶頂が近い事がわかっていて、慧矢はピタッと腰の動きを止め、身体を起こした。
「はぁ…はぁ…慧くん…?」
 葵の下腹を優しく丸く撫でながら、慧矢は問い掛けた。
「どうしてそんなに赤ちゃんが欲しいの?」
ー葵は優しい…子供も好きだ。欲しい理由がただそれだけだったとしたら…今いる相手がたまたま俺なだけだとしたら…聞きたくない!〝子供が好きだから〟なんてありふれた言葉……
「…ぁ…慧くんに、似た子が欲しいの…愛してるから……ダメ…?」
ー俺を愛してる…?わかってる、でも自信がないんだ…ダメなわけじゃない…子供ができたら葵はきっといい母親になる。それに愛情深さ故に一心不乱に集中するだろう…俺のことなんかほっとくくらい……
「子供がてきても〝亭主元気で留守がいい〟なんて言わない?」
「あはっ、何それ。言わないよ、そんなこと」
 その場に似つかわしくない笑いが漏れ、ピンと張った慧矢の緊張の糸がフッと緩んだ。
「笑ったなぁ!」
 緩やかに再開された抽挿に今度は葵がホッとした表情を浮かべ、伸ばした手と手を絡ませる。
「あん…ぁ…慧くんとの赤ちゃんだから欲しいの…すごく欲しい…中で出して……」
 背中から脳天まで電気が流れ、体中ゾクゾクが止まらない。再び身体を倒して葵を抱え込み、夢中で腰を打ち付ける。
「葵っ…今出したら、本当に赤ちゃん…できちゃうよ、いいの?」
ー葵の排卵日はだいたいわかってる…多少の誤差はあったとしても、今出せば妊娠する可能性は高い…本当にいいのか…彼女を孕ませて一生縛っても……
 すでに手放すことなどできないくせに、この期に及んで考えてしまうのは、慧矢に理性が残っているからだ。
『何を今さら…理性など捨ててしまえ!恐れるな!葵を自分だけのものにしろ!』
ーうるさいっ!そんなことはわかってる!
 頭の中で響く声に悪態をつく。
「慧くん……愛してる…」
 耳朶に触れる〝愛してる〟の言葉が脳髄に響く……
「愛してる、愛してるよ!ずっと側にいて、どこにも行かないで!俺の葵…葵…!」
ーああぁ…!イクっ!
 ドクっ…ドクっ…ドクっ…鈴口から勢いよく吐き出される慧矢の熱い精液を、葵は最奥で受け止めた。
「はぁ…はぁ……俺を…感じる…?すごい…ビクビクして締まる…っ…」
「ふ…うん…感じ…る…あったかくて…気持ちいい…」
 慧矢は身体を起こして葵の腰を掴み、再び肉棒をグッと押し当てて上下し子宮口を揺らした。
「ぁぁ…ぁ…っ、だめ…イッてるから…や…ぁ…っ」
ーだめだ、まだまだ足りない……


 結局三回しか中では出さなかったが、間違いなく子供ができる気がする。
 葵に〝中で出して〟と言われて、すっかり理性が飛んでしまった。
 不安は無くならない…慧矢自身がまだ葵に甘えていたいのに、子供がいたらどうなってしまうのか考えられなかったからだ。不安材料はまだある。
「ねぇ葵。類を愛してた?」
「…なんでそんなこと…?」
「どっちの俺を愛してたのかなって…」
 今さら類を気にしても仕方ないのはわかってる…自分がいったいどんな応えを望んでいるのかがわからなかった。
「慧くんは、笑ってる私と怒ってる私、どっちが好き?」
「そりゃぁ、笑ってる方が…」
「じゃぁ、怒ってる私は消えてしまえ!って思う?」
「まさか!怒ってる葵も可愛いよ!」
「ほら。それが私の答え」
「…!そっか」
 葵の答えは解りやすかった。
「個別にするからややこしくなるのよ。慧くんと類は二人で一人。どっちも愛してみせるわよ。どんな慧くんだって受け止めるって決めたんだから!私を信じてくれる?」
「もちろんだよ!」
「じゃぁ…証拠を見せて……」
 慧矢の唇に葵は人差し指をそっと乗せた…一瞬、戸惑った表情を見せた慧矢だが、すぐに大きな手で葵の腰をグッと引き寄せ背筋をなぞる。
「あっ…ん…」
 思わず漏れた声に慧矢が微笑む。
「どうすればいい…?」
 彼の妖艶な眼差しを受け止め言葉に詰まる。
「ど…どうって……意地悪…」
 誘惑めいたことをしてみたつもりだったが、逆に慧矢の色香に当てられ返り討ちに合う。
「どうして欲しいか言って…キスしてほしい?それとも…もう挿入いれたい?」
 ボンっ、と一気に顔に熱が上がる。
ー言えない!言えないけど……
 葵はコクっと頷いてみせた。
「ヤバ…可愛いが過ぎる…写真撮らせて」
「え!」
「一生のお願い!」
「そのお願いって、一生に何回も有効なやつだよね!」
「そんなことない!今月は一回だけだから!」
「今月はって!」
「ね…葵。俺のも撮っていいから…お願い…ね?」
ーうぐぐ~~~っ!
「今回だけ…だから…!」
ーよっしゃーーっ!
 脳内の自分が力強いガッツポーズをしていた。だがここは冷静に…
「じゃぁ、どこで撮ろうか。ここ?それとも外がいい?」
「もう!そんなに意地悪するなら撮らせてあげないからね!」
「ごめんごめん!室内だよね」
ー夢が叶った!正確にはこれから叶う!これ以上苛めたら、本当に撮らせてもらえなくなるからもう止めよう。今このチャンスを逃せば次は来世になるかもしれない!
 彼女をその気にさせる為にここまでの時間を要したが、それは無駄ではなかった。
「ねぇ慧くん…私も写真、撮っていいの?」
「もちろんいいよ。一緒に新たな扉を開こう」
 慧矢の狂喜が葵には理解し難かった……
「開かない!今日だけ!」
 ムキになる葵も可愛い。怒っても言葉遣いが乱暴になったりしないし、物にも当たらない。
 何より俺と類を受け入れ、剰え護ろうとしてくれている。なんて勇敢で、なんて麗しく、思い遣り溢れる人なんだろう。
 こんな女性が本当に俺を愛してくれるなんて…夢みたいだ。
 生きてて、良かった……
 俺の葵…君は一生俺のもの…死んでも離さない。君を縛っておく為にこの腕が一本必要だというなら喜んで差し出すよ。
 だからずっと側にいて…絶対に俺より先に死なないで……
 もし君に先立たれたら、俺はきっと死よりも辛い地獄を生きることになる…死遅れはもうたくさんだ!
 嗚呼、神様…俺はどんなに苦しんで死んでも構わないから、どうか葵を汎ゆる災いから護って下さい……
 そして…この世に太陽の光がある限り、絶え間ない幸せが彼女に降り注ぎますように……
ー愛してるよ。抱えきれない思いの全てを君だけに捧ぐ…この命が尽きるまで…ずっと。
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