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触れてはいけない男

情勢2

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魔の国 王都 王宮

「軍の準備は?」

「はい陛下。全体に目立った遅れはありません。あと一月あれば完了します」

魔の国の会議室にて、国王アレルと軍の将軍が会話していた。
国王アレルは40を超えた鳥人族の逞しい男性で、顔は人間種と変わらなかったが、翼は高貴さ、または力強さの象徴でもある鷹の特徴を持っていた。

魔の国の王家は、鳥人族の王族の世襲制であったが、その中でもアレルは鳥人族の中で最も尊いとされる鷹として生まれ、幼少時から期待を込められていた。

「長かった…」

「はい」

思わず呟いた国王の言葉に同意する将軍。
彼ら魔の国の者達からすれば、ここ数十年は忍耐の時であった。
人種的に相容れるとは思えないにも拘らず、日々強大化していく騎士の国。それに比べて北方山脈と接している魔の国は、土地が限られ人口も少ない。
勿論魔の国にも勝っている点はあった。人種全体で比べると、人間種の能力はほぼ最下位と言ってよく、個々の力では明確に勝っていた。しかし、それを考えても騎士の国の国力は圧倒的であった。

「魔法の国との外交はどうだ?」

「はっ…。申し訳ありません陛下。同盟には応じられないと」

「ふ。お前のせいではない。虫が良すぎたかな?」

「ははは」

外交を担当する大臣に国王が問うが、返って来た答えは魔法の国との同盟は結ばれなかったというものであった。しかし、国王はそれを不快に思わず茶化し、周りの者も思わず笑ってしまった。

「通行だけでもいいと一応聞いてみただけだが、私だって向こうの立場なら断る」

まず受けられることは無いと思っていたが、それでも一応同盟、それがダメなら軍の通行だけでも許可して欲しいと魔法の国に打診したが、提案した国王からしてもかなり無理筋だったのだ。叱責などとんでもなく、むしろいらない仕事を増やしたと、外務の者達に申し訳なく思っていたほどだ。

魔の国にとって最大の敵は騎士の国であったが、国境を接する人間種の多い魔法の国もまた敵性国家であった。

「それならば仕方ない。当初の予定通り魔法の国を攻めて、それから騎士の国へ雪崩れ込む」

「はっ」

魔の国にとって、明らかに弱体化した騎士の国を放置するという選択肢は無かった。
だが、剣の国を通る北からのルートは長い上に最悪の場合、未開領域から迫りくる魔物の防衛線に穴が開き、剣の国どころか、大陸の人種の存亡に関わる事態を招きかねないため却下。
また、南のルートは砂の国の大砂漠を通ることになり、とても軍が行軍できるものでは無かった。
そのため、魔法の国に攻めかかり、一直線に騎士の国を目指すことが決定した。

この場合の懸念は、様々な遺物を所持している魔法の国も強国であるという点であったが、騎士の国ほどでは無いが、魔法の国もまたバジリスクによる被害が大きかったため、まだ立て直しの最中であり勝算はあると判断されていた。
それに、これほどの好機はもう無いと思っている魔の国の首脳部は、例え魔法の国が万全であっても攻めかかるしかないと決心していた。

「それでは他に報告することは?…よし解散だ。各部署の連絡は密にするように」

「はっ」

魔の国は長い忍耐の時を終えようと動き始める。



「近くに寄れ。万が一にも聞かれたくない」

「はっ」

国王は、皆が会議室を出たにも関わらず、1人残っていた情報の男に声を掛ける。

「あのジネットが身重と言うのは本当か?」

「いえ、ダークエルフの長老たちはそう言っていますが、確認が取れていません」

お互いに顔がくっ付くのではないかとういう程の至近距離にも関わらず、さらに小声で話し始める2人。
会話の内容を、闇に生きるダークエルフに聞かれるわけにはいかなかった。

「リガの街に入って消息を絶った部隊…。やったのがジネットだとすると、腹が膨らんだ今しかない」

「はっ」

凄腕の暗殺者であったダークエルフのクラウツが率いる部隊が、リガの街へ行き消息を絶った原因はジネットにあると考えていた2人にとって、やはり侮れる存在ではないと再確認すると同時に、もし妊娠が確かなら、仕留める絶好の機会であるとも考えていた。

「最早我々は動き出したのだ。不確定要素は排除したい」

「はっ」

元来プライドの高いダークエルフは、鳥人族が自分達の住む国の王であることに不満を持っていたし、国王は国王で、自分達に非協力的なダークエルフを不快に思っていた。

そのため、若いダークエルフの中には、神の御子ともいえるジネットに王冠を戴いて貰い、自分達が頂点に位置したいと考えいる者が少なからずいる事を知った国王は、何とか彼等の根幹とも言えるジネットを排除したいと常々考えていた。

「戦争となれば混乱するし、ジネットの子供が増えるのは避けたい」

「はっ」

魔法の国と騎士の国を相手取るのだ。行軍距離も長く、軍がいない間にもし足元でダークエルフが反乱を起こすと、戦争に負けるだけでなく、自分達もその地位を追われ命を落とすだろう。それは避けたかった。

それに、ジネットの子が増えると、それだけダークエルフが担ぐ神輿が増える事も危惧していた。

「ジネットを腹の子共々消せ」

「はっ」

露見すると、怒り狂ったダークエルフの暗殺者達に命を狙われることは間違いなかったが、まさしく国家の存亡を賭けた勝負に乗り出すのだ。国王は、それすらも必要な事と割り切り覚悟を決めていた。

「では一番の者を送り込みます。大勢はダークエルフに感づかれる恐れがあるので」

「分かった。頼むぞ」

しかし…
ダークエルフの怒りよりももっと恐ろしい…
ナニカの逆鱗を触れる覚悟は持っていたなかった…


「儂、知-らね」
ー最高魔導士エベレッドー
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