異世界を創って神様になったけど実際は甘くないようです。

ヨルベス

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第三章 水の街

第99話 水の街の何処にて

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「ハァ、ハァ……お捜しの相手はっ、まだ見つからない、んですの?」

 路地を進んでいく最中、吐息混じりに訊いたのはロザリーヌだ。
 一馬身ほど離れたお嬢様の息は乱れ、淑やかだった歩調は這う這う。時折フラフラと左へ右へと足がよろめいている。

「疲れてんのか?」
「そうですわ。見て分からないんですの? 早く終わらせてくださいまし」
「終わらせるも何も、そんなに経ってねえぞ」
「なっ、なんですってぇ……!?」
「疲れるにゃまだ早い。ほれ、テレサもビィビィも疲れてない」
「ねぇー!」
「ワタクシは疲れているんですのっ!!」

 ンなワガママな……。

「も、もう歩けませんわぁ~!」

 フラフラとした足が止まる。我慢の締付けが解けたのか、へたり込んだ。
 弱音を空に吐き、動かざるを辞さない姿勢だ。

「綺麗なお姉ちゃん動かなくなっちゃったー」

 おいおい……。

 呆れちまった。テレサも口を閉じてるが考えてることは同じなようだ。
 筋金入りの温室育ちは音を上げるのが早い。ただ歩いているというのに。子供のビィビィも疲れの兆候は無いのにこれだ。

 こんな所で止まっては困る。俺もロザリーヌにしてもだ。彼女を知る者が何処に居るか分からないんだからな。

「早く立てよ、お嬢様。こんな道中で休んでいたら、お前を捜してるかもしれねえ連中に見つかるぞ」
「気の利かない従僕ですわねえ。ブ男に加えて気配りが足りなくて嘆かわしいですわ」

 何が嘆かわしいだ、このお嬢様は。

「ブ男でも従僕でもねえって何回も言ってるだろ。気ィ利かせてやるかよ」
「お黙りなさい。そして、よくお聞きなさいっ」
「な、なんだよ?」

 疲れていても傲慢な態度は崩れず、ビシッ、と華奢な指が突き向けられる。すごいな。本人は大したことないのにお家の威厳を感じる。

「ワタクシは貴方達と違って、とぉ~~っても繊細ですのよ。ヒジョーにすこぶる繊細なのですわ。おわかりっ!?」
「キュ……?」

 喉に引っかかってたものを、レトが代弁してくれた気がした。

「フィオーレ家の令嬢をぞんざいに連れ回して……疲れましたわ……」
「じゃあ留守番してりゃ良かったじゃねーか。今からでも帰っていいんだぞ」
「嫌ですわっ!! あんな貧乏臭いところに日中居続けたくないですわよっ!」

 どっちなんだよ……。

「綺麗なお姉ちゃん、ビィビィと一緒に歩こうよ。ほら、ガンバレガンバレ」
「お、優しいじゃねえか。良かったじゃん」
「くう……バケモノに鼓舞されても、ちっとも嬉しくありませんわ。テレーゼでないと……」
「嫌です」
「あ、ああっ、テレ~ゼ~」

 即刻ロザリーヌの要望を拒否。ツーンとして黙るテレサだった。
 一貫して冷たくする姿勢。これ程の拒絶ぶりはワガママお嬢様じゃなくても泣きたくなる。

「テレサお姉ちゃんはどうして綺麗なお姉ちゃんに優しくしてくれないの?」

 温度差のあるやり取りに、腑に落ちなかったビィビィが訊いてきた。

「それはだな、この綺麗なお姉ちゃんがテレサを虐めてたんだなあ」
「いじめる?」
「誤解ですわ。虐めてなどいません。ワタクシはテレーゼを我が手中に……コホンッ! 友人として迎え入れたかっただけですわ」
「言い変えても意味ねえよ。お前の考えてることは既に知られてんだよ」
「乙女の日記を盗み見たクセに……!」
「何のことか知りませんなあ」

 ギラリと恨みがましい睨み。それを白々しい素振りで受け流してやった。

 陰謀と嗜好はロザリーヌ邸にあった日記に記されている。それはもうとんでもねえ内容だった。
 こうして行動を共にしているが、信頼の回復できる日は遠いなあ。

「そうなんだー……」

 納得を得たビィビィは黙考。何かを考え込んでいるようだ。
 そして──ふと、ロザリーヌの前に近寄った。

「綺麗なお姉ちゃん、テレサお姉ちゃんに謝ろうよ」
「は、はい?」
「ビィビィね、悪いことしちゃったの。だけどね、謝ったらゆるしてくれたの。綺麗なお姉ちゃんだって謝ったらゆるしてくれるよ」
「あのな、悪い事全てが謝ったら赦されるもんじゃないぞ? そこのお嬢様のやった事はテレサにしてみればヒデーもんだぞ。だから今も怒ってるんだ」
「そうなの? でも謝ったほうがいいよ?」

 言ってることは容易だが、ビィビィの思う通りには行くはずもなくテレサは頷けない。それ程までにロザリーヌの犯した行為は赦せるもんじゃない。なにせ村長を毒殺しようとしたからな。

 些細を知らないが故の無垢。子供だから故の天真さではあるが……ビィビィは純粋に仲直りしてほしいんだよな。きっと仲良くなれると信じている。かつて自分がそうだったのだからと根拠がある。

「ねーねー謝ろうよー。テレサお姉ちゃんも綺麗なお姉ちゃんをゆるしてあげてー」
「うーん……こう言ってるが、どうするよ? これをきっかけに謝ってみたらどうだ?」
「貴方に指示なんて……」
「言わねえと尾を引いたままだぞ」
「う、うう……わ、わかりましたわ。て、テレーゼ……」

 第三者ビィビィが間に入ったのをきっかけに、ロザリーヌはテレサに向き直る。罪悪感という圧に一旦は閉じていた唇が間を挟み開いた。

「あ……わ、ワタクシは……貴方に取り返しのつかない愚行を犯しました」
「……」
「恥ずべきものです。とても愚かな行いです。我らが神ソールに誓い、誠に深く……深くお詫びを申し上げます」

 反省を濃く出すも、テレサは押し黙ったまま。ロザリーヌに対する態度を軟化しない。

「て、テレーゼ……?」
「テレサお姉ちゃん?」
「放っておいてやってくれ。まだ整理がついてないんだ」
「でも……」
「これでいいんだよ。今はな」

 謝罪は容易には受け入れられない。犯したものが重く即座に赦すのは難しい。でも、それでもロザリーヌの謝罪は可能性に満ちた一歩だ。
 テレサがおざなりにすることはない。いつかは赦せる時が来るだろう。

「仲直りできるかな?」
「多分な。これから次第さ」
「……うん、そうだね。そうなると良いね」

 塗られた顔に微笑を刻む。テレサとロザリーヌの関係の修復を祈って。
 この先、二人の仲どう転ぶかは分からないが、ビィビィの抱えていた靄は晴れたようだ。

 さてと──。

 ロザリーヌの前で背を向け腰を下ろす。「なんですの?」と背後に疑問を伴った反応が向けられた。

「疲れて歩けないんだろ? 背負ってやる。乗れや」
「い、嫌ですわ。ブ男にワタクシの身を預けるなどと……」
「これでいいか?」

 スキルであっという間に性別チェーンジ。女の姿なら嫌悪も多少は薄れるだろ。

「すごーい! お兄ちゃんの見た目が変わった!」
「ふふ、違うな。今はお兄ちゃんじゃない。シンジお姉ちゃん、、、、、だ」
「へ? へ……? お姉、ちゃん……?」
「そうだ。お姉さんと呼んでもいいぞ。シンジお姉さんってな」
「お兄ちゃんがお兄ちゃんじゃなくてお姉ちゃん……?」

 あ、混乱しだした。変なことは言わないほうがいいな。

「ほら、乗れよ」
「うぅーん……見かけは女性ですが、元々が男だと思うと抵抗が……」
「じゃあ置いて行くぞー。もう乗せないからなー」
「あっ! ああっ、ま……待って! 待ちなさいったら!!」

 少し離れると、さっきの疲労と態度はどこへ飛んでったのやら、ロザリーヌは駆け寄って背中に乗っかってきた。
 体重が乗っ掛かると、何かが程良い反発で弾んだ。

 おっほほっ! 背中に押し付けられたこの感触ぅ! ロザリーヌが持つ二つの弾力が当たってる!
 すっげーボヨンボヨンだぜ!! これは役得役得ぅ!

「ひっじょおぉぉぉぉに不服ですが、ワタクシを運ぶことを許可します。ベタベタ触ってきたら許しませんわよ」
「はいはい、わかってるって」
「うぅ、気持ち悪い。髪はボサボサで肌は脂ぎっていますわ……」
「こらっ、キュートな女の子に向かって失礼な! 脂ぎってなんかいないっ! 爽やかだろうがっ! 人気も出るぞっ!」
「いいえ、絶対に出ませんわ」
「わあ、楽しそう。ビィビィも乗りたーいっ!」
「うおっ!?」

 重みがぐんと前側にも乗っかかる。今度はビィビィがしがみ付いてきた。

「くっ、おおおおぉ……!」

 前も後ろも人がっ。リアルおんぶにだっこ状態だ。
 二人分の重量が……子供といっても前面に抱き付かれたら流石に歩きにくっ。バランスを崩して転んでしまいそうだ。

「おもっ……び、ビィビィ。ちょっと……降りてくれないか?」
「えー、乗せてよー。綺麗なお姉ちゃんばかりずるーい」
「そうは言ってもだな、こんなんじゃ歩けねえから。テレサも何とか言ってくれ」
「ふぅんっ!」
「ちょっ! あぶねええええぇぇぇぇ──っ!!」

 ヒュンッ、と音が切り、風が肌を撫でる。テレサの杖が目の前を通って下ろされた。

 こ、怖……急にどうしたんだというんだ、テレサは。
 あの身には恐ろしい特殊スキルがある。神をも殺せる威力がアレに潜んでいる。殴られたらロザリーヌとビィビィを巻き込んで吹き飛んじまっていた。

「て、テレサ……?」
「はっ! 私、いったい何を?」
「あははっ、ヘンなテレサお姉ちゃん。どうしたんだろうね?」

 我に戻った素振りのテレサ。自分のしたことを本当に自覚していないらしく、そこに戦慄を覚えた。
 そんな事もあり、とりあえずビィビィに降りてもらって捜索を再開。だが……

「もうっ! 揺れていますわよっ! 揺らさずに歩きなさいっ!」

 歩く度に上からクレームがこぼれ落ちる。頭を叩かれたりもした。

「いててっ、叩くなっ! おぶされてるのに態度でっけーな……」
「ワタクシは由緒正しきフィオーレ家の麗しき令嬢ですのよ。尊大で当然に決まっていますわ」

 頭の上から偉そうにふんぞり返ってやがる。さっきまでテレサに謝っていたとは思えねえ態度だ。

「いいです? ワタクシを乗せてるからには丁重にっ、優雅にっ、運ぶんですのよ」

 チッ、ムカつくなあ。こうなったら……!

「おらっ! ほれっ、ほれっ!」
「あひぃっ! ですから揺らすなと言っているでしょうがっ!! このストゥーピー!!」
「いてっ! まったくよお……」
「綺麗なお姉ちゃん、ストゥーピーってなあに?」
「知らないんですの? お話に出てくる怪物ですわよ」
「カイブツ?」
 
 やれやれ、とロザリーヌが腹立つ所作を挟む。それからストゥーピーについて話してくれた。



『──愚かな者、あなたの名はストゥーピー

 あなたはヒトでなく、ヒトならざる怪物モノ
 そのカタチは醜く、その手は何も抱けず瑕疵を与えられん。
 拒まれ、蔑まれ、恐れられ、醜き身はカラだけ。
 ヒトの地にあなたの安寧はなく、理想は何処にもなく。世界にあなたはただ孤独ヒトリ
 愚かな愚かな、あなたはまことに愚かな者。

 怪物の名は愚かな者ストゥーピー



「簡略ですが、これがストゥーピーのお話ですわ」
「醜い姿をしたヒトのような者のお話なのですが、醜い見た目のせいで疎まれ何をしても拒まれていたんです」
「おいおい、俺をそんなヤツに当てはめてたのかよ」
「愚行者をそう呼ぶのですわ。くくっ、貴方にお似合いですわよ。ぷっ、ふふ……っ」
「そんな事はないので怒ってもいいですよ」

 堪えきれず見下げた笑いが頭上から零れ落ちてくる。すっげー笑われてる。
 くぅーっ、懲りずにバカにしやがって。また揺らしてやろうか?


「──あの、僕にご用でしょうか?」

 ふと耳に入り込む話し声。それに引きつけられで見渡すと、少し変わった光景があった。

 一対多数。多数の方はよくあるチンピラっぽい奴ら。一人側と世間話を交わしている雰囲気は無い。
 ちと危なっかしい空気。もっと言えば、その一人を囲んでいる多数側が何か危なっかしい行為を起こす予兆を感じさせる。放って素通りはできない。

 ん、あそこにいる可愛い少女、、は……

「ピエール!?」

 最も驚いたのはロザリーヌ。見知っている言い振りだった。
 あの中の一人の少年は確かにロザリーヌの弟のピエルロメオだ。

 お嬢様は自らの足で街中を歩いたことがない。それならもっと歳の低いピエールは外を自由に歩いたことがないだろう。
 護衛も同伴も無し……それがどうして一人でこんな所に居るんだ?

「キミすっごく可愛いねえ~。どこの子?」
「このカワイ子ちゃん貴族だぜ。良いカッコしてやがる」
「にしちゃあ男みてーなカッコだな。麗人って言うのか?」

 なるほど、あっちは女の子と勘違いしているな。勘違いしてもおかしくはないが。
 可愛いのは認める。だが──男だ。

「僕は用事がありますので、これで失礼します……あっ!」

 誘いを断り、立ち去ろうとしたピエールの細い腕を男の一人が乱暴に掴み足を止めた。

「待てよ。どこ行こうとしてんだよ」
「は、離してください。僕は大事な用事があるのです」
「冷たいこと言うなって。付き合ってくれよ~」
「お断りします……っ」
「ちっとばかし遊んでもらうだけだよ。オレらと楽しいことしちゃおうよ」
「すぐに済むからよお」

 囲む輪が一回り小さくなる。逃げ道はほぼ塞がれた。
 物騒さがより濃さを増す。隙間から見えるピエールはこれに耐えようとしてはいるが、何が起こるか分からない危機感に怯えを隠しきれていなかった。

「いけませんわっ! ピエールが不逞な輩に……さあ、行きなさいっ!!」
「へっ?」
「ワタクシをピエールのところへ運びなさい! 早くっ!!」
「いでっ、いででっ! わかった! わかったから頭を叩くんじゃあねえっ!!」

 お嬢様の命令が無くともピエールは助けに行くつもりだ。だって可愛いからな。
 恩を売ってピエールの好感度を上げるっ! 

「そういうことだからロザリーヌの弟を助けに行くぞっ!」
「どうしてウキウキしているんでしょうね?」

 とテレサの鋭い懐疑が飛ぶ。ふっ、気のせいだよ。

「貴方達、ピエールから離れなさいっ!!」
「あぁん? なんだテメーらは……って、なんで担がれてんだ?」
「どいつもこいつもおかしなペイントしてやがるぜ。祭りでもやってたか?」
「耳を立ててよくお聞きなさいっ! ワタクシは誇り高きフィオーぶわああああぁぁぁぁ!! 揺れてますわああああぁぁぁぁ!!」

 支点おれ力点おれ作用点ロザリーヌ。迂闊な口外はなんとか阻止できた。
 お嬢様はアホでいらっしゃいますか? 名前を名乗ったらいけないんだよ。

「このっ……何するんですのっ!?」
「いいから黙ってろよ……」
「な、なんなんだ、こいつら。イカれてんのか?」
「気にすんな。ん……?」

 頭上からポコポコ叩かれつつ連中の面々を見た時、妙な引っ掛かりを覚えた。

 一つのピースを、形の合う場所を探してなかなか見つからないモヤモヤとした感覚。探して探して、形が合った瞬間、引っ掛かりの正体が判明した。

 あっ! ああっ!

 こいつらの顔、見覚えがあるぞ……! よく見たら、あの荷車を運んでいた連中じゃねーか!
 気掛かりで捜してた矢先に遭遇とは運が良いものだが、ピエールに絡んでいたとは柄が悪いな。

「姉さま!? それにラトナリアーノ……!?」
「ええ、ピエール! 助けに来ましたわっ!!」
「キュッ」
「アーンドゥッ! 俺もいるよっ!」
「だ、誰です?」

 全力でアピールしてみるが、反応は姉の時と打って変わってイマイチだった。

 もぉ~やだなあ~。忘れたのかな~? 一緒のベッドで寝たじゃーん。ま、あの時はロザリーヌにしてたけど。

「妙な連中が来やがったが、女とガキしかいねえじゃねえか。交ざりに来たのなら大歓迎するぜ」
「んなわけねーだろ。お前ら、貴族の坊ちゃん相手に何しようってんだ?」
「タノシイことだよ。邪魔すんじゃねえって……ん? なんて言った?」
「坊ちゃんだよ、坊ちゃん。残念ながらそこの子供は男なんでな。女じゃない」

 明らかに男達の顔色が変わった。自分達が絡んでいる少女おとこのこに関して。

「な、なにっ? 男? こんなカワイイのが男なはずないだろ」
「残念ながら本当だ。正真正銘、男だ」
「あの、僕は男です……」
「なん……だと……⁉」

 本人の口で証明され、男達に衝撃が走った。

「くっそう! よくも騙しやがったなっ!」

 騙してねーよ。ピエールが可愛い過ぎるだけだ。

「そして俺も男だ」
「!?」
「姿が急に変わって……!? 本当に何なんだお前らはっ!」
「なんでもいいが、早くその子を離して消えたほうがいいぞ。背中の方がすっごく怒ってるんで」
「よくも弟に狼藉を……早々に立ち去りなさい! これは警告ですっ!」

 弟を怖がらせた男達にお嬢様の怒気が向けられる。男達はどいつもこいつもニヤニヤとしている。ナメられているな。

「どうだっていうんだ? 交ざりたきゃ相手してやる。女は丁重に持て成してやるよ」
「あとそこのガキは特別に扱ってやる」
「ひっ……」

 残念なことに俺だけは雑に扱われるようだ。
 タイミング間違えたな。男に戻さなきゃよかったなー。

「この愚民が……ソール様の代わって天誅を下しますわっ!! さあおやりっ!!」
「は? え? おれぇ?」
「至極当然ですっ! 早くおやりっ!!」
「え、えぇ……」

 天誅を下すとか威勢良く言っておきながら振ってくるのかよ。ま、良いけどよ。

「一応警告はしたからな。それでも止めないなら実力行使に出るがいいんだな? やっちゃうよ?」
「くどいな。ぶっとばされてえのか?」
「はいはい、よーく分かったよ」

 場を去ろうとする気は無い。寧ろ返り討ちにされかねない威迫がある。いやー怖いですねえ。こういうのはあまり遭遇したくないなあ。
 聞く気はないか……じゃ、やっていきますか。

「じゃあ……お前ら、まず俺の左手をよく見てほしいんだが……」
「ああっ? その手がなんだ?」
「俺の生命線どう? 長い?」
「はあ?」

 フッ、騙されてる騙されてる。手を見た時点でお前らは油断を見せた。

「バル●ッ!!」
「うおっ、なんだ!?」
「目が……!」

 意表を突かれた男達の目に光が迸る。
 眩い光に視力を一時的に潰されて呻く男達。そこへ小さい影が跳ね飛んでいった。
 跳躍するレトが、男達の顔面に蹴りをお見舞いする。ナイスアシストだ。

「ピエール! こっちに来なさい……!」
「くっ、てめぇら!! 容赦しねえぞっ!!」
「うおっ!」
「きゃあっ!!」

 一人が逆上し、反撃に出る。拳が舞い、背負っていたロザリーヌ共々突き飛ばされる。体勢を崩し、諸共に地に手が付く形になった。

 いてて……倒れちまった。
 ロザリーヌは無事か? いや、今その心配をしてる暇は──

「お兄ちゃんたちにひどいことをしないで!」
「あ? なんだてめぇ! ガキはあっちに行ってろ!」
「いたっ……!!」

 悲痛な声が意識を引き寄せた。
 激昂して形振り構わなかったのか、止めに来たビィビィを、子供だというのに乱暴に振り払った。

「あっ──」

 後退った小さな身がカクンと傾いて……水路に落ちていった。

「ビィビィ!!」

 手を伸ばした先で、ボチャン、と水面が転落するビィビィを吞み込む。
 落ちたビィビィをテレサが追うも、すぐに野郎に捕まえられた。

「テレサ……!」
「動くんじゃねえよ」
「うごっ、ぐっ……!」

 男の手に首をがっしりと掴まれた。

(ぐっ、くそ……っ)

 ピエールの救出は失敗に終わった。
 レトも警戒されて迂闊に動けず、下卑た嘲笑の合唱。ここから何とかなる保険は用意していない。

 覆すことのできない危うい状況。そこに差し入ったのは、水の弾ける音だ。

「なんだ?」

 水が新たに飛沫を飛ばす。そして水面から物体が水を滴らせて飛び出た。

「あ……?」

 現れたのは、落ちたばかりのビィビィだ。
 戻ってきた、が……緊張はまだ解けなかった。というより別の新しい緊張が訪れた。

 ビィビィはローブが取れて、顔が露わになっている。しかも顔に塗られていた塗料が水で落ちていた。
 隠していた人ならざる貌、人ならざる姿形が男達に前に晒されている。さらに、

「ウゥッ……アアアアァ──ッ!!」
「な、なんだ、こいつ……!?」
「しまった……!」

 険しくなった幼顔が咆哮を吐き、異形に違わぬ畏怖を放った。

「こ、これは……」

 テレサの考えていることはおそらく間違っちゃいない。
 興奮している。モンスターとしての本能を剥き出している。今のビィビィは不安定で危険な状態だ。

 あれを見た男達はどうした事かと訝しんでいるが、これがどんなに危ないか知らない。ビィビィが内包する獣性の牙が誰かを害しようとする緊迫したは場面なのに油断を晒している。

 おかしな子がさらにおかしくなった程度。その認識が命取りになる。早く伝えないと。

「お前ら、ここはもう潔く逃げろっ……!!」
「あぁ?」
「早く逃げろって言ってるんだよ!!」

 男達は怪訝な雰囲気に吞まれつつも、まだ留まっている。警告をハッタリだと勘違いしているようだった──それが悪い結果を招くとも理解できずに。

「ぐぎゃっ!?」

 鈍い打撃の後、一人が宙を舞い壁に激突する。
 これを起こしたのはビィビィだ。あの細い腕が体格の差をものともせずに殴り飛ばしてしまった。

「は……?」
「う、ウソだろ? あんなガキに……!?」

 やられた仲間の姿を見て現実を疑う。この一撃でようやくビィビィの異常性を知り、連中の顔色が青ざめだした。

「ウゥゥゥゥッ!! アアアアァァァァッ!!」
「ひっ……ば、バケモノだ!!」
「なんだよコイツ! おおお前らズラかるぞっ!!」

 連中が臆し、ピエールのことなぞ忘れて慌てて退散していった。
 怪我人が出る前に逃げてくれてよかった。ビィビィにやられた男も身体を打っただけでそこまで酷い怪我を負ってなさそうだ。これで天誅を受けたことにしておこう。

(さて、次は……)

 完全な安堵はまだ早い。あいつらが去った後はビィビィを抑えねば。

「アアアアァァァァ──ッ!!」
「こ、これは何ですの……!?」
「頼むぞレト、ビィビィを引き付けてくれっ!」
「キュッ!」
「ウウゥッ、ウゥー……ッ!」

 ハエの目障りさで飛び跳ねるレトにビィビィの興が移った。
 排除しようと凶爪を振り回してばかりで俺らには目を向けずに暴れている。気取られないよう近付いて近付いて……

「アッ!? アッ! アアァッ!!」
「おーよしよしよし。落ち着け落ち着け……!」

 好機は見事に掴めた。
 気を取られていた隙に死角からビィビィを拘束する。身動きを封じる……が、拘束を排そうとする抵抗に手こずらされた。

「ウアアアアッ!! ウゥッウゥ!!」
「っ……や、ばい……!」

 なんだか……前より力が強くなってる気がする。これじゃ押さえつけられん……!

「私も手伝います……っ!」

 テレサが加勢し、挟み合う形でビィビィを抑えつける。凄まじい膂力を持ったビィビィも二人がかりでは逃げられず、やがて時間が彼女の暴走を解かしてくれた。

「フッ、フッー、ギッ……ウー」
「いいぞ、その調子。俺の言葉に耳を傾けるんだ」

 だんだんと息遣いが荒いものから大人しくなり、拘束を緩めても暴れることはなかった。
 殺気は感じられない。落ち着いてくれたか。ホッとしたぜ。

「ビィビィちゃんは……?」
「もう大丈夫だろ。ほらな?」
「…………ごめんなさぁい」

 狂乱としていた瞳は鳴りを潜め、代わりに……涙で潤んでいた。

「傷付けちゃった……ヒト、殴っちゃった」
「あー、気にすんな。あれは防衛ってことになるから。お前のおかげで助かったくらいだぜ」

 暴走はしたが結果的にはピエールを含めた四人おれたちを助けた形になった。だから気に病まなくていい。

「でも……」
「いいのいいの。お前は守ったんだ。誰かを守れたんだよ。そういう事にしようや」
「そうですよ。皆、あなたに守られました」
「お姉ちゃん……」
「よかったな。ほら、レトがモフモフさせてやるってよ」
「キューッ」

 モフモフは拒否された。
 ちぇっ、ちょっとくらいモフモフさせてもいいじゃんかよ

 なんとか暴走は収まった。
 大事にならずに済んだが、ピエールに絡んだ連中も何処かに消えた。

 非常事態で逃がすことが先決だったとはいえ逃げられた。あいつらが何を運んでいたのか情報を掴めなかったのはもどかしい。
 まあいいって事にしよう。あいつらはまだこの街に居残っている。また会うこともあるはずだ。次こそは捕まえてゲロってもらうとするか。

(ん──? )

 偶然、キラッと光が煌めいたのを横目で捉えた。
 光の元はビィビィに突き飛ばされた男が倒れていた場所。そこに何かが落ちていた。

 何だろ、これ……。

 落ちてた物を手に取り、矯めつ眇めつ調べる。
 拾った物には紋章らしきものが彫られている。バッジにも見えるが見当がつかない。

 いや、違う。この紋章をどこかで見た気がする。どこで見たっけな?

「姉さま……!!」

 謎の落とし物に興味を向けていた中、安堵と希望を顕わにした呼び声に関心が移る。

「ピエール……!」

 ロザリーヌの弟も無事だ。何の被害も受けていない姿は女の子みたく綺麗で、気付けば駆け出していた。
 そして姉より早く、その身をひしっと抱き締めていた。

「おーよしよし、無事で良かったね可愛いね」
「えっ!? えっ? なっ、なんですか貴方は……?」
「あんな奴らに絡まれて怖かっただろうに。本当に無事で良かったね可愛いね」
「この人、怖い……」
「いやあ、怪我が無くて良かった。ほんとぉーに良かった可愛いっ」
「ひっ……」

 あれ? 怯えてる? なんで震えてるのカナー?

「ピエールに近づかないでっ!! このケダモノ!」
「あびばっ!?」
「シンジさんっ!?」

 横からロザリーヌの膝蹴りが飛んできた。

「あぁ、姉さま……姉さまなのですね……!!」
「幻ではありませんよ。偽りなく貴方の姉のロザリーヌですわ」
「姉さまっ!!」

 地面を転がり大の字になる俺を他所に、ロザリーヌとピエールは寄り添い抱き締め合った。

「ご無事で良かった……!!」

 感動の再会。なんともホッコリした雰囲気だ。
 姉弟の深い絆を感じる。まだ一日も過ぎていないが、姉が急に居なくなったのだから心配だったろうに。

 こんな時に水を差すのは野暮か。可愛いピエールに免じて見守ってあげよう。
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